世界樹と管理人
世界樹に生えた美女…もとい世界樹の精霊である彼女は、俺たちが親しみやすいように人間に擬態してくれたらしい。
本体は世界樹なので、身体の一部は世界樹と繋がっていないといけないらしく、左手は世界樹の中に埋もれたままだった。
話しにくいから、さぁ私の脚の上に!と本体である世界樹自らに許可をもらったので、恐れ多くも世界樹の根を伝って彼女の側のこれまた根(脚)に腰かけた。姿が絶世の美女なだけに、居たたまれない気持ちになるのはおっさんな心の俺だけだろうか?
「ピリカを通して貴方達の状況は把握しています。本来なら帰れるはずのこの森から抜け出せなくなってしまった…で合ってますか?」
世界樹の精霊の言葉に俺たちは頷く。
「私の知っている限りの、この森で起こっている出来事を共有しましょう。大人ならともかく、小さな子供達がダンジョンから出れないのは見過ごせません。」
精霊が語るには、このダンジョンである森はもともとこの世界樹の種が飛んできて、芽が生えて世界樹として根付いた頃から始まる、とても歴史のある森だそうだ。
世界樹の葉や根は万病に効くとされ、枝は硬くしなやかで素晴らしい武器や道具となり、幹は最高級の木材となり得る。ただし、そのように使われるのは寿命を終えた世界樹と決まっていて、どの国も生きている世界樹を切り倒すようなことはしなかった。強欲で罪深い一部の人々を除いては。
「私もすでに5万年の時を生きていますが、人に限らず、様々な争いの元に私達世界樹はなってしまいます。そこで女神様達に相談し、この世界樹をダンジョンで隠すことに決めたのです。」
世界樹が人の目に触れないように、この森には『迷い』の特殊効果を与え、世界樹の意思がなければ世界樹にたどり着くことはできないようになった。
ダンジョンとして存在するためには、ボスが必要だ。話の背景からすると、世界樹こそがボスのようだが、実際は違うという。
「私と一番長い間、共存してきたもの達がいました。私が周囲をダンジョンとすると話した時に、彼らはダンジョンを管理する存在、ダンジョンのボスになると言ってくれたのです。」
ダンジョンが出来た背景が背景なだけに、強大な力が与えられることはなく、魔物やボスになったもの達も強者になることはなかった。
「彼ら…獣人族の皆さんは、凶悪で倒されるべきボスではなく、あくまでダンジョンの管理人として存在し、冒険者達を満足させるために森で最も強い魔物をボスと位置付けて、ダンジョンの奥深くに誘導することで、ダンジョンが成り立っていました。」
しかし、時代は獣人族にとって悪い方向へと流れる。獣人の迫害と奴隷化が進んだ時代だ。その時期にこの森に住む魔物達ではなく、獣人族が狙われて、世界樹が匿うことが出来た一族を除いて、この森から姿を消してしまった。
その一族は世界樹とともにひっそりとダンジョンを守ってきた。
「しかし、1つの一族の血が長く続くことは難しく、今この森にいるのは2人の獣人のみ。彼らが居なくなったのならば、この地でダンジョンを維持することは出来ません。私も長く生きたので、寿命として受け入れるので好きにして良いと話したところでした。」
「この状況は獣人達に何かあったってことか?」
「まだダンジョンの形が維持されているので、無事だとは思うのですが、私もなんとも言えません。私の眷属である妖精達にも調べさせてはいるのですが、『迷い』の効果が私達にも影響するようになっていて思うように彼等と接触できないのです。」
あえて獣人が『迷い』の効果を発動しているのか、それとも…。
「なんらかの事情でダンジョンの制御が出来なくなった?」
