命屋の店主と老兵
中沢さんの活躍をご覧ください。
『革新の街』という街がある。
この街は、どの国にも属さない。
すべての国から、およそ同距離のところにポツンとあるその街は、周りが魔物の闊歩する超級危険地帯であるにもかかわらず、完全なる自足をしていた。
植物系の魔物を捕獲、栽培して小規模大収穫のプラントを作った途端なぜか爆発したり、魔物を狩り、その肉の美味を楽しんで翌日には腹痛で苦しんでいたり、新型魔物討伐用兵器を作ったはいいが重すぎて運べなかったり、街の人々は皆が若干大惨事方向に偏ってはいるものの、それぞれに思うがままに楽しげに暮らしている。
そこには人種の区別は無く、猿人種と犬人種がよく喧嘩をしている所に蟹人種が犬側の加勢に大挙して押し寄せ、河童人種と豚人種が猿の助っ人に駆けつけ、といった光景とて珍しくはない。周りの人間は避けるどころか、視界にすら入れない。すでにそういったことは日常なのだ。人種差別主義者はこの街から出ていけばいい。どうせここ以外は差別が根強いのだから…それは街の人間の総意だった。
さらに言うのなら、区別のない範囲は魔物とて例外ではない。何と言ってもこの物語の主人公、中沢。通称をサワさんといい、種別は魔物、スケルトンである。
「あーあー、どっかにいい胸骨したスケルトンでも転がってねえかなぁ…」
早速ダメな男の、しかし種族が種族ゆえいささか不気味な発言をしているのがサワであるが、周りの人間は一向に気にしない。精々がどこから声が出ているのかが気になって仕方がない子供達くらいである。因みに他の街でこのような所業を行った場合、まあ生きてはいられないだろう。
朝っぱらから性欲から出たらしき言葉を呟きつついつもの食堂に着くと、美しい看板娘がその目立つ白を見つけて声をかけてきた。
「あ、サワさんいらっしゃい!コーヒー新しい豆入ってるよ!」
「お、じゃあそれで…なんの豆?」
「超爆裂エンドウですけど」
「お前らいつも俺をないがしろに扱うけど、俺も生きてるからな?」
「冗談ですって!ただの帝国豆ですよ!高山収穫ですから値段は倍しますけど、どうです?」
即答で購入したサワはまだ湯気の立つ熱いコーヒーを一瞬で0℃まで冷まして、キンキンとした冷たさを訴えるそれを美味そうに飲み干した。上得意客に向けたサービスで出されたモーニングメニューも、実に美味そうに平らげる。
「…うん、ジンさん、また小麦粉変えただろ!上手くなってるよ!」
奥の厨房にいた大柄な男が、フライパンを振りながら片手を上げて答える。先程の看板娘に似た、恰幅のいい女将が
「あれも帝国麦さ!あそこは土地が痩せてる分美味いもんが作れるからね!」
とサワの背中を叩いた。魔物さえも一撃で首の骨を折られるような女将の平手に、堪らずサワはバラバラに崩壊した。
「ちょ、女将さん!あんまり崩れすぎるとクセになるから止めてくれよ!」
「そんな脱臼みたいなもんなのかい?……まあ間違ってはないか」
「まあ間違ってはないな。んじゃ、美味しかったよ!お代置いとくから!」
そう言ってサワは食堂を出る。自分の家に帰る時、サワは泣いている女の子を見かけた。
「うわああああ」
見ると、膝小僧を酷くすりむいているようだ。細くて握りやすいのだろう。思わずそばに寄った瞬間すねの骨を強く握り締められたサワは仕方なく、しゃがんで女の子に声をかけた。
「失礼、お嬢さん?怪我をしているようだ。治療させては頂けないかな?私は医者のサワ。怪しいものではないから安心していい」
「うわああああああああああああああん」
余計泣かれた。
痛くて、誰も助けてくれなくて、寂しくて、どうしようも無くて泣いていた所に声をかけられて、僅かな安心感とともに顔をあげれば骸骨だ。泣かないほうがおかしい。おかしいが、サワも泣きたくなった。
「あー、お嬢さん?それは治してもいいってことで、いいですかね?」
「ぴぎゃああああああ」
「いいの?治すよ?いいの?治しちゃうよ?」
「びえええええええ」
「もうやだああああああ!!」
