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私勇者だけど(ry  作者: 木山 夕
8/16

卍 私勇者だけどお菓子作りつつある

バレンタインネタ。またしても大遅刻。

「あっち!うわ、ところどころ焦げてる!?」


「……」


「しかもなんか形が前衛芸術的な何かに変貌してる!?星型だったはずなのにどうしてこうなった!」


「……」


「そもそもなんで窯の中で爆発するのよ、もう意味わかんない!」


「……なぁ、主よ」


「何よ!今忙しいんだけど!?」



苛立ちを隠さずに腰に差した包丁(聖剣)をみやる。テレパスで話しかけるこいつは傍から見ると盛大な独り言になるので周りには注意しなければならない。


厚手のミトンに三角巾といったいかにも家庭的な服装にゴツい包丁はやや部相応ではあるが、石窯の熱を調節するためにはこいつに刻まれた刻印術式を使うのが便利なため帯刀している。


そんな包丁が、沈黙を破って言った。



「愚問かもしれぬが……何を作っているのだ?」


「……焼き菓子よ」


「最近の焼き菓子は手品の一種なのか?」



こっちが聞きたいよコンチクショウ!!



確かにそう言いたくなるのもわかる。作った事が無いとはいえ、冒頭のような事をやらかすのはもはや才能がいるレベルだ。



「大体ね!私はこんなの作るつもりなかったのよ料理と菓子作りは似てるけど別物だし!でもたまたま材料消費させるために仕方なく作ってたけどそもそもレシピなんか無い訳でそんなのがまず上手くいくわけがなかったのよ!」


「主よ、詰まるところ何がいいたい?」


「全部あいつが悪い」


「責任転嫁もここまでくると清々しい」



うるさいうるさい黙りやがれ。誰が好き好んでこんなものを作ろうとするか。


しかも、あいつなんかの為に。



事の発端は、弁当を忘れた魔法使いの相方のためにわざわざギルドまで出向いて行った時のことだ。


どうやらその日は依頼内容から外食を余儀無くさせられていたらしく、しかし折角持って来たので依頼の時間まで二人で摘まんでしまおうということになり、おやつ感覚でお弁当を広げたのだった。


荒くれ共が集まるギルド故、周りから冷やかしの声があがるがそこは殺気で黙らせる。ある程度腕が立つ奴は一般人と違いそれで引いてくれるので楽だ。


しかし、冷やかしの声は収まらなかった。


もっと濃密な殺気をぶちかまそうかと思ったのだが、どうやらそれは自分たちに向けたものではないようだった。


何事かと様子をみれば、年若い男女のカップルが一組。


少年はどうやらこれから遠出の依頼をこなしに行くようで、それを見送りに来た村娘が菓子袋を渡しに来たようだった。


なんとも初々しく微笑ましい話である。ぶっちゃけ年齢的に見ればほとんど彼らと変わりはないのだが。


なんだ、この一気に老けた様な気分は。


いや、確かに私は現状況から言って彼らよりもずっと進んだ行為をしているだろう。一緒に旅して、寝食を共にして、自分の作った弁当を囲っているっていうかなんかこの言い方誤解を招きそう。字面だけみたらもう結婚してるだろってなるよこれ。


断じて言うがそんな関係ではない。ただの相方だ、こいつとは。


ちらっと相方の顔を伺ってみるが、しげしげとあの初々しいカップルを眺めていた。


興味津々だが、何を考えているのだろう。



「ちょっと、そんなに見てると失礼よ」


「ん?あぁ、そうだな。ちょっと手渡した袋の中身が気になって」



食い意地張りすぎだろうこいつ。



「おい、そんな目で見んな。違うって。この国もこの時期にお菓子贈るのが普通なのか?」


「ん?まぁそうかもね」



澄まし顔で私はそう返した。


お菓子を贈るのはこの国の文学的文化だ。元を辿ると様々な逸話があるのだが、とある作家が寒い季節に冷めた愛を甘く温かいお菓子で暖めるというラブストーリーを書き、それが一大ブームを引き起こしたというのが有名だろう。


