ハムと冒険者
「いってきまぁーす。」
あちらこちらからの、いってらっしゃいの声を背に孤児院を後にする。
「ちゃんとお世話になる人達にご挨拶するんですよ!」
一際大きな声でシスターが追い打ちをかけるようち声を掛ける。
「はいはーい。」
はいは一回!なんて声を遠くに聞きながら、道を駆けていく。
前世も含めたら人生経験はシスターを優に越えてる6歳児。流石に粗相はしないさ。
トカーナの街並みは中世ヨーロッパを思わせる雰囲気だ。石畳みで凸凹な道を駆ける。
今から向かう冒険者ギルドは、既に通い慣れた場所だ。必ずと言っていいほど、肉を買いに行く手伝いだけは俺が立候補して誰にも譲らなかったからだ。
この世界では畜産業が発達していない。
何故なら、牛乳や卵を除く、主に食肉に関しては魔物の肉が主体だからだ。
街の外に出れば、地球で言う動物、簡単に言うと生き残るために地球よりもタフな成長を遂げた魔物という存在がいる。
人間のように繁殖する魔物も入れば、ダンジョンと呼ばれる場所から地上へ進出する魔物なんかもいる。
その危険な魔物は、様々な日用品、武器、防具、服、家具などの素材となり、人々の生活を支えている。そこで、食という分野で欠かせないのが魔物の肉だ。
そして、それらを手に入れることを生業にしているのが、冒険者という職業。
冒険者は魔物を討伐したら、簡単な血抜きをして冒険者ギルドに運び込む。冒険者ギルドは解体作業をも請け負っているのだ。
素材の買取も冒険者ギルドが行なっているため、魔物の肉も冒険者ギルドが手にする。そして、その肉は冒険者ギルドの看板の元、冒険者ギルドで売られているのだ。
初めてシスターと冒険者ギルドに買い物に来た時は衝撃だった。
まさか魔物の肉を食べる世界だとは思わなかったからだ。
しかし、前世からのガサツな性格から、そんなことは大したことではないと割り切った。ようは、肉が美味しければ問題ない。
俺の目標はその時に既に決まっていた。将来は冒険者ギルドで働くと。
孤児院は街の端っこ、スラム街の中にある。
対して冒険者ギルドは、魔物を避けるための外壁からの唯一の通行門の側にある。
やはり街中で賑わうのは、人々の往来がある通行門近くだ。冒険者ギルドに近づくに連れて、人通りも増える。
中心の市場を通り抜けた先に、冒険者ギルドが見えてきた。
大きなログハウスをイメージさせる外観で、一際大きな三角屋根の建物と、そのすぐ横に中規模のこれまた三角屋根の建物が繋がっている。
中規模の建物の方には、大通りに面してカウンターと扉がある。
カウンターは、俺の目指す冒険者ギルドの精肉店。扉の方は冒険者の交流の場である酒場となっている。
大きな建物の方が、主要な冒険者ギルドの施設で、冒険者が途切れることなく出入りしている。
周囲をダンジョンに囲まれているこの街は、冒険者の数も多い。それ故に、冒険者ギルドの規模も大きい。
大通りを歩く冒険者達に押し潰されそうになりながらも、目的地である精肉店の前に着いた。
「ダノンおじさん!おはよう!」
中身はおっさんでも、子供らしさは忘れない。
自分では可愛いと思う、栗色の髪に紺色のつぶらな瞳を輝かせて挨拶をする。
「コータか!今日は何を買いに来たんだ?ハムはやらんぞ?」
精肉店のカウンターから、身を乗り出して声をかけてくるのは、精肉店を取り仕切るダノンおじさん。
ファンタジーな世界にいる、ドワーフという種族で、髭もじゃでガタイの良いおじさんだ。
ただし、ダノンおじさんはドワーフと巨人族とのハーフらしく、ドワーフの見た目に2メートル越えの背丈をしている。見た目に反することなく、腕っ節も強く。引退する前は、冒険者でも高位のAランク冒険者だったそうだ。
「違うよ。今日から見習いなんだ!お使いじゃない!」
ここは子供らしく抗議する。
「でもハムは欲しいな!今日のハムの味見をさせてよ!」
貰えるものは貰っておこう。俺が肉を食べる機会を逃すと思ったら大間違いだ。
「ガハハ。相変わらずだな。そういや見習いがどうのと言ってたな。ほれ、食ってけ。」
初っ端の挨拶から否定の言葉を出していたにも関わらず、すんなりとハムの切れ端をくれる。
素手で受け取ると、そのまま口に放り込む。
