十三話目 【触れてはならない者】
「ん?」
「フリュウさん、あの人」
演説を終えて、夕焼けに染まる道を歩いて家に帰ってきたフリュウとマティルダはある人物を発見する。
深紅の長髪の男性、ザイフリートだ。その周りには二人、いずれも尾を持った竜人族がいた。
全員が槍を持っている。竜人族のスタイルだ。
この世界では竜人族のみ槍を使っている。理由としては竜人族が恐れられているため、下手に槍を使って怒らせないためだ。同じような理由で甚平や羽織や袴を着る者は士族しかいない。
「人ん家の前で何やってんだ」
「私が蹴散らしましょうか?」
「いや、マティルダじゃザイフリートはやれないだろ」
何やらもめているようだ。
女性が一人と男性二人、女性一人がザイフリートにつっかかっていた。
「なんであたし達がこんな家に泊まるんですか!?
いえ、あたしは別にいいんですよ。でもザイフリートさんはもっといいとこに泊まれるでしょ!」
「まだ泊まれると決まったわけじゃないんだが……」
「この家に住んでる人の心の声が読めますね、土地を買ったのはいいけど金が足りなくて家がショボくなった中途半端な貴族ですよ!」
「……はぁ」
気の強そうな竜人族の女性が大きな声で騒いでいる。
ザイフリートも呆れ顔だ。
「何あれ……、人の家に文句いってんの……」
「失礼な人ですね、家には誰かいるんですか?」
「いや、守護兵団のほういってる」
ザイフリートが二人に気づいたようだ。手を振っている。
「あ、遅かったなフリュウ」
「何が遅いんだよ、ってか誰だよ人の家に文句言ってるやつは」
「あー、俺の弟子だ」
フリュウとザイフリートが話を始めても彼女の文句は終わらない。
「だいたいザイフリートさんが悪いんですよ!竜闘気解放しちゃったせいで依頼にもいけなくて金がないから宿借りれないなんて!」
「ちょっと黙ってろって、今から交渉するんだから」
ザイフリートが騒ぐ彼女の頭をポンポンと叩くと、ようやく彼女も二人の存在に気づいたようだ。
どんどん顔が青ざめていく。
「し、士族!?」
「え?ああ」
「ヒイィィィ!命だけは助けてー!ほら、殺るならこの人でお願いします!」
悲鳴をあげながらザイフリートの影に隠れた。
ザイフリートは呆れ顔、女性は怯えて、もう一人の男性は顔を強ばらせて戦闘体制だ。
「フリュウさん、これが普通なんですか?」
「ああ、アスト王国は俺が長年住んでるから、特にないけどな」
デッドエンドと呼ばれる士族達、その分かりやすい例にマティルダは自分の背筋が凍りつくのが分かった。自分はどれだけ化け物と隣にいたのか、客観的に見て震えた。
「まてまてエイデン、その槍を下ろせ」
「……分かりました」
エイデンと呼ばれた男はしぶしぶ槍を下ろした、が警戒は解いていない。
「紹介するよ、この臆病女がシリウス・ドラゴンロード」
ザイフリートは怯える女性の首を掴んで無理矢理礼をさせた。
「臆病って酷いですよぉ……」
「うっせ、俺に隠れるやつのどこが臆病じゃないんだよ」
フワッとした感じの水色ショートの女性は首根っこを掴まれたままだ。必死にもがくが外れそうにない。
「んでこの黄色の真面目くんがエイデン・ドラゴンロード」
「……よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
金髪と呼ぶには色が濃すぎる髪の男性はフリュウが襲ってこないのを確認して頭をさげた。
フリュウの心の声を読むと「変なやつが増えた」である。
マティルダの心の声を読むと「フリュウさんとの二人の時間を邪魔しないで」だった。
「それでだな、フリュウにお願いがあるんだけど」
「なんだ」
何を頼まれるかだいたい予想がついていたが、一応聞くことにした。
「今日泊まらせてくれないか」
「……どうしような」
「頼む、お前に竜闘剣撃ったせいであんま動けなくてな、責任とって泊めてくれ」
「なんで俺が責任とるんだよ」
するとザイフリートは首根っこを掴んだままのシリウスを生け贄にした。
「今夜コイツのこと好きにしていいから」
「ちょっ待ってザイフリートさん、嫌ですよ私は!こんな見ず知らずの男の女になるなんて嫌ですぅ!」
足をじたばたさせて抵抗するがまったく動かない、女性とはいえ片手で浮かせる、すごい腕力だ。
そしてその言葉に反応したのはフリュウではなくマティルダである。
身体中に炎の鎧を纏った。極至炎帝を発動させる。
「フリュウさんと寝るのは私です」
だがこれは炎に水ではなく油を注ぐ言葉だ。慌てて消火にはいる。
「待ってマティルダ、悪いねザイフリート、今夜はすでにマティルダと寝る約束してるからさ」
「そうか……、別に3」
「黙れよ」
フリュウの「これ以上面倒なことにするな」と怒気の混じった声を受けてザイフリートは残念そうに下がった。
反対にマティルダはつぼみが開花したような笑顔でフリュウを見上げている。
「何やってるの?」
「レイティアか、ちょうどいいとこに来た」
ちょうど守護兵団本部から三人が帰ってくるところだった。
レイティアがいぶかしげに見ている。
「っ!界神第2位だと」
「あれ、その座を奪いに来た人かな?」
界神ともなると突然勝負を挑まれることがあるらしい、レイティアクラスだとないようだが、下位の界神はその座を狙う者がいる。
「いや、そうじゃない」
