十二話目 【できる大人は上手に砕く】
名無し達のクーデダーが起きた次の日、全校生徒が講堂に集まった。
八年制の大学、その全校生徒が1つの部屋に集まる。
それでも余裕があるくらいこの学校は異様だった。
「では、生徒会長カレン・イヴズ、お願いします」
「はい」
この会の目的は、表向きには名無しの言い分を認める。しかし本当の目的は、名無しの暴動を終わらせ、貴族の格下として確立させること。
それをこのアスト王国でアダムズ家と並ぶ階級を持つイヴズ家の彼女がやることになったのは当然でもあった。
生徒会長カレンは自慢の金髪フワフワクルクルヘアーを揺らしながら、学校の体育館で校長が話をするアレ、の前に立った。
一礼して話を始める。
「今回の事件は、生徒会は大変重く受け止めています。
これまでの名無し達への、なんとなく存在していた差別、とても心苦しい思いをしたことでしょう」
擁護されている。それは理解できた。
だが名無し達の顔は浮かない。
表面だけの、言葉だけの同情だとこの場の全員が理解していたからだ。
名無し達の中に落胆の感情が流れる。
「確かに我々貴族及び一般生徒は、名無しの方々に冷たい視線を送っていた、それは理解しております」
カレンは淡々とした口調で話を続ける。
「しかし貴族は名無しの方々に何かしたでしょうか、私達は冷ややかな視線を送っていた、しかし暴力に訴えることはなかったはずです」
「始まったか」
フリュウは講堂の片隅で呟いた。
貴族のコントロールが始まった。
社会的弱者という地位を利用して、事を無かったことにするコントロールが。
「私達貴族はそこまで酷いことをしたつもりはありません、ただ名無しの方々の被害妄想でどんどん悪い方向にいってしまった」
「ふざけるな!」
「そんなはずない!」
名無しの者だろう、抗議の言葉が出る。
「静かにしろ!」
「とりおさえろ!」
こちらは貴族か、貴族達は生徒会長がどんな意図を持って話をしているのかを理解していた。
「結局、名無しの方々は自分から差別を受け入れていたわけです」
カレンは満足そうな笑みを浮かべて話を再開した。
「このっ!」
一人の男子生徒が立ち上がろうとした。
ここを転機に名無し達は最後の攻勢に出るだろう、さっきのカレンの発言で名無し達は完全に冷静さを失っていた。
「立つな!」
講堂の隅っこで傍観していたフリュウが、生徒達の座っている横に立ち、左手を広げた。
次の瞬間、名無し達の足が凍りついた。
「……!?」
「なっ…」
「ぐぅ……」
名無し達は一瞬で力の差を理解させられた。
悔しそうな顔をする、敵意を見せるが、誰もフリュウに声をかけられない。
絶対に敵わないと悟ったと同時に冷静さを取り戻した。
もしここで暴力に訴えれば、カレンの思惑通りだ。
今以上に状況が悪くなっていたと理解した。
「ちょっと冷静になれよ」
「な……、何を……」
フリュウが小声で近くにいた名無しの生徒に話しかける。
足の氷が溶けていく。
だが誰も立ち上がろうとはしない。
「お前らはもう少し俺の手のひらの上で踊ってろ、悪いようにはしない」
「くっ……、わかった……」
本心で納得はしていないが、素直に従うようだ。
苦虫を噛み潰したような顔をしてうつむく。
その間もカレンは話を続ける。
「名無しの方々がとても苦しい思いをされていたのはよく分かりました。
生徒会からも、これからは差別などのない学園を目指すために、名無しの方々に不快な思いをさせないように、可能な限りの努力をしていくことをここで表明します」
拍手が上がる。その拍手は貴族のみだ。
名無し達は落胆の感情を隠せない。
この話だと、努力をするだけ、名無しを同格の存在として認めるようなことは入っていない。
ここで終わった、そう誰もが思った。
反逆の炎は最初の位置で鎮火したと。
「ちょっと邪魔するよ、貴族の操り人形ども」
フリュウが登壇した。正確には飛んできた。
「貴様何者だ!そこをどけ!」
突然現れた甚平の男を拘束するべく教師が魔術を向けるが。
「黙れよ。操り人形は勝手に動くな」
フリュウの一言で教師が氷像になった。
静まり返った講堂。
それでもヒソヒソ話を続ける貴族の生徒達、もう恐れるものなど何もない、そんな顔だ、それがフリュウは気に入らない。
声を拾ってみると――――。
「確か昨日暴動をとめてた人じゃない?」
「マイクさんの師匠らしいよ」
「帝級魔術師だって」
と、フリュウの素性を知りたいようだ。
貴族の生徒は力に従順だ、とくに階級を大事にする。
フリュウをこの国の帝級魔術師だと認め、やっと静かになった。
「あー、知ってる人もいるかもしれないが、フリュウって言います。
一応この国の守護兵団の団長をやってる」
貴族達から笑顔が消えた。