もぐもぐ。うん、やっぱりダノンおじさんのハムは塩加減が絶妙で美味い。
「今日はワイルドボアのハムなんだね。珍しいね。」
「また当ててくるか。坊主の舌には驚かされるわ。」
いつも通りの肉効きで、ハムの種類を当てる。いつもの恒例のやりとりだ。
「冒険者見習いってことは、遂に俺の跡を継ぐとか言う酔狂な考えは辞めたって訳か。」
感慨深げに頷くダノンおじさんにすぐさま訂正の言葉を入れる。
「まさか。僕が精肉店で働くことを諦める訳がないじゃないか。ここで働く為には、冒険者ギルドに所属しなきゃいけないし、ある程度の腕が必要って言ったのはおじさんじゃないか。まずは冒険者として強くなって、かつ今日から見習いとしておじさんに弟子入りするんだ!」
「いやいや。どこに肉屋がやりたくて冒険者で名をあげたいなんて馬鹿がいるんだ。それこそ、マスターが許さねえだろ。冒険者ギルドの職員てのは高ランク冒険者の引退後の職だぞ。」
呆れた顔でダノンおじさんが話す。まぁそれが一般論みたいだ。俺には当てはまらないけど。
「マスターにも了承をもらってるよ!暫くはやっぱり冒険者として一人前になれるように冒険者見習いするけど、夜とか早朝はダノンおじさんのとこで働いていいって許可貰ったもん。」
「おまえは冒険者を舐めてるのか。ただでさえ見習いでクタクタになるんだ。自分から変な仕事増やしてるんじゃねえ。」
「でも、僕の最終就職先はここだもん。タダ働きで扱き使える弟子が増えるんだよ?ダノンおじさんも嬉しいでしょ?」
「なんで俺が喜ぶ前提なんだ。」
「今日は孤児院で肉パーティの予定だから帰るけど、明日からは早朝からお世話になるからね!」
どこか諦めたような顔でダノンおじさんは頭を抱えた。
よし、とりあえず強引な弟子入りが成功したみたいだ。
「お、コータ。早く来てたんだな。」
精肉店前で声を掛けてきたのは、これから見習いとしてお世話になるムドーさんと言う冒険者だ。
冒険者としては珍しく、妻子持ちでこの街を拠点にしている。歳は40程で冒険者歴も30年というベテラン冒険者だ。
この街では有名なCランクの冒険者で、4人組のパーティのリーダー兼アタッカーだ。
ガタイが良く、40歳には見えない程に若々しく鍛えられた身体をしている。ちなみに美人な奥さんと可愛い3人の娘を溺愛している親バカなパパだ。
程なくして、他のメンバーも集まった。
小人族と人間のハーフで、僕より少しだけ背が高いアルルさん。歳は確か30代前半。子供の僕が言うのも変だけど、黄金色の天然パーマにくるりとした丸い青色の目が、お人形さんみたいで可愛らしい男性だ。
「コータ君が見習いとして配属される日が来るなんて、僕も歳をとったかな?」
可愛いらしく首を傾げながら、アルルさんが声をかけてくる。アルルさんはパーティでは弓師かつ斥候。身軽な身体を活かして、探索や後方支援までを行う器用な人だ。
「私達のパーティに配属になってよかったわ。他のパーティじゃどんな扱いされるかわかったもんじゃないし。」
「初めてだと不安なことも多いかもしれないけど、一緒に頑張ろうね。」
アルルさんの次に話していたのが、ナターシャという魔法剣士の女性。年齢は怖くて聞けないが、俺はアラサーだと予想している。
本職は攻撃魔法の得意な魔法使いだが、身体を動かすことも得意とのことで、剣も扱う。女ながらに魔法剣士ということで、この街ではこの人も有名だ。赤髪ロングで少しきつめの美人。少しきつい性格と冒険者としての位の高さが、彼女の婚期を遅らせていると噂されている。
その後の優しげに声を掛けてくれたのが、俺が女神と慕うフィーナさん。少しだけエルフの血が混じっているらしく、耳が尖っている。綺麗なエメラルドグリーンの長髪に白い肌。金色の眼。白と青を基調にした清楚なローブを着ているお姉さん。
歳はわからないけど、俺のストライクゾーンど真ん中の優しい清楚な女性。この人がいるだけで、このパーティに配属されてよかったと思う。
「じゃあ揃ったことだし、まずはコータの武具を受付で借りるか。じゃあダノンさん、このチビ借りてくな。」
「なんで俺に許可とるんだ?」
「そら、あんたの大事な弟子だからな。街の常識だ。」
俺は弟子をとった覚えはない!というおじさんの叫びを無視して、冒険者ギルドへ入った。