女の子と一緒になって泣き叫ぶサワの頭が、通路の反対側まで吹き飛ばされた。飛んでいく視界の中で見たのは鞘のついた剣を振り切った体勢の、キラキラとした新品同然の鎧と剣を身に付けた騎士のような風貌の女だった。
「お嬢さん、悪い魔物は退治したからな、もう安心していいぞ」
「ううう…お姉ちゃん、誰?」
「私か?私は趣味で騎士をしているものだ…ほら、もう膝は治っているだろう?飴をやるからもう帰りなさい」
「うん、お姉ちゃんありがとう!」
腫れた目で笑顔を作って帰っていく女の子を見送った女は、すぐに振り返ると歩いている首なし人骨に話しかける。
「お前も大変だな、サワ…あの子の治療、あの子に代わって礼を言うよ。ありがとう」
「……ま、いいけどね。次から髑髏吹っ飛ばす距離も考えてくださいよ」
「ははは、それは気がつかなかったよ、すまない」
言いつつ、魔法で風を起こして道の遥か彼方に飛んでいった髑髏を飛ばしてくる。それを受け取ったサワは、軽く埃を払って再び首の上に装着した。
「うーん、接続部分がザリザリするなぁ…」
「……全く、お前ほど不気味な医者もそうはいないぞ。かくいう私も最初はお前に診られるのは本当に嫌だった」
「あー、エリちゃんも泣き叫んでたもんねガ…懐かしいなぁ」
途中で女騎士…エリちゃんことエリシアによって髑髏が殴られたため雑音が入るが、サワはそんなものは関係ないとでもいうように首だけで話し続ける。もちろん首は飛んでいく前に受け止めていた。
「何するのさ。骨だから殴っても忘れないよ?ハルヒコの爺さんがエリちゃんを連れてきてさ、どこが痛いの?って聞いたらいきなり黙ってボロボロ泣き出したんだよね…」
「おいサワ黙れ貴様早急に黙れよ」
「いやまあさ、怖がられる顔なのはわかってるけど本当に傷つくんだからね?可愛い女の子に流れるってのはさ」
骨の形状上、ヘラヘラと笑っている(ように見える)サワの、しかし暗い声で告げられたその言葉に、エリシアは僅かに目を見張った。
「サワ、貴様…目も無いのに人間の顔が整っているかなど分かるのか?」
「分かるに決まってるでしょうが。五感は全部あるよ。舌もないけどこの前一緒にケーキ食べたじゃん」
「そういえばお前、食った物って…いや、もういい。今日お前の所にお爺様が向かうと言っていた。何か話があるらしいのだ。」
「ハルヒコ爺さんが?昔の主人に会うって言ってなかったっけ?」
この街でも一二を争うほどに有名、或いは強力な人物、近衛のハルヒコ。総数100を優に超える軍隊に全く引くこと無く立ち向かう姿は鬼神の如しと言われ、しかし数多の叙勲も容赦無く蹴り、何かの事情でその立場を退くまで小国の王の近衛でいた男だ。その身体は衰えているかに見えるが、未だにこの街でも戦闘力で言えば確実に上位に位置する男である。
「ああ。お爺様に限ってそんなことがあるとは思えんが、腰でも弱したのかもしれん。話を聞いてやってくれ」
「んー…了解。午後なら空いてるって言っといて」
サワは懐から取り出した手帳を見つつそういう。骸骨のどこに手帳を隠していたのかは謎である。エリシアも聞きたそうにしていたがすぐに諦めた。昔それを聞いて酷い目にあったことがあるからだ。
「でもなぁ…小児科も兼任してるウチとしては、いちいち子供に泣かれるのもアレだからなぁ…たまには生き返るかなぁ…」
「貴様には常識というものが無いのか…」
「死後の世界も知らないようなガキ共の作った常識なんて知らないね。文句あるなら枯れた花をもっかい咲かせてみろってね」
そう言ってサワは目に付いた枯れてしまった花壇から枯れ草を一枚抜き取り、映像のコマを変えるように一瞬で、全く反対の季節に咲く花を咲かせた。それをエリシアの髪に差し込み、カラカラと笑い声のような物音を立てながら歩き去った。
「……全く、あんな非常識な男など見たことがないわ…」
残されたエリシアは、初めて祖父以外の男性から下心無しで与えられたブレゼントにわずかに頬を赤らめていた。尚、骨を異性として認識している彼女も十分に非常識である。
