卍 私勇者だけど冬の精のコスプレしつつある
クリスマス用に書いたものです。
しんしんと降りしきる雪の日。
私は今、とても厳しい頭脳戦を強いられていた。
「………」
「…主よ」
「黙って」
「主」
「黙ってって言ってるでしょ」
「申し訳ないが、もう辛抱できん」
低い声で威圧しても、この包丁(聖剣)はそれをはね除け言い返してきた。
「何故、衣服店の中でそう殺気立っているのだ」
年越しも近いこの日、私はとある港街の一角にある、一番大きい服屋さんで立ち往生していたのだった。
戦争もかくやといった表情で。
「いい?女の買い物は戦争なのよ」
「それはバーゲンセールの時の話だろう」
妙に所帯染みてきたなこの包丁。
「もうこの店に入ってから一時間も過ぎている。早く選ばなければ夕刻を過ぎてしまうぞ」
「うるさいわね、分かってるわよ」
目の前に陳列するのは、綿素材の真っ白な冬服たち。
そのバリエーションは可愛い系からちょっとエロちっくな物まで幅広くカバーしてあった。
「服選びにここまで時間をかけるなど…」
「仕方ないでしょ。まさか、こんなに種類があるとは思わなかったんだもの」
「むしろ種類が多い方が自分に合う物を見つけ易くて助かると思うのだが」
「合う合わないの話じゃないの。自分が気に入って、かつ実用性があるかとか、他の事にも気を配らないとね」
とは言ったものの、これでは日が暮れてしまうかもしれない。少しばかり急いだ方が良いだろうか。
「今日は、冬の精霊の日だもんね」
冬の精霊の日とは、四季毎に訪れる精霊たちと戯れる日の事だ。
その昔、精霊を目視できた術師たちが、無事冬を越せるようにと願い、天災が起きないように精霊たちへ懇願しご機嫌をとる為の祭を開くようになったのが始まりだ。
以来、春夏秋冬一年四度に精霊の日が設けられ、人々と精霊が共に楽しむためのお祭りがこの国では通例となった。
今では精霊をみることは殆ど叶わないようになってしまったが、それでも祭りというのは人々の心の支えとなるようで、廃れてしまっても何かしらの方法でその日を祝う事が多くの人々の中で当然のようになっている。
冬の精霊の日で一番メジャーな祝い方は、冬の精霊に因んだ真っ白な服を着て一日を過ごす事だ。
そういうわけで、私は今こうして服を選んでいるわけなのである。
「何故当日に服を選んでいるのか…」
「いやだって精霊の日なんて私にとって唯の平日だったし」
基本独りで活動していたこの国の勇者こと私は、休みなくご奉仕すること幾数年、誰かとこの日を祝う事も最近ではめっきりなかったのだった。
やること沢山あるっていい事だよね。悲しくなんかないよ。
「本気だせばいくらでも祝えたし。友達誘ってパーティーとか余裕だったし」
「主よ、それは口にしたら負けだ」
自分もそう思うよ、うん。
「まぁぶっちゃけ、私の場合パーティー開くとめんどくさい政治絡みがまとわりついてくるから独りの方が楽なんだけど」
冒険者とはいっても一応肩書きは勇者だ。友達呼んでパーティー開こうものなら上流階級がこぞって乗り上げてくる。友達も、実はそういった類の方が多いし、むしろ冒険者としての友人なんて殆ど居ない。
肩書きどうこうではなく、実力的に自分と対等な存在がいないのと、その実力差故に私を敬遠する者が多過ぎるのだ。
だからいつも独りで気ままに過ごす事が多かった。
……そう、今までは。
「今年はあいつがいるもんなー。普段通り過ごしてもいいんだけど、あいつこの国の文化に疎そうだしなー」
「主、何故棒読みなのだ」
「黙れ包丁」
まぁ、そういうわけである。
普段通りに過ごそうとしていたけれど、今更ながら二人で今日という日を過ごすのに、なんもなしでは味気ないな、と思ったのがきっかけだった。
「折角だしね。初めてなんだから気合い入れて盛大やるのも悪くないわ。うんうん」
誰に言うでもなくそう呟くと、あいつの驚く顔を想像してにんまりする。
悪くない。きっとあいつは何もわかってないから、ちょっと趣向を凝らせばあたふたするだろう。そうすれば主導権はこっちのもの。思いっきりからかって楽しんでやろう。
そうとなれば善は急げ。さっさと服を選んで、此度の貸家をちょちょっと飾りつけたら豪勢な料理を作ってやるのだ。
「でも、やっぱり服って大事よね……うーん、何が似合うとかわかんないなぁ」
半年前までは同じ服を三日着るような生活をしてたような自分には、どうやらファッションというのは敷居が高いらしい。
どうすればよいのやら、と悩んだ末、結果。
「うん、お店の人に任せましょう」
他人任せというものもたまには必要だ、と自分に言い聞かせる事にした。
そして、その夜。
「………遅い」
全ての準備を終わらせたけれど、奴はまだ帰って来なかった。
いや、実はまだ定刻よりかは早いのだが、気持ち的な問題だった。
あの後。
綺麗な女店員さんに見繕って貰ったのだが、それがとんだ失態だった。
『こ、こんなの私似合わないですよ!』
『いえいえ、身長もスタイルもこの服にマッチしてますよ。お似合いです』
『で、でもぉ……』
『本当、火の精が雪を纏っているみたい。とても可愛らしくて素敵です。お持ち帰りしたいくらい』
『ひっ、そ、そうですか!じゃあこれで、この後やることあるので代金です失礼します!』
という経緯があったのだった。
彼女が舌舐めずりしたときは本格的に貞操の危機を感じた。
買ってしまった服は、ふわふわモコモコした動物の毛を織った一着だった。中々いいお値段で、とても暖かく着心地のよいものだ。
