十五話目 【反逆の火種】
クーデターの一件が完全に収まった。
フリュウはマイクの家庭教師のために大学の門をくぐった。
周りからの視線が痛い。
名無しだろう生徒からの「感謝」の熱い視線。
貴族だろう生徒からの「敵意」の視線だ。
しかも今回は珍しい連れがいた。
「あ、師匠とマティルダさん」
「ようマイク」
「おはよう」
今日も後ろからマイクが追いついてくる。
マイクは貴族だが、フリュウに敵意などない。彼は世間の流れに身を任せる、貴族の企みを潰されたからといって敵として見る、そんな器の小さい男ではない。
「……?」
「……」
「……」
さすがに値踏みするような視線に気づいたようだ。
そしてフリュウの後ろにいるのがただの一般人ではないことも分かったらしい。
目で分かる、マイクの目には焦りの感情が出ていた。
「……えっと、そちらの二人は?」
「ああ、うちの居候」
「うちの邪魔者」
「そんなっ!?」
「確かに否定できませんが……」
ボソッとマティルダが本音を言った。
「ブーブー」
「うるさい」
「おぐぅ!」
シリウスが手足を忙しく動かして文句を言うがエイデンの脳天チョップをくらって、頭に手を当ててうずくまった。
「どうもマイクさん、僕はエイデン・ドラゴンロードです。昨日僕らの上司がこの学校で暴れたと聞いたので、その謝罪に来たんです」
「あ、そうですか、どうも」
だがマイクの目から恐怖の感情は消えていない。
昨日思い知らされた竜人族の化け物っぷり、それは彼の想像を越えるものだった。
「あたしはシリウス・ドラゴンロードよ!一応竜帝だから、口の聞き方には注意することね!」
「ど、どうも」
シリウスが自慢気に胸をはった。
この発言でさらにマイクの目が揺れ始めた。まるで焦点があってない。
目の前の壁の高さに気を失いそうだ。
「嘘つかないのシリウス、帝級をちょっと使えただけで使いこなせてないだろうが」
「いいじゃない!あんたなんか使えもしないくせに!」
竜人族の二人は仲がいいらしい、勝手に喧嘩してすぐに仲直りした。
「大丈夫だよ マイクはあのレベルまでは余裕でいける」
「……そうですか?」
「マイク、今一瞬本気になっただろ」
「……そうですね」
マイクは自分の胸に手をあてて確かめる。
「人間、直感的に分かるんだよ、可能性があるかどうか、一瞬でも本気になったら自分で道を諦めない限り大丈夫だ」
「……!」
「ほら、行くぞ」
今日もフリュウにボコボコにやられたマイク。
芝生に寝転がって空を眺めている。
「師匠」
「ん?やっと俺に文句を言ってくれるのかな?」
「貴族の邪魔をしたことですか?」
「そうだ」
フリュウはもともとそれ覚悟で来ていた。
「文句があるのは立場がはっきりしてない貴族連中です、まぁ生徒会長も怒ってましたけど」
「けど、名無し嫌ってたじゃないか」
「俺が嫌ってたのは名無しじゃない、名無しの自己中な被害妄想が気に入らなかっただけです、……ほら」
「……?」
マイクが校舎のほうを指差す。フリュウもその方向に目をやった。
「マティルダちゃんに聞いてきました、フリュウくんがどこにいるのか」
「……どうして?」
「この女が私のことばかり見てたので、仕方なくですよ」
このどうして?はマティルダへの質問だ。マティルダがヘイランを嫌っているのは分かっていたからだ。
わりとツンデレなのかもしれない。
「一言お礼を言おうと思って、ありがとね」
ヘイランはお辞儀などはしない、典型的な友達への態度だ。
どうやら勝手に頼れる友達と認識されているらしい。
「あー、気にするなよ」
「マイク先輩も」
「……ああ、2度と下手な言い訳をするなよ」
「……それじゃぁね」
ヘイランは手を振ってから校舎のほうへ戻っていく。
「マイクも、悪いと思ってるの?」
「いや、彼女のやったことは正しいとは言えない、実際に国の隅の方で名無しの暴動が広まっている」
アスト最大の大学で名無し達は立場を改善させた、その一報は一夜にして国に広がった。
「そうなの?」
「マティルダさん、あなたは完全に名無し側のようですが、暴動はいけませんよ」
「分かってるわよ」
マティルダが炎帝になりかけの実力者、暴動メンバーになると手がつけられないだろう。そこはマイクも貴族だ、しっかり釘をさしていく。
「……暴動か、俺も出ないといけないかな」
~~
その夜。
「私達は、やれるべきことはやりました、名無しの暴動に火をつけた」
復讐者の本部倉庫。
「ああ、さすがだな」
「ええ、次は国を変える番です」
ヘイランは倉庫にいるメンバーの士気を高めるべく高らかに宣言した。
「端のほうの貴族から潰しはじめている、今夜レッドロール家が死ぬ予定だ」
一人の男の発言にヘイランは身を乗り出した。
「死ぬ!?」
「ああ、国に俺達が本気だと分からせるには、死人は必要だ」
「話が違うじゃない!殺しはしてはいけない!」
陽気に酒を飲んでいる男にヘイランは掴みかかった。
「あのなぁヘイラン、俺達は今まで奴隷みたいに使われてきたんだぜ、納得いかねぇだろ、なぁ」
「「「そうだそうだ」」」
倉庫の中のメンバー、男女全員から賛同の声があがる。
「確かにヘイランとこの学校は変わりかけてるようだな、だが俺達は納得してねぇ、ヘイランだけいい思いして終わりにするわけねぇだろ」
「……!私は」
「貴族どもに目にもの見せてやるぜ、今日本隊が到着したんでな」
「本隊?」
「ああ、ルドベキア教が協力してくれるってな」
ルドベキア教は平等を掲げた宗教団体、名無しに協力すると言ってきても不思議ではない。
「それで……、どうするつもり」
「決まってるだろ、貴族どもは皆殺しだ」
~~
「団長!団長はいますか!」
夜遅く、神の家のドアが叩かれた。
「なんだ?」
「……むぅ、邪魔された」
「帰ったら続きをするからさ、待ってて」
フリュウは添い寝屋さんを中断して布団から飛び起きた。
彼は急いで甚平に着替えると玄関へ向かった。
「ムラマサ、スコープ、何があった」
玄関ではムラマサと守護兵団の部下のスコープが何か話をしていた。
「フリュウさん、門が破られたようです」
「門?どこのだ」
アスト王国に入るための門は5つ。
そのうち3つは守護兵団が管理している。
他の騎士団の面子をたてるために、「アスト騎士団」と「ウルク騎士団」に1ヶ所それぞれ任せていた。
守護兵団は他の騎士団からも化け物呼ばわりされているほど精鋭揃いで、フリュウは守護兵団の門が突破されたのではないかと不安になった。つまり保身に走りたいわけだ。
「守護兵団がいないところを狙われたらしい、そして貴族のレッドロール家で殺人が」
「あの中流貴族か、案内してくれ」
「了解しました!」
スコープは加速魔術をかけて走り出した。
馬車を使うよりこっちのほうが速いのだ。
「フリュウさん、お願いしますね、神は人の営みに極力干渉してはいけないので」
「分かってる」
フリュウは破壊神と契約しているが、限りなくグレーに近いギリギリセーフだ。
フリュウも自己加速をしてスコープの後を追った。