私勇者だけど夏を満喫しつつある
9月末まで夏期休講なのでセーフ。
「ほら、早く早く」
玄関で戸締りと荷物の確認をしていた、相方である魔法使いを急かす。
大事な事と分かっていても、もどかしい。
「焦んなって。そんな慌てても良いことないぞ」
「そんな悠長な事言ってないで、ほら!」
私は相方の手を掴んで、引っ張りながら駆け出した。急に引っ張ったせいか転びかけたが、お構いなしだ。
ゴツゴツした相方の手を自分の手のひらで感じながら、それでも恥ずかしがる事なく握りしめた。
慣れた訳ではない。
もっと大きなものが自分の胸を占めているからだ。
「モタモタしてたら、終わっちゃうわ!」
それは、おそらくこの季節で最も大きなイベント。
「ーーー今日は、お祭りなんだから!!」
夏が、真っ盛りだった。
要は、色気より食い気状態である。
夏の精霊祭。
夏の代名詞であるとともに、火の精を祀る日とされるそれは、炎天下の中火の精たちと親交を深めるため一日中馬鹿騒ぎする日というのがこの国での一般的な認識だ。
文献には、火の精は熱や光を司る妖精で、夏が熱いのも日が長いのも火の精がやってくるからだというのが通説として書かれている。また、派手好きで楽しい事を何よりも好むと記載されており、そのせいか夏の精霊祭は四つの精霊祭の中で一番騒がしい。
一日中、というのが肝で、この日は朝から日が変わるまでずっとどんちゃん騒ぎが収まらない。子供たちの健康に障りそうな話である。勿論、夜中は街中ではなく少し離れた場所で行うが。
起源としては微笑ましいものからちょっとエロちっくなものまで色々あるが、人々のガス抜きとして設けられたというのが一番わかりやすいだろう。
炎天下の中、何か娯楽も目標も無しに仕事漬けだと考えるとうんざりするのも分かる。
また、こういう人が集まるイベントは経済的にも好ましい。こう言ってしまうと火の精との親交はどうしたと言われてしまいそうだが、まぁ古い習慣や行事の実態なんてこんなもんである。
自分たちがいるこの街は、大きな湖の近くに位置した避暑地であり、この時期最も人が多くなり、その分祭りの規模も相当なものであるという。街に来た経緯は、依頼完遂の報告と書類の提出のため王都へ帰る際に寄っただけなのだが、折角なので祭りを楽しんでから帰ろうという話になった。
決して祭りの時期に合わせた訳ではない。ただの偶然である。うん。
役場でパンフレットを貰ったところ、この街は昼間は沢山の屋台が出店するという。様々な土地の料理が一点に集まるのだ。
ワクワクしない方が嘘だろう。
そんな訳で、今日は相方を引き連れてお祭りを堪能すると決めたのだった。
鼻歌交じりに行く自分の横を、相方は物珍しそうに辺りを見回しながら歩いていた。
その格好は、何時もの黒を基調とした服装ではない。緑を基調とし、いつもなら見られない装飾を施した長めのキルトにパンツといった格好だ。腰にベルトを巻いているせいか、ミニスカートを穿いているように見える。
見た目活発そうにみえるためややらしくないというか、自分の中の印象が邪魔しているが、やはり基が良いのだろう様にはなっている。悪くない。
自分はというと、こちらは変わらず赤が基調となっているが、服装は勿論お祭り仕様だ。白いブラウスに肩紐のついた赤いワンピースドレス。本来は長袖、膝丈のチェニックスカートらしいけれど、それだと物足りなかったので半袖、刺繍やフリルをつけた短めのスカートにしてもらった。
自分でやった訳ではないので、今度は自分でやってみたいものだ。
それにしても、相方はキョロキョロし過ぎだ。少しはこっちに釘付けになれ。
知らず手に力が込もってしまい、握っていたものがみしりと鳴った気がした。
相方の手だった。
「っ……ちょ、俺何かした?」
