私勇者だけど創作料理作りつつある
そんなこんなで金物屋へ訪れた!
「たのもーっ」
「主、研ぎ師相手になにを破りに来たのか」
しんしんと雪が降り積もる村の端。オンボロとは言わないまでも、ところどころ老朽化している年季の入った建物へ勢い良く入っていく。
別に道場破りじゃないから。ちょっと気合い入れただけだから。
「中々偏屈な人が営業してるって聞いてたから、ちょっと奮い立たせてみた」
「主、その店主の目の前で言うのはどうかと思うのだが」
「コントなら他所でやれや」
しかめっ面で現れた、髭もじゃもじゃのお爺さんに突っ込まれた。
しまった、いきなり失礼な事をしてしまった。しかも店主になんか怒ってるような呆れてるような、そんな口調かつ珍獣でも見るような目で返された。恥ずかしい。
「何しに来たかしらねぇが、こっちは暇じゃねぇ。客じゃねぇなら帰りな」
「すみません、客です」
「…何しに来た」
「実はですね---」
私は努めて気を悪くされないよう(もう遅いかもしれないが)、ここに来た用件を話し始めた。
ここは鉱山の麓にある村で、年中鉄を叩く音やたたら踏みたちの歌で賑わうのが特徴らしい。
噂通りの光景にやや浮かれがちになりながら、訪れた初日は相方の魔法使いを連れ立って腕の良い鍛冶屋を探した。目的は、切れ味の落ちてきた私の包丁(聖剣)を研いでもらうためだ。ついでに新しい調理器具を買うために。
確かに腕の良い鍛冶屋ばかりの村だった。しかし、今回はそれが災いした。
中々研ぐだけの依頼を受けてくれる鍛治師が居ないのだ。
どうやら、今の時期は税として国に献上する剣の製造で忙しいらしい。そして調理器具も売ってなかった。
包丁(聖剣)は自分で研いでも良いのだが、専門の人間に研いで欲しいというのが本音だ。刻術剣と呼ばれる私の包丁()は扱いが難しい。それに、どれだけ切れ味が変わるのか、一回試してみたい。
税として納めるのは国の援助を受けている組合に加盟してる職人たちだけだ。ならば加盟してない鍛治師あるいは研ぎ師を探せば良いのだが、これもまた中々見つからない。あと調理器具は安物しか見つからなかった。
これはもう自分でやるしかないかな、と思い始めた三日目の今日。朝食を作っているところ、相方が嬉しい知らせを持ってきた。
「ギルドで話聞いて来たんだけど、どうやら村の隅の方に幅広く金物扱ってる店があるらしいよ。なんでも偏屈ジジイだけど腕だけは一流なんだってさ」
舞い上がってちょっと朝食を焦がしてしまったけど、これで新しい調理器具に期待……いや、包丁を研いで貰えると思い、詳しい話と場所を聞く。
そして今に至る。剣の横に置いてある綺麗な包丁に目を奪われながら、私は自分の包丁を渡して言った。
「包丁を使い続けていたんですが、ちょっとへたっちゃって。研いでもらえませんか?」
「おい嬢ちゃん、これ、包丁って……」
何故か困惑された。
「主、当たり前だ。何故なら我は剣だからだ!」
これみよがしにと、まるで準備していたように間髪入れず自己主張する包丁。
「うわ、まだあんた自分の存在理由分かってないの?いい加減認めなさいよね」
「この日を待っていたのだ。雌伏の時は終わった」
