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永遠にリスポーンする恋物語  作者: いのりさん
第二章 名無し編 ~最強執事だ~
6/61

五話目 【先生になります】

 太陽が出る前からフリュウの一日は始まる。


「お疲れさま」

「あっ、兵長!お疲れさまです!」


 彼がこの国にいる間は毎日かかさず行っている日課がある。

 それはランニングだ。国を囲む壁、その周りを一周するのだ。

 フリュウは真っ暗な中で光を放つ場所でとまった。

 部下とのコミュニケーションを理由にした休憩だ。ランニング中は神としての能力を一時的に解除しているため体力が大きく下がっている。

 人の体力で巨大な国を一周しかも全速力、それを休憩なしでは無理だ。


「それじゃ昼また」

「はい!お願いします!」


 話を少ししてからフリュウは再び走りだす。

 ピシッと起立するアスト王国門番、門番二人はキレイなお辞儀をした。

 守護兵団の裏の頭、公には知られていないが兵団メンバーには彼がその人であることを知っている。

 装備系魔術にある、狂走付与はしない。加速のみを使用してフリュウは巨大なアスト王国を一時間で走りきった。


 次は食事だ。

 マティルダを除く四人には交代制で食事当番が決まっている。

 神達には食欲というものがないため、本当に簡単なものだ。

 買い出ししてきたパンそのままに、肉を焼いて終わり、そんな日も多い。

 だがフリュウは人としての感覚を消してはならないということで、食欲と睡眠欲はなくても食べるし眠る。

 食事も可能な限り新鮮なものを使う。

 アスト王国では時間と手間をかけて食材を調理するのがよしとされているが、フリュウの出身である和国では生のほうがいいとされている。その影響だ。

 何年も作り続けている料理、手際よく作業を進めていった。


「おっし、完成だな」


 今日の朝は和国でよく食べられるものだ。

 もっとも、朝によく食べられるわけではないものが混じっているが。

 刺し身に漬け物に味噌汁、それをこの国の主食であるパンと食べる。フリュウだけ抹茶アイスつきだ。

 あまり組み合わせとしてはよくないな。そうフリュウも思ってはいるが、美味しいものは何とあわせても美味しいのだ。

 ちなみに、漬け物の量はかなり控えめになっている。


「……はやく起きすぎたか」


 フリュウは窓の外から真っ暗な外を見た。

 この世界には時間というものはある。しかし時計はない。

 朝に太陽がでて、昼は明るくて、夕方は空が赤く染まり、夜は暗い。この全員共通の感覚によってだいたい今何時なのかは各自の判断に任せられている。

 まだ四時だろう。自身の体内時計を頼りに正確に時間を言い当てた。

 食材が悪くなってはいけない。そう考えてフリュウは拒絶の空間をつくり、その中に朝ごはんを入れる。その空間は時間を拒絶しており、食材の繊維が落ちることはない。


「フリュウさーん!」

「ん?」


 太陽が顔を出すまでゆっくりするか。そうフリュウが考えていると二階からすごいスピードで階段を駆けおりてくる音が聞こえた。

 その声は震えており、何かに恐怖しているような声だ。

 フリュウは疑問に思いながら、リビングで声の主が到着するのを待った。


「フリュウさん!」

「ちょっ……、悪い」


 声の主はもちろんマティルダだ。

 マティルダはリビングに入ってくると同時にフリュウに抱きついた。

 当然だが拒絶される。

 拒絶の氷は衝撃を完全に消し去って、マティルダは氷の壁にそってずるずると落下した。


「問題ありません!」


 何かに安堵したような声音だ。

 表情も、階段から聞こえた声のような恐怖している様子はない。

 フリュウは安心して彼女の顔を見ることができた。


「懲りないなぁ」

「根気が大切なんですよ、何事も」

「……いいこと言ったな」


 フリュウは恐れていた。

 拒絶が誰か自分の大切な人を傷つけることを。

 だがマティルダは拒絶されても笑顔を見せてくれた。

 ミコト同様、拒絶しても側にいてくれる、それが嬉しかった。


「フリュウさん、昨日ミコトとお楽しみだったようで」


 声音が変わった。

 マティルダはすぐに分かる作り笑いを貼り付けている。

 マティルダが聞きたいのはここからが本題だった。


「え、そんなことはないよ」


 マティルダは泣き出した。

 彼女の目の下には濃いクマができており、可愛い顔が台無しだ。


「嘘言わないでください!見てたんですから!昨日フリュウさんがミコトと抱き合ってるの!」

「えっと、それはだな……」


 どうやって覗いてたんだ!と叱り返す選択はできなかった。

 彼女の必死な顔を見てはそれを選択するのは自分の立場をさらに悪化させると結論に至ったからだ。


「抱きあうだけなら友達でいいんですよ!でも、でも、キスまで見せつけて……うう」


 マティルダはさらにフリュウにしがみつこうと試みるが、フリュウの不本意な拒絶によってその氷に重心を預ける形でフリュウをまっすぐ見た。涙で揺れる視界で、彼が目をそらせないような眼力で。