「そう」
レイティアは界神第2位の創世神だ。界神のトップを目指すザイフリートは名前を知っていた。
「実はな、今日泊めてくれって言われてな」
「別にいいんじゃない?家主のフリュウくん次第だけどさ」
その一言にザイフリートが希望を持った目をフリュウに向けた。
毎回のことだが、フリュウはその目には免疫がない。
「頼むフリュウ、何でもするからよ」
何でもって言ったよね、とかそんなエロい展開にはならないのがフリュウクオリティだ。
「分かったよ、そのかわり明日守護兵団の訓練の監督してくれ」
「恩に着る!」
レイティアの鶴の一声で最終的に片付いた。
~~
神の家の夕飯の時間、久しぶりの大人数の食卓。
「だいぶ豪勢だな」
「すみません……」
フリュウは目の前に広がる肉のオンパレードを見て呆れる。
もともと神に食欲は存在しない、多少食べたいなと思うときがある程度で、ガッツリ食べることは少ない。なので机に広がる肉の量は異常だった。しかも酒まで大量にあった。
「フリュウさん、ミコトはお詫びに夜の相手をすると言ってます」
「ななな何言ってるのよムラマサ!」
「今日はマティルダだもんね」
「はい!」
今日の食事当番のミコトが久しぶりの客人に張り切って作ったのである。だいたい5日分の食材がなくなった。
ムラマサのミコトいじり?は今に始まったことではない、お陰でフリュウのスルースキルはかなり高くなっていた。
マティルダに話を振って華麗に避ける。
すると申し訳なさそうな竜人族が目にはいった。
「フリュウ、お前毎日こんないいの食ってんのか」
「いい仕事させてもらってるんでね」
「あたしが作ればもっと……」
「すいませんね、シリウス今日はザイフリートさんと二人だーって喜んで計画とかしてたので」
「なっ!?そんなんじゃないし」
神の家の食卓に驚愕する竜人族の三人。
三人は開拓者業をしているらしく、収入が不安定のようだった。
「客人は遠慮するなよ、ほら」
―――数十分後。
もう肉は無くなり、酒で潰れた人も出た。
「そういやよ、フリュウは誰を嫁にする気なんだ?」
「「「!!」」」
ザイフリートの何もしらないからこその言葉に女性陣は震えた。
「は?」
「恋バナだよ恋バナ、お前くらいの歳になるといるだろ」
「そう言うお前はどうなんだ」
ザイフリートはおでこに手をあててフリュウから目をそらした。
「俺はな……、いないな」
「ザイフリートさん!あたしがいるじゃないですか!」
すると唐突にシリウスが噛みついた。
「シリウスが?お前は弟子だ、師匠は弟子には手を出さないの」
「そんな!」
「だいたいシリウスはもう家族みたいなもんだからなぁ」
「家族だなんて、もうっ、えへへ」
神の家に入った女性は全員チョロくなる呪いでもあるのだろうか。
目の前で人の惚気を見せられてはたまったものではない。フリュウは呆れている。
「愛されてるな」
「それはお前だろ、んで誰なんだよ」
「俺はだな……」
フリュウはチラリと横を見た、女性陣三人が興味津々といった顔をして見ているのに気づいた。
「俺も家族みたいなもんだしな、願望がないわけじゃないから、いつかするだろ」
フリュウの「願望がないわけじゃない」という発言で三人はホッと息をはいた。フリュウにその気がないのかと心配していた三人だから仕方がない。
「おいおいダメだぜフリュウ、女ってのは心変わりが早いからな、さっさと三人まとめてお前のもんにしちまえよ」
「それは……、申し訳ないだろ」
ザイフリートはフリュウに近づいて魅惑の言葉を言ってくる。誰もが羨むハーレムだ。
一瞬想像したフリュウだが、三人をチラリと見て、やはり申し訳なさがでてきてしまう。
「お前もしかしてグズマニア教徒か?」
「いや、無宗教だ」
グズマニア教は簡単に言えば「結婚は一人、その一人を深く愛しなさい」を語る宗教だ。アスト王国にも広まっており、特に女性に人気がある。
「なら何人妻を持ってもいいじゃねーかよ」
「……でもなぁ」
「でも何だよ」
「妻を複数持ったとして……、喧嘩とか危うい立場になるじゃんかよ」
フリュウはヘタレな優柔不断だった。自分のことで他人に傷ついてほしくない、それが彼の願い。彼の独特の人生から辿り着いた一番の想いだった。
「そこは夫たるお前の技量だなっ」
ピキキッ!
鋭い音と共に氷が出現し、ザイフリートの手をとめた。
ザイフリートは話の流れでフリュウを勇気づけるべく肩を叩こうとした、その手を拒絶が阻んだ。
「おい」
ピキキッ!
またしても氷が阻む。
「ザイフリート」
「何だよ、……!」
ザイフリートは見た、目に光のないフリュウを。
彼は真っ黒な目から涙を流している。
「俺もな……、レイティアでも、ミコトでも、成長すればマティルダでも、結婚したいよ」
レイティアとミコトは揃って苦しそうな顔をした、真実を知っている者が聞くと、彼のその言葉はまさに悪夢だ。
「でもな、俺は人を触れられないし触ってももらえない。だから俺は触れた人を傷つける、触れようとした人を傷つける拒絶の中にいる、だからダメだ」
ザイフリートはこれ以上何も言わなかった。ただ目の前の不幸な少年を見ていた。
「悪かった、その氷は俺じゃ溶けそうにないな」
「謝るなよ、楽しい時間を台無しにしたのは俺だ」
そう言ってフリュウは逃げるように風呂に駆け込んだ。