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私勇者だけど(ry  作者: 木山 夕
13/16

私勇者だけどお化けに怯えつつある

日も高く、比較的猛暑な一時。


私は、風通しの良い開けた居間の上で大の字に寝転がり、うだるような暑さを前身で感じていた。



「あっっっついわねー今日」


「主よ、垣根のある貸家だとはいえ、その格好は如何なものか」


「いつもの服装にしろって?無理よ無理。この暑さじゃ熱中症になっちゃうわ」



台所に置いてある包丁(聖剣)に諌められるが、寝転がったままぷらぷらと手を振る。暑過ぎて起きる気力がわかない。


確かに今の自分の格好は肌の露出が多く、はしたないと言われても反論できようもない。半袖のインナーにホットパンツといった如何にもな服装だ。腕も脚もお腹も丸見えである。


こんな服装で出歩くなんてしようとも思わないが、暑いし部屋の中ならいいかなーなんて安直な考えの下とった選択である。


セクシー過ぎて刺激が強いかもしれないが、どうか許して欲しい。



「主よ、どちらかと言うとその思考回路は喪女特有の痛々しいものでは」


「ああ?」


「何でもないです、ハイ」



賢くなってくれたようであたしゃあ嬉しいよ。



「(……貧相な身体でよく言う)」


「よぉしわかった。歯を食いしばれ」


「ちょっと待て我は今何もあああああぁぁぁぁぁ!!」



学習しない包丁に鉄槌を下しながら、とめどなく流れる汗を拭く。馬鹿を折檻するのも大変である。


どこまで撓るか限界まで試している最中でも「我はいってないぃぃぃぃ!」と叫んでいた。素直に謝ればさっさと解放してやったものを。


余計に暑さが増したところでもうめんどくさくなって台所の流しに投げ入れることにした。調理器具を大事にしろと怒られてしまいそうだが、アレは聖剣でもあるのでセーフということにする。


暑すぎて正直考えるのも億劫である。



「あー、本当に暑い……でも、そろそろお昼か」



日当になっているところへ顔を覗かせ、太陽の位置を確認するが、もう天頂を過ぎてしまっていた。生活リズムを考えるなら、何か作って食べるべきだろう。


ずっとゴロゴロしていたせいか空腹感はそこまででもないのだが、やはり簡単に何か作ってしまおうか。



「……っと、そういえばちょうどいいものを貰ってたんでしたっけ」



今食べるに相応しい食材を貰っていたことを思い出し、貸家の冷暗室の蓋を開ける。とても小さな地下室のようなそれは、持ってきた荷物のうち熱にやられてしまいそうな食材などが詰め込まれており、中は少しだけひんやりとしている。因みにもう一つあり、そちらには氷も一緒に入れて簡易冷蔵庫として働いている。


そこから取り出したのは、白く細い乾燥した麺。


ソーメンと呼ばれる食材だ。




今回、滞在している村には、行き先がここだった行商人による荷車の護衛依頼を受諾してはるばるやってきたのだった。


と言うのも、この村は王国の端っこに位置しているからで、停戦協定を結んでいる帝国の国境にもっとも近い村の一つなのである。一時的に帝国に侵略されていたこともあってか、この村は帝国の文化を色濃く受け継いでいる。


一番目に付くのは、家だ。


この村の家屋は一階しかなく、下足を脱いであがる部屋。扉は全て引き戸であり、木造が主としている王国としては異色の石造り。勿論、台所周りや玄関先限定ではあるが。


他にも、椅子がなかったり草で作られた床などがあったりと、全てが文化の違いを感じられる。


正直、王国にいる気がしなかった。


何故こんな辺境ともいえる土地を目指した護衛依頼を受けたのかというと実は理由があり、久方ぶりに勇者としての仕事が国から依頼されたのが主な実情である。


詳細は省くが、一言で言ってしまえば視察だ。なのでしばらくこの村に滞在することになっているのだが、早い段階でシロと決め打ちできてしまう環境であり、依頼内容を忠実にこなすための消化をするしかなくなってしまったのだった。


