一話目 【もう1度彼と】
レイティアの放った光が収まると、私は森の中にいた。
薄暗く……、気味の悪い森だ。
この地形を私は知らない、冒険者や開拓者として様々な森に入ったことがあるが、これだけ薄気味の悪い森は初めてだ。
光すらほとんど入ってこない、それはこの場所が森の奥深くに位置するからだろう。
絶対魔物が出てくる、そう確信できるような雰囲気に迷わず腰にあるはずの剣をとろうとする。
いや、とろうとした。
「あれ?……ない!ない!」
しかし、動かした手からそれらしき感触は感じられない。
腰から足、尻にまで手を走らせるが、剣らしき物はなかった。
そして感じた、自身の体の貧相なことを。
こんなペッタンコだったかなぁ……。
膝や股にはほとんど肉がついていない、不健康そうな体になっていた。
「もしかして前世くらいまで巻き戻ったとか……!?あの駄女神め!」
この現象を引き起こした 駄女神 に文句を言う。
しかし本気ではない、今頃フリュウさんは生き返ってるはずだ、もし生き返ってるなら全力で彼女には感謝して、彼とはまた恋人として付き合おう。
でもこんな貧相な体でフリュウさん、見てくれるかな……。
フリュウさんは外見で人を判断するような人ではないが……、どうしても心配だ。
男の言う「信頼してくれ」をマティルダは一度裏切られているのだから。
その結果がこれなのだから。
「けど私こんなところ来たことあるかな……」
不安要素があった。
まず、時を巻き戻すだけなのだから、転移しても私が来たことがある場所になるはずだ。
しかしここは……、知らない土地だ。
もしかしてあの 無茶苦茶魔術 が失敗したのでは……。
レイティアは天才だが、こうなったら彼女は天災になってしまう。
もし完全に失敗してるなら私は迷わずこの谷から身を投げるだろう。
そして、武器がないこと。
私は出掛けるときは必ず護身用の武器を持っていたはずだ、なのに無いのだ。
フリュウさんが言うには「可愛い娘をには棘をはやしておかないといけないから」とのことらしい。
しかし、武器がないのはどういうことか……。
困ったら、あまり得意ではないが魔術を使えば何とかなる、これはそこまで問題ではないかもしれない。ここら一帯が焔に包まれるが……。
手加減を習っておけばよかったよ……。
派手な魔術ばかり好んで教えてもらっていたせいで、小回りのきく優秀な魔術を無視してきた。
使えるのは本当に基礎的なものだけだ。
そして最後の問題。
体が、なんか変だ。
筋肉は衰えてるし、体がなんかガサガサしている、こんなのではフリュウさんに嫌われてしまうかもしれない。
女性としてこれは許容できない。
そう危機感を抱いて、体を見下ろすわけだが……。
「……あれ。なんでこんな服なんですか……?」
見たのはボロボロの布一枚だけの自分の姿。
あまり驚いていないのは、その布がある程度の大きさをしていたこと、そして……、私がわりと強引なアタックをしていたからか。
男女逆なのでは、と思うが、フリュウさんが油断してる隙に押し倒したり、当然本気で嫌がるようならやめる自制心を持ってだ。
仕方ないなぁとか言われながら受け入れてくれたが……。
もちろん、あんな姿をフリュウさん以外に見せる気はないが。
露出プレイはちょっとなぁ……。とか考え始めて自分が惨めになる。
これでは露出プレイどころの話ではない、はやく家に帰らなくてはいけない、しかしどこにいるのか分からない。
だが焦ってしまってはいい結果になることは少ない、自身の体験談だ。
「……っ!」
確信に辿り着いた。
駄女神 の思惑もすべてを悟った。
自分の体をまじまじと見下ろした時だ。
明らかに足りないものがあったのだ。
視界を妨げる何かがなかった。
胸がない……。
私は自分で発育はよかったと思っている。
成人(身体的に)するころにはボン、キュ、ボンとはいかないが、それなりに女性らしい体をしていたと自分でも思う。
レイティアとミコトが平凡、貧相な体をしていたので真相は分からないが……。
薄れている記憶、胸が完全になかったのはそうとう幼い頃だろう。
そのせいで幼い時(身体的に)はレイティアに羨望の眼差しを向けた時期があった。
ミコト、レイティア、私、この3人並んで小中大すべてをカバーできていた。どことは言わないが……。
「まさか……。私がフリュウさんと会う前の時間に巻き戻ったのでは……」
