プロローグ
プロローグ
「これが私の呪文書になるの?」
机の上に、大きな呪文書が置かれていた。神秘的な輝きを放つ呪文書に、幼い少女の視線が釘付けになる。
「そうだよマナナ」
皮で装丁され、美しい象眼が施された表紙には、大きなアクアマリンが飾られている。それは、あたかも全てを見透かす瞳の様に澄んだ輝きを放っていた。
「中を見てもいい?」
「ああ、いいとも」
待ちきれなくてうずうずしているマナナに、老人は懐から小さな鍵を手渡した。
「鍵?」
「そうだ、最初にこの呪文書を開いた者がその呪文書の使い手となるんだよ」
「開けて良いの!」
「勿論だとも」
「やったー!」
マナナは、ブックバンドに施された鍵をじっと覗き込んだ。真っ黒な金属で作られた鍵には、おどろおどろしい細工が施されている。マナナは思わず息をのんだ。手にした鍵をゆっくり鍵穴に差し込んでいく。鍵は音もなく鍵穴に吸い込まれ、何の抵抗もなく、くるりと回った。
まるで生き物の様にうねりブックバンドが外れた。その様子に一瞬身を引いたマナナだが、表紙に手を掛けそっと捲ってみる。
表紙を捲ると、まるで突風が本から吹き上げてくる様な感覚がマナナを包み込んだ。眼を細め、マナナは、吹き荒れる風に負けまいと、小さな両手でしっかりと本を掴んでいた。
それは一瞬の幻覚だったかもしれない。吹き荒れる風が収まり、マナナは開いた本に視線を戻した。
「あれ…、なんにも書いてない」
すこし残念そうにマナナは他のページをぱらぱらと捲る。呪文書には何も書かれておらずまるで分厚いノートの様だった。
「その本には自分で呪文を書き込むんだよ」
老人は、マナナの頭を軽く撫でにこりと微笑んだ。
「わたしが、自分で」
マナナの幼い表情が引き締まる。その瞳の奥にはやる気の炎が灯っていた。
「明日から修行だね」
「はいっ、師匠!」
マナナは元気よく答えた。そう、マナナはこれから呪文使いとなるのだ。
真っ白なページから始まる呪文書。ノートの最初のページって可能性っていうか、なんか良いと感じるんだ。