「ううん、何もしてない」
何もしてないから問題なのである。少しは褒めたりしろ。
まぁ、そんなことを期待したところでこの馬鹿には裏切られるのが関の山だ。
そんなことより、屋台である。
「あぁ、どこもすごく美味しそうな匂い……全部食べ切れるかしら」
「いや、流石に無理だろ……食事処だけでも一○○は超えてるぞこれ」
「もぅ、もっと早く来てれば少しでも多く回れたかもしれないのに。アナタがモタモタしてるから」
「いや、寝坊したのお前だよね?」
聞こえない、キコエナイ。
「昨夜興奮して寝れなかったとか、今幾つだよ」
「女性に年齢聞くとか最低ね。失望しました」
「あ、ごめん……ってなんか俺が悪い方向性になってね?」
「ほら、行くわよ!まずはあの店!!」
「ちょ、待てっておい!」
誤魔化しながら屋台へ突進していく。そんな自分を追いかける相方が、少し笑っていた。
つられて、自分も笑う。まだ祭りは始まったばかりだというのに、楽しくて仕様がない。
時間はまだたっぷりある。
さぁ。お祭りはこれからだ。
「炭火の良い匂い……。おじさん、串焼き一本頂戴!」
「あいよ。うちのは塩とタレ、二つの種類があるが、どっちがいい?」
「塩で!」
「じゃあ俺はタレ一本ください」
「あ?あんたタレ派なの?塩がいいに決まってるのに、わかってないわね」
「あん?お前タレの方が美味いに決まってるだろ。炭火の匂いとタレの匂い、二つが合わさって最強なんだよ」
「はっ、素材の味が一番堪能出来てこそ真の串焼きなのよ。やっぱ、料理に関しては私の方が上手のようね」
「おいおい、お前さんら……」
「調味料ってのはな、素材を十二分に引き立ててこそなんだよ。確かに塩は素材をそのまま出しちゃいるが、十二分とはいえないな」
「タレこそ素材を活かし切れていないわ。タレの味が素材を左右しちゃうんじゃ、調味料としては塩に劣るわね」
「逆に言えばタレが最高に合う味ならその串焼きは最高って事だな?」
「塩こそがその最高の味なのよ」
「じゃあ食べてみればいいだろっ、半分あげるから半分ください!」
「ええいいわよ半分こしましょうどっちも美味しそう!」
「邪魔だからイチャつくんなら他所でやれやバカップル」
串焼きは二人で半分こしました。
「サンドイッチ……はちょっと安直過ぎね。もうちょっと変わったものはないかしら……」
「あっちに面白いのあったぞ。パスタサンドイッチだってさ」
「穀物に穀物挟んでどうすんのよ」
「え?味付け濃くすれば結構イケるけどな」
「へぇ。バランス的にはあんまりだけど、今度試してみようかしら」
「それより食ってみようぜ。魚介、赤汁実、乾酪……結構バリエーションあるな」
「ボリュームもあるわね。うーん、適当になんか頼んで半分こする?」
「じゃあそれで。種類は?」
「じゃあ、赤汁実で」
「了解。おじさん、サンドイッチ一つ」
「あいよ。兄ちゃん奢りかい?男だねぇ」
「いえ、奢りじゃあないですが」
「なんだなんだ、甲斐性なしか?」
「財布、握られてるんで」
「……お、おう。頑張んな」
サンドイッチは二人で半分こしました。
「あ、クレープ!」
「ここ一番の高いトーンだな」
「デザートは別物よ。今までは料理の参考。これは自分の嗜好」
「えらい開き直ってんな。菓子作りの参考にはしないのか?」
「……私には敷居が高過ぎるのよ」
「ここ一番の低いトーンだな」
「と、ともかく!ソースは何頼む?ベリー?アプフェル?」
「んー、じゃあ茶葉で」
「渋いね!じゃあ私このアズキってやつにしようかな」
「中身は?」
「アイスクリームとホイップで!!」
「本当に生き生きしてんなぁ」
「あ、半分頂戴ね!!」
「そのつもりだよ。心配しなくても食べ切ったりしないって」
「やった!大好き!!」