そんな感じで結論が出た。
何のために。
フリュウさんを生き返らせるだけなら、戦争が始まる前に巻き戻して、強引にでも彼を引き留めるだけですんだのに。
理由は簡単だ。
レイティアもミコトもフリュウさんに好意を向けていた。
結局、私にフリュウさんを持っていかれただけで。
そう、やり直したいのだ。
彼女らも、フリュウさんと結ばれたいと、本気で願っていた。
女子会?みたいなタイミングでは「一夫多妻制っていい響きですよね」とか言ってきた時は軽く戦慄が走った。
私がフリュウさんと出会う前にリセットして、未来を変えようとしてるのだ。
あわよくば、ここで最大のライバルである私に死んでもらおうと……。
さすがに死ぬ、まではいかないと思うが、彼女達もやり直したいのは正解してるだろう。
「嘘でしょ……」
走り出した。
森の中を。
枝がひっかかって無防備な肌が切れるが、そんなこと気にしていられない。
すぐにでも森から離れなければ、魔物に食い殺される。
ただ、無我夢中で走る。
愛する彼と出会った日を思い出して……。
こっちであってるかな。
不安がとうとう彼女の心を支配した。
「ハアッ……、ハアッ……、あった」
全速力で走り出してからどのくらいたったか分からない。
少なくとも一時間以上は走り続けたと思う。
この小さな幼い体で一時間走り続けた、火事場の馬鹿力といつやつだろう。
生物はどれも、命の危機に瀕するとあり得ないような力を使うものだ。
当然、安心したマティルダの覚醒状態はそこで切れた。
「ここだ……この道は覚えてる……!」
大きな谷、流れ落ちる滝、常に薄くかかる霧のような雲。
ここは人族と魔族の世界の境界。
霊峰だったのだ。
呪われるとか恐怖を煽る噂しかないこの霊峰、その谷に面して横幅3mほどの土が見える道、どこかの命知らずが切り開いたのだろう。
ここが過去だとすれば、いつかフリュウさんが通りかかるはずだ。
もし通りすぎていたら、この体ではアスト王国に辿り着いくことなど出来やしない、その時は諦めて、愛する彼を守れなかった私を恨もう。
「ちょっとくらい……、寝ててもいいよね……」
もしかしたら、最初の私は、全速力で走らずにゆっくり歩いていたかもしれない、そしてここに到着したと同時にフリュウさんと出会ったかもしれない。
私が早く来すぎたかもしれない……、さすがに印象の薄いことは覚えていないのだから。
周りの草をかき集めて、簡易な布団を作った。
さすがに苔とか生えてるところに直に寝転がりたくない。
ベトベトして気持ち悪いからだ。
フリュウさん……、はやく見つけてね……。
目が覚めたら白馬の王子様がいることを期待して、眠りについた。
すぐに夢を見ることが出来た。
夢の内容は、彼に抱かれる夢だ。
夢の中で、彼に再開できた。
行為にこそ至らなかったが、彼がこの幼い体を受け入れてくれている夢だった。
体に悪いよ、そういって彼は優しく撫でてくれた。
夢の中なのだから、自分の欲望通りになってほしかった気もするが、自分なりにこの体を意識してのことだろう。
結果的には最高だった。
彼は私のことを覚えてくれていて、幼い私を好きだと言ってくれた。
幸せいっぱいで眠れた。
目覚めも最高だった。
背中に少し固い感触を感じて目を開けた。
少しも変わらない、私の愛する人がそこにいた。
~フリュウ視点~
この世界は実に理不尽だ。
世界はいじわるだ。
「はぁ……嫌になるよ」
何度目のため息だろうか……、もう五桁を越えてるだろう、そう思ってしまう。
この世界は実に理不尽で、時間とはせっかちで、俺にまったく合わせてくれない。
今日も暇潰しに世界を旅してるわけだ、時間は無限にあるのだから。
無限にあるからこそ、無駄にしてしまう。
無駄にしたくなる。
可能な限り楽しく時間を潰すために努力をするのが今の俺の生き方になってしまった。
実に悲しいことだ。
「俺は……、どうすれば……」
いつも通りの自問自答に入ろうとした。
今回は珍しく乱入者がいた。
『死に場所を探すのか』
「……っ、珍しいな、お前が答えるなんてよ」
フリュウの身の内に宿る神が口を開いた。
久し振りに口を開いた契約者に意外感を隠せない。
『どうなんだ』
オニマルは太い、低い声で彼に問いかける。
フリュウは知らないことだが、オニマルはすべてを知っている。
この先に彼が幸せを掴むことを知っている。
今、耐えてくれ!