 別に見せつけてるつもりはない。そう言い返したいフリュウだが、これも開き直ってるようにとられるだけ、選択肢にはなかった。


 マティルダを説得する途中、ミコトが乱入してきて修羅場と化した。


「フリュウさん、昨日は、その、ありがとうございます!」

「え……、あ、おう」

「……」


 泣きたいのはフリュウのほうだった。

 何でこんなタイミングで話に入ってくるんだよ!と逃げ出したい気分だ。

 昨日は必死にミコトを襲うのを媚薬を使われながら我慢して、必死にギリギリで持ちこたえたと思ったら違う女性がそれを覗いていて、説得できると思ったら本人が登場してしまったのだ。

 ミコトは少し顔を赤らめながら礼をするしマティルダはそれを見て再び泣き出しそうになる、フリュウはこの状況を投げ出しそうになる。


「その、昨日は……、気持ちよかったですよ?」


 ミコトは後半にいくにつれ音量が下がっていった。

 ミコトは「フリュウさんのおかげで昨日は気持ちよく眠れました」を含みを持たせて言っただけなのだが、恋人二人だけなら微笑ましい雰囲気で終わるだろう。だがここに別の恋敵がいるのだ。

 もちろんそんな微笑ましい雰囲気にはならなかった。

 この場にムラマサがいるのなら、彼だけは微笑んで終わるだろうが。それは「計画通り」のゲスな微笑みだが。


「フリュウさん」

「……はい」


 マティルダは照れるミコトの姿を見て、それまでの説得に裏があると誤解した。

 マティルダは顔は笑っているが、目は笑っていない。乾いた笑みだ。


『ふふふ、愛されているな』

『楽しんでないで手伝えよ』


 フリュウはマティルダを説得するのにさらに時間を費やすことになった。

 最終的にフリュウは一週間に一日は上半身裸で眠ることが決定した。




~~



「さて、じゃあ行ってくるよ」

「いってきまーす」


 夕方になった。アダムズ家との約束の時間だ。

 フリュウは動きやすい甚平、マティルダは可愛らしい白のワンピース姿で家を出る。

 今日は守護兵団との訓練も、マティルダとの特訓も途中で切り上げて食事を終わらせて向かう。


「家は任せてください!」


 ミコトはやる気満々といったポーズをして玄関で見送った。

 ムラマサは守護兵団との訓練、レイティアもフリュウの代理として訓練の監視をしていた。

 普段との見送りの差に物寂しさを感じながらも、二人は意気揚々と歩いていく。

 フリュウはマティルダを説得した後でレイティアも説得するはめになった。

 フリュウは必死に二人を説得するために普段以上に話しかけるわけだ。そのまま説得に成功したため、その調子で会話が続いた。

 普段あまり人と接することに積極的ではないフリュウには新鮮なことだった。

 そんなわけでフリュウは気分がいいのだ。

 ニコニコなフリュウを見てマティルダもニコニコしているわけだ。


「いい天気だな」

「あれ、珍しいことを言いますね」

「いやー、なんか気分がいいんだよ」

「明日も晴れますね」


 二人は夕焼けを眺めながら歩く。

 壁の中のアスト王国では太陽が見えなくなるのが早いので夕焼けの時間は短い。

 夕焼けを見て何か思うことがあるのはどこの人も同じなのだ。


「家庭教師を頼まれたフリュウです」

「それとマティルダです」


 アダムズ家は最上位の貴族だ。金も地位も有り余っている。


「ご主人様から話は聞いています、どうぞこちらへ」


 有り余っている金の使い道は人を雇うことらしい。

 門番が家まで案内してくれた。

 白銀の鎧に同じような色の長剣を持ったいかにも歴戦の兵士だ。

 あの鎧いくらくらいするんだろうか。そんな視線を向けながら二人は庭の道を歩いた。