「えっ」
「あっ。いや、その、えっと……クレープ!」
「あ、あぁ。そうか。吃驚した……。おじさんクレープ二つ」
「」
「おじさん、注文―――」
「(無言の血涙)」
「―――医者呼びますか?」
クレープは二人で半分こしました。
「はぁー。食べた食べた」
すっかりぽんぽんになってしまったお腹をさすって、このお祭りで食べた品物を思い返す。
串焼き、サンドイッチ、クレープ、他にも珍味や甘味を色々買って、沢山食べた。
その全てを、二人で分けながら。
お腹いっぱいになったら、屋台のゲームや郷土品なんかを巡ったりして、腹ごなししてからまたいっぱい食べた。
はしゃいで、笑って、美味しいもの食べて。
そんな風に過ごしているだけで、時間は瞬く間に過ぎていった。
時刻は、夕刻。
日はもう落ちそうになっていた。
「あぁ、もうここら辺の屋台はしまっちゃったわね」
「まだ食べる気か?」
「お腹いっぱいって言ったじゃない。私はアナタじゃないんだからそんな食い意地張っていません」
「にしてはいつもの俺より食ってたような……痛、ちょっ、叩くなっ」
余計な事をいうからだ馬鹿者め。
「私、お祭りの終わりって寂しくって嫌いなのよね。まぁみんな好きじゃないだろうけど」
相方の脇腹を抓りながら、屋台の骨組みを解体していくのを眺めつつ哀愁を漂わせて呟く。
「地味に痛ぇ……。でも、この国じゃこれで終わりって訳じゃないんだろ?あとはでっかい焚火起して酒盛りするんじゃなかったか?」
「酒盛りに関しては否定したいところだけど、まぁ大体そうね」
夏の精霊祭は一日中行われる。昼間は街中で屋台やらその他催し物が開かれたりするが、夜中もずっと、というわけにもいかない。体調の悪い人や子供たちの静かな夜を奪うのは間違いなく悪だからだ。
だから、少し離れたところに場所を移す。この街では、湖の近くの開けた場所で二次を行うという話だ。
夏の精霊祭が開かれる土地では、こういった水辺や開けた空間が必須となる。夜の部といわれるこれからの時間帯、広場では大きな篝火が組み立てられ、それを太陽と模して祭を続行させるのだ。
火の精は光と熱を司る妖精。元々親交を深めるために行われる精霊祭に、象徴となるシンボルは不可欠だ。
その篝火の周りで、人は無礼講に振る舞う。酒を飲み比べたり、アップテンポな曲のセッションをしたり、その曲に合わせて適当なダンスを踊ったり。
ただ集まって騒ぐだけの、少し大人なお祭り。
日が変わるまで、ひたすらに楽しむのだ。
「夜の部は土地によって色々と楽しみ方は違うけど、ここの人たちはみんなダンスが好きみたい。いろんな行事で全員参加式のダンスが加えられているから」
「へぇ。全員参加式なのか。となると、お前も踊るつもりなのか?」
「当たり前でしょ。その為に可愛くて動き易い格好してきたんだから。ほら」
ひらりと回って、見せつけるようにスカートの裾を広げる。はしたなさが物凄いが、これぐらいやらなきゃこいつには通用しない。
「………!」
ほら、やっと赤くなった。
しかし、パンツは見えてないようにしているが太股が大部分露出している為、物凄く恥ずかしい。諸刃の剣である。
それでも、これだけは聞きたい。
「どう?可愛いでしょ」
その問いかけに、相方は顔を逸らしながら答える。
「………可愛いんじゃ、ないですかね」
「んー?聞こえなかったなぁ。もう一回言って欲しいなぁ」
「う……に、似合って……」
「えー?なんだってー?」
「ああもう!似合ってるよ可愛いんだよ!これで満足ですかね!」
火が出そうなくらい真っ赤になった相方は、早足に私を追い越して先に行く。
その様子を見ながら、内心ほっとしつつもしてやったりとはにかんだ。ちょっとやり過ぎた気もしないこともないが、きっと許してくれる。