オニマルは感情こそあまり出さないが、長年付き合った相棒に同情しつつ、感謝していた。
「破壊神をやめるのも考えてるんだよ……、けどお前がいたからこそ俺は復讐を成し遂げられたんだ」
『そうか』
「そうだ……、だからお前を捨てたりはしない。
お前の仲間達も俺にとって大事な繋がりなんだ。
俺がお前の変わりに大切なアイツらを守ってみせるさ」
『お前は辛くないのか』
「……辛いにきまってる、死にたいくらいに」
今、俺は涙を流してるかもしれない。
俺が人として生きていたのはもう遥か昔になる。
その時にいた許嫁とは毎日イチャついてたもんだ。
毎晩二人で抱き合ってたのが、幻のように感じる。
この人と夫婦になるんだから、遠慮する必要ない。
欲望のままに行動してたのが懐かしい。
すべてを失ったんだから。
新たな出会いとして、神三人と暮らし始めるが、やはり満たされない何かを感じる。
もう生きてる意味を自分で見出だせないのだ。
『勝手にするといいぞ、死ぬなら三人には俺から伝えておくからな』
「お……、とめないのか」
『あの三人もお前が悩んでることを知っているからな、レイティアとミコトに至っては、お前の心の孤独をどうにかしてやりたいと動いてるのを気づかないのか』
そこまで鈍感ではない。
俺は他人への関心はあまりないのだが、ずっと近くにいる相手なのだから無理矢理にでも気づかされる。
「……二人ともいい女だよ、俺にはもったいない」
レイティアもミコトも美人だ。
レイティアは和国出身の俺からしたら、異国風の美人だし。
ミコトは俺と同じような雰囲気の、和国ならまさに傾城の美女だ。
『死ぬ前に言わせろ』
「……なんだ」
珍しく契約者の口数が多い、昨日まで黙ってたくせに、何かあったのか。
俺は嬉しかった、話し相手がいない旅は寂しい。
旅は道連れ。
オニマルが道連れになってくれるなら、これからの旅は少し楽しくなるはずだ。
俺は微笑みながら、オニマルの声に耳を傾ける。
『この世界は俺を含めた神の手で管理されている。
そして最も重要としているのは平等だ。
お前はこの世界で最も不幸な人間だ、神としていってやる』
「ほめてないだろ」
『ほめる要素がないだろ』
つまりこういうことか。
俺が今不幸なぶん、幸運が返ってくるということか。
神が言うんだから信じよう。
「俺もよ……、不幸なまま死んでいくのはシャクだからな。
死ぬのは借金をしっかり完済させて貰ってからにしようか」
『そうしてくれ……、俺もお前が世界に絶望だけを残して逝くのには納得いかない……』
「そうなったら 創世神 に文句言っといてくれよ」
再び沈黙がくる。
オニマルにレイティアやミコトのことを言われて、彼女らが恋しくなってしまう。
当然、俺もその気になれれば彼女らを抱きたい。
恋したい。
誰かに愛されたい。
体で愛を感じたい。
俺の精神年齢は、体の成長と共にとまってるのだから、可能なら女性と特別な関係になりたい。
そして、自分の呪いにまた絶望するのだ。
この繰り返し。
俺は未来の絶望する自分を眺めて嫌になる。
どのくらい歩いたか、沈黙が続いたか。
夕暮れだ、霊峰の森は夕陽を浴びて赤黒く染まる。
『お前、ここ好きだろ』
突然オニマルが聞いてきた。
質問の意図がよく分からない。
「好き?どこらへんが」
『いや、何でもない』
「そうか……」
いずれお前はこの場所が好きになる。
お前の大切な場所になるはすだ。
オニマルは微笑んだ。
これから始まる相棒の人生を知っているから。
オニマルはフリュウのことを評価している、何でも簡単にやり遂げてしまう彼なら、 時の逆流 を受けても記憶が残ってたりしないか期待してたが、そうはならなかった。
残念だが、彼も化け物ではなく人間なのだ。
お前は誰よりも苦労して努力したんだ。
お前は絶対に報われる、報われなければおかしい。
もし報われないようなら俺がこの世界を壊してやる。
オニマルは決意した。
「何かあるのか……」
『いや、何も――』
「絶対あるだろ」
『……』
あの飽き性なオニマルが口を開くくらいの事が必ずあるはずだ。