なんか言い出したぞこいつ。
ちょっと尊大な口調になりながら、包丁は語り出した。
「主よ、もう我には主の歪んだ思想を正す事は出来ない」
「なんか私危ない存在みたいじゃない?」
へし折るぞこの糞包丁。
「しかし、今ここには専門家と呼ばれる人材がいる。我の存在を断言してくれる存在がいる。我の言葉の裏付けさえとれれば、主はもう我の言葉を受け入れるしかないのだ。ふふ、これも神の思し召し」
「ふーん、あっそ。あ、じゃちょっと見てもらってもいいですか?ありがとうございます。これ私じゃないと鞘から抜けないんで、失礼しますね」
「余裕を感じていられるのも今の内だ主よ。これで我の存在は包丁ではなく聖剣へと返り咲くのだ」
何というか。現状況を客観的にコメントすれば、カオスの一言に尽きた。
店主のお爺さん置いてけぼりになってるからちょっと黙ろうか。
「なんなんだこいつら……」
ごもっともな事で。
とりあえず抜き身の包丁を手渡すと、店主はまじまじとそれを見つめ始めた。
段々と真剣になっていくその表情をみながら、私は固唾を飲んで展示してあるフライ返しに目を向けた。
何あれハンバーグひっくり返すのに最高じゃない。
「……嬢ちゃん」
「なんですか?」
「さぁ、店主よ言ってやって欲しい。そして聖剣としての存在価値を証明するのだ」
そして、彼は言い放った。
「半年程前から、毎日使ってんな。しかも毎回毎食だ。まだまだ腕はそこらの主婦にも及ばねぇが……上達しようとしてる。まるで精錬前の鉄鉱みてぇだが、良く使われた包丁だ」
「神は死んだ!」
うるさい黙れ包丁(断定)。
呪詛のようなものを垂れ流すこいつを無視してさっさと本題へ移ってしまおう。
「ちょっと扱い辛いかもしれませんが、その分お金に糸目はつけませんのでどうか引き受けていただけると嬉しいんですが」
「嬢ちゃん、あんまり商売人に金の事を話題に出すもんじゃねぇぜ。年寄の忠告だ」
「肝に命じますよ。どうもありがとうございます」
「あとだな、嬢ちゃん。……会話するんなら商品じゃなくてこっちを向いてくれねぇか」
「ハッ」
いけない。つい美しい調理器具達に目を奪われてしまった。
機能性、材質、デザイン。ここに揃っている調理器具はどれも筆舌しがたい惹きつけるものがあったのだ。旅道具に付属している調理セットなどとは比べものにならない。
そんなものを目の前に置かれたら喉から手が出るに決まっている。
「主よ、言い訳はそれだけか」
「あんたちょっとその小うるさい部分も研磨してもらいなさいよ」
そもそも喋ってすらいねぇよ。
「気に入ってくれたようで何よりだが、そうだな。この依頼、引き受けてもいい」
「そうですか。そのご様子だと、なにかしらのご条件でも?」
「話が早くて助かるぜ。あと、これを飲んでくれれば、使い古しだがヨメの調理道具を幾つか手入れし直して、くれてやってもいい」
「引き受けましょうなんだって言ってください!」
「安請け合いにも程があるぞ主よ」
小うるさい包丁を無視して店主の返事を待つ。
だってこの人の作った作品で奥さんにあげた調理器具でしょ?多少古くても良い品に決まってるじゃない!