勿論手を抜くなんてするはずもない。少し相方にも手伝ってもらったりもしている。しかし、疑いとなる問題点は全て解消されていて、やれることといったら裏付けの裏付けをみつけることしかない。


率直に言って、暇ができた。


期日が来るまで、もう何もすることがない。


そういうわけで、大分慣れてしまったこの帝国式家屋でまったりべったりしながら日がな一日過ごしている訳なのだった。


話を本筋に戻すが、共にこの村に来た行商人の依頼完遂の際、機嫌の良かった行商人が契約内容に上乗せして報酬をくれるということになったのだが、そのチップがソーメンという訳だ。


木箱一杯丸々貰った。全てソーメンである。


ここらでは珍しくもない食材らしいのだが、食べたことのない自分にとってはその価値が分からない。果たしてそれが他人の視点から見て嫌がらせにしか映らなかったとしても、貰えるなら貰っておくという結論に至ったので文句をいうつもりはない。


麺類だということなので、この村でのメジャーな調理方法も聞いておいたのだけれど、これが拍子抜けするほどに単純だった。


湯がいた後水で〆、冷たい水に味黒油を垂らしたツユをつけて召し上がる。料理として、これほど簡単なものもない。


実にインスタントな食材である。


他にもサラダの付け合わせに使ったりなどもするようだが、一番食されているのは先程の料理とも呼べない調理方法のようだった。


なんだか簡単すぎて逆に使い所がなかったのだが、暑くて気怠い今ならば絶好の機会とも言える。しかも、冷たい料理だからピッタリな事この上ない。



というわけで、早速作ってみることにする。


湯を沸かし、ソーメンを投入。湯がき上がるまでの間、薬味となる野菜を細切りにしたりすりおろしたりした。


途中、泡が立ち上がって吹きこぼれそうになったので、慌てて水を投入する。所謂びっくり水というやつだが、初めてやったのでその効果に驚いた。すっと消えていくのを見て思わず「おおぅ」と声をあげてしまった。


そろそろいいか、と芯まで茹で上がったのを確認した後、ザルに移して湯を切る。直後、冷たい水にざぶざぶとつけてぬめりをとり、もう一度水を切って皿に盛る。


完成。


料理としては物足りなさが強いけれど、手の込んだのは作る気力がないし、食べるのは自分だけだから気にしない。


後は水に味黒油を垂らして薬味を混ぜながらたべるだけ。たまにはこんなお昼もいいだろう。


因みにここの水は貸家の台所に備え付けてあった井戸汲みのもので、井戸水なだけあってとても冷たい。飲み過ぎて水っ腹にならないよう注意が必要である。


先程の居間に完成したソーメン一式を持っていき、足の短いテーブルに載せる。卓袱台というらしいのだが、なんだかキュートだ。床に座らなければならないため脚が痺れてしまうのが難点だが。



「いただきまーす」



箸と呼ばれる食器を使って細い糸のようなソーメンを不器用ながらも摘まんで、やや濃いめのツユにつけて、啜る。ちるるっと冷たい麺を頬張り、その爽やかさに感動した。


まさにこの炎天下にピッタリな料理だ。冷たいスープなんかも飲んだ事はあるが、爽やかさが段違いだった。


実にシンプルな味付け。でも、それで十分。


バテている体に与える料理は、冷たくて単純な味付けだけで丁度いいのだと知る。


薬味を投下。シンプル過ぎて飽きがくるのを防ぐためのものだが、これがまた美味しい。


色々な薬味を試してみるのも、またこの料理の楽しみ方かもしれない。



「んぅー、冷た。おいひ」



口の中がひんやりして気持ちがいい。だんだんタレが薄くなったり温くなったりしてきたので、味黒油を追加したり氷を削ってきてさらに冷たくしてみたりして、ソーメンという料理に舌鼓を打った。