サワはその後、往診をこなし、老人の痴呆に付き合い、子供に泣かれ、薬を調合し、新聞を読み、少し眠り、賭博場でイカサマを見抜き、墓場に女漁りをしに行き、結果何の成果もなく帰ってきたのはすっかり夜もふけた頃だった。
「………よう、サワ。ずいぶん待たせるじゃねえか」
「あ、爺さんのこと忘れてたわ。ごめん」
ハルヒコは腹いせにサワの頭部を思い切り殴り飛ばし、サワはその衝撃で上半身全てをバラバラにした。
「悪い悪い、まさか俺にイカサマ勝負仕掛けてくるバカがまだこの街にいたとは思わ無くてさ、調子に乗ってケツの毛まで毟ってやったら旅人だったってオチさ」
「へっ、そいつに忠告してやる親切な奴ぁ居なかったのか?おめえなんてこの街じゃかなり有名だろが」
「まあ、俺が来る前にだいぶイカサマしてたみたいでね。みんなザマアミロって顔してたよ」
ついにその男が破産した時なんて、皆が一斉に男に群がって、一瞬で本当にケツの毛まで毟られていたのだ。サワが手を出すヒマもなかった。
「そりゃ可哀想にな。この街に来るにはまだ早かったってこった……それより骨野郎、お前エリシアに何しやがった?あいつ、お前に言伝頼んだ後からずっと一輪挿しに生けた季節外れの花見ては溜息だ。正直に離さねえと砕いて焼き物の土に混ぜんぞ」
「別に?あまりにも色気がなかったもんで、そこら辺に落ちてた花を摘んでやっただけだよ」
「ふざけんな。真反対の季節の花がそうそう道端に咲いてるもんかよ」
ちなみに、この世界での季節外れの花は文学にも出てくるほどに有名な想念の証である。
「大丈夫だって。流石に十世紀以上離れてる子に手は出さないよ」
「当たり前だ」
「あっちから迫ってくれば別だけど」
「やっぱ殺す!」
こちらに向かってくるハルヒコに向かって「寿命が縮まるぞ」とサワが言うと、ここに来た用事を思い出したハルヒコがサワに家の戸を開けるようにいう。
「うい、柴さん、今帰ったよー」
柴さんは玄関先で飼っている金魚の名前だ。ハルヒコはそのことを知って尚、まるで人間にそうするかのように金魚に接するサワに何とも言えない目を向けていた。
「で?話って何さ。爺さんの方から来るってことはろくな話じゃないんだろ?」
「ああ……サワ、俺の寿命は後どのくらいだ?」
「……何でそんなことを知りたいのか、とりあえず話してもらおうか。コーヒーでいい?」
「おう…すまんな」
ハルヒコの趣味に合うように、薄めに作られたコーヒーを一口口に含んでからハルヒコはゆっくりと話し始めた。
「そうさな……俺は昔、とある方の近衛兵をやっていた」
ハルヒコは、控えめに言っても国で最強だった。その刀の一振りで地面が抉れ、人は飛ぶ。竜のブレスを叩き切った事もあった。彼は、そんな自分を強いと思ってしまった事がそもそもの間違いだった、と言う。
「そうかね?強い奴は自分の強さを把握しなきゃいけないのは当たり前だろ。その結果最強という世間の評価と違っていないならそれでいいんじゃないの?」
「いや、その時の俺は…国だけじゃねえ。自分を世界最強だと思い込んでいた」
「ああ……それは、何というか………痛いな…」
「そうだ。だが周りは俺を諌めなかった。その通りだと言ってきた」
おべっかなどではなく、実際にハルヒコ以上の実力を見た事がなかったのだ。それがハルヒコの自信をさらに増大させていた頃、『悪魔』が国に来たという。
黒い毛、黒い角に黒い目、そして黒い瘴気。全身を黒に染めたその獣は、ハルヒコをも凌ぐような力の持ち主であったらしい。
「恐ろしく強かった。撃退はしたが、俺は全治数ヶ月の傷を負った。その時俺は自分が所詮何も知らねえガキだって事を思い出したんだ」
それからハルヒコは、徹底して近衛兵達の育成に取り掛かったという。若い才能はすぐに開花し、やがてハルヒコとの試合に数分間付き合えるほどの傑物も出てきたらしい。
「全員でかかれば俺なんてひとたまりもない程度には成長した。それを見届けて俺は、例の『悪魔』を探すために国を出た。だがよ…悪魔は見つからなかった」
「ほう、それでいつの間にやら女の子拾ってこんなふざけた街で隠居生活送ってたわけか。いやまあ、何というか…バカだねえ」
「殺すぞ骨野郎」
