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私勇者だけど(ry  作者: 木山 夕
3/16

私勇者だけど料理人になりつつある


「……野菜とって」


「むぅ」


「……塩とって」


「むぅ」


「……香辛料とって」


「むぅ」



淡々とした空気が森の開けた空間に広がっていた。


コトコトと野菜と肉を煮込んでいる鍋の音と、カンカンと石のまな板で野菜を刻む音が、危険狩猟区域であるここの雰囲気を完全に穏やかなものとしている。


ここが危険な場所とは思わない。もとより自分はこの程度の場所で後れを取るような間抜けではないし、寝入ってても反撃できるだろう。ここのモンスターは総じて弱い。


しかし、しかしだ。


疑問があった。何かがおかしかった。


今の状況が、限りなくおかしいというのに、自分はそれを当たり前と判断しつつある。


料理も完成間近となったとき、その疑問はようやく喉元を通り、はっきりした。


私は、言った。



「……なんで私こんなに順応してんの?」



そう、そうなのだ。


以前のように、何故私が!みたいな憤りを感じながらしていた料理が、今では感情の揺らぎすらない。もはや料理をするのが当たり前のような感覚さえする。


バカな。ありえない。


私がこんなに家庭的な筈がないのだ。


旅の間はずっと携帯食料のみ齧ってた私が。


部屋の掃除なんて一年に一回しかしなかった私が。


風呂なんて三日に一回でいいやと思ってる私が。


料理なんて家庭的なものが当たり前になる筈がないのだ!


誰だ女として終わってるって言った奴!



「主。我の念力は料理に使うものではないのだが」


「うっさいわね。いいじゃない、便利なんだから」



私の聖剣は意志をもち、テレパスで話しかけてくる。様々な術式が刻まれていて、念力もその一つだ。


元々、念力はたとえ単独行動でも剣を振りながらアイテムを使う為にある。他にも応用の効く術式で事ある毎に使っている。


まぁ、今では便利な包丁でしかないのだが。



「くっそ、こうなったら私の料理であいつを跪かせるしかないわ!」


「主。順応しただけでなく頭もおかしくなってきておる」


「黙りなさい」



これ以外方法がないのだから仕方がないのだ。


現在、旅の道連れに一人男がいるのだが、そいつが料理作ってーと催促してくる。勿論拒否するが、それならば勝負に負けた方が料理を作るといった決まり事を決め、料理の前にガチンコ対決するのが日常となった。


結果は、まぁ自分が料理しているという事実で悟って欲しい。


以前は料理時以外でも何かにつけて突っかかっていたのだが、尽く惨敗。


そして、とうとう黒星が三桁に到達してしまったのだ。流石にもう悟った。


奴の実力は半端じゃない。勇者である私が、世界中でも指折りの実力をもつこの私ですら、奴には届かない。


一体何者なのか。


疑問は尽きないが、今わかっているのは私の料理であいつをねじ伏せるしかないということだ。



「勇者としてのプライドが……ッ、実力で勝てないのなら別の方法で……ッッ」


「主。難儀なものだな」



同情するなら力をくれよ。



「ただいまー…、なんでお前地面叩きつけてんの?」


「別になんでもないわ。目標は手に入ったの?」



すっくと立ち上がりなにもなかったアピール。ついでに何も聞くなと睨みも効かせておく。



「お、おう。『永樹の葉』は無事に取れたよ。ちょっと手間取ったけど」


「はん、あんたらしくないわね。こんな簡単な依頼で手間取るなんて」


「いやぁ、なんかあんまり歓迎されて無かったっぽいからな…」


「?」


「こっちの話。無事に終わったんだし、飯食ったらギルドに戻ろうぜ」



奴はやや強引に話を終わらせると、石のテーブルの前に座った。



「今日の飯は何かなー」


「スープと乾パン、あとありあわせの炒め物。さあ、崇めながら食べるといいわ!」


「いただきます」


「召し上がれ」



なんだろう、今のやりとり凄く恥ずかしいんだけど。



「はふっ、んぐっ、あっつ」


「そんながっつかないでよ行儀悪い」


「お前に言われたくないぞ…」


「へぇ?」


「ごめんなさい、おかわりください」



あ、なんかちょっと優越感。



しばらく私の料理に舌鼓を打ち、鍋が空になるまで食べ続けた。


うん、悪くないんじゃない?私の料理ももう中々のものだ。



「ご馳走様」


「お粗末様」


「やー、満腹。ちょっと休んでから行くか」


「そうね。で、どうよ私の料理。もう文句は言わせないわ」


「あー、そだな。めっさうまかった」


「……美味しかったのなら咽びながら跪きなさいな」


「何を言ってるんだお前は」



いや、まぁ、冷静に考えれば私の言ってる事は確かにおかしい。


しかし、止める事はしない。これは勇者としての沽券がかかっているのだ。


このまま、この待遇が続いてはならない。勇者としての血が、そう叫ぶのだ。


だから、こう言わせなければならない。


『私の負けです、これからは私にも料理をさせてください』と!



「さぁ、いいなさい!」


「お前馬鹿じゃねぇの?」



わかってんだよ理屈としておかしい事ぐらいッ!