あんなにいっぱい食べ切れるか、なんて思っていたけれど、意外とあっさりなくなるかもしれない。そんな事を考えながら、ソーメンを食べ終えた。



「ふぅ。ご馳走様でした」



からんと氷が器の中で鳴る。暑さは依然として猛威を奮っているけれど、気分は爽快だった。


頭の中では、この食材をどうやって使おうかと考え始めている。他の麺料理のように使ってみるのもよし、何かを和えてみるのもよし。


まだこの村に滞在するのだから、色々と挑戦してみるのもありだろう。そんな事を考えながら、私は食器類を重ねて台所に運んでいく。こびりつくものがないので綺麗なものである。


ふと、薄くなったツユを更に水で薄め、くいっと呷った。うっすらとした塩味が口を流れていく。折角なので汚れの原因は排除しておこうと思ったのだ。エコである。



「このちょっとしたことが大事よね」


「(偽善乙)」


「あ?」



ギロリと台所に転がっている包丁を睨む。野菜の切れ端をつけながら、奴は言う。



「……今のは我ではないぞ」


「言い逃れできると思ってんの?」


「事実なのだ」


「あんたねぇ…」



ここまで開き直られると逆に清々しい。


しかし、舐められては駄目なのだ。一方的な使役関係ではあるが、包丁自身の裁量で術式を使ってもらわなければならない場面だってある。


上下関係を叩き込めというのが母上からの教え。


今回も、その教えに則ろうではないか。



「よく聞け主よ。これは念話によるものではない」


「はぁ?ここにはあんたと私の二人しかいないんだからそんな言い逃れが通用ーーー」


「(するんだなぁ、これが)」


「するはずーーーっ、て。……え?」



硬直。


確かに聞こえた、念話独特の音声とは違う、どこか底冷えさせるような鳴りを含んだ声。


猛暑だというのに、寒気すら感じさせる響き。


さーっと、冷たい何かが首筋に下りてくる感覚に蝕まれながら、ただただ立ち尽くす。



「……えっと、気のせい?」


「(マヌケ。ふひひひひ)」



それは、気配すら感じない第三者によるものだった。







「……で、怖くてそのまま震えてたのか?」


「違うわよ!ずっと包丁構えてたのは確かだけど!」



定刻通りに帰ってきた相方の発言に意義を唱えながら、自分の滑稽さに赤面しそれを隠すように器に盛った汁を啜った。


今日の夕餉は、干した海藻を出汁にたくさんの野菜と鶏肉を突っ込んだスープがかけられたソーメンだ。


よくある麺料理をそのまま流用しただけではあるが、これがまた美味しい。ソーメンが細いからかスープがよく絡んでいるのだ。水気を吸ってノビノビになってしまう可能性があったので、スープとソーメンを予め別にしておいたのは英断だったと思う。


空はまだ明るい。定刻通りとはいっても、日が長いこの時期は日が沈むより先にご飯を食べ切ってしまうのもままある。差し込んでくる日は漸く赤くなり始めた頃で、紅潮した頬はもしかしたら気付かれているかもしれない。



