十四話目 【添い寝屋さんは家族が欲しい】
お手にとっていただき感謝です。
今日は休憩回となってます、リアルな問題によって。
ではどうぞ!
風呂を出てフリュウは少し早いが布団に入る。
今日はすっかり気分が落ちてしまった。あまり人と接したくない気分だ。
「おじゃまします」
「おじゃまします」
「……」
そんな気分も伝わらない。
むしろそんな気分を晴らしてほしくてやっているのだろう。
「……ミコトも?」
フリュウは不思議そうに聞いた。マティルダの性格的にミコト同伴なんてあり得ないと思っていた。
「はい」
「フリュウさんが一夫多妻制なんて妻に申し訳ないって言ってたので、気にしないぞを伝えに来ました」
「何言ってるんですかミコト」
フリュウはため息をついてからマティルダを布団の中に誘った。
肩肘をついて、片手で布団をめくる誘い方。フリュウは無意識的にやっているが三人には好評だ。
理由はさまざまだが、共通してるのは「そのままの流れで胸に飛び込めるから」らしい。
「えへへー、じゃあ遠慮なくー」
マティルダはフリュウの正面から布団に入った。
今の彼女はこの家の寝間着となっている白い単衣。だがサイズが微妙にあっていないのでゆるゆる、肩肘をついているフリュウからしたら胸元が見えてしまいそうな格好だ。
いけないものを見てる気がしてフリュウは目をそらした。
「じゃあ、その、私も入るね」
ミコトがフリュウの背のほうから布団に入る。
彼女も単衣を着ている。巫女服の時とは違い露出の多い単衣から覗くツヤツヤのキレイな女性の肌が大人の魅力を放っている。
「ああ……、おやすみっ」
フリュウは逃げ出した。
美人と可愛い娘をパンにしてサンドイッチにされたのだ、性欲をもて余す男性は「親子丼!」とか言って泣いて喜ぶだろうが、経験値の低い男性からしたら逃げ出したくなるような状況だ。
だが逃げさせてくれないのが愛である。
フリュウがどんなに拒絶しても阻めないものの1つだった。
「ダメですよフリュウさん、添い寝屋さんなんですからっ」
「そ、そうですよっ、私これが一番の楽しみなんですから」
両側からの懇願の目、二人ともフリュウが押しに弱いのを知っていてやっているから非常にたちが悪い。
「ゆっくり寝させてくれよ」
「ダメです」
「いけません」
フリュウの両腕に二人は抱きつく。
拒絶の氷に阻まれるが、気にせず抱きついた。
「……っ」
フリュウは心臓の鼓動が強く感じられる。息が荒くなっていくのが分かる。
だが、それがこの状況に興奮しているのではないことは確かだった。
フリュウは人を拒絶するたび心が締めつけられる。
拒絶を持っている人だけにしか分からない特殊な感情だった。
「分かったから……、手を離して」
この「俺に触れてくれ」という望みと、「邪魔をするな」という拒絶への怒り、「また俺が傷つけてしまった」という悔やみ、そして「もうダメなのか」という絶望、それらが一気にやってくる特殊な感情に嫌になってフリュウは添い寝を受け入れた。
~~
「お父さん、私大きくなったらお父さんと結婚する」
マティルダがフリュウに寄り添う。
それを見てフリュウは仰向けから体を横にしてマティルダのほうを向いた。
左手で彼女の小さい身体を包み込む。
無論、二人の間に拒絶が発動しまくっている。
それでもフリュウは大事な大事な家族との時間を無駄にはできない。痛いのを我慢しながらも、世界で一番大事な時間を楽しんでいた。
「ダメだよマティルダ、お父さんはお母さんのものだからね」
ミコトが反対側から本気で羨ましそうな嫉妬まじりの声を出して、フリュウの背に両手を置いた。
ちなみに今回の添い寝のコースは妻役のミコト、娘役のマティルダとなっている。
家族という関係に憧れを抱いているフリュウはこのコースをお願いされてからノリノリだった。
「そうだよマティルダ、それに親子では結婚できないの」
ぽんぽんと娘をなだめるように頭を軽く叩く。実際には叩けていないのだが……。
するとマティルダは身をよじらせてフリュウにさらに近づこうとした。が、失敗して拒絶される。
「ならっ、私家出するもんっ」
「へ、マティルダ何言ってるの」
マティルダはプイッと顔をそむけた。
フリュウは本気で困った顔をしている、渾身の演技だ。
ここで母親役のミコトが声をあげないのは不自然だが、フリュウにべっとりとくっついてご満悦である。
「これで私はフリュウさんの娘じゃないもん、結婚できるもん!」
「うおっ」
マティルダが器用に布団の中で身体を回転させて、上半身だけでフリュウに飛びついた。
「えへへ、ほらフリュウさん」
「でもな、もうミコトとな」
「フリュウさんグズマニア教徒じゃないですし、妻何人でもいいじゃないですか」
一応アスト王国では一夫多妻制度が認められている。
だがもちろん認められているから、という問題ではない、精神的な問題だ。
「俺は……、士族として複数の女性を妻にむかえるのは、あまりよく思わないんだよ」
少し考えて物を言った。
確かに和国ではそれは認められていない。
だがこれはフリュウの本心ではなかった。ただ自分のことで傷ついてほしくないだけ、それの建前だ。
「なら愛人でもいいんですよ?フリュウさんの近くに一生いれればそれで……」
マティルダが肩をはだけさせてフリュウに見せる。
一種の爆弾発言だ。
容姿がまだ十にも満たない少女の口から愛人などという単語が出てくることは異常だろう。
マティルダの真意は「責任とかを明確にして重んじるフリュウさんは関係を持った時点で断れないだろう」という黒い欲望の隠った言葉なのだが彼が気づくはずもない。
「……ミコト」
もちろん育て親たる彼は絶句する。
一瞬固まってから思い当たる人物の名を呼んだ。
「はい」
「誰だマティルダにあんなの教えたのは」
「知りません」
ミコトのとろけた甘え声が返ってくる。
彼女は完全にフリュウにべったりで使い物になりそうにない。
「マティルダ、誰からそれ教わったの?」
もう直接聞くことにした。
「えっとね、レイティアとミコトがどうすればフリュウさんと関係を持てるか会議をしてて、混ぜてもらいました」
「……」
「……」
フリュウは唖然となり、ミコトは小刻みに震えている。
「ミコト」
「な、なんでしょうか」
フリュウは布団を乱さないように身体を回転させてミコトのほうを向いた。
彼女は羞恥で顔を真っ赤にしている。
当然だろう、好きな男性の目の前で「彼女あんたにアタックする方法を真剣に考えていたよ」とかチクられれば誰でもああなる。
「別に勝手にどうこうするのは構わないけどさ、マティルダを巻き込むのはダメだよ」
「うう、すいません」
「よしよし、素直なミコトは可愛いよ」
「へ、あ、ありがとうございます」
フリュウの鍛えられた右腕に抱き寄せられ、口角を吊り上げながら彼と見つめあう。
他所から見たらフリュウは完全なる女たらしだ。
しかしそれを言ったら全力で否定するだろうが。
「もう疲れた、やっぱ二人の時は添い寝屋さんは休業します、おやすみっ」
二人を相手にして、さすがに気力が尽きたようだ。
フリュウは仰向けになって目を閉じた。
「はーい、明日は私がフリュウさん独占だもんねっ」
「……お休みなさい」
目を閉じても現実から逃げられるわけではない。
右腕にはマティルダが、左腕にはミコトがぴったりと抱きついていた。