それはいいのだが、店員さんの言う通り、この服はとにかく可愛らしい。精霊の姿を完全にモチーフとした服らしく、ボトムスも含めて一セットだ。何故か小さい羽根のアクセサリーもサービスでついてきた。
正直、オーガとか殲滅できる私にはギャップがあり過ぎるような気がする。
帰り道は特に視線が集まり、逃げたしたいような気持ちをおさえてようやく帰宅した。自分より目立つ服を着ている人なんてかなり居たはずなのに、みんなして自分を見てたように感じた。
恥ずかしい。やはり変なのではないだろうか。似合ってないのではないだろうか。今からでは買い直すのは無理だけれどせめて着替えてーーー
「ただいまー」
「ああもう本当タイミング!」
こいつは時に狙ってやってるのではないかと本気で思う。
「なんだなんだいきな…り……」
苦笑しながら部屋に上がってきた奴は、私の姿をみるなり目を丸くした。
しかし、それはこちらも同じだった。
私は基本、赤を基調とした服が多いが、奴は黒とかグレーとか、無難な服が多かった。
それが、どうだ。
白い、煌びやかな紳士服を着ていた。
まるで、白馬に乗った王族のような。
互いに絶句すること暫く。
「た、ただいま」
頬を掻きながら、照れたように彼は言った。
「…おかえりなさい」
吃らずに言えたのはきっと奇跡に近かったと思う。言葉を忘れるほど、目の前の光景は印象的だった。
自分の恥ずかしさなんてどっかに消えてしまった。それよりも、何よりも、言いたい言葉がある。
でも、それはなんだか照れ臭くて。
ちょっと悔しくて。
自分の中だけで、独占することにした。
「なんだ、今日精霊の日って知ってたんだ」
「ん、まぁな。最近は廃れてるって聞いたから、てっきりお前はいつも通りかと。折角驚かせようって思ってたんだがな」
全く、なんだか馬鹿馬鹿しくなるくらいこいつも自分と同じ思惑だったらしい。
「それはこっちのセリフよ。見ての通り、ほら。パーティー仕様」
「うお、豪勢だな!」
色とりどりな料理がのっているテーブルの上をみせると、目をキラキラさせ始めた。紳士服着ている癖に、中身は子どものようだ。
しかしまあ、それも致し方ないかもしれない。今までずっと秘かに練習していた料理をここぞとばかりに振る舞っているので、こいつにとっては全て初めて食べる料理なのだ。パーティー用のオードブルがズラッと並んでいるので、見た目もインパクトがある。
やっぱり、主導権を握るには料理しかないらしい。
「あ、そうだ」
ふと、思いついたように降ろした荷物を探り始めた。すぐにでも席につくと思ってたのに、意外だ。
「なにやってんのよ、冷めちゃうよ?」
「ちょい待ち。よいしょ、と」
取り出したのは、リボンで結んである木箱だった。結構大きい。
「なに、それ?」
「うちの故郷ではさ。お世話になった人に労いを兼ねて、贈り物を渡す風潮があるんだ。で、国は違うけど、どうしてもやりたかったから」
それだけ言って、徐にそれを持ちながらこっちへ来て、ぶっきらぼうに差し出してきた。
展開についていけなくて、木箱と顔を何度も見比べる。
「えっ、と。……これ、私に?」
「他に誰がいるんだよ」
朗らかに笑いながら、こいつは言った。
素直に受け取ればよかったのだが、突然すぎて何をすればいいのかわからなかった。
だって、プレゼントなんて、初めて貰ったのだから。
手を伸ばしつつも中々受け取らない自分に焦れったくなったのか、押し付けるようにして手渡してきた。
そして、満面の笑みで、こう言った。
「その服、似合ってる。無骨な贈り物ですまないが、これからもよろしく」
そんな言葉に。たったそれだけの言葉に。
「……ばか」
舞い上がりそうなくらい、嬉しくなる。
「それだって、こっちのセリフ。料理しか用意出来てないし、あんたにとっては料理しか役に立てないけど、それでもいいの?」
「馬鹿言うなよ、お前の料理にどれだけ助けられてると思ってる」
「……馬鹿って言う方が馬鹿なんだからね、馬鹿」
ああ、本当に自分はなんて単純な人間なんだろうか。
そんなこと言われたら、こっちは折れるしかないのだから。
「……服装、似合ってる。かっこいいよ」
そっぽ向きながら、最後はぼそりと付け加えるように言う。
素直じゃないと自分でも思うけれど、可愛いとは言ってくれなかったから。せめてもの抵抗だ。
「はは、さんきゅ。あんまり着こなせてないし、派手すぎる気もするけどな」
「まぁ確かにね」
「言ったなこいつ。お前の分まで食い尽くしてくれようか」
「たくさんあるから大丈夫よ」
「そっか。腹一杯食わせていただきましょうかね」
「召し上がれ」
「いただきます」
いつものように軽口を叩き合い、いつものように夕食を食べる。
でも、今日はなんだか。
まるで、精霊が祝福してくれているような。
そんな、一日だった。
「ねぇ、これ開けてもいい?」
「いいよ。絶対気に入るから。絶対」
「どれどれ、と。……わ、綺麗なフライパン!…って、これでまた料理しろってこと?」
「期待していいですかね?」
「あんたね、今時女の子にフライパンなんて普通贈らないわよ」
「ありゃ、お気に召さなかったか?」
「ふざけないで確かこれ巷で噂の丸底式超耐熱性アダマンタイト合金の奴じゃないこれ一つで殆どの料理が出来るって話!」
「うん、気に入ってくれて何よりです」
「嬉しい!ムカつく!」
「うん、やっぱり理不尽ですね」