まったく、下手にずっと一緒にいるわけじゃないんだから……。
誤魔化されないようにオニマルの心を見て動かさない。
『ちょっとした勘だがな……』
「続けろ」
オニマルは観念したようだ。
もとから太い低い聞く者の心を掴む声をさらに低くして答える。
『ここがターニングポイントだ』
「……どういうことだ」
『運命の境界線だ』
オニマルは優しい笑みを浮かべながら言った。
何を妄言を言っている、と文句を言ってやりたくて、久し振りに俺から向こうへ出向く。
オニマルと俺とを繋ぐ心象の具現、心の橋は満開の桜が咲いていた。
オニマル側の桜は満開、後ろを振り返り俺の心を客観的に見てみる。
「秋……か」
完全には冷えきっていない俺の心を見た。
それは、昨日まで吹雪の中を歩いていただろう俺にとって、眩しいものに見えた。
それでも、まだ寒い。
隣が暖かすぎるからだ。
『お前もこっちにこい』
橋を越えたむこうでは、オニマルが御座を敷いて座っている。
仮面を被って素顔を隠していても、口元だけでどんなことを考えてるかが分かった。
「ああ……」
オニマルの季節に向かって歩いた。
だんだん暖かくなっていくのが感じられる。
「どうしてお前は、この状況で笑っていられる」
不思議だった。
コイツも俺と一緒で寂しい中にいると思っていた。
だが違っていた。
『ふふ……』
微笑まれた。
その目は俺の後ろを見ていた。
俺の冷たい心を同情するように眺めている。
哀れみのほうが多いかもしれない、腹が立ってくる。
オニマルは少し考えてから口を開いた。
『お前の今後を想像していた』
「ふざけるなよ……!お前は……今どこに立っている!」
『数年後のお前の心に立っている……、と言ったら納得するか』
「……っ!」
オニマルに未来を予見する能力はないはずだが、少し期待してしまう。
俺が険しい顔をしているのが気に入らないのだろう、オニマルが反応できない速度で俺の肩をとって引き寄せる。
「うおっ!」
『前祝いだ……、飲め』
「……っ、俺は酒はダメなんだ」
酒独特の匂いに顔をしかめる。
するの俺の肩をとったまま、片手で瓢箪を掴んだ。
『お前はもうちょい酔わねえとやってけねえだろうが。
おい!口あけろや』
「ムゴッ!?グボガガガ、がぁ!……ハアッ」
口に突っ込まれて無理矢理に酒を飲まされた。
オニマル好みの、度の強い和国の酒だ。
一瞬クラっとくる。
心にいるからと言って、ここで起きたことは現実なのだ、解毒しなければ。
「ふー、ふー」
『ほんっとに弱いなお前』
オニマルが呆れたような顔で倒れる俺を見下している。
さすがに俺も瓢箪1つ分の酒で潰されるとは思ってなかった。
『そんなんじゃ、酒の席で女を誘うのは無理そうだな……』
「襲われるのも俺はありだ……はぁ」
言い終わってから自分の言ったことを情けなく感じる。
ちょっと想像してみた。
ミコトに酒の勢いで迫られて、酔って抵抗出来ない俺の姿。
……これは違うな。
そもそもこの呪いを解かなければ……。
『いいこと聞いた、帰ったら二人に教えてやろう』
「はぁっ……、好きにしやがれ」
まったく誰のせいでこんな悩んでると思ってるんだか。
『俺も……、お前には申し訳ないと思っている』
「は?」
『 拒絶 のことだ……』
もしかして心を読まれたか。
俺の呪い、人に触れることが出来ない呪いだ。
人に触れようとすると氷の壁がどこからか現れて邪魔するのだ。
これが俺が世界を嫌になる最大の原因だった。
「もうお前を恨んでない……、謝るな」
『このことで謝るつもりはない、この呪いがどれだけお前を助けたか分かるだろ』
「助けられた倍くらい不幸になってるよ」
そう言うとオニマルは、思い出したと言わんばかりの顔をした。
俺も起き上がってオニマルと同じ高さになる。
『さっき言ったよな、ターニングポイントだと』
「境界線だっけ?」
『ああ、お前に俺からのささやかなプレゼントだ』
そう言ってオニマルは心象の具現化された世界を閉じた。
現実の世界に引き戻された。
俺は心にいても、谷沿いの道を歩き続けていた。
あたりは夜、しかも森の夜だ。
真っ暗な森の中、ポッと光を見つけた。
