私勇者だけど料理上手くなりつつある
「んぅ……」
「主」
「むむぅ……」
「主よ」
「うぬぅ……」
「主よ!」
「わ、なによいきなり。頭ん中キンキンするじゃないやめなさいよ」
清流のある山の一角で立ち尽くすこと数刻。
岩を切って作ったまな板の上に転がっている、剣の形をした包丁からテレパシーが飛んできた。
こちらは考え事してる最中だというのに。全く、やかましい包丁だ。
「とうとう聖剣という認識すらしてもらえなくなったか…」
「いや、なんか最近聖剣として使うより包丁として使った方が万能な気がしてきてさ」
この包丁には様々な術式が刻まれているのだが、その数々の術式が料理において非常に便利だと気付いたのだ。
アイテム使用のための念力は食材切りながらでも鍋の面倒を見れるし、超高温による座標爆発の術式は威力を小さくすれば芯まで火を通す事が出来るし、切れ味上昇は言わずもがな、刀身を急速冷凍、急速加熱しても歪まない。
つまり。火もいらない、手入れもいらない、どんな食材でも切っていいし、痒い所に手が届く。
これほど便利な包丁なんて、他にあるだろうか。
「一族の先祖がどのような状況でも敵を屠るために鍛えあげたものを……ッ、……ッッ」
「いやぁ、でも事実だし」
「我以上の剣なぞ他にはないのだぞ!」
「でも唯一扱うことのできる私が使ってみて言うんだから」
「そのような問題ではないっ!」
「あー、そういえば、さっき何言おうとしてたの?」
露骨に話を逸らしてみる。なんだかこのまま続けても不毛な気がしたのだ。
「む…、主よ、先ほどから一刻も何を迷っておられるのか」
「あぁ、それ?」
なんだ、そんなことか。テレパスの声に答えながら三角巾を一度解いて川の方へ向かう。
「最近、私も料理上手くなってきたじゃない?」
「剣である我にはわからぬが」
「上手くなってきたのよ」
この説明甲斐のない奴め。
一度会話を切り、目の前の清流を覗き込む。
自分の顔が映る程、綺麗で冷たいこの川はとてもおいしい水で有名である。
川岸に穴を掘り、小さな池を作っておき、そこに野菜を冷やしておいた。今朝、麓の村でいただいたものだ。
手を突っ込むと、暑い季節なのにも関わらず氷の大地の解け水のように冷たい。心地よい冷たさを少しだけ堪能し、沈んでいた野菜を取り上げる。水を切って、三角巾で包んで持ち運ぶ。
こういうのは、念力を使わない方が、なんだかいい。
「でも、レパートリーが少ないというか、いつもスープと炒め物とかで単調な気がするのよね」
「旅なのだから、料理するだけでも十分なのでは?」
「それは料理の出来ない奴の台詞よ。街や村の料理屋で舌鼓打つタイプの奴ね。でも、私はそろそろそれを卒業するべきだと思うのよ」
「ふむぅ」
「折角料理出来るようになったのだから、次のステップへすすむべきだわ。場所とか、食材とか、季節や体調とかに合わせてメニューを変えれるように、色々挑戦してみようと思うの」
「……主よ」
「なによ」
「あんたホントに勇者か」
マジトーンだった。なんか口調も変わっている。
「勇者よ!これ以上ないってほど勇者だわ!」
「剣の腕ではなく料理の腕を鍛える方が生き生きしてる勇者なぞおるものか!」
「だってなんか楽しくなってきたんだもん、料理するの!これは、えっと、そうよ!趣味よ趣味!ただの趣味!」
ちぃっ、これ以上は不利だ!
「ならばーーー」
「それで!今日は良質な水がふんだんに使えるから、それを活かした料理が作りたいなって思ったんだけど、なにかいいレシピないかなって考えてたのよ!あんたなにか知らない?」
「む、ぅ、戦闘以外の事は…」
「なんだ、わかんないのか。まぁいいけどね」
「むうぅ…」
秘技、強引に話を切り替えなんとなく相手が悪いようにする話術!