リタが俺と全く同じ答えにたどり着いたらしく、代弁する。
「ボス、コワレル。モリ、コワス。森ゴリラと戦った時に、ボスゴリラがそう言ってた。」
「ラスター殿、いつの間にゴリラ語を喋れるようになったでござるか!?」
「向こうが人の言葉を喋ったんだよ!」
ラスターとコジローが掛け合う。
「ダンジョンが無くなる時って、魔物とかダンジョンの中…例えば貴方はどうなるの?」
リッツが世界樹の精霊に尋ねる。
「私はダンジョンよりも高位な存在として女神様に認められています。なのでダンジョンが無くなってもこの地に留まるでしょう。もともとは森のダンジョンなので、ダンジョンの中は森の形を残して普通の森に、『迷い』の力が消えるだけで、魔物達ももともと強い恩恵は受けてないので野生化するだけです。」
特に不利益を被る存在もいないってことか。強いて言うなら世界樹の精霊くらいだ。手詰まりといった状況で、周囲が騒がしくなった。
すると、ピリカによく似た妖精がやってきた。
「獣人の子がやって来たよ!凄く傷だらけなの!」
その言葉を受けて、俺たちは妖精の後を追う。世界樹の精霊も手は木の幹につけたまま、腕が伸びる形で俺たちについてくる。状態だけ見るとホラーでしかない。
妖精が集まる中に、薄汚れた灰色の長い耳とふわふわの丸い尻尾を持った、兎の獣人の少女がいた。歳は俺たちよりも幼く見える。傷だらけで汚れた状態で、長い耳をペタンと下げて女の子は泣いていた。
俺たちが近づくと、警戒心からか怯えたように距離をとろうとする。
「大丈夫よマリル。彼等は冒険者だけど、敵ではないわ。」
世界樹の精霊が前に出て、少女の視線へ膝を折り、優しく話しかける。
「せーれーさま。パパが…パパが…ふぇぇ。」
少女の話を根気よく聴きだすと、何が起きているのかようやくわかった。
この森を管理している2人の獣人は、このマリルという4歳の少女と、マルローという彼女の父親だそうだ。最近ボスになった魔物が長いことボスに君臨していた。ボスの様子を見にマルローが昨日出向いたところ、ボスである魔物が凶暴な魔獣化をしていて、マルローは重症を負った。なんとか逃げ延びたが、マルローが負けたことで、ダンジョンの正式なボスとしてその魔物が認められてしまったそうだ。
「ボスが変わったのであれば、この森の異変にも納得できます。お父さんは一緒ではないのですか?」
「ここにくる途中で、森狼の群れに襲われて、脚を怪我しちゃったの。私じゃ運べないから、私だけでも先にいきなさいって。」
そう言って再び涙を流すマリル。そのマリルを後ろから優しく抱きしめて、涙を拭うリッツ。
って、リッツ!?
マリルの涙を拭いながら、そのふわふわな髪の毛を撫でるリッツ。いつの間にそのポジションにいたんだ?
「精霊様、仲間がマルローさんを見つけたみたいなので、私達で案内できますよ!」
「よかったわ。貴方達の誰かで、私の葉っぱを持ってマルローさんを迎えに行ってくれないかしら。葉を傷口に擦りつけたら治るはずだから。」
そう言って、自分の髪の毛の中から葉を取り出す精霊様。手品か!と思わず心の中で突っ込む。そして、さらっと渡そうとしてくるけど、世界樹の葉って言ったら、孤児院の1年間の運営費が一枚で賄えた気がする。
「マリルもいく!!パパをたすけるの!」
そう宣言するマリルちゃん。気持ちはわかるけど、凶暴化した森は危ないんじゃないか?
「そうだね。一緒にお義父さんを迎えに行こうか?」
そう言ってマリルを立ち上がらせると、すかさず手を繋いで微笑みかけるリッツ。お父さんの文字が違ったように聞こえたのは俺だけか?