「そうか。とりあえず、代わりの包丁を一本やろう。嬢ちゃんにとっちゃ少し扱いにくいだろうけど研ぎ終わるまで我慢してくれや」
「いえいえ、十分ですよ!それで、そちらの条件とは?」
「あぁ、それはだな……」
ずっと厳しい顔だった店主は、少しだけ目尻を下げて、こう言った。
「ヨメの得意料理を、再現して欲しいんだ」
☆
「軽く引き受けちゃったけど、これは前途多難だなぁ……」
馴染まない包丁を手に、キッチンに向かいながらもそう独りごちた。
店主に言われた内容は、亡き奥方の料理をもう一度食べてみたい、との事だ。
引き受けたこと自体を後悔している訳ではない。料理するだけであれだけの技量を持った人の作品を貰えるというのなら格安だ。
しかし、料理するだけでとは言ったものの、その料理が難しい。
その理由にまず、レシピがない。
店主に料理の全体像を聞いたり、帰り際に道行く奥様方に聞いても、その人その人によって調理の仕方が違う。
そう、この料理は大元から派生した料理らしく、伝統文化にありがちな郷土料理だったのだ。
それ故に、正解を導き出すのが果てしなく難しい。店主から味や材料を聞いて、他の人たちからは大体の調理過程を聞くことで手探りに作るしかないのだ。
ここまでくると、これは創作料理と殆ど変わらない。自らこの料理を作り出すしかないのである。
怖いのは、作りあげた料理と店主の味覚にどれだけ差が生まれるか、である。例えば、私の相方にとってちょうど良い甘さでも、彼にとっては甘過ぎる可能性があるのだ。それで機嫌でも損ねられたら目も当てられない。
新しい調理器具がかかっているのだ。手は抜けない。
期限は丁度一週間後。それまでに、正解まででなくとも美味しいと言われるものを作れるようにならなければ。
気合いを入れ直し、早速料理に取り掛かった。
「……それで、その試作品がこれというわけか」
「うん。食べてみて」
「いつになく真剣だなぁ」
夕飯時。依頼を終えて帰ってきた魔法使いに試作品第一号を振る舞ってみた。
味見はしたが、こいつの反応も見てみたい。
「見た目は普通のスープだよな。ただ、具材がやたら多いな。それで付け合わせがーーー」
「パンには合わないみたいだから、ライスにしてみたの。奥さんもそうしてたんだって。どちらかというと副菜にしてたらしいから、主菜はいつものお肉と野菜の炒め物」
「定番だね。いい匂いだし、これは結構相性良さそう」
「でしょ?」
「お前、本当に初めの頃とは別人みたいだよな」
「煽てたって、おかわりしかないからね」
「十分。いただきます」
スプーンを手にとって、スープの入った器に手を伸ばす相方。
スープを啜る姿を穴が空きそうなほど見つめる。なんだかドキドキした。
「どう?」
「………」
少し間をおき、けれど感想を返さず他のものにも手をつけ始めた。思案顔からして、何か考えをまとめているのだろう。
結構な時間共に居たせいか、こいつの表情を大体読めるようになっていたのだった。
「……うーん」
「美味しいか不味いかって言ったら、どっちよ」
「単体でみたら、美味い。でも、全体からみたら不味い、かな」
「……どゆこと?」
「辛過ぎるんだ。御菜としてならいいんだけど、主菜よりも辛いと休まらない」
「なるほど」
副菜は栄養素の補完と口休めの意味合いが強い。それが汁物であるなら尚更、辛過ぎては口の中が大分うるさくなってしまうだろう。
「それに、味付けの済んでる野菜はやめた方がいいかもな。新鮮な野菜をそのまま使った方が、多分合うと思う」
「そっかぁ、やっぱり一筋縄にはいかないわね……」
どうやら野営料理の要領でやってしまったのが今回の敗北のようだ。
「大分辛口に評価したからな。これでも十分美味いからそこまで気にするなよ」
「塩漬け野菜を入れ過ぎたかしら」
「ハハ、上手い事いうじゃナイカ」
「なによその棒読み。殺すわよ」
「この芋うまいな。スープの口当たりがいいのもこいつの影響かな」
おい、誤魔化すな。
「ふん……奥さんはサトイモモドキって呼んでたらしいよ。ここの特産みたいだけど」
とても粘り気の強いこの芋は茹でたものをそのまま食べても美味しいらしい。