「ああ、もう。どこいったのかしらねあの野郎」


「野郎って、男の声だったのか?」


「ううん、念話みたいに意識によって聞こえ方が変わる感じだったからわからないけど、あいつ私を舐め腐り切ってたから」



男だろうが女だろうが、子供でも老人でもそんなのどうだっていい。


相方が帰って冷静になった今、あるのは恥をかかせてくれた奴に対する殺意だけだ。



「帰って来た時びっくりしたよ。卓袱台の上で剣構えながら警戒してる時はこっちが身構えちまった」


「やっぱ見られてたか……っ。あいつ絶対地獄に叩き落としてやる」



相方の存在に気付いた瞬間、即座に誤魔化そうとしたけれど、どうやら遅かったようだ。


殺す理由が増えた。見つけ次第悪即断。



「というか本当何処に行ったのかしらね。屋根裏部屋とかに逃げ込んでたり……」


「虫や鼠じゃないんだからさ」



真剣に考え込んだ自分に呆れたような突っ込みを入れてくる。相方の視線は少し生暖かい


こっちは真面目だというのになんだその目は。



「それにしてもお前、幽霊苦手だったんだな」



からかうように言ったその言葉に、自分は徐に箸を置いて、極めて冷静に反応した。



「ななななななな何を言ってるのか全然、全っ然わかんないわね。ほ、ほんっと、全然」


「お前それ隠す気あるのか?」



うるせぇ、黙って騙されろ。



「だって、幽霊よ?よくわからない理不尽の塊よ?何をしたって通用しない相手にどう対処しろっていうのよ」


「つってもさ、悪霊系の魔物は倒せるんだろ?何が違うってのさ」


「魔物なら魔法が通用するもの。でもね、幽霊は別。魔法も物理も通用しないの。存在として縛られているのはそいつの『未練』だけなんだから」



あー、と相方は合点がいったと頷いた。



「悪霊と幽霊は違うのか。弱点が違うんだから、それも当たり前か」


「え、幽霊に弱点なんてあるの?」


「あるけど、習得すんのかなり面倒だぞ?」


「……例えば?」


「まず、幽霊の概念的存在座標を特定する必要があるから、読み取れる情報の中の揺らぎから確率分布を逆算してーーー」


「うん、無理」



まず何を言ってるのかわからない。共通語で喋ってください。



「まぁ苦手なものくらい誰でも一つや二つあるわけだし、その方が可愛げがあっていいよな」


「ふ、ふん。幽霊が苦手なんて一言も言ってないし。次出くわしたら絶対追っ払ってやるもんね」


「追っ払ったところで祓わなきゃ意味ないけどな」



カラカラと笑いながら、相方は空になった器に少し固まったソーメンを強引にほぐして入れ、スープをかけて再びかっ込んだ。


豪快だが、これでも味わって食べているらしく、理由と共に美味しいと言ってくれる。


初めて作った料理を美味しいと言ってくれるのは、すごく嬉しい。


こう思い切りよく食べてくれると、たくさん作った甲斐があったというものだ。


山盛りあったソーメンとスープは瞬く間になくなっていき、最後の一杯を二人同時に食べ終わる。これまた同時に深い息を吐くと、ご馳走様と締めくくった。


暫く壁を背もたれにして食後のまったりした空気を堪能していると、お茶を入れて一服していた相方は早々に切り上げて立ち上がった。



「まだ星はそんなに見えてないけど、時期的にみて結構遅いしこの村の朝は早いからな。洗い物はやっとくから、ちゃちゃっと湯浴み済ましてきてくれよ」


「え、もう寝るの?」



確かに、夜が短いこの季節は暗くなったら早めに寝るのが当たり前だ。灯りの油や蝋燭が少なくて済むし、特に油に関しては一度差すと最後まで使った方が効率がいいので中途半端な使い方はしたくない。


夜にやる作業はないし、さっさと寝てしまうのが一番であるのは間違いない。


しかし。



「えっ、と。読みたい本があるからもうちょっと後でいい?」


「え?いいけど、じゃあ俺先に湯浴みしてもいいのか?」


「あ、ごめん。今のなし。えっと、えっと……」


「本読むなら別に湯上がりでもいいじゃん。いつも先に湯浴みすると怒るんだから、さっさと入ってきてくれよ」


「き、今日はちょっと……」


「………?」



様子がおかしい事に気付いたのか、相方は怪訝そうな表情でこちらの顔を読み取ろうとしていた。


もう随分と長い時間共に過ごしているせいか、お互い表情だけで何を考えているかを大体予想できるようになってしまった。それは改めて認識すると気恥ずかしいと同時に仄かな温かさが胸に広がる。