にしし、と込み上げてきた笑いを隠そうともせず、ずんずん歩く相方の背を追いかけた。
こっちの顔も真っ赤なのは、多分気付かれてない。
今なら夕陽のせいにもできるかな、なんて考えながら隣に並ぼうとした。
その時だった。
「あ、あのっ、そこのお嬢さん!」
飛んできた声に振り返ると、冴えない感じの男性がこちらの方を向いているのが見えた。カチカチになっているのが丸わかりで、慣れていないようだった。
どうやらナンパのようだ。恐らくこの後の夜の部で共に過ごす女性を探していたのだろう、その目は熱っぽい。
なんだか甘酸っぱいなぁ、と思いながら後ろを見やる。お目当ての人がいる筈だ。少し野次馬になろうかな、なんて思いながら、その結果に硬直する。
女性なんていなかった。周りにはまだ人は通っているけれど、少なくとも彼に目を合わせる女性はいない。
慌てて視線を戻すと、彼はただこちらの方を見ていた。
いや、こちらの方ではない。
「わ、私っ?」
そう、私自身を見つめていたのだ。
なんという事だ。人生で初めて、そう、初めてナンパされた。
彼が無知だという事もあるが、勇者であり、この国の男共を血祭りにあげた事もある私に、あろうことかナンパである。
きっと王都に行けば、ある意味として勇者のように扱われるだろう。
かなり自虐的になってしまったが、それだけ自分はナンパという行為に縁がなかったということだ。ちょっと感動してる。
王都に帰ったら親友に自慢してやろう。同類だったナンパ経験ゼロのお姫様に。
「くくく、悔しがるあの子の姿が想像できるわ」
「あ、あの?」
「い、いえ、なんでもないですよ。うふふ」
いけない、どうやら心の声が浮き彫りになってしまったようだ。
折角なので、町娘のような言葉遣いをしてみせる。こういうのは、お互いが良い思い出となるように振舞わなければ。
どうせ相手はこの見た目に惑わかされて、少し幻想を抱いているに違いない。今の自分は勇者ではなくお洒落をした若い娘にしか見えないのだから。
だからこうやって、幻想を現実にしてやりつつ、夢を壊さないよう、フってあげるのだ。
そう、これは優しさであり、慈悲である。
決して面白いからとかそんな理由ではない。断じて。うん。
「今夜、火の精と戯れる予定とかありますでしょうかっ」
「ええ。夜の部に参加するのかという話ならば、是非行ってみたいと思ってます」
これは完全に釣れてますねぇ。
口角が上がってしまうのを堪えながら、完璧な町娘を演じる。
もしかしたら、悪女と呼ばれる人はこういう男の反応が病みつきになっているのかもしれない。二度とする気はないが、少しだけその気持ちがわかってしまった。
私も罪作りな女である。ふぅ。
とりあえず、適当なところで、それらしくフってみせようじゃないか。
「よろしければ、自分と一緒にダンスを踊って……ヒッ!」
………ん?
「あ、その、すみませんなんでもありません許してください申し訳ありませんでしたあぁぁぁーーー」
突然、顔を青くすると彼は回れ右して一目散に駆け出していた。謝りながら走り去る様はどこぞのコメディを彷彿させる。
もしや、バレたか?
「なにやってんだよ」
「あたっ」
呆れた声と共に自分の頭に手刀が落とされた。顔を確かめるまでもない。相方である。
「全く、趣味悪いぞ。あんな柄にもない声で男を弄ぶんじゃない」
「ちょっとからかってみたかっただけよ。ナンパなんて初めてだったんだし」
「方法をもうちょっと……まぁ、あれはあれでまた救済かもしれないけど。はぁ……」
渋った様にボヤきながら、相方は一度深い溜息を吐いた。
割と強めだったチョップを甘んじて受けた自分は頭をさすりながらようやく相方の顔を見る。
予想通り、呆れつつ、少し諦め、疲れた様な表情で、
ーーーあれ?