「……で?あんたがここに来たって事は、つまりそういう事だろ?」
ハルヒコという男は、不確実な事に協力を仰ぐ男ではない。手の速さからして意外に思われるかもしれないが、石橋を叩いても壊れないほどに補強してから渡るような性格をしているのだ。という事は、既に悪魔の所在を確実な情報として保持しているという事。
そんなサワの推測通り、ハルヒコは、その通りだと頷いた。
「ああ。俺のツテで、その悪魔が見つかったんだ。俺は、俺一人の手であいつを殺す…!それは決定事項なんだ…!だが、だが……もう、心に身体が追っつかねえ。身体に、思うように力が入んねえんだわ…」
シワの浮き上がった、張りのないその肌を見て、サワは端的に「老いだな」と呟く。ハルヒコは悔しそうに、ゆっくりと頷いた。
「サワ…恥を忍んでお前に頼む。俺に、半年だけ戦える力をくれ!その後はどうなっても…」
「無理だね」
ハルヒコの懇願を一刀に切り捨てたサワは、そのままテーブルの上のコップを片付け始める。ハルヒコはその腕に縋り付き、サワに理由を尋ねる。
「何故だ!?金ならいくらでも払う!頼む!俺に…俺の…この世での最後の願いなんだよ…!」
「無理ったら無理だ。あんた、俺が人の能力を底上げできる理屈が分かるか?」
サワの予想以上に冷たい声に少し腕の力を緩め、勧められるままに椅子に座りなおすハルヒコ。
「俺が、あんたの要望に応えるには『人生の圧縮』ってのを使う。人生の圧縮ってのはそのまま、人が100年生きるとして、それを50年に圧縮すれば密度は二倍…つまり、同じ一瞬に通常の二倍の力を出せる。そんなもんなんだが、爺さん、あんたは半年昔の力を取り戻したいと、そういうことだな?」
頷くハルヒコに、「だから無理なんだよ」とサワは言い放つ。
「今のあんたが全盛期の力を発揮するには、およそ5倍…2.5年分の人生が必要だ。さらに活動する分…合わせてほぼ3年分の人生が必要だ。それに比べて爺さん、あんたの残り人生は一ヶ月半…半年寝たきりで生きるように人生を薄めることはことはできるが、あんたにはもう半年を圧縮できるだけの人生が無い。因みに死因は大往生だぜ」
「………そうか。俺はもう、死ぬのか」
「死ぬな。まあ気にすんな。みんなそんなもんだよ。人間なんて、準備ができた時には手遅れなんさ」
「……そうか。だが俺は行く。例え無駄死にでも、俺は戦いの中で死にたい…いや、違うな。俺は、主人の役に立ってる…主人のために戦ってるっつー自己満足の中で死にたいんだよ」
邪魔したな、と部屋の戸を開けて出て行こうとしたハルヒコに、サワが不機嫌そうな声をかける。
「一月一億」
「………あ?」
「一ヶ月一億で三十四億。そんだけ用意できんのなら、俺があんたを半年全盛期の力に戻してやる」
「…その言葉を待ってたぜ、サワ」
ハルヒコが小さい金属板をサワに放る。受け止めたそれは、カードキーのようだった。それの正体にサワが気づく前に、ハルヒコは紙の切れ端にどこかの住所を書いた。
「その酒場は秘密金庫になっててな、軽く五十億は入ってるはずだ。鍵はやるから好きに使えや」
「……ホント、死後を知らねえガキは威勢が良くて困るよ…」
サワは呆れ果てたような、しかし、どこか羨むような口調でそう言った。
次の日、まだ日も昇らないうちから骸骨と老人の二人が同じ門から街を出て、4日ほど後に骸骨だけが帰ってきた。その骸骨に女騎士のような見た目の人間が深刻な顔で話かけていたが、骸骨は適当にあしらっていた。
その二ヶ月後、世界中で『災厄の獣』と呼ばれていた黒い魔物が昔に勇名を馳せた老人に討ち取られた、という速報が街に届いた。しかし、最後の一撃は妙に兵隊の強いことで有名な国の近衛兵長によるものらしく、その人物の証言曰く、『災厄の獣は既に老いていた。そうでなければ私などは戦いに割入ることもできなかった』との事で、老人…その国の英雄であるハルヒコという男は益々賞賛される事となった。
そのまた数ヶ月後、老人が出て行ってからおよそ半年が経った頃、誰にも帰還を知らせず、人知れず老人は帰ってきた。