ぷいと顔をそらした自分の、そんな気持ちに気付く事なく、相方は思い出したかのようにぽんと手を打った。



「あぁ、そういやまだ幽霊退治してなかったな」



びっくぅッ、と図星を突かれて自分でも情けなくなる程動揺してしまった。



「い、いや、そのね。ちょっとまだ寝たくないなーって、ほら。食べた後直ぐに横になったら体に良くないって言うし」


「このまえ食った後直ぐに寝転がってそのまま寝ちまったくせに」


「ぐっ。は、反省したのよ。そう、別に変じゃないでしょ?」


「そうだな。昨日も同じように寝転がってなければな」



劣勢である。というかもう勝てる気がしない。


力だけでなく言い合いでも勝てないなら何で勝てばいいのだ。



「うぅ、うぅぅ~~~っ!」


「いや、そんな恨みがましい目で見られても……わかった、わかったよ。ごめんって、俺が悪かったから」



自分が譲れない一線を保ちながら、でもそれじゃ通用するはずもないので子供のように感情を爆発させてしまった。


結果としてこっちの都合が通った形になったけれど、ものすごい敗北感である。


というか、めちゃくちゃ恥ずかしい。


顔を抱えたくなるような衝動に駆られてしまうが、ふと顔を上げると顔を覆っていたのは相方の方だった。



「はぁ……全く、適わんなぁ」


「…なにが?」


「こっちの話。んで、ちょっと話があるんだけど」



諦めたような、それでいて納得しているような表情。よくわからないが、きっと私のことを仕方のない奴だとでも思っているのだろう。その通りだから反論できないが。


それよりも、話とはなんだろうか。



「件の幽霊だけどな、どうも揺らぎが見えない。おそらく近くにはいるんだろうけど、このままじゃ払うことも出来ない」


「えぇー、じゃあどうするの?」


「まずは釣り出す必要があるんだけど……折角だし、散歩にでも行かないか」


「こんな時間に?」



それよりも、何故散歩なのだろうか。暗い中一人でいるよりはマシだが、出歩く必要性がまるで感じられない。



「こんな時間だからこそさ」


「……?」



含んだ笑いをしながら、相方は言う。



「絶対、暗いのも気にならなくなると思う」





「まず、なんで散歩なのかっていうと、幽霊ってのは存在するためには安定した場が必要だっていうのが理由。あいつらは特定の範囲で、自らが作る揺らぎを起こさせるために波のない水面みたいな空間がないと出現することもできないんだ」


「だから、私たちがいなくなることでその空間を作り出そうってこと?」


「うん。どうせお前のことだから、日中ずっとごろごろしてたんだろ。普段なら波打ってたところが止まって、出現できる隙を作っちまったんだと思う」


「うっ。わ、悪かったわねっ」


「別に悪いとは言ってねぇよ。生活習慣的にどうかとは思うけど」


「うるさい、うるさいっ。とにかく、その波が治まるのを狙うってことよね?」


「まぁ、そうだな」


「……じゃあ」



一拍置いて、腹の底から声を出す。



「どうして、こんな山の暗いところまで来ているのかしら……?」



出発前、帰ったら直ぐ寝れるように湯浴みを済ませておこうという話になり、話の流れについていけてないのを自覚しつつも、幽霊に対処する方法を自分は持っていないので言うとおりにした。


どうして外に出るのに湯浴みをするのか、理解は出来なかったが割りと本気で言っていたのがわかったので、何も聞かずに従ったのだ。


しかし、簡単には整備されているとはいえ、暗い山道を通っていくのは説明が欲しかった。しかも、明かりすら持っていなかったのだ。


虫対策なのかもしれないが、こう暗いと少し歩きづらい。それに、今の説明なら村を簡単に練り歩くぐらいで事足りただろうとも思う。


しかし、相方は朗らかに笑っていった。



「まぁまぁ。折角だし、いいもん見てから帰ろうぜ」


「いいもんって、なによ」


「後のお楽しみ」



にししと笑うと、相方は先を歩いていった。おそらく自分より夜目がきくので後ろについて来いということなのだろう。なんとも気が利くようで、しかし気が利いてないやつだ。


暗いんだから、手を繋いでくれたほうが安心するのに。


そんなことを考えかけて、ぶんぶんと頭をふるってその思考を追い出す。これではまるでデートに期待する女の子のようではないか。目的は幽霊退治であって、散歩ではないのだから。相方は少し脱線しているようだが。