それで、恋を成就させるため作品内の日付にお菓子を贈るというのが半ば風習になりつつある、というのが事のあらましだ。


詰まるところ、彼女はその風習に則って彼に思いを伝えたのだろう。益々もって微笑ましい。


そう。今日がその日付である。



「あ、そうだ。用事思いだしちゃった。それ全部食べといてね」


「急だな。まぁいいけど」


「あと、今日はそんなに早く帰って来なくていいから。でも夕飯までには帰って来ること。いいわね?」


「お、おう」


「それじゃ、お仕事頑張って」


「あ、ちょい待ち」


「?」


「わざわざ弁当持って来てくれてありがとな。今日は要らないって言い忘れてごめん。いつも助かってる」


「……ッ、別にいつも朝ご飯作り過ぎちゃってるから、ついでよついで!あんたの為だけに作った訳じゃないんだから!も、もう私行くから!じゃあね!!」



なんか再び冷やかしの声が向けられたが今度は無視した。


嬉しくて殺気が出せなかったからではない。そう、面倒だっただけだ。



そんなこんなで今に至る。



「夕飯も作らなきゃいけないから、時間を考えたらあと一回ってところかしらね」



失敗作を頬張りながら、反省点をまとめ上げる。料理するのとは勝手が違うのだが、数回同じ事を繰り返すと何が悪かったのか手順自体の改良ができるようになってくる。


伊達に毎日料理こなしちゃいないのだ。次こそは成功させてみせる。



「よぅし、やるぞぉ」



むん、と気合を入れ直して台所へ向かう。口の中の炭を洗い流し、再び小麦粉たちに立ち向かった。





私は知らなかった。そう、知らなかっただけだ。


予熱や粗熱取り、そして冷却。


普段の料理では使わないような手法。それをもってようやく完成する焼き菓子の存在を。


まぁ、なんていうか。



何事も事前情報なしに突貫したところで、上手くいくはずなんてないよねって話。





「ただいまっと……おい、どうした」


机に突っ伏している私にまたかと言わんばかりにジト目で声をかける奴。


少しは心配しろ。



「別に……ご飯、できてるよ」


「何むすっとしてるんだよ。ほれ」



ひょいと小袋を私の顔の前に置く。ほんのりと甘い香りがした。



「あんた、これ……」


「ん、依頼終わりにちょっと買ってきた。飯食ったらお茶にしようぜ」



ちょっと分けてくれ、とはにかみながら奴は言う。


中身は、綺麗な砂糖菓子だった。



「………」


「どした?甘いもん嫌いだったっけ?」


「違う……」



言葉に詰まって、言いたい事が何も言えない。


再び机の上でうずくまる私を見て、いつもと様子が違うことに気付いたのか困惑し始めたのがわかった。それを感じながら、でも反応はしない。今はもう、力が入らなかった。


折角プレゼントを、しかも高価な砂糖菓子を買ってきてくれたのに、私はこんな対応しか出来ない。


罪悪感と劣等感に苛まれながら、腕をきゅっと締める。


そんな様子を見兼ねたのか、相方は語り出した。



「俺の国ではさ、男が女に何かしらのお礼をするのが習わしなんだ。だから今朝女の子が男の子にお菓子あげてたの見てびっくりしちまったよ」



私が作ったスープを皿によそいながら、彼は言う。私の分までよそうところ、こういう時は優しくて本当に困る。



「といっても、本当に最近できた風習だから今まで見たこともやったこともなかったんだけどな。でも、折角だしやっておこうかなって思ってね。別に、貰う事で不都合が起きるんなら返してくれてもかまわんよ」