「あれは?」
『プレゼントだ』
光のもとについた。
その光の正体は魔族の少女だった。
「なんだ、この少女を抱けとでもいうのか」
『ふふふ……、思ってもないことを言うな、お前は顔も知らない女を抱けるほどヤンチャだったか?』
「親密な仲にならないと手は出さないって決めてるんでね」
『だろうな、ほぼ童貞のお前らしい答えだ』
「悪かったな」
最後に行為に至ったのは何年前だろう。
コイツと契約する前だから、もう童貞に返り咲いてるかもしれないな。
『この娘が……、ターニングポイントだ』
「……ありがたく受け取った」
オニマルが久し振りに口を開いてこの娘を俺に授けたんだ、ならばこの娘は特別なのだ。
ここまでして遊び半分の出任せだ、とは言わないだろう。
素直に信じることにする。
俺が疑わないのを疑問に思ったのか、面白くなさそうに目を細められた。
『疑わないのか……』
「お前の本気の言葉は信頼できる」
『普段は』
「半信半疑だ」
そう言うと、オニマルは俺の顔を正面から見つめて、目の前にくる。
オニマルの赤鬼の仮面と俺の額が触れるほど近くにきた。
『大切にしろよ、お前が守ってやれ。
この娘はいずれ、あの三人と同じくらい大切な者になる。
この娘がお前の心に巣くう孤独の氷の園を溶かすはずだ』
「ふふふ……期待しているよ」
『ああ』
俺は土魔術を発動して、俺の腕が直接触れないようにする。
そして寝息をたてて幸せそうな顔をしている少女を抱く。
お姫さま抱っことか言われてるやつだな。
「プレゼントなんだろ、貰っていいんだよな?」
『もちろんだ』
「人拐いとか言われない?」
『言われない、安心して持っていけ』
人権とかいいのだろうか……。
少女が起きて拐われたと勘違いして問題になったりしないだろうか……。
オニマルの自信を持った言い方に少し疑問を持つ。
ま、呪いが解けるなら国と対立してもいい、そのくらいの覚悟はある。
しかし人を操る能力を持たない破壊神がどうやって人を用意したのかは疑問だ。
運命神 にでも頼んだのか。
どうやったかは分からないが、少女の意思を尊重しながらも、拾った俺が責任を持って育てることにする。
しかし、何を夢見てるんだろうな、この安心しきった顔。
そうとういい夢見るのだろう。
俺の腕の中でこれだけ安心してくれてるのだから……、少し安心した。
俺はオニマルのコウモリのような翼を大きく広げて空へ飛び立つ。
急に彼女達が恋しくなった……。
~マティルダ視点~
目が覚めるとフリュウさんに抱かれて、空を飛んでいた。
「えっ……、ああぁぁ」
「ごめんね……、怖いかな」
これは歓喜の声だったのだけど、フリュウには伝わってないらしい。
生き返ってた……。
正しくは、死ぬ前に戻ったのだが、そんなのどうでもいい。
もう一度、フリュウさんと出会えたのだ。
最初の目的は達成されたのだが、欲望というものはどんどん大きくなっていくばかり。
出会うだけでは当然満足できない。
「怖くないです!」
「ああ……、それはよかった」
フリュウさんは私のことは覚えてないようだ。
残念だけど、またこれから彼の大切な者になればいいのだ。
しかし、フリュウさんからしたら今の私は初対面なのだ、それらしい反応をしなければ。
「ねーえ」
「どうしたの?」
「私はマティルダです、よろしくお願いします」
「ああ……、俺はフリュウだ」
優しいフリュウさんの声、安心する。
少しビックリしていたが、彼の心までは分からない。
心配性のフリュウさんのことだから、道端に倒れてた私を保護しようとしたら誘拐犯に間違われた、みたいなことを心配していたのだろう。そしたら私が思いの外友好的な反応をしてきて驚いたのかもしれない。
残念ながら、背中に感じた固い感触は土魔術のものだった。
呪いが解ける前のフリュウさんということだ。
「なぁ」
ビクッとする。
フリュウさんから話しかけてくるとは……。
この様子だと話しかけてはこないだろうと思っていたが、嬉しい。
「どうしたの?」
「マティルダは……、俺の家族になる気はない?」
「え……」
ちょっと待って!展開はやすぎませんか!