「こちらです」

「どうも」


 門番は一礼して来た道を戻っていく。

 玄関まで案内されて少しするとドタドタと走ってくる音が聞こえてきた。


「お待ちしてましたフリュウさん、えとそちらの方は……」

「あら、可愛い娘さんですね」


 とたんマティルダの顔が赤くなる。


「私の教え子です、ジルくんを任せようと思いまして」

「……マティルダです」


 二人を出迎えたのはアダムズ家の主と妻と息子の二人。

 マティルダは必死に平静を装いながら挨拶と同時に一礼した。

 息子の二人は何か不思議なものを見る目を向けている。

 二人は居心地が悪くなってフリュウが口を開いた。


「……何かありましたか?」

「……いや、どうしたんだお前達挨拶は」

「マイク・アダムズです」

「ジル・アダムズです」


 父親に急かされて仕方なく挨拶をした、そんな雰囲気だ。

 礼儀がなってないだろ。フリュウの表情が固くなる。


「いや、随分と」

「小さいんですね」


 兄弟二人のコンビネーションアタックが決まった。




~~



 家庭教師の仕事が始まった。

 マイクにはフリュウ、ジルにはマティルダが教えることになった。


「フリュウさん、でしたっけ」

「ああ、どうかしたかい?」


 アダムズ家の中庭、それが二人の教室だ。

 マイクはフリュウから距離をとって芝生の上に立つ。

 マイクは大人顔負けの体格をした短い金髪、雰囲気はグループのリーダーって感じだ。

 マイクの金髪が闇に呑み込まれつつある夕焼けを受けて輝いている。


「父さんが熱心に取り込もうとしてたからどんな人かと思ったら、まさか俺より年下とは、しかも名無しだと」

「ふむ、そこか」

「ああ」


 天狗になりつつあると言うのは本当らしい。

 別に俺の気にすることではないか。とマイクに軽蔑の目を向けながらも、フリュウはもう割りきってしまった。


 アスト王国では大きくわけて三種類の人間ができてしまった。

 まず貴族。この国で大きな権力を持った家系。

 そして一般人。働いて金を稼いで、人の営みをする上で必ず出てくる平均的な存在だ。

 そして名無し。奴隷や農民がこれにあたる。人は誰かの上に立たないと満足できない。はっきり言ってしまえば一般人に不満を与えないためにつくられた存在だ。


「言っておくぞ、俺は上級魔術を使える」

「そう言っていたな」

「剣術も中級だ」

「すごいじゃないか」


 マイクは自慢気に両手を広げて顎をつきだしている。

 そんなマイクにフリュウは眠たそうな目を向けた。

 ここで話し合っても無駄だという判断だ。


「俺より弱い人には従えない」

「ほう」


 フリュウはやっとやる気になった。


「そうかそうか、なら試してみるか?」

「なんだと」


 少しの間をもって風が吹いた。

 二人の間に落ちた不幸な桜の花弁がパチッと弾けた。


「ルールはなんでもありの正面戦闘、剣も魔術もありだ」

「本当にいいのか」

「もちろんだ、その自信を叩き潰して欲しいとお父さんから言われているんでな」

「……っ」


 マイクは白銀の剣を手に取った。


「炎を纏え」

「へぇ」


 マイクの一声で剣が炎を帯びる。

 フリュウが感心したのはそれが上級魔術だからだ。

 そしてその剣が魔力付与物マジックアイテムだと分かったからだ。

 炎を一定の物に留めておく、それは常に意識的に維持する必要があり、難易度の高い技術。

 そしてその剣は炎を受けても弾くことはなくそれを受け入れている。魔力を蓄えることができる能力を持っているのは明らかだ。


「日輪丸、出番だよ」


 フリュウもマイクが剣を構えるのを待ってから剣を構えた。