「……別に、不都合ということはないけれど」



そう、不都合なんかない。これは、ただ。



「ずるいなぁ……」


「なにが?」


「なんでも」



ただ、自分が情けなくて女々しくて、そしてどうしようもなく。


嬉しい。



「はい」



意を決めて、膝の上に置いておいた、変哲も無いハンカチに雑に結んだリボンで包んだものを差し出す。



「……?これ、なに?」


「鈍いわね。アンタと同じものよ。中身は、無残なものだけど」



勿論、中身はお世辞にも美味そうといえないような焼き菓子。買ってきてくれたものとは比較の仕様が無いほどのもので、それが益々自分の胸をちくちくと刺してくる。


比較対象が違うというのは、負けを宣言しているようなものだ。


勝ち負けもへったくれもないけれど、それでも私は負けたくなかった。


この、自分の嬉しいっていう感情に。



「……はは。開けてもいい?」


「いいよ」



許可を出すと、まるで子供のように嬉々としてリボンを解き始めた。


中身が露呈する前に、ぎゅっと目を閉じる。落胆されるのを見るのが怖かったからだ。


真っ暗で見えないが、おそらく焦げた焼き菓子をみて微妙な顔をしているに違いない。用意に想像できる。心の準備をしてから、おそるおそる目をあけた。


そのときだった。



「ちょっと食べよっと」


「えっ」



突然一つまみして口に放り込み始めたのだ。


ちょっと、ご飯の前にお菓子食べるなんて不健康なことするなって今はそんなこといってる場合じゃない。


さくさくさくと咀嚼するのをみて、さーっと何かが降りてくる感覚がした。自分から渡しといて食べるな、なんて事をいうつもりは無かったが、不意打ち気味にされると心臓に悪い。渡すだけ渡して、あとは捨てるなりなんなりしてもらうつもりだったのだ。


今、不味いなんていわれたら。そんなこと、考えるだけで落ち込みそうだ。


放り込んだ焼き菓子が嚥下されるのをみて、絶句する。


彼は、言った。



「うん、見た目はあれだけど、悪くないじゃん。こりゃ来年が楽しみだね」



褒め言葉とも、けなし言葉ともつかない評価だった。



「……、ふぇ?」


「多分、レシピ見ずに作ったんだろこれ。そんなら上々だよ」



そんなはずはない。実は、一番最後に作った奴は一番出来が悪かったのだ。見た目どころか、中身も最悪だったはずだ。


でも、こいつは嘘は殆どつかない。こと食べ物に関しては特に顕著だ。



「……気をつかわなくったっていいから。不味いでしょ、それ」


「お前は最近舌が肥えてきてないか。誰だって初めはこんなもんだろ」



そうだろうか。でも、私も初めの料理はそうだったかもしれない。


自分で料理と菓子作りは別物だと言っておきながら、自分の中で同義語に置き換えてしまっていたのかもしれない。


それでも、言い訳に過ぎないけれど。



「それにさ」


「?」


「今は、そういう美味い不味いってのは考えられねぇや」



だって、と再び焼き菓子を元の状態に戻しながら続ける。




「だって、初めて女の子から手作りの菓子もらったんだ。そりゃ嬉しいよな」




そんな、言葉に。


そんな、言葉で。



「アンタって、ほんと馬鹿ね」


「知ってるか?馬鹿っていうほうが馬鹿らしいぞ」


「あら、馬鹿に馬鹿って言われる方が馬鹿らしくない?」


「なんかちょっと納得しそうだけど自分のこと馬鹿って認めるんね」


「アンタよりマシなら問題なし。そんな馬鹿にはお茶の代わりに水でいい?」


「馬鹿でいいんでお茶にしてください」



手の平を返すように平伏する相方の姿をみて笑う。やはり、私たちはこうでなくては。


再確認した。私は馬鹿だ。きっとこいつが世界で一番馬鹿で、私はその次に馬鹿なのだろう。


だって、私は。こんな馬鹿の、何気ないたった一言だけで。



こんなにも、胸が晴れやかになれるのだから。



さぁ、今日も一緒にご飯を食べよう。


そして、食後に二人でお茶を飲もう。



不味い焼き菓子も、きっとこいつと食べれば美味しくしてくれる。


そう思うのだ。















「これ、砂糖菓子と一緒に食べるとけっこうイケルぞ」


「ねぇ、それって砂糖菓子が無ければって裏返し?」


「まさか。でも、焼き菓子って砂糖まぶすもんじゃないのか?」


「そういうのもあるかも。でも、普通砂糖なんて高価なもの使わないわ」


「ふぅん。じゃあギルドのおねーさんから貰ったのは結構高価なものだったんだなぁ」


「へぇ……。ちょっと、詳しくきかせてもらえるかしら?」


「あ、なんかすげー理不尽な殺気が……」




来月までには新しいの投稿したいところ。

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