「よう、おかえり爺さん。大金払って死に損ねた気分はどうだい?」
ただサワには見つかった。
「死に損ねてねえよ…もう身体は死んでる」
ハルヒコが捲った服の下は、異常なほどに鬱血していた。腹が不自然に膨れており、内臓はメチャクチャになっているようだ。生きていられるのは一重に、サワの処置のせいだろう。痛みは和らがずにあるようで、絶えず冷や汗を流し続けている。
「……へっ、笑い話にもなりゃしねぇ…心に身体が付いて来ねえなんてほざいてたやつに全盛期の頃の身体を与えてみれば、身体に心が付いて行かねえんだ。挙句止めも俺が刺したわけじゃねぇ。悪魔も俺と同じように衰えてたってのにな」
「…そんなもんだろ。それ、治すか?」
「治しやがったら殺すぞ…これが無けりゃ、俺がズルして殺した悪魔に失礼だ」
「へいへい馬鹿真面目…」
そう言いながらサワが突き出したブランデーを一気に飲み干し、アルコールが壊滅した臓器に染みたらしく、盛大に血を吐いた。
「………美味い、酒だな。畜生め…」
「冥土の土産だ。持ってけドロボー」
数日後にサワがいつも通り道を歩いていると、エリシアが目の前に立ちはだかった。
「…………サワ、覚悟はいいな」
具体的な事には一切触れていない、側から聞けば意味のわからない言葉に、サワはしっかりと頷いた。
道に、がしゃんと軽い音が響く。サワの身体はひび割れ、破片を撒き散らしながら道を転がった。エリシアが二撃目を叩き込み、三撃目、四、五と続けて、その数が四十を越えたあたりでエリシアの息が切れた。何事も無いように再生していくサワの骨を泣きそうな顔で睨みつけながら、エリシアはポツポツと話しだした。
「……私はな、お爺様の騎士として活躍していた頃の話を聞くのが大好きだった」
「…知ってるよ。何度もエリちゃんのする再現の寸劇に付き合った」
「私は、弱者の味方をし、悪を挫くお爺様の話が大好きだったんだ」
「知ってるよ。エリちゃんの爺さん自慢は何度も聞いた」
「……私は…っ、どんな逆境でも平気な顔で生きて帰る、そんなお爺様が、そんなっ、そんなぁ…っ!」
「……知ってる。全部…全部知ってるよ…ゴメンね、エリちゃん」
「私はっ……わたしはぁ…死を、死を望むお爺様が見たかったんじゃ無いのにぃ…」
「…うん、全部俺のせいだね。エリちゃん、俺を殺す?」
「殺すわけ無い……命を簡単に奪っちゃいけないの、お爺様の教えだから…」
「……そっか。これ、爺さんの金庫から出てきたものだから…エリちゃんに返すよ」
サワはいつも通り、どこからか上半身ほどの大きさがある重たげな袋と、二枚の封筒を取り出し、エリシアに渡した。そして、エリシアが引き止めるよりも早く、かき消えるようにしてその場から居なくなった。
数日後、サワは久しぶりに鼻歌交じりに朝の散歩と洒落込んでいた。すると、足下に小さな犬が走り寄ってきたのでその骨だけの手でワサワサと撫でてやっていると、近くの建物の陰から何かがこちらを伺っていることに気が付いた。それは、いつぞやのサワが泣かせた女の子だった。
「……あー……」
おそらくその子の飼い犬だったのだろう。サワと目が合って叫び声を上げようとする女の子を止めたのは、少し見た目の変わった女騎士のような女だった。
今までの磨き上げられた新品のような鎧から一変し、年季の入った、何とも風格のある鎧を纏い、鞘に収められた状態でさえどこか威圧感のある剣を持ち、今までよりも少しだけ大人になったような目をしたエリシアは、女の子の頭に手を置いて、にっこりと微笑んだ。
「済まない、君…その骨は私の友人なんだ。とてもいいやつだから、そんなに怖がらないでやってくれるか?」
「あ、おねえちゃん…アレ、怖くないの?」
「ああ。勿論さ」
以前とは随分違う態度に、サワは少し嬉しいような気分になった。
「エリちゃん、どういう心変わりだい?」
「…別に、大したことはないよ………お爺様が私の理想とは違ってしまったのだから、今度は私が、私自身で理想を体現すればいい…………お爺様の、最後の教えだ」
何かを吹っ切ったらしいエリシアの顔に、サワは一言、「そうかい」とだけ返した。