「ねぇ、眉間に皺がよってるよ」
そう指摘すると、相方はバッと手を即座に当てて、その事実を確認。途端、赤くなってそっぽを向いてしまった。
なんだろう、この反応。
「どうしたの?」
「い、いやっ、なんでもない」
そう言うと相手はもみもみと眉間をほぐして、もう一度溜息を吐いた。
「ねぇ」
「なんでもないって。行こうぜ」
強引に話を切り上げながら、相方はまた先に歩いて行った。
怒ってるのかな。確かにちょっと羽目を外し過ぎているのかもしれない。
反省しなくては。折角のお祭りに水を差すような事は、あってはならない。
でも、まだ浮かれているからだろうか。
疑問が鎌首をもたげてきてしまった。
どうしてそんなに怒っているのだろうか?
男性をからかったから?
それなら、ちゃんと叱ってくれる筈だ。こんな煮え切らない態度は取らないだろう。
だとすると、自分の反省点以外のところで、なにかを感じたのだろうか。
からかったからではなく、また別の視点で。
ーーーーもしも。
もし、仮に。
私が、男性にナンパされたから、だとか。
ナンパされて、あんな反応したから、だとか。
そこで、怒りを感じてくれた、なんて。
そんな風に考えてしまうのは、都合が良すぎるだろうか?
でも、あの時。彼が走り去ったのは、自分の正体に気付いたのではなくて。
直ぐ後ろに居た、相方の表情に気付いたからだと考えると、辻褄があってしまうのではないだろうか。
「……考えすぎかな」
これ以上は妄想だ。客観的に見て痛々しい。
それでも、頬が熱い。これはきっと誤魔化せないレベルで顔が赤くなっているせいだろう。
どうせ、実際は何か相方の琴線に触れたからに違いない。過去に何かそういうので酷い目にあったとか、遭遇してとばっちりを食らった経験が、なんて考えた方がしっくりくる。
そうだ、そうに違いないーーーそう自分に言い聞かせ、揺らいだ心を落ち着ける。
顔は、もう元に戻っただろうか。
「おーい」
「ひゃいっ!?」
相方の呼びかけに、オーバーに反応してしまった。駄目だ、まだ完全に戻ってない。
「なにボーッとしてるんだよ。ここで合ってるんだよな?」
「え、えっと……何が?」
「夜の部の会場だよ。大丈夫か?」
言われて、自分が今湖の近くに立っていることに気付いた。いつの間に着いていたのだろうかと考えるより、全く気がついていなかった事に羞恥心を覚える。下手をしたら、足を滑らせて湖に落ちていたかもしれない。
周りを見れば、既に演奏に合わせて踊っている人や、酒を売り始める人、火付け前の確認をしてる人で賑わっている。
そのどれもが、特別な今日という日を最後まで楽しもうとして。
とても騒がしく、そして笑い声が絶えない。そんな空間だった。
………何故か。
すっ、と。心が冷静になっていくのを感じた。
「意外と人いるなぁ。これ全員踊るのか?」
「そうなんじゃないかしら。これだけ広いなら問題ないと思うけど、それでも踊ってるとぶつかりそうね」
広場は薪組みを中心にして円盤状となっており、それなりに人が集まっているが隙間が無いほど狭いわけではない。
何人かで集まって談笑していたり、既に踊り始めている人もいれば、観客に徹するのか酒を開けようとしている人もいる。
勿論、男女のカップルも。
手を繋いでいたり、腕を組んでいたり。遠巻きに眺めていたり、それでも掌を重ねあったりして。
今、正に。自分たちも、彼らと同じように見られているのだろうか。
私は、その景色を遠く眺めている事に気付いた。
「だったら……」
だったら、どうなのだろう。
私は、そう見られてしまう事に、どう結論をつける事が出来るのだろうか。
嬉しい?嫌?恥ずかしい?くだらない?
