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At the window of winter ―冬の窓辺で―

 街路樹の葉が散りきってしまい吹き抜ける風に枝を揺らしていた。路地を駆け抜ける木枯らしがマナナの部屋の窓ガラスを小刻みに揺らす。


「おおおおお、さっぶううう……」


 夜、この冬一番の寒さにマナナは歯をガチガチと鳴らしていた。毛糸の靴下とムートンのスリッパ。膝掛けにコートまで羽織っているというのに部屋は寒いの一言だ。ノートに向かうペンを持つ手もかじかみ文字が振るえてしまうほどである。それでも学校の課題をこなそうと必死にペンを走らせていたマナナだが、ついにペンを放り出してしまった。


「あーっもう。寒すぎる!」


 マナナは呪文書を引っ掴むと台所へ向かった。居間の暖炉では燃え尽きかけた木材がおきとなりチロチロと音を立てている。


「ここはまだ暖かいのになあ……」


 マナナは自分のマグカップを戸棚から取り出し一杯分の水をくんだ。その水を鍋に放り込み、呪文書を開く。


 彼女が唱えた呪文はHeatMetal(ヒートメタル:金属加熱)という呪文だ。金属を加熱することができるこの呪文、本来は工業用に開発された呪文でコップ一杯ぶんのお湯を沸かすなど造作も無い。マナナはポットに茶葉をいれ、お湯が沸くのを待った。


「お、沸いた沸いた」


 ものの数十秒でお湯が沸き、マナナは鍋のお湯をポットに移した。ふわりとした紅茶の香りとともに暖かそうな湯気が漂う。


 その間も呪文の効果は発揮され続けヤカンは真っ赤に赤熱していた。木製の取っ手が炭化をはじめ、ぐすぐすと煙を上げ始めている。


「うわっとととと」


 慌ててマナナはDispelMagic(ディスペルマジック:解呪)をヤカンに掛ける。


「ふう、あっぶない。この呪文、時間経過で熱量が上がるからほっとくと危険だわ……」


 HeatMetalの効果が切れてもヤカンは余熱でチリチリと空気を焦がしていた。マナナはそんなヤカンをまじまじと見つめている。


「これだわ……」


 ヤカンになみなみと水を注ぎ蓋をする。周囲を見回して小さな木箱を見つけると早足で暖炉へ向かった。


「これこれ……」


 木箱の中に暖炉の灰を一杯に詰め込む。灰が熱を遮断し熱したヤカンを置いても箱は無事というわけだ。


(この上にヤカンを置けば完璧。)


 マナナはそのまま木箱を部屋に持ち込み、部屋をぐるりと見渡してから箱を中央に置く。それから、そそくさとヤカンを取ってきて灰の詰まった箱の上に置いた。


「さてと、準備完了……」


 やはりマナナの部屋は寒かった。外の風も勢いを増したらしく窓が小刻みに振るえている。


「よーし、やるわよ……」


 マナナはヤカンにHeatMetalの呪文を唱えると呪文の効果がすぐに現れ温度が見る間に上昇していく。ものの数十秒で注ぎ口から暖かそうな蒸気がゆるゆると昇ってきた。


「おおっ、これはいけるんじゃないかな」


 マナナが温まっているヤカンに手をかざしてみるとまるで暖炉の前にいるかのように暖かく、じんわりと熱が手に伝わってきた。


「今年の冬はこれで乗り切ろう……」


 マナナは勝利を確信し、にんまりと微笑んだ。暖かさを行き渡らせるように手を揉む。


(部屋も暖まってきたし課題の続きをやろうかな)


 そう思い、立ち上がろうとしたマナナの眉がぴくりと動いた。注ぎ口から吹き出る蒸気が勢いを増し、ヤカンの蓋を吹き飛ばさんばかりに水蒸気が発生している。膨大な量の水が蒸発している音が聞こえてくるのだ。


(熱量が高すぎる?)


