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事件編 容疑者一号

 被害者の彼氏、遠藤拓哉の家は現場から歩いて十五分ほどのところだった。

 岡部に現場から近いと言われ歩いてきたが、車で来るべきだったと後悔していた。もちろん、説教という形で彼にはその咎を受けてもらった。

 細い路地に面した四階建てのマンションの一階、角部屋。周辺も同じようなマンションやアパートが並んでいるが人通りや街灯は少ない。

 一〇一号室の前で大きく深呼吸をする。表情筋をほぐし、しっかりを口角をあがることを確認してからチャイムを押した。

「警察のものです。少々お話を聞かせていただけませんか?」

 チェーンを外す音が聞こえ、ゆっくりとドアが開いた。

 警察バッチを見せながら、最上級の笑顔を作る。

「捜査一課の清水です。こちらは部下の岡部」

 岡部が頭を下げると、遠藤も会釈した。

「どうぞ」

「失礼します」

 そこはワンルームのマンションだった。玄関を入ってすぐにリビングがある。玄関に下駄箱はついていないが靴は一足しか出ていない。

 右側には小さなキッチンがあり、調理器具や調味料が並べられていた。洗いたてのフライパンや包丁、まな板が立てかかっている。包丁は光を跳ね返し、切れ味も良さそうだ。人の首も切れそうなくらい。

 角部屋のため壁二面には大きな窓がついており、唯一の壁はクローゼットになっている。かけられたカレンダーには、アルバイトの予定がびっちり詰まっていた。

 部屋のそこら中に筋トレ用の道具があるが、全体に片付いている。

 遠藤は見上げるほど背が高く、筋骨隆々とした男だった。

「どうぞ、座ってください」

 丁寧な言葉使いで人当たりもよい。

 お言葉に甘えて腰を下ろす。

「麦茶しかありませんが、よろしいですか?」

「どうぞお気遣いなく」

 グラディエーターのような男が右手に湯呑、左手におぼんを持つ姿はシュールだった。剣と盾のほうが似合う。

 テーブルに麦茶を並べ、遠藤も座った。

「詩織の話ですよね?」

「はい、つらいと思いますがご協力をお願いします」

 遠藤は小さくうなずく。

「竹中さんが最近トラブルに巻き込まれていたような話は聞きませんでしたか?」

「無かったと思います。よくわかりません」

 彼の表情は暗かった。彼女が殺されたのだから当然といえば当然だが。

 岡部が言う。

「最近はよく喧嘩していたそうですね」

「ええ、まあ」

「竹中さんの二股が原因だと伺いましたが」

 うつむいていた目が一瞬岡部に向けられた。

「俺が犯人だと思っているんですか?」

 言葉とは裏腹に口調に抑揚がなかった。

 岡部は一言詫びてから続ける。

「事実確認です。定型的なものですのでお気を悪くしないでください」

「ああ、はい」

 遠藤はとても冷静だった。彼女が死んだという実感がまだないのか、消衰しきって怒ることもできないのか。岡部の言葉に激昂したところを自分がフォローして信頼を得る作戦だったが変更だ。

 岡部から主導権を奪う。

「アルバイトは何をしているんですか?」

「えっ? コンビニですけど……?」

 目でカレンダーを指すと、納得した様子で話を続けた。

「私立の大学なのでお金がかかるんですよ。一応奨学金をもらってますが、十分ではないので」

「勉強とバイトの両立は大変そうですね」

「体力には自信あるので」

 よく見れば、てっぺんにボールを蹴る人がついたトロフィーがおいてあった。その前には当時の写真もある。シュートしたところなのか、振り切った右足が消えて心霊写真のようになっていた。

「サッカー部だったんですね。今もやっているんですか?」

「最近はフットサルをたまにやる程度です」

「竹中さんもやられていたんですか?」

「いえ、彼女はあまり運動が得意ではなかったので」

 学生時代は吹奏楽をしていたそうだ。事件とは関係ないか。

「竹中さんはアルバイトなどをしていましたか?」

「家庭教師をしていました。小学生の」

「家庭教師ですか。人気のアルバイトですね」

「子供が好きで、時給もいいので大学の時から続けてました」

「小学生というと中学受験対策とかですか?」

「そういうのではなく、たしか……簡単な英語を教えてるって言ってました」

「そうですか」

 想像していた被害者の人柄とは似ても似つかない。

 部屋にあった服や二股をかけていたことからもっと派手な生活をしているのかと思ったが、そうでもないようだ。

「あれ、指、ケガされていますね」

 麦茶を飲む遠藤の右手の指に絆創膏がまかれていた。

「ああ、これですか?」

 血が滲んで赤くなっている。不意に現場の惨状が頭をよぎってしまった。

「痛そうですね、大丈夫ですか?」

「料理のときに手を切ってしまって。大したケガじゃありません」

「自炊しているんですね」

「食費節約のためですよ」

 遠藤は自虐的に笑った。

「料理できる男子、いいと思いますよ」

 語尾を上げ、ほほえみを付け加えることも忘れない。遠藤の表情もだいぶ緩んできた。

「話がだいぶ反れてしまいましたね、すいません。定型的な質問になりますが、昨日の夜のことをお伺いしてもよろしいですか?」

「あ、はい」

 少し表情がこわばったが問題なさそうだ。

「昨日の夜、二十三時から翌一時頃はどこにいらっしゃいましたか?」

 死亡推定時刻は二十三時半ごろ。被害者宅までの距離を考えると犯行可能だ。

「家にいました。十一時にはもう寝てたと思います」

 聞くまでもなく一人暮らしの彼に証人はいない。

「竹内さんと連絡を取ってはいませんでしたか?」

「一応、昨日の七時頃に明日の昼にそっち行くと連絡をいれました」

「返信は?」

「……来てません」

 関係は冷え切っていたようだ。とすると、新たな疑問が浮かぶ。

「明日はどこか出かける予定でしたか?」

「いえ、特には。ただ話があったので」

 別れ話も佳境に入っていたのか。遠藤が落ち着いているのはもう別れたような状態だからかもしれない。

 その後も質問を重ねたが有力な情報は得られなかった。




 後藤は目を開けた。

「……なるほど」

「何か分かったの?」

「まあ、一応な」

 清水はにやりと笑い、背もたれに体を預けた。

「ねえ、私にも水もらえる」

 普段であれば何様だと思う言動も今はしょうがないかと素直に従った。清水の顔には少し疲れが見える。

「大丈夫か?」

「問題なし!」

 コップを受け取り一口だけ飲みこんだ。

「次は容疑者二号ね」

「分かった」

 清水を一瞥してから目を閉じた。


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