「だって勝てないんだもん!毎回毎回負け続けるなんてもう私耐えられないよ!」


「あー」



なんだその目。そんな優しい目で私を見るな。



「なるほどな。確かに力づくで女の子に料理させるってのもなぁ」


「そそ、そうね。えぇ、女の子だもんね。女の子」



どどど、動揺なんかしてない。私、冷静。女の子扱い初めてされたとか、そんな事は全然考えてない。



「うーん、わかった。じゃあ今晩、一回だけ俺が作ってみるわ」


「え、いいの?」


「ああ。だけど」


「?」


「あんまりがっかりすんなよ?」



なんだ、その科白。


ちょっとだけ、どきんとしたじゃないか。





「な、なによこれ……!」



私は、今幻覚でも見ているのだろうか。



「もう一度言うけど、がっかりすんなよ?」


「がっかりって、そんなもん」



言葉を切り、呼吸法で息を吸い込みながら、拳を握り、引き絞り、



「するわけないじゃんばかああああああああああああああああああああああ!!」



顔面に思いっきりぶちこんだ。


私の全力の拳は奴の手のひらに収まり、凄まじい音と衝撃波が周りに飛び交った。


皿の方に衝撃波がまともに当たらないよう調節してたのがさらに苛立たしい。


奴の料理は、とんでもなかった。こんなの、宮廷料理人も真っ青な皿ばかりだった。


どれもこれも、目を引くような彩り。肉は茶色とロゼ色の見事なグラデーションで、野菜は魚とドレッシングでアートを描いている。


総評として、めっちゃ美味そう。


そりゃもう、私の料理なんか目じゃないくらいに。



「アンタこんなに料理出来るんなら、自分で作ればよかったじゃない……ッ!」


「今迄で一番の殺気なんだが。これにはちゃんと理由が…」


「面倒だからとかそんな理由だったら絶対許さないから」


「落ち着け。割とまともだから」



割とってなんだ割とって。



「まぁ、食べりゃわかる。食べりゃな」



拳を引くと、奴は無表情で席についた。私もそれにならう。



「まさか、見た目だけで中身最悪、とか?」


「いや?普通に美味いと思うよ?」


「殺していい?」


「まず食ってからにしてくれ」



奴は溜息を吐きながら言った。


これ以上は確かに無駄な押し問答だろう。食べればわかるといったのだから、まずは食べてみよう。


それにしても、なんて美味しそうな料理なのだ。こんな料理初めて食べる。



「いただきます」


「召し上がれ」



まずはお肉。ナイフを入れると肉汁が溢れ、口に放り込むとその柔らかさにびっくりした。噛めば噛むほど味が溢れてくる。


付け合わせの芋と一緒に食べ、サラダの方に食指を動かす。


湯締めした魚の身と、食べ安く切られた色とりどりの野菜。それだけでも美味しいのに、ドレッシングがそれらをさらに昇華している。


それらを流すように、黄金色のスープを口に運ぶ。あっさりとしていて、しかし味がしっかりとするそれはどれほどの素材を使ったのだろうか。



ふぅ、と一息。


なんだこれは。美味しいなんてものじゃない。


言葉で表現できない。ただ美味しいとしか言えない。


これ以上なく、今迄に食べたものより、美味しいものだった。


だから、こういった。



「……うん、なんか分かった気がする」



そっか。とだけ言って、少し笑って奴は自分の分を食べ始めた。


がっかりするな。確かに、これは何度もいいたくなるかもしれない。


美味しかった。とても美味しかったのだ。


だからこそ、何かが浮き彫りになる。


味は美味しかった。でも、何かが足りなかった。


ご飯を食べたときに、お腹だけじゃない、満たしてくれるものが足りなかった。


がっかりするな。これは、無理だ。


全て平らげると、お腹が満たされ美味しかったという記憶だけが残った。



「えと、美味しかった。ご馳走様」


「お粗末様。まぁ、これでいつもお前に頼む理由がわかってくれたと思うけど」


「うん、そだね。これからは勝負なしでいい?」


「別に罰ゲームでご飯作って欲しかった訳じゃなかったんだけどな。あぁでも言わないと作ってくれそうになかったし」


「う、言い返せないのが辛い」



確かに、というか寧ろ自分から「じゃあ勝負しろ!」って言ってた気がする。


我ながら血の気の多い奴だ。



「色々叩き込まれたんだけどな。やっぱり、駄目だったか」



苦笑しながら奴は言う。なんかとても居た堪れなくなった。



「自分を連れてきたのは、料理作って欲しかったから?」


「ううん、違うよ。別に食べられない訳じゃなかったし、旅は携帯食料で街では料理屋にでも行けばいいし」


「じゃ、なんで?」


「秘密」


「なによそれ」



こちらが口を尖らせると、今度は朗らかに笑った。



「ま、いつか教えるさ」


「ふーん」



なんか釈然とはしないが、こいつとはこのぐらいの関係がいいのだろう。


今は、まだ。


だから。



こいつに毎日手料理を振る舞ってやるぐらい、してあげてもいいかなって。



そう、思うのだ。








「でも、たまには料理してよね」


「なんで?」


「いつか、本当に美味しくなるかもしれないじゃん」


「……そっか」


「うん」


「じゃあさ」


「?」


「それまで、俺にお前の料理、ずっと食わせてくれよな」


「……」


「おい、どうした急に黙り込んで」


「う、うるさい、うるさい!アンタが黙り込みなさいよ!」


「また理不尽な……」


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