 装飾など何も入っていない緑色の柄をもつ短剣、それがフリュウの愛刀だった。

 愛刀はフリュウの呼び掛けに答えるように小さく輝いた。


「負けても俺を恨むなよ、お父さんを恨んでくれ」

「俺はこの国でもトップクラスだ、実力も家柄も、負けるなんてあり得ない!」


 マイクは言い終わると同時に地面を蹴って自己加速魔術と筋力強化魔術を使用した。

 剣術と魔術両方の才能がないとできない戦い方、天剣流だ。

 天界から伝わったとされる流派で剣をメインにして魔術でサポートする。

 その強さは他の流派の何歩も先を行っていると言われる。

 まず対応力。剣では勝てない状況でも魔術なら何とかできるかもしれない。

 あくまで対応力は使用者の技量に依存するが、それは他の流派も同じ。

 そして攻撃力。自己強化系魔術をガンガン積むため力でごり押しができるかもしれない。

 一番の違いが使用者の才能と経済力に依存すること。

 まず自己強化系魔術に耐えられる装備と肉体、装備はその能力を持った魔力付与物マジックアイテムになる。肉体は何度も行使する根気が必要。

 以上の理由で天剣流は色々な意味で何歩も先を行っていた。


「ハァァッ!」


 マイクが吠えた。

 左足が地面を蹴ったと同時に彼の体全体を青い光が包んだ。

 魔術を体に使用した証拠だ。

 青い光を放ったマイクはフリュウに向かって一直線に走る。

 残像が残るような速度だが、この世界の剣士は化け物だった。

 そんな速度で動いてもフリュウには視えている。

 フリュウは日輪丸を横に薙いだ。


「……っ!?」

幻影跳躍ファントムステップか……)



 フリュウはすぐに間違いに気づいた。

 マイクはいなかったのだ。

 たしかに彼の視える場所を刀は通ったはずなのに。

 だがフリュウの思考には余裕があった、不覚をとったが焦るような段階ではない。すぐに彼の居場所を感知した。

 幻影跳躍ファントムステップは魔力を可視化させて本体の居場所を分からなくさせる魔術。

 簡単に説明すると魔力で作ったダミーの影で本体が自由に動くわけだ。

 この魔術の原理上、本体はそこまで距離をとって使うことができない。離れてしまえば本体とダミー両方を見られてしまうからだ。

 そしてこの魔術は初見だからこそ力を発揮する、この世界の初見殺し魔術だ。二度目以降は警戒される。

 それ故、本体が近くにいることは容易に想像できた。


「くらえっ!」


 マイクはフリュウの背後にいた。

 声を出して、これから攻撃しますよ。そう合図をしているマイクに呆れるフリュウ。

 高速での横移動をしているので、フリュウはマイクが長剣を横に薙いでくることを予想できた。


 フリュウは右膝を芝生についてしゃがんだ。

 フリュウの頭上を炎の剣が通りすぎていく。


「なっ……」


 完全なる死角からの攻撃チャンスを物にできなかったマイク。

 避けられることは予想外だったのだろう。次の手を打つのに時間がかかった。

 フリュウはその間に後ろに振り向き、その流れで日輪丸を小さく振るった。

 マイクの次の手は右足での蹴りからの後退だった。


「うっ……」

「もらったよ……」


 ピシンッと鋭い音が聞こえた。

 マイクの苦痛に歪んだ顔と声、それと同時にフリュウの冷たい声が返ってきた。

 後退して着地したマイクの右足はなかった。

 拒絶を付与したフリュウの日輪丸はいとも容易く皮を裂いて肉を裂いて骨を切り離した。

 綺麗な断面からは鮮血がゼリー状になってとどまっている。マイクが止血をしたようだ。


「俺の勝ちでいいかな?」


 俺の一番好きなことを言ってやろう。俺のことを舐めてるやつに、圧倒的な力の差を見せつけてやることだ!