守護兵団の団長、それはつまりこの国の権力ランキングでナンバーツーである。アストラル王の次の存在だ。
「俺が話をしに来たのは、おかしいと思ったからだ。
なんで貴族の連中は話す機会を与えられて、名無しはないのか、不公平だろ」
もう一度言うが、貴族は階級には素直だ。
非難を受けても名無しのように抗議の声が出ることはない。
「だから俺が名無しの一人として、貴族どもに文句を言いに来た」
大事なことなので三回言います。貴族は権力には逆らわない。
誰からも文句が出ないのを確認してフリュウは自分の意見を話し出した。
「さてと、貴族のお前ら、考える時がきたんだ。名無し達はお前らが思っているような弱いやつらじゃない、見下していいやつらじゃない。
はっきり言って、俺は権力を好きなように使っている貴族を見下している。偽りの優越感に浸っている馬鹿野郎だとな」
しかしさすがに言い過ぎたようだ。
「なんだと!」
「お前、さすがに言い過ぎだろ!」
「権力を好き勝手振るっているのはお前だ!」
抗議の声。超特大ブーメランが返ってきた。
しかしそのブーメランにフリュウは言い返さない。
「そうだ、俺は今お前ら貴族がやってきたことをやり返したわけだ、腹立つだろ?」
「ぐっ……」
貴族全員悔しそうな顔をする。
反対に名無しは満足そうだ。
フリュウはそれを満足そうな笑みを浮かべて高みの見物だ。
「話を続けるぞ、貴族のお前らは正義だと思ってやってるんだろ。
名無しを見下すのは当然だと、つまり正義だな」
これには貴族達は首を縦に動かす。
反対に、名無しは悔しそうな顔をする。
「だが正義は立ち位置によって姿を変える、つまり悪だ。
正義と悪は反対のものでなければならない。
もし、名無しを悪だとしよう、貴族のお前らは正義なのか?」
もともと小さかったヒソヒソ話が完全に止んだ、フリュウの演説を真剣に聞いている証拠だ。そうとらえて話を続けた。
「もし、貴族を悪だとしよう、理由もない権力を振るわれて抵抗した名無しは正義だろう。だが、それを自分勝手な都合で鎮圧しようとした貴族のお前らは正義なのか、胸をはって「これは正義だ!」と言えるのか」
名無し達の目に希望が芽生えた。
彼らは目の前の救世主の言葉に心酔した。
「自分だけで何もできねぇ操り人形でも分かるように言ってやるぞ。
名無しを見下すなら、それと敵対するに相応しい正義をもって相手になれよ。理不尽な権力を振るうのは許さねぇ。
これからコイツらのバックには俺がついてる、肝に命じとけよ」
フリュウが話終えると同時に拍手が巻き起こった。
今度は貴族達からではない、名無し達からだ。
その拍手の量は貴族と一般生徒には及ばない、だが重かった。
彼らは立ち上がって、自分達の言葉の代弁者に最高級の感謝の意を表した。
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「フリュウさん」
「マティルダ……」
講堂の隅に行くとそこにはマティルダが待っていた。
笑顔で彼を迎える。
「ありがとうございます」
「……見ていたんだね」
「はい!」
マティルダははにかんで笑い、フリュウを見上げた。
だが、フリュウの顔は浮かない。
「すごく自分勝手な演説だったろ」
「自分勝手……、ですか?」
「ああ」
「私にはそんなふうには……」
フリュウは膝をついてしゃがむと、マティルダの肩に顔を置くような、それほど近づいて小声で言った。
「俺はね……、マティルダ、君のためだけに演説をしたんだ。
名無しなんて関係ない、君がこれから成長するにつれて、邪魔になるものを排除しただけだよ」
「……!」
マティルダは自分の頬が熱を帯びていくのが分かった。
「でも、結果的に何人もの名無しを救っている、ならこの感謝の拍手は素直に受けとってください、自分勝手なことなんて何もないんだって」
恥ずかしさと歓喜を必死に我慢して、精一杯の想いを伝える。
拒絶の使者たる彼に。
「……たまたま偶然救ってしまったとしても?」
「はい、偶然だとしてもフリュウさんは救われた人からしたら救世主なんです、それには理由なんてありません。
だからフリュウさんは私の救世主なんですよ、あの時霊峰で私を救ってくれた、理由はどうあれ私の救世主です」
フリュウは立ち上がってマティルダを優しく眺めた。
「ありがと、少しだけ救われた」
「ならよかったです、私は恩返しにフリュウさんを幸せにしますので」
「その想いは……、上手には砕けないよ」
二人は拒絶越しに手を握って、学校を後にした。
フリュウは、自分のことが大嫌いだ。
触れただけで人を傷つけてしまう自分の身体が大嫌いだ。
だから、人と触れあうのは好きではない。自分を嫌いにさせてしまう瞬間が嫌いだ。
でも、彼女とはしっかり手を握って、心が痛くなりながらも、握り続けた。