「リッツ殿が怖いでござる。チビ達にすらあんなに優しく接したことないでござるよ。」
コジローがリッツの様子に震えている。確かにリッツの性格からするとおかしい。
「…精霊さん。マリルってもしかして魔なし?」
「えぇそうですよ。今は獣人達も他種族の血が混じっているので、魔なしはかなり少ないですがらマリルは祖先と育ちが純粋な獣人ですからね。」
「…なるほど。」
「何がなるほどなんだよ?」
わかった顔のリタにラスターが突っ込む。
「リッツって生まれつき魔力が強いでしょ?動物や動物の要素を強く持つ獣人って、魔力が強い人にはどうしても警戒心を持っちゃうの。ほら、ミエルだって、リッツは苦手って言うでしょ?」
確かにアライグマの獣人であるミエルも、何故か初対面の時からリッツが苦手だった。
「自分の中の魔力よりも強い人に警戒心を抱くようになってるみたいなんだけど、魔なしだったら比べるものがないから警戒心を感じることも出来ない。マリルが怯えないのが嬉しいのと、あとは完全にマリルの可愛さに堕ちたわね。」
確かにマリルは、可愛らしい兎を体現したように、庇護欲をそそられる可愛さだ。というか、子供が堕ちたとか言うなよリタ。
「何してるのみんな?行くよ!」
いつもは文句を言いながら後ろをついてくるリッツが、先陣を切って出発する。
その後ろ姿を見て、微笑ましいが複雑な気持ちで出発するのだった。
何が起きるかわからないので、全員でマルローさんを迎えに行くと、思ったよりも近場で出会うことが出来た。
幸いにも怪我をしながらも、襲ってくる魔物を倒せるくらいには強者なようで、痛々しい脚をマリルちゃんが手ずから治すと、すぐに回復したようだった。
「娘が世話になったみたいだね。そして、森のいざこざに巻き込んでしまって大変申し訳ない。」
口を開くとすぐに、ダンジョンの管理者として、今回のことを謝ってきた。マルローさんが悪い訳ではないのだが、結果としてマルローさんが負けたことが今回の事態に直結しているので、責任を感じているようだ。
すぐさま精霊様のもとへ移動した。道中、マリルちゃんの手を離さないリッツを微笑ましそうに、そして複雑そうな顔でマルローさんは眺めていた。娘をもつ父親って大変だと思った。
マルローさんも混ぜて、今後のことを話し合うと結論は至ってシンプルだった。ボスを倒すしかない。最初は子供ばかりの俺たちを心配して、なんとか自分だけで倒そうと主張していたマルローさんだが、この森で生き延びたことや、ラスターがAランクモンスターを倒したことを妖精達から聞かされて、俺たちも一緒に討伐することが決まった。
凶暴な魔獣化をした魔物の名前は、蛇鳥。蛇のような顔や尻尾を持つ鳥の魔物で、大きさはちょうど俺たちくらいだ。魔法も使えるので、初心者向けのこの森ではボス級の手強い魔物になる。
「マルローさんが負けたってことは、蛇鳥も普通じゃなかったってこと?」
「あぁ。あれは蛇鳥よりもさらに上位のコカトリスだね。」
「コカトリスといえば冒険者ランクでいうとB級の魔物でござるな。」
蛇鳥に比べると格段に倒す難易度が上がる。
「しかも、森がおかしくなっているとはいえ、ラスターが戦ったキングゴリラよりも上のはずだ。最低でもAランク級の強さになると思う。」
「下手すりゃ国が出てくるレベルだな。」
「そのレベルを死にかけながらも倒したのは君だけどね。」
「リタに比べたら弱い。」
ドゴォン
あ、リタの踵落としが綺麗に決まった。マリルちゃんなんてその光景を見て、プルプル震えながらリッツにしがみ付いている。リッツは嬉しそうだ。
それから作戦やコカトリス対策について話していると日が暮れてきた。討伐は明日の朝に決行ということで、精霊様に場所を借りて世界樹の側で全員で眠るのだった。