胸に渦巻くこの感情を、どう捉える事が出来るのだろうか。
自分の事なのに、わからない。
その事実に、ほんの少しだけ。
怖くなってしまった。
「……ほんと、どうしたよ。元気ないなんて」
お前らしくないと、彼は言った。
その通りだった。今の私は、自分から見ても自分らしくない。
そもそも自分らしさとは何だったか。突っかかってきた男をあしらい、変な噂は無視を決めこんで、自分の心に波紋を浮かばせる事なく過ごすのが当たり前だった。
この人と出会って、変わったのは自分でも気付いている。
なんてことない事に一喜一憂することもあったし、ただ近くにいるだけで感情に波風が立った。
それでも、それは自分の中で処理し切れていた。なんとか自分の感情をコントロール出来ていた筈だった。
どうしてだろうか。自身の感情が、暴走し始めてしまったのは。
さっきだってそうだ。ナンパされて、ふざけたことを叱られて、その時の反応に邪推を入れてしまって。
いつもなら、相変わらず変な奴だと切り捨てていた筈なのに。
止まらない。ブレーキがかからない。コントロールが出来ない。
どうしようもなく、抗いようもなく。
彼の事を。
考えてしまう。
故に、恐ろしいのだ。
もし、このままもっと暴走が激化してしまったら、一体自分はどうなってしまうのだろうか、と。
どんな時も油断なんてしなかった自分が、完全に周りが見えない状態にまで陥っている。
あんなに熱くなっていた顔は、今度は逆に冷え切っていた。
思えば、最初からもうおかしかったのかもしれない。
もう大人なのに、眠れなくなるまで興奮してたのは何故?
普段着ではなく、お洒落に凝ってしまったのは、大胆になってしまったのは何故?
なんの躊躇いもなく、屋台料理を分け合って食べれたのは何故?
わからない。わからない。全くもって、わからない。
こんな事に疑問を抱く事なく、ただ特別だと感じていた。特別な今日を、特別な一日にしたかった。
それを額縁の枠外から眺めてしまうと、どうしても私が私でないような気がしてしまって。
それでも、違和感を覚えない自分がいて。
どうしても、怖くなってしまう。
隣で私を見て何か考えているこの人は、私の変化に気付いているのだろうか。
名状し難いこの感情に、彼は勘付いているのだろうか。
それを考えてしまうだけで、私はーーー
ぽん、と。
相方は、手を打って清々しく言った。
「ああ、そっか。トイレか」
……………………………………。
「………………は?」
「腹の調子でもおかしくなったんだろ。そりゃあれだけ食べればそうなるか」
何かを確信しながら、うんうんと頷いている。
一体こいつは何を言っているんだ?
「まだもうちょっとかかりそうだし、直ぐそこに林があるからさ。我慢せずーーー」
言わんとしている事が、この先に続く言葉が、もうわかってしまった。
わかってしまったからこそ、私は。
「すっきりしてきたらぶるフッッ!?」
思いっきり奴の顔面にストレートをぶち込んでやった。
「あ、あ、あ、アンタねぇッ!さいってぇッ!!最低よアンタッッ!!」
「ぐ、な、中々腰の入った良いパンチじゃねぇか……」
言うに事欠いて出てくる科白がそれかッ!