 見るとヤカンの表面から金属光沢が消え、全体が暗赤色に変化している。


「えーと、あの色は650度……ぐらいかな」


 マナナはボソリと呟いた。


 そう言っている間にも、ヤカンの色は黄色へと向かい、さらに黄白色へと変化していく。


「どんだけ加熱していくんだよ!!」


 マナナは一人で叫んでいた。


 HeatMetalの加熱速度を完全院失念していたマナナのミスであった。あっという間にヤカンに入れていた水が最後の一滴まで蒸発し、ジュンと小さく音を上げる。


(これはっ、まずい。非常にまずい!!)


 この勢いで加熱が進むと鉄の融点である1535度を突破するのも時間の問題である。マナナは呪文書を引っ掴みDispelMagicを唱えはじめた。


 その間もヤカンの温度は上昇を続けじわりと形をゆがめていく。ヤカンが溶けても灰で止まるだろうと思うが、実際どうなるかはマナナにも判らないところだ。


(お願い、間に合って!)


 そんな祈りを込め、マナナはコマンドワードを唱え呪文を発動させた。呪文の効果はすぐに現れ、ヤカンの色が白から黄色になり、暫くして赤になる。


「ふう……」


 マナナは額の汗を拭った。ちらりとヤカンに目を向けると、半分溶けかけたヤカンが無残な姿をさらしている。水蒸気で結露した窓から一筋の雫が流れ落ちた。


「と、とりあえず部屋は暖まったし、課題の続きをやろう。そうしよう」


 呪文書を本立てにしまい込み、マナナは再び鉛筆を握った。




 黙々と課題をこなしていたマナナだが、突然鉛筆を置いて腕組みを始めた。


(HeatMetalの呪文が金属を段階的に加熱していくっていうのなら、加熱の上限を呪文に加えて調整すれば良いだけなんじゃないのかな……)


 マナナは机の本立てから呪文書を抜き取り、HeatMetalが書いてあるページを開いた。書いてある呪文を一から目で追い、温度を上昇させている効果を記述している部分に辿り着く。


「うんうん、ここの文言を変更すればいいわけよね」


 気分が乗ってきたマナナは、課題のノートを机の隅にやり呪文書に変更点をガリガリと書き込んでいく。


「理論は完璧!」


 マナナは両手で呪文書を持ちフンスと鼻を鳴らした。


「あとは実戦っと……」


 マナナはヤカンに向かい呪文を唱えた。新しい呪文を試すワクワク感がたまらいといったふうで、呪文の詠唱もどこか明るくノリノリだ。


「HeatMetal……」


 上昇する温度に制限を加えたことにより詠唱が長くなった事なんて気にしない。暖かい部屋を求めるのに労を惜しんでどうするのだと、マナナはコマンドワードを口にした。


「さーて、どうかな」


 ヤカンはほどよく赤色で安定していた。これまたほどよい熱を放射し、暖まった空気が部屋を対流する。マナナは満足そうに頷いた。


「おっけー、おっけー。これは実用的すぎる! やれやれ、これで学校の課題も捗るってものよね……って、うああああっ、もうこんな時間にっ!!」


 ふと気がつくと時計は午前3時を回っていた。


(これから課題を30分で終わらせて就寝。大丈夫、4時間は余裕で寝られる!)


 カッと目を見開きマナナは机に向かった。


 スッキリした頭脳がフル回転し、ノートを滑るペンが唸る。


 30分かからず学校の課題は終了しマナナは鉛筆を置いた。


「よしっ、寝るっ!!」


 上着を脱ぎ捨て椅子に掛け、マナナはベッドへ潜り込んだ。


(明日はあのヤカンにPermanent(パーマネント:恒常化)の呪文を使っておこう。コマンドワードで呪文のオンオフができれば更に便利に……)


 なんてことを考えているうちにマナナは眠りについていた。




「なんなの、このヤカンッ!」

「呪文の発展に必要な犠牲だったんだよ、お母さん!」

「言い訳しないの!!」


 次の日の朝、ヤカンを探しに来た母親にたたき起こされ、熱でひしゃげたヤカンを目にした母親からお説教されたのは言うまでもない。

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