私はいいんですよ、ノープロブレムです!
でもいきないプロポーズをしてくるのは……、ダメダメ、冷静になりなさい。
深呼吸しないと、フー、フー、フー、フー。
私を妻としてではなく、同居人の関係にならないか……、ということだ。
「いいの?」
私は可能な限り可愛らしい声で甘えるように言う。
「もちろんだよ、三人も歓迎してくれるさ」
さっきまでの不安そうな顔はなくなった。
よかった、安心してくれた。
私はフリュウさんの首に手を回そうとする。
いつも、フリュウさんと二人でイチャイチャする感覚で。
パキパキと音をたてて氷が出現した。
「あ……」
フリュウさんは悲しそうな顔をしていた。
やっちゃったかな……。
フリュウさんを傷つけてしまった。
「……ゴメンね、あと少しでアスト王国につくから……、我慢してて」
そういってさらに加速した。
フリュウさんはやはり、まったく変わっていない。
性格も実力も、他人のことを考えられる優しさ、強さを兼ね備えている。
他人への気遣いのできる普段のフリュウさんだ。
安心してほしい……、全部私がなんとかできる!
フリュウさんの心を閉ざす孤独の氷の園……、そこからフリュウさんを引っ張りだすんだ。
そして……、いつかは妻に。
「フリュウさん」
「どうしたの?」
「愛してます」
こういうのはグイグイいくのがいい。
フリュウさんは押しに弱い、これは私しか知らないフリュウさんの弱点だ。
フリュウさんからしたら見知らぬ少女が妄言を言ってるようにしか写らないが……、それでもいい。
フラグをたてておくことが大事なのだ。
「ははは……、将来結婚したい相手に言ってあげなさい、いいね?」
軽く流されてしまう。
フリュウさんからしたら今の私は子供なのだから仕方がないか。
だがこの程度で最愛の人を諦める私ではないのだ。
「将来フリュウさんと結婚するもん!」
「……ありがとな」
ああぁぁ……、フリュウさんの照れた顔……、いいです。
オニマルさんが少し根回ししてくれてるはずだ、私のこともいい感じに説明してくれたのだろう、さすが頼りになる。
「アスト王国についたら、仲間を紹介するね……、それまでじっとしててよ」
「はーい」
出だしは好調だ。
フリュウさんに今からさりげなくアプローチを試みる。
恋は根気が必要なのだ。
「俺の腕の中で寝てていいんだよ?」
「ううん、フリュウさんを見てる」
これは私の本音だ。
フリュウさんの顔は見ていて飽きない。
むしろ見させてほしいです。
私は満面の笑みでフリュウさんを見る。
フリュウさんも照れながら、笑顔を返してくれる。
オニマルさんの根回しがなければ、こんな順調なスタートは送れない、彼の身の内にいる神に感謝する。
二回目の人生、失敗はしない。
私はフリュウさんと幸せになるんだから。
そう決意して、私はずっと彼を見ていた……。