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フライ・ア・ジャンプ~絵から始まる事件~  作者: 篠原 皐月
第1章 絵から始まる事件

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(2)微妙な入札額

「あの……、リディア? それで、篤志芸術展で素敵な絵を見つけて、どうしたの?」

 それを聞いたリディアは、忽ちばつが悪そうな顔になり、神妙に頷いてから話を続けた。


「ごめんなさい。話を戻すわね。その絵を一目見て気に入ってしまったんだけど、その最低入札価格が二万リランだったの」

「二万リラン……。絵一枚にしては、なかなかの値段なのね」

 アルティナは正直に感想を述べたが、リディアはそれを大真面目に否定してきた。


「アルティナ。あのレベルの作品でその値段は、破格と言って良いのよ? 有名な画家の作品だったら、同じ大きさで十万リランはするわ。殆ど無名で大して大きく無いから、この値段なのよ?」

「そうなの……」

(だってこれまでは、剣の稽古とアルティンとしての近衛騎士団勤務にかまけて、まともに美術品なんか鑑賞した事は無いし。実家にある絵や彫刻とかは、如何にも金に飽かせて買い集めたって感じの趣味の悪い物ばかりだったし)

 アルティナがしみじみと自分の芸術に関する素養の無さを再確認していると、ここでリディアが消え入りそうな声で続けた。


「それでね? その……、つい、入札しちゃったのよ……」

「ええと……、その二万リランの絵に?」

「…………」

 話の流れ的に、なんとなくそうだろうなとは思っていたアルティナだったが、改めてその金額を聞いて、微妙な表情になった。


(それは確かに、入札自体は貴族平民問わず自由な筈だけど、二万リランと言ったら、騎士団の一ヶ月分の俸給に近い額よ? リディアは今でも家族に仕送りしている筈だし、しかも最低入札価格が二万って事は、落札額はそれ以上の額よね)

 そこまで考えてから、アルティナは何気なく尋ねた。


「リディア。因みに、どれ位の額で入札したの?」

「その……、二万十リランで……」

「……え? あの、二万一千とか二万二千とかじゃなくて?」

 聞き間違ったかと、アルティナが怪訝な顔をしたが、そんな彼女の表情を見たリディアが、必死の面持ちで弁解してくる。


「だっ、だって! 最低入札価格そのままなんて、作者に申し訳無くて! でも二万リランでも今の私には大金なのに、大した上乗せなんかできなかったから!」

「そ、そうよね? 礼儀よね。こういうのは金額の大小じゃなくて、気持ちの問題よね?」

「取り敢えず入札してみて、それで駄目だったら諦めもつくと思っていたのに、どうして落札できちゃうのよ! おかしいでしょう!? あの絵は、あの絵はっ!! もっと高評価されて然るべき作品なのに、酷いわ!! あんまりよっ!!」

「分かった、分かったから、落ち着いて! それで予想外の幸運で、その絵を落札できたのは良かったものの、手元に必要なお金が無かったのね?」

 段々興奮し、涙目で訴えてきたリディアを宥めながらアルティナが何とか話を元に戻すと、彼女は途端に意気消沈しながら事情を説明した。


「そうなの……。連絡が来るのがもう少し早かったら、仕送りを遅らせて都合を付けたのに。予備に貯めていた分をかき集めても、一万リラン以上足りなくて……」

「そういう事なら、お金は貸すから安心して?」

「本当? 良いの!?」

 勢い良く顔を上げたリディアを安心させる様に、アルティナは笑いながら告げた。


「ええ。生活する為に必要な物は、シャトナー家から寮に届けてくれるし、俸給は丸々貯めていたの。もう少ししたらお世話になっているシャトナー家の皆さんに、何かプレゼントしようと考えていたけど、それは少し先延ばしにしても構わないから、お金を貸すのに支障は無いわ。取り敢えず二万リラン貸しましょうか?」

 そう説明したアルティナに、リディアは再び勢い良く頭を下げた。


「ごめんなさい! 本当に恩に着るわ。貸して貰うのは、一万三千リランで大丈夫だから。それで、厚かましのは重々承知しているんだけど」

「入隊してから色々お世話になっているから利息は要らないし、毎月少しずつの分割払いで構わないから。家族への仕送りもあるし、本当に無理しないでね?」

「ごめん! 本当にありがとう! 助かったわ!」

 言わなくても同僚の事情を良く知っていたアルティナは、自分から先に申し出た。それを聞いたリディアが、涙ぐみながら再び礼を述べる。それを宥めながら、アルティナは密かに笑いを堪えた。


(いきなり借金申し込みだなんて驚いたけど、本当にその絵が欲しかったのね。一体どんな絵なのか、ちょっと興味が湧いてきたわ。リディアだったらきちんとお金を返してくれるだろうし、問題ないわね)

 それから二人はお金の受け渡しを相談したり、一応借用書も作ろうと真面目にリディアが言い出した為、暫くそれを話題に賑やかに過ごしたのだった。


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