ローストポークと豚トマトシチュー
「ただいま〜。」
空が漸く暗くなり始める頃、俺はホームである孤児院に帰った。
「おかえりなちゃい。」
まだ拙い言葉で俺を迎えるのは、獣人の幼女であるミエル。種族は珍しいアライグマだ。
アライグマの大きくて黒と茶色のしましま尻尾と、垂れた目、ちょこんと生えた耳まで垂れている可愛いらしい女の子だ。
「ミエルただいま。シスターは台所?」
「んーん。おかくさまがきてりゅの。」
お客様かな。そういえばシスターの知り合いが尋ねてくるって張り切って掃除してたかもしれない。
「じゃあシスター達は礼拝堂にいるってことかな?」
「そう!れーはーどーにいるよ!」
にっこり笑うミエルは本当に可愛い。
シスターの邪魔をする訳にもいかないので、まずは身体を清めて、服を着替える。
幸いなことに、リッツや俺という規格外の魔法が使える便利な子供がいるので、孤児院にはお風呂が存在する。
「みえるもー!」
はしゃぐミエルが離れそうにないので、ついでに一緒に入る。
貴族なんかは高い魔石でお湯が出るお風呂を持っているみたいだけど、ここでは俺、リッツ、リッツの実の妹のリリアンがお湯出し当番となっている。あとは火魔法が使えるやんちゃなロッドと水魔法が使える美少女シアンが、合わせ技でお湯を作れるが、ロッドは火加減が上手くないのでお湯出し当番の枠からは外れている。
シスターも子供同士でお互いを高め合うことを推奨しているので、何も言わない。
たまに、ちょっと行き過ぎてるかも?と悩んでいるみたいだが、シスターもいいとこの元お嬢様でこの孤児院でシスターをしているので、世間の感覚はわからないのだ。
ミエルを洗って、俺も洗われて、身体が綺麗になったところで台所へ向かう。
シスターはまだ礼拝堂にいるみたいだ。
台所では俺の見習い祝いのためか、焼きたてのチーズパンと沢山の野菜が置かれている。
お風呂に入れる孤児院ではあるが、寄付で成り立つ孤児院は最低限生活出来る収入しかない。
基本的には市場で傷んでいたり、売り物にならない食料を破格で譲ってもらう。
今日は傷んだトマトが大量にあったようだ。
あとはバラバラになった各種ハーブ、じゃがいも、玉ねぎ、ナス、名前はわからないけど肉厚なキノコや豆もある。
普段に比べれば綺麗で種類のある食材を見て、シスターが街中を駆け回って手に入れてくれたことがわかる。
基本的に料理の腕はパン作り以外は壊滅的なシスターの代わりに、早速晩御飯作りに取り掛かる。
「コータ、手伝うよ。」
水色の巫女服を着て、紺色の髪を緩く1つの三つ編みにしているのは、シスター見習いのリラだ。
「いつも悪いな、リラ。じゃあ野菜の皮むきを頼む。」
「ん。」
表情は乏しく、あまり喋るのが得意ではないが、仲良くなると結構負けず嫌いな性格をしている。
歳が近い俺たちは競うように様々なことを学んだ。俺は元々の前世の経験があるが、側からみたら純粋培養のこのシスターは規格外だろう。
今はそれは置いといて、調理に集中する。
取り出すのは、本日のメインであるグリーンボア。毛皮は緑色だが、肉は豚肉そのもの。ハーブや薬草を好んで食べるからか、臭みが全くないのが特徴。
まずは豚のロース、モモにあたる部分の塊にダンジョン産の岩塩を削って擦り込む。
その上から、すり潰したにんにく、ハーブを塗り込み、糸で縛る。
その間にオーブンを温めるべく火を起こす。
このオーブンは、俺が趣味で作り出した自家製オーブンだ。貴族が行くようなレストランや、パン屋など特定の店や屋敷でしかオーブンは普及していない。
釜で大抵はパンを焼くことがあるくらいなのが、庶民の家らしいが、たまたま貴族の屋敷で壊れたオーブンが捨てられていて、興味を持った俺が分解して構造を把握。バラしたオーブンの材料を再利用して、お小遣いを修理用の材料に充てて、完成したのがこのオーブンだ。
もちろんこれも、全ては美味しい肉を食べる為だ。
地球のように勝手に余熱までしてくれる優れものではないので、温度調節に苦労する。
オーブンと格闘している間に、味が馴染んだ豚の塊肉をフライパンで焼く。あくまで焼き目をつける作業だ。
その横では、リラがトマトを湯むきしてはボールに山のように積んでいる。リラに指示を出しつつ、焼き目のついた豚肉の塊を天板に乗せ、側には付け合わせのじゃがいも、細くて小さい人参を乗せて、塩を振って、オイルを少しかける。
その天板を、特製オーブンの中に入れて、後は焼くだけだ。温度調節が難しいから、ここからが大変ではあるけど。
野菜の下ごしらえを終えたリラに、鍋を火にかけてもらう。
同じく下ごしらえをしていた豚肩ロースをぶつ切りにして、油を敷いた鍋に投入する。一緒に玉ねぎも投入してしまう。
豚肉に焼き色がついたら、安物の赤ワインを投入。ハーブを入れるのも忘れない。
こちらも蓋をして暫くは放置する。その間に俺はオーブンの火力調節だ。
様子を見ては火力を調節することを繰り返し、40分から50分程経った頃には、鍋には大量のトマトや塩やハーブを加えて、オーブンの天板は取り出す。
ダンジョン産のアルミホイルこと、アルミンと呼ばれる岩型の魔物を薄ーく伸ばしたシートで、天板の上の素材を包み込む。
もちろん天板の脂も残さずだ。
夜も更けた孤児院の食卓。
孤児院らしからぬ、豪華な夕食が目の前に広がっていた。豪華さに拍車を掛けているのは、シスターの知り合いだという貴族風のダンディーなおじ様がいるからだろう。
「これはこれは豪華な食事だね。子供達でこれを作れるとは驚きだ。」
ダンディーなおじさまは、特に平民を見下したりはしないタイプらしく、素直に感嘆の言葉を述べて、孤児院の不安定な木製の椅子に腰掛けていた。一応、この孤児院で一番ぐらつかない椅子だ。
「今日はそこに座っているコータの見習いデビューだったんですよ。冒険者見習いだから、お肉を貰って来たので豪華ななんです。」
嬉しそうに話すシスターは、俺たち孤児院のみんなが大好きなお母さんだ。シスターが嬉しそうだと、子供達全員が嬉しそうな顔をする。
「せっかくの豪華な食事だ。私の話で冷めては申し訳ない。早速いただかせてもらおう。」
待ってましたとばかりに、全員でいただきますの大合唱。
全員が目の前の料理に食らいついた。
作ったのは、ローストポークと豚のトマトシチュー。我ながら本気を出し過ぎたと言ってもいいくらい、手間と時間がかかっている。
「すげー!肉が柔らけー!」
マーティンがトマトシチューを頬張りながら叫ぶ。
「これは美味い。」
ダンディーなおじさまも、ローストポークの美味さに驚いているみたいだ。
孤児院では最高の赤ワインを飲みながら、無心でローストポークを頬張っている。
ふふ。お客様を見越してお洒落で豪華な肉料理にしてよかった。貴族も滅多に味わえないほど美味かろう。
なんせ俺が作ったのだから!
前世では肉の変態とまで言われた俺。肉を美味しくする知識も豊富なのだよ。調理師免許まで持ってたからな。
この日の孤児院では、美味い肉料理にはしゃぐ子供の声が絶えず響いていた。