 そんな自己満足は声には出さず、フリュウは微笑んでマイクを見た。


「……し」

「ん?」


 マイクは震えていた。

 何かに歓喜しているような笑みが口元に浮かぶ。


「師匠!」

「は?」


 マイクの目は輝きを放っている。何か希望を見つけたような、そんな表情だ。

 そして戸惑っているのはフリュウだ。

 自信を溢れだして見下していた少年が突然自分に敬意を持った言葉を口にしたのだ、無理はない。

 マイクは片足で四つん這いならぬ三つん這いをして這い寄った。

 大人の顔負けのいい体格をした男が自慢の筋肉に物を言わせて這いずってくる様子は気持ち悪い。


「師匠!これからお願いします!」


 そしてフリュウは真っ直ぐな感情のこもった目に弱い。


「ああ……、ついてこいよ」

「はい!」


 フリュウはマイクに治癒魔術をかけて足をくっつけ、マイクの変化に驚きながらも組手を続けた。




~~



 フリュウがマイクの心を掌握したころのマティルダ。

 ジルの部屋で紙とペンを持って呆れた表情をしている。


「はい、じゃあ算数やりますよ」

「ふっざけんな誰がそんなめんどくさいのやるか!」


 ジルは机の横で待っているマティルダに殴りかかる。しかしマティルダは同年代と比べてはいけないような存在だ。

 ジルはまだ9才、マティルダも身体的に同じくらいだ。だがマティルダはフリュウやムラマサに鍛えられた魔力がある。

 ジルは黒髪を長く伸ばした坊っちゃんだ。魔術も剣術も教えられていない同年代がマティルダに抵抗できるはずがない。


「はいはい、やりましょうね」

「ぎゃぁぁぁ!待ったギブッギブッ!」


 マティルダはジルの拳を小さな手で受け止めると、炎の爪で握りしめる。

 一応だが、生徒ジルを怪我させないように炎は熱を消して加減をしている。


「この怪力娘ぇー!」


 しかし貴族として自由な生活をしてたのだろう。たまらずジルは逃げ出すのだ。

 二人はこれを何回も繰り返している。

 少しすると帰ってくるのだが。


「こらジル、算数は大切なことなんだから言うこと聞きなさい」

「わかったよ……」


 母親に連れられて渋々マティルダの元へと返される。

 母親の前では従順な息子を装ってるようだ。

 そして母親の足音が聞こえなくなると本性を現す。


「僕はな、お兄様みたいな強い男になりたいんだ!はやく魔術を教えろ!」


 そういうことらしい。

 両手を大きく動かして必死にアピールするジルは微笑ましいものだが、同年代には通用しない微笑ましさだ。

 マティルダは冷たい視線で聞き返す。


「算数は必要ないと?」

「そうだ」

「読み書きもしたくないと?」

「そうだ」

「なら何がしたいの」


 マティルダがそう聞くとジルは口角を吊り上げた。

 人を不快にさせる笑みとはこのことだ。


「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれた。

 僕は恋がしたい!」

「ええー……」


 本格的に呆れ始めたマティルダ。その顔には「駄目だこいつ……、はやくなんとかしないと」と書かれている。


「家庭教師は雇い主に口答えするな!さっさと僕に惚れろ!」

「……はぁ、馬鹿なこと言ってないで椅子に座りなさい」

「断る!」


 腕組をして動かないぜアピールをするジル、この年頃はわりとめんどくさいのだ。

 マティルダは困った顔をしてフリュウに助けを求めたかった。

 結局マティルダとジルの初日は机で頬杖をついてふくれるジルに算数の基礎を読み聞かせるだけで終わってしまった。




~~



 家庭教師として働く時間を終えて帰ろうとするとアギラ・アダムズにとめられた。

 そのまま二人は客室ではなくリビングで色々話を聞かれることとなった。


「師匠、俺お茶入れますね」

「いいって、一応俺は雇われてるわけだから」


 マティルダはこの光景を見てショックを受けていた。

 フリュウは完全に生徒マイクの心を掴んでいた。それに対して自分は、という劣等感を感じる。


「いやー、フリュウさんに家庭教師をお願いしてせいかいでしたよ」

「そう言ってもらえるとありがたいです」

「師匠はもっと威張ってればいいのに。なんで知名度が低いか分からないくらい強いんですから」


 アギラは笑顔で話しかけていて。マイクが淹れてきた紅茶を飲みながら微笑むフリュウさんを見て、マティルダの受けた劣等感はさらに強まっていく。


「ジルのほうはどうでしたか」

「えっ……、それがですね。算数はまったく、言葉もまったくで魔術がしたいと」


 話が振られるのは分かっていた。だが自分の失敗を認めるのは辛い。

 リビングにはジルはいない、もしいたら全力で口封じに来るだろう。

 マティルダは何があったのかを申し訳なさをにじませながら正確に話していく。


「それで恋がしたいから俺に惚れろと……」

「ぶっ……」


 その瞬間マイクが噴き出した。