それにしても、と思考を入れ替える。


暗いのが怖くなくなるといっていた。これは一体どういうことなのだろう。暗すぎる場所に慣れることで、帰ってもそんなに暗く感じなくなるということだろうか。


いや、違う。それならいいものをみるという発言に矛盾する。なにか目標があってここまでやってきているのだから。しかし、その目標について見当もつかない。


うんうんと考え込んでいると、それは現れた。



「あ」


「ひっ」



前者は相方で、後者は自分だ。


それは、暗闇の中淡く光る飛行物体。


そう、蛍だった。



「あ、あ、あんた……」


「見えたか?実はこの村の近くに群生してるところがあって、たまに村にも飛んでくるときが―――」


「あんた、本気でぶっ飛ばすわよ!?」


「―――へ?」



ぽかん、と間抜け面を晒していた。なんて顔してやがる。



「そんなに私を怖がらせて楽しいか!あんた明日ご飯抜きだからね!!」


「いや、ちょい待ち。なんか勘違いしてるみたいだけど……蛍嫌いだったか?」


「嫌いじゃないけど、嫌いよ!」


「どっちだよ……って、あぁ。そっか、なるほど」



何かに気付いたように、相方はこっちに向き直って真っ直ぐ見つめてきた。茶化した様子はない。少しどきりとしたのはきっと気のせい。



「ごめん。久しぶりにカルチャーギャップがでたな。そういや、こっちじゃ蛍はあんま縁起のいい生き物じゃなかったっけ」



笑ってはいるが、眉は少し垂れ下がって申し訳なさがありありとしていた。本当に意図せずやってしまっていたのだろう。怒りは引っ込んで、逆にこちらのほうが短慮を起こしてしまったと申し訳なくなる。



「そう。わざとじゃないならいいの、許したげる。見に来たのは蛍のこと?」


「ああ、そうだよ。でも、この景色を見せたかったんじゃない」


「……?蛍を見せたかったのよね?もう用は済んだんじゃないの?」



正直、一刻も早く帰りたかった。言外にもう戻ろうと伝えるが、相方は渋っている。


蛍は、あまり良い印象を抱いていない。それは王国の文化的にいって、気味の悪いものとして伝えられているからだ。実際、自分も少しそう思う。


蛍単体では、そう気持ちの悪いものではない。むしろ他の虫よりも可愛げがあるくらいだ。しかし、蛍という生き物は尻が発光し、それが夜中に不気味に飛び回る。まるで幽霊のように飛び交うものだから、良い印象を抱けないと言うのも当然だろう。


我慢が出来ないほど怖いと言うわけでもないが、それでも気分のいいものではない。


おそらく相方の故郷では神聖な生き物なのかもしれない。が、それはやはり文化の壁というものだろう。


しかし、いつになく相方は意固地だった。



「んー、あー。合ってるんだけど違う。何て言ったらいいか……」


「煮え切らない言い方ね。何か用があるならついてくけど……」


「うぅん―――、見てもらった方がやっぱ早いな。もし気に入らなかったら、今度何でも好きなもの買うから、着いて来てくれないか」



そう言うと、相方は有無を言わさず歩き始めた。


私の手を掴んで。



「―――っ、わ。ちょ、ちょっと」



ここまで強引にされたことはなかったので少々戸惑いながらも、しっかりと握られている手を握り返した。


こんな相方の様子は初めてだった。でも、乱暴そうに見えてその握り方はとても優しく、歩調も私に合わせてくれている。その行動全てが、私のことを思ってのことだと言うのが全身から伝わってくる。


掴まれた手が熱い。視界が、相方の背中と繋がれた手で埋められていた。


だから、気付かなかった。



「着いたよ」


「え―――」



そこは、幻想的な世界だった。



「―――――わぁ」



何かが胸の中から湧き上がってきて、それは歓声となって世界に溶けていった。



光。まるで、星が地上で瞬いているようだった。



綺麗な清流がさらさらと奏で、暗闇であるはずの空間は、ほの明るく染み込むように照らされていた。


少し開けた場所のため、星明りも綺麗に見えたが、それも全て目の前の光景を映えさせる背景に過ぎない。それほどまでに、この光景は神秘的で、今まで見てきた景色のなかでも強烈なものだった。


