事件編 容疑者二号
第一発見者兼被害者の二股相手、倉石聡の家は十三階建てのマンションの最上階、2LDKの部屋に住んでいた。大学生がひとりで住むには贅沢過ぎる。被害者の家からは車で二十分ほどで、周りも同じような高さのマンションに囲まれている。
「倉石って金持ちなの?」
「親が有名なチェーン店の社長です」
「お金の使い方間違ってない?」
そうかもしれないですね、と岡部は苦笑した。近くの駐車場に車を停めてマンションへと向かった。
マンションの正面玄関で警察だと名乗ると彼はすんなりと招き入れた。
「ご苦労様です。お入りください」
倉石は物腰低く、丁寧な対応だった。すらっとしていて手足が長いが、実際の身長はそうでもない。チャラチャラした学生よりはだいぶマシだが、妙に大人びてて可愛げがなかった。
部屋は想像以上に広かった。家具も普通の家庭のものより一回り大きく、キッチンは対面式。部屋の中央には絨毯が敷かれ、高級そうなガラスのテーブルが鎮座していた。それを囲むように黒皮のソファが並べられ、部屋の角には何インチか分からないほど大きいテレビがある。
いかにも金持ちだ。
「どうぞ座ってください」
「はい、失礼します」
岡部と並んでソファに腰を下ろした。
倉石はキッチンで何かをやっている。
「コーヒーでよろしいですか?」
「お気遣いなく」
コーヒーメーカーの音を背中に受けながら、ようやく倉石は腰を下ろした。
「竹中さんの件ですよね?」
「はい、いくつかお聞きしたいことがありまして。繰り返しになると思いますがご協力をお願いします」
「構いませんよ」
彼は余裕たっぷりにソファに深く座っている。
「それでは早速ですが――」
横に座る岡部が手帳を開いてメモの用意を整えたのを確認してから続ける。
「竹中さんがトラブルに巻き込まれていたといった話はご存知ありませんか?」
「彼氏がしつこくて困ってるって言ってましたよ」
「遠藤さんですか?」
「はい、別れてくれなかったそうです」
「いつ頃からそういった状態でしたか?」
「たしか、三週間か一か月くらい前だったと思います。別れ話をしてから余計にしつこくなって、何度も会いたいと連絡が来てたみたいです。実際、いきなり家に来るようこともあったみたいですよ、ストーカーみたいに」
「ストーカーですか。恋愛のもつれですね」
「そんなところです」
「ちなみに、倉石さんは彼女いらっしゃるんですか?」
「ええ、まあ」
倉石は立ち上がり、再びキッチンへと向かった。コーヒーを入れる音がする。
体をひねり、少し声量を上げる。
「竹中さんとはいつ頃お知り合いになったんですか?」
「一か月半くらい前です。大学の集まりで飲みに行ったときに紹介してもらいました。彼女のサークルの先輩です」
「その後連絡をとったりは?」
「まあ、たまに」
「お会いしていたんですか?」
「それもたまにですね」
出会ってからストーカーの相談を受けるまで約二週間。
たまに連絡をとって、たまに会うくらいの人間にそんな話をするだろうか。まして、彼女持ちで年下の男。二股をかけていたのは間違いないだろう。
倉石はトレーにコーヒーを乗せて戻ってきた。
左手にトレーを持ち、右手でコーヒーカップを配るその姿はなかなか様になっている。
つい先日似たような光景を見たが、あの時とはえらい違いだ。
一口飲み、一応お礼を述べてから質問を続ける。
「昨日の夜、二十三時から翌一時頃は何をしていましたか?」
「ここにいましたよ。大学に出すレポートをまとめていました。ひとりだったので証明してくれる人はいないですが」
「大学では何を専攻してるんですか?」
「建築です。デザインのほうを」
そう言って倉石はコーヒーに口をつけた。カップを手にする左手首には誰もが知っている高級ブランドの腕時計が見える。よく見れば服もシンプルながら高そうだった。
「竹中さんも建築系ですか?」
「彼女は都市工学科で、都市計画について研究してました。スマートグリッドを――」
エネルギーがどうとか説明が続いたが専門用語ばかりでさっぱりわからなかった。
結果、返事もあいまいにならざるを得ない
「難しい題材ですね」
「そうですね。ただ、これから必要になる技術だとやる気にあふれていましたよ」
「なるほど。そういえば、竹中さんはサークルに入っていましたか?」
「ソフトボールに入ってました」
「珍しいですね。倉石さんもですか?」
「僕はサークルに入ってませんよ。中学、高校と野球部でしたけど。こう見えて抑えの切り札だったんですよ」
「ピッチャーだったんですね」
それはそれは、おモテにになったことでしょう。
「バッティングも上手かったんですよ。両打ちだったので重宝されてたんです」
ただの自慢話だ。捜査に協力してもらっているのでそれくらいは聞いて上げるが。
「あ、その時の写真も残ってますよ」
倉石は素早くスマホを操作し、満面の笑みで写真を見せてきた。
実際に試合で投げているところを撮ったらしく、四肢が残像を残して分身している。ユニフォームが白と黒でまとめられているせいか、右手の真っ赤なグローブがかなり目立った。分身して見づらいスパイクも同じように赤い。いつの時代もエースは赤なのか。
「エースだったんですね」
「そうなんですよ。面倒だったんで主将はこと割ったんですけどね」
まずい。このままでは倉石の自慢話に無駄な時間を費やすことになる。
「倉石さんの彼女は? 竹内さんと同じサークルだったんですよね?」
「ああ、優香里ですか? ピッチャーですよ。まあ、実際はマネージャーみたいなものですけどね」
自分の彼女のことなのに鼻にかけた言い方で少しイラッとした。
「優香里さんと竹内さんは仲はどうでしたか?」
「優香里との仲ですか?」
倉石は、なぜそんなことを聞くのかという顔をしている。
「竹中さんは優香里さんに紹介してもらったんですよね? 飲み会のときに」
「はい、そうです」
「彼氏を紹介するくらい仲がよかったのかと思って」
「詳しくは知らないですが、優香里をサークルに誘ったのが竹内さんだったと聞きました」
被害者と肥田優香里、容疑者三号は以前からの知り合いだったようだ。
そのあたりをもう少し詳しく聞きたかったが、倉石は曖昧な返事を繰り返すだけで全く参考にならなかった。
後藤は目を開けた。
「……」
「どう? 何か分かった?」
清水は否定を許さないような眼力で睨んでくる。
「金持ちの学生ほど腹が立つ生き物はいないな」
「は?」
「しかも、苦労を知らないみたいな余裕を見せられると三割増しだな」
清水がズイッと顔を近づけた。
「私の言ったことが聞こえなかった?」
「いや、聞こえてた。分かったこともちゃんとあった」
「最初からそう言いなさいよ」
大きく息を吐いてから水を一口、彼女は背もたれに体を預けた。
「次は容疑者三号、被害者の後輩で容疑者二号の彼女、肥田優香里の映像を見せるわ」
分かった、と後藤は深呼吸した。
「これが最後の映像になるだろうけど、犯人は分かりそう?」
「大丈夫だ、たぶん」
自信のない返事に顔をしかめるので、取り繕うように後藤が続ける。
「これで可能性が確信に変わる」
女神の悪魔のようなほほえみを見てから後藤は目を閉じた。