他に使用した材料といえば、赤根や白太根、茸に山菜といった山の恵みが殆どだ。
「店主のお爺さん、毎日食べてたんだって。得意料理だからって、飽きもせずに食べれるのって凄いよね」
「逆に、飽きもせずに作れる奥さんも凄いんじゃないか?」
「まぁ、それは確かに」
私も、今となっては得意料理になった肉野菜炒めも毎日作りたいとは思えない。
自分だって食べるのだから、そりゃ飽きるに決まってる。
「それにしても、その奥さんって良い人だったんだな」
「あら、なんでそう言い切れるの?」
不意にそう言い出した相方に、問い返してみた。
「これ、食材の殆どが野菜だろ?これを毎日ってことは、よっぽど旦那さんの健康に気を使ってたんだろうな」
「それはそうだけど、お肉より野菜の方が好きだったのかもしれないじゃない。断定するには理由が足りないと思うけど」
「確かにそうだけど、野菜を摂るだけなら他の料理にしてもいいだろ?これ一杯でも十分な栄養がとれる。だったら副菜にしなくてもいいじゃんか。限られた地域の限られた食材で、毎日レパートリーを変えるよりも毎日飽きずに食べれるものを作った方が確実に野菜を摂れると思ったんじゃないかな」
そう言うと、相方は空になった器に再びスープを盛り付けた。
そう言われると、そうかもしれない。
毎日レパートリーを変える事は、毎日同じものを作るよりずっと面倒だろう。野菜の多く入っている料理に絞ると尚更だ。
そう考えると、手を抜いているとも捉えられるが、問題はそこではない。
もし、食材や調味料が限られるとして、そこからどれだけレパートリーを増やせるだろうか。
旦那さんの好みだってあるだろう。それら全て考えて料理をするとなるとどれほど難しい事になるだろうか。
それに、飽きない料理というのも難しい。
今回私が作ったように、辛いスープにしてしまえば御菜として美味しくなるかもしれないが、直ぐに飽きてしまうだろう。塩漬け野菜を使ったのだって、他の家ではそれを使っていると聞いたからだ。恐らく、その人たちはそのスープを副菜としてではなく主菜にしているのだろう。
でも、店主の奥さんは違った。毎日野菜を摂るという一点を重視した上でメニューを考えているのだ。野菜も肉も全部主菜で補えばそれこそ手っ取り早いというのに。
わざわざ副菜として、このような栄養満点な一品を作っている。
それは、きっと夫を思い遣る心から行われていることなのだろう。
「なんか、凄いね」
「店主も、きっと分かっているんだろうな。だからまた食べたくなったんだろう」
「こうなったら、益々やる気でてきちゃうな。もっと飽きなくて美味しいスープにしなくちゃ」
「そういえば、殆どお前のオリジナルなんだよな。いつかこれが得意料理になったりしてな」
「あり得るかもね。……ねぇ」
「ん?」
不意に。ぽつりと、思った事を口にした。
「もし、これが得意料理になったらさ、毎日だしても食べてくれる?」
自分でもらしくないと思うそんな言葉に。
当然のように、相方は答えた。
「当たり前だろ?お前の出す料理ならなんだって食べてやるよ」
ーーーあぁ、本当に。
馬鹿だなぁ。
「まぁ、不味かったらちゃんと不味いって言うからな。事料理において俺の事を優しいとか思うんじゃないぞ」
「あんたほんとその変なグルメキャラ板についてきてない?」
正直当初より変わり過ぎてドン引きなんだけど。
それに、不味かったら食べないとは言わないんだね、こいつは。
「後で嘘だって言っても許さないからね」
「おうよ、ドンとこい」
スープをかっ込みながら言うのを見ながら、私はにししと笑う。
それならば、すぐにでも完成させてやろうじゃないか。
毎日二人でスープを食べる未来を夢想しながら。
私は、そんな決意を燃え上がらせた。
「みてよこれ!鉄製なのにこんなにしなやかだわ!」
「お、おう」
「デザインも素敵よね!この曲線がいい味だしてるし、何より扱い易いのがポイント!」
「そ、そうだな」
「よく見れば傷だらけなのにこの輝き!あのお爺さんほんといい仕事してるわ!また包丁へたったら行こうね!」
「……お前こそキャラが」
「あ?なんか言った?」
「理不尽……」
次回は桜が咲く頃に投稿します。多分。