それもそうだろう。何故なら、この光は不気味と称していた蛍の光なのだから。


たくさんの光。十やそこらではない、捕まえることが出来る星たち。


なんて、素敵。



「気に入ってくれたみたいだな」


「―――うん」



ほっとしたような声。どうしてもみせたかったという、彼の気持ちが良く分かる。


これは、確かにいいものだ。



「王国では、蛍の別名は火葬虫っていうんだっけか」


「うん。飛んでいる火が、生者を暗闇に誘い出して帰らぬ人にする逸話があって、蛍はその題材にされていたの」



故に火葬虫。しかし、この景色を見てしまっては、そんな古臭い言い伝えなんか破り捨ててしまえとも思えてしまう。


これに感動しない人間なんて、居る筈がないのだから。



「俺の国では、蛍は儚い生き物として扱われてるんだ。綺麗な水でしか生きられない。成虫になっても、水なしではすぐに死んでしまうし、水があっても僅かな時間しか生きることは出来ない」


「それは私も知ってる。こっちでは、死後の世界へ共について回るからだって言われてるけど、不思議ね。今、その話を聞くとまるで尊い生き方をしてるように聞こえるもの」



まるで、命を燃やしているように光っている。


解釈の違いは些細なものかもしれないが、決定的な違いが生まれていると思えた。


蛍の発色は求愛行動だ。それこそ、命を懸けていると言い表したほうがしっくりくる。



「やっぱ、ちょっと強引にでも連れてきて正解だった」


「うん、ありがと」


「こっちこそ、文句言わずに着いて来てくれてありがとうな」



蛍の光に照らされた彼の顔は、とても穏やかで、とても柔らかで。


とても、落ち着く表情だった。



「蛍は、綺麗な水でしか生きられないっていったよな」


「うん」


「きっと、捉え方によっては贅沢な生き物だとか、貧弱な生き物だとか、そういう風に見ることもできるけど、俺は綺麗な水でしか生きられないのは、生態系に適応できかったとか、そんなことじゃなくてさ」


「うん」


「ただ、その環境こそが自分の居場所で、世界で、それ以外のことが耐えられないだけなんだと思う」



伝えたいことがわからない。でも、一言一句聞き漏らさずに、私は頷き返した。



「―――俺も、最近その気持ちがわかってきた気がするんだ」


「―――うん」



その言葉は思いのほか重く響いた。


彼の内心を推し量ることは出来ない。だって、私は彼の過去を知らないから。もしかしたら、故郷に想いを馳せているのかもしれないし、自惚れていいのなら、私との旅のことを言っているのかもしれない。


ただ一つ、言えるとすれば。




私も、その気持ちは良く分かる。


だって、もうこの旅を終わらせることなんて、私には出来ないだろうから。




「綺麗だな」


「うん」



手は、しっかりと握られたままだった。


その熱はじんわりと全身を伝わり、まるで二人の体温が混ざり合っているような錯覚にもなる。


景色に感動したからだろうか。自分の常識が変わった事に衝撃を覚えたからだろうか。


胸の鼓動は、心地よく、それでいて強く打ち鳴らされている。




原因なんて、分かりきっているのに。




時間も、本来の目的も忘れて。


二人して、固く手を結んだまま、地上の星空をみつめていた。


いつまでも。














「ところで」


「あによ」


「幽霊は無事に除霊できたんだけどさ」


「へ?いつのまに……」


「家の外からでも揺らぎが見えたからな。ただ……」


「ただ?」


「りあじゅう爆発しろって、なんだ?」


「……知らなくていいんじゃないかしら?」


「えー」


「強いて言うならあんたみたいな奴への言葉よ、きっとね」


「なんだそれ。理不尽な言葉なんだな……」


細かい点についてはでっち上げですが、蛍は外国では不気味な生き物という印象らしいです。

次回は夏休み中にあげられると…いいなぁ…

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