「ハハハハ……、ふぅ、あのばか野郎が」

「よかったじゃないか、彼氏ができるぞ」

「誰が惚れろと言われて惚れるんですか……」


 マティルダはフリュウに惚れてるわけで、浮気はしません。

 そう言いながらも思わせぶりな態度をして熱い視線を浴びせるが、フリュウは鋭くないので気づかない。


 マイクは笑い者にできる立場にいた。弟の恥ずかしい話を笑って流せるのが兄弟だ。

 反面アギラは苦笑いだ。息子の失言を庇ってやるのが親の立場だが、特に何かできるはずもなく、ただ目をそらすだけ。

 フリュウもマイクの立場に近かった。娘の受けた辱しめを助けるのが親だが、限度がある。この程度は笑って済ませて角をたてないようにするのが正解だろう。


「それでフリュウさん、説得してくださいよ」

「俺がか」


 マティルダは水魔術を使って必死さを演出しつつフリュウに助けを求める。こらそこ、ずるいとか言わない。

 一方、生徒に授業を受けさせるのも教師の仕事だよ。フリュウの喉までこの文章が出かけたが言葉にはならなかった。

 マティルダの目は潤んでいたからだ。

 この涙は水魔術でつくった嘘泣きだが、フリュウはマティルダを単なる子どもだと思っている。すんなりひっかかる。


「分かったよ……、マイクも手伝ってくれる?」

「もちろんです師匠!」


 マティルダに返事をしてからマイクにも了承をとる。この行動は後者が絶対に断らないという自信がある時だけできる返答のしかただ。

 フリュウは意識してないが、上下関係を自然につくりあげていた。

 マイクもそのつもりだから問題ないが。


「じゃまするよ」

「こんばんは」


 私とマイクでジルの部屋に入っていく。

 作戦考案はフリュウさん、実行は私とマイクだ。


「お兄様!……とマティルダ先生どうしました?」


 ジルは想像以上に丸まっていた。兄さんには弱いようだ。

 机には魔術の初級の教科書が開かれている、読み書きができないのによく読もうと思ったものだ。感心する。


「ジル、お前授業まじめに受けないらしいじゃないか」

「だってよ、魔術とか剣術が俺には必要なんだ。

 この家はお兄様が継ぐ、なら俺はお兄様の剣になる。

 そのためには純粋な強さが必要なんだって、教えられてきたじゃないか!」


 ジルなりに思うことがあるようだ。

 貴族だけでなく、アスト王国の家は基本的に長男が継ぐ。当然例外があるが、男がいるならそうなるだろう。

 必死に力説するジルを見ているとマティルダは申し訳なくなる。不自由なく神達と暮らして、人生をやり直して、たぶん誰よりも恵まれている自分を見直して。


「でもお前、この文字読めるのか?」

「それは……」


 ジルはやはり読めてないようだ。

 教科書の絵を頼りにして魔術の練習をしてたらしい。

 魔術を使うために必要な魔力は基本的には視えない。感覚だけで使えるようになるのは基礎から発展させないかぎり不可能だ。


「ジル、俺もな、最初は見よう見まねで同じようにやったもんだ」

「お兄様も?」

「そうだ、もちろんできなかったがな」


 フリュウ考案の作戦が始まった。

 作戦はこうだ。ジルのこれまでの努力を無駄にしないように算数や読み書きを習わせる方向に話を持っていく。

 これまでの見よう見まねでの練習を無駄にしないためにはジルが尊敬するお兄様と同じ道を辿っていると聞かせる。これは自信をつけるためだ。出来すぎな兄と同じだと。

 そして兄やフリュウの苦労話を聞かせる。

 計算ができなくて大変だったり、文字を読めなくて大変だった話だ。


「それでな、読み書きを必死に頑張ったんだ。

 この教科書を読めるようになったら初級の魔術はほぼマスターできた。

 初級ができたら後は簡単だ、枝分かれさせてくだけなんだからな」

「本当ですかお兄様!」

「もちろんだ」


 フリュウの案だともう少し苦労話を続ける予定だったが、尊敬する兄の説得ですぐにやる気になってくれた。

 ちなみにフリュウの苦労話はかなり重いものだった。

 旅をしてた彼は和国の言葉しか読み書きできず、宿を借りることも出来なくて野宿したり、金を騙しとられてしまったといった旅の苦労話だ。その詐欺師を取っ捕まえて金を奪ったようだが。


「ほら、ここに算数もできて読み書きができる先生がいるんだ、明日からちゃんと聞きなさい」

「はい!マティルダ先生すみませんでした!」


 ジルは人が変わったようだ。

 目をキラキラさせて私を真っ直ぐ見つめている。これは普段マティルダがフリュウ向けている目だ。マティルダは困るが、自覚はしていない。


「あと、マティルダ先生を惚れさせたいならもっとカッコいい男になれ」

「はい!」


 それは余計だ。

教訓


「何かをするとき、それは国を歩くのと同じだ。

 一番の近道は暗くて障害物が多い路地裏、一番悪い道だ」

 フリュウ

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