女の子コミュニティでは必須な能力である。実際は殆どが被害者であるために身についてしまった力なのだが。
「ま、あんまり考え続けても時間の無駄だしね。とりあえず、まずは作ってみましょうか」
いいレシピがなかったので、創作料理だ。
とりあえず、生野菜のサラダは決定として、メインをなににするかだが……
思いつくままにやってみよう。
冷えている野菜をでんと置き、ザクリと切り始めた。
☆
「で、それがこの結果だと…」
「なによ、文句あるなら食べなくていいわよ」
依頼を終わらせて帰ってきた魔法使いの言葉に、肘をつきながら投げやりに言葉を返す。
奴の顔をチラと横目に見ると、何を言ったらいいかわからないような複雑な表情をしていた。
なんだかそれが気を使わせてるような気がして、苛々する。
こんなはずではなかった。そんな言い訳が何度も喉元にせり上がってくる。
途中までは問題なかったのだ。ただ、問題が起きてからはひどいものだった。
作ろうとしたのは、カポトゥイユと呼ばれる料理だ。レシピ自体は知らないので、カポトゥイユもどきと呼ぶべきかもしれない。
カポトゥイユは赤汁実をベースにした野菜を炒め、煮込んだものだ。この時期になるとこの国のテーブルによく並べられる民間料理で、作り方もそれほど難しくないようだった。
一度、父が作ったのを見ていた事があったので、大体の手順は覚えていた。あとは自分でアレンジすればいいと思っていた。
結果としては、最悪となってしまったが。
炒める野菜の順番を間違えてしまったのだ。火の通りやすいものから先に炒めてしまい、火が全体に通るまで加熱すると焦げてしまったのだった。
しかも、最終的には煮込むので、焦げ臭さがやや全体に広がっている。野菜の焦げ臭さなど大したものではないが、見た目からして成功だったとは言えないだろう。
サラダは失敗するはずもないので大丈夫だが、やはりメインが駄目だとサイドもなんだか出来栄えが半減しているようにも見えてしまう。
「まー、全部真っ黒になってる訳じゃないしな。こういう時もあるさ」
「別に、食べなくていいのよ、本当に」
なんだか、落ち込んできた。
簡単な料理が作れるようになっただけで調子に乗り、基礎知識もままならないのにレシピの知らない料理をつくる。そして失敗して、今こうして不貞腐れている。
なんとも滑稽だ。まるでピエロのようだ。
溜息が自分の意思とは関係なく排出される。いけないとわかっていても止められない。
……作り直そう。全部捨てて、野菜炒めでも作ろう。
それがいい。徐に立ち上がって、カポトゥイユの乗った皿を掴もうとした。
「いただきます」
しかし、それはその一言によって止められた。
「あむっ」
「ちょ、ちょっと。焦げた料理なんて身体に悪いわよ」
慌てて皿を取り上げようとするが、逆に取り上げられてしまった。手の届かない位置で奴は皿に口をつけて流しこんでいる。
「……んぐ、うん。味はやっぱ微妙だったな」
「……だったら、なんで食べたのよ」
若干、気分がさらに落ち込むのを感じながら、責めるような口調で言う。
それとも、自虐か。
美味しい、と言ってもらえなかった。たったそれだけの事に対しての。
「不味いって分かってたのに、どうして」
「そりゃお前、食べてみたかったからだよ」
「……はぁ?」
一瞬、こいつの言っていることがよくわからなかった。
「これさ、カポトゥイユっていう料理だろ?俺、一度も食べた事なかったんだ」
「……え?」
食べた事がない。それが、私には信じられなかった。
カポトゥイユは、いわばこの国の伝統料理だ。ふんだんに新鮮な野菜を使うので、地方によっては食べられない事もあるかもしれないが、一度も食べた事がないというのはいくらなんでもおかしい。
「変わった味だな。でもこれはこれで栄養満点でいい料理だ」
「……焦げてなきゃ、もっと美味しいわよ。パンにもすごく合うし」
「へぇ、それじゃ、次食べる時が楽しみだな」
「次って」
「当たり前だろ?」
綺麗に平らげた皿をコトンと置き、奴は言った。
「お前、失敗したままでいいのか?」
それは、諭すような口調ではなく。
らしくない、と言いたげな顔で。
真っ直ぐ、私を射抜いていた。
「美味しいってんなら尚更だな。これは食べなきゃ気が済まないぞ」
腕を組み、うんうんと頷きながら言う奴の言葉は、不覚にも私の心を揺らした。
「また失敗したら?」
「なんか珍しくしおらしいな。そんなもん決まってんだろ」
奴は立ち上がりこちらに回り込んで、私の頭にポンと手を置いた。
「成功するまで付き合ってやるよ。だから、成功するときはとびっきり美味いの作ってくれよな」
にしし、と歯を見せて笑う。
私は、そのときどんな顔をしていたのだろうか。
「……触んな!」
「うお、おっかねぇな!……ま、そっちの方がお前らしいよ」
気恥ずかしさから奴の手を振り払うと、プイと顔をそらす。
そして、それを紛らわすようにカポトゥイユをかっ込んだ。
そういえば、奴に初めて料理をしたとき。
今回みたいに、炒め物で食材焦がしちゃって、情けなくなったときも。
あいつは、同じ事言ってくれたっけ。
焦げたカポトゥイユは、ほろ苦かったけれど。
心に残る、味だった。
「……あのさ」
「んー?どしたー」
「えっと、その、あの」
「どうした吃りこんで」
「あ、あ、あ、あり、ありが……」
「蟻が?お、腕に引っ付いてた。ありがとな」
「………」
「なんでしかめっ面してんの?」
「………なんでも無いわよ、馬鹿!」
「まーた理不尽」
作中に登場するカポトゥイユという料理ですが、実在はしません。ラタトゥイユとカポナータと呼ばれる料理からいただきました。
どちらもトマトを使った料理だそうです。夏にぴったりの料理なんだとか。