「デリカシーが無いとかそんなレベルじゃないわ!!死ね!今直ぐ死ねッ!!」
「流石に死にたくねぇなぁ……」
なら、自分が殺してやる。包丁は無いが、撲殺だ。覚悟しろ。
「どうしてあの雰囲気でそんなくだらない事が言えるのよ……っ」
「いやぁ、だってさ」
「だって?理由もくだらなかったらーーー」
「そんな様子じゃ、一緒に踊れないだろ?」
その瞬間、周りの音が聞こえなくなったかのような感覚に襲われた。
「……、え?」
「この時の為に、その格好してきたんだろ?折角、その、か、可愛い服着てるんだからさ。最初から楽しまないと勿体無いだろ?」
それに、と相方は続けた。
「折角だから、さ。俺も……踊ってみたい。お前と一緒に」
日は、もう大分沈んできている。赤よりも藍の色に世界は染まっている。
そんな中で、赤くなっている顔を背けながら、彼はそう言った。
「いや、そのな。別にさっきの男が踊りを誘ったからとか、そういうのじゃなくてだな。えっと………」
上手く言葉に出来ないのか、はたまた言い訳が出てこないのか。
えっと、うんと、なんて口にしながら考えている目の前の人をみていると。
なんだか。
どっちでも良くなってしまった。
「……ばっかみたい」
ぼそっと、そう呟く。
それは、自分に向けてなのか、目の前で未だ唸っている馬鹿に向けてなのかは、自分でもわからない。
でも、それでいいと。
わからないままでいいやって。
そう思えた。
「ね。さっきの事、覚えてる?」
「さっき?ああ、トイレの」
「殺すわよ?」
「えぇ〜……」
相変わらずこういう場面では察しの悪い奴だ。
「さっきのナンパについて。彼、なんて言ったか覚えてる?」
「あぁ、まぁ」
ちょっと不機嫌そうに、相方は答えた。
それがなんとも愛おしく感じる。
「私、ナンパされたことないんだ」
「さっきされてたけどな」
「だから」
暴走しているのを感じる。コントロールが失われているのがわかる。
それでも、止める必要なんてない。
「だから……アナタから、誘ってくれる?」
怖かった感情は、未だ胸の中で燻っている。
でも、それは当然の事だ。自分は、簡単な事に気付いていなかった。
わからないのは当たり前だ。変わってしまったのだから、わからなくなるのは当然だ。
怖くなるのは当たり前だ。わからない事があれば、怖くなるのは当然だ。
なら、どうすればよいのか。それこそ簡単だ。
わからないなら、わかるまで考えればいい。
それでもわからないなら、答えが出るまで待てばいい。
それまで、怖いのは我慢しなくてはいけないけれど、それでも。
「……今夜、火の精と戯れるご予定はありますか?」
「はい。勿論です」
「それならば」
それでも、きっと。
「私と一緒にダンスを踊りませんか?」
「……はい。喜んで」
この人となら、「怖い」よりも「楽しい」という感情が、それを塗りつぶしてくれる筈だから。
歓声があがった。組み木に火がつけられたのだ。
人々が集まる。音楽が大きく鳴らされる。
夜の祭が、始まる。
「さぁ!踊るわよ!ちゃんとついてきなさいよね!!」
「ちょ、トイレはいいのか?」
「まだ引っ張るか!大丈夫よ!」
「まっ、実は俺あんまり踊ったことなくて」
「そんなの適当でいいわよ、もう!」
そう、踊りなんて適当でいい。ここは踊りを競う場所ではなく、ただ楽しむ場所なのだから。
極限まで、楽しむ。
アナタと。
「手、離さないでね!」
「お、おう!」
火は高々と燃え上がる。
今夜は、熱い夜になりそうだ。
「さぁ、次の曲行くわよ!」
「ちょ、タイム。一曲だけ、一曲だけでいいから休もう」
「何よ、軟弱ね。体力だってまだまだ残ってるでしょ?」
「ぶつかりそうになる度色々と調整しててもう精神がくたくたなんだよ!」
「仕方ないわね、一曲だけよ」
「助かる。ふぅ……」
「………あ、この曲!私の好きな曲じゃない!ほら、立ちなさい!行くわよ!!」
「休むって話は!?」
「そんなもんナシに決まってるでしょ!?ほら!!」
「理不尽だなぁ!もう!」
主人公の衣装はサラファンというロシアの民族衣装を参考にしました。相方は適当ですが。。
次回は中秋の名月の日を目指します。頑張ります。