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私勇者だけど(ry  作者: 木山 夕
12/16

私勇者だけど筍狩りしつつある

時期外れだけど、思い付いてしまったので。

「なぁ、主よ」


「どうしたの?今灰汁抜きで忙しいから込み入った話はナシね」


くつくつと煮えた鍋にお玉を突っ込みながら、キッチンの包丁差しを一瞥する。そこには念話を送る一本の包丁(聖剣)がぶら下がっていた。


ゴツい包丁(聖剣)だが、中々どうして様になっている。


自分が言うのもアレだがもう色々と手遅れな様な気がした。



「何を作っておるのだ?」


「んー、タケノコって食材の煮物。これ、貰い物らしいんだけど灰汁抜きしなきゃいけないんだって」



淀んだ泡を掬い、器に移しながら答える。勢い良く出てくるそれは掬っても掬ってもそれは一向になくなる気配はない。


初めて調理するどころか見たこともない食材なので正直戸惑っている。こんなの食えるのだろうか。



「えっと、『食材が竹串で刺しても抵抗がなければ火を消す』……まだこんなに灰汁でてくるけど、大丈夫なのかな」


「主、刺し方を常人に合わせたか?」


「当たり前でしょ。なに?馬鹿力とでも言いたいの?」


「そうではないので折ろうとするのは止めてください」



最近この包丁からプライドと言うものがなくなってきたような気がする。



「あと三分したら火を消そう……それにしても、この食材どっから取り寄せたのかしらね?」


「取り寄せたというよりは、収穫したものを分けてもらったのが正しいだろう。それの群生地が近くにあるようだ」


「あら、よく知ってるわね。どこからの情報?」



包丁の博識ぶりに、どうやってそれを知ったのかを尋ねる。いつも行動している自分が知らない事を知っているのだから、疑問を持つのも当然だろう。


しかし、返ってきた言葉は実に単純だった。



「魔法使いが言っていたのでな。明日はタケノコ狩りだーって」


「あー、そういやそんな事言ってたような……」



妙にテンション高かったのは覚えているが、奴が持ってきたタケノコをどう調理すればいいのか悩んでいたので内容までは聞いてなかった。


結局市場に屯していたおばさんにレシピを書いてもらったのは余談である。



「タケノコ狩りを依頼で受けるって話だったっけ。しっかしまぁ、山狩り職泣かせな依頼なことね」



人のお株を奪ってどうする、と他人事のように呟いてみた。


後日談ではあるのだが、どうもタケノコは獣や魔物を引き寄せ易く、一般の山狩りさんでは被害と収穫の割が合わないらしかった。収穫方法自体は簡単なので、群生地の進入許可とガイドをつけて依頼として冒険者にやらせた方が効率が良いということで始まった試みのようだった。


内容はガイドの護衛と己の収穫の一割を納入。報酬は残りの九割である。



「こんな食材にそこまでする必要あるかなぁ」



あまり人気のない依頼らしいし、そもそも金になるかわからないものの為に命を張るのも馬鹿らしい。


まぁそんな馬鹿が一人いるわけなのだが、どうせなら切れてきた卵なんかをとってきて欲しいものだ。



「珍しい食材なのは確かだけどね、っと」



そろそろいいかと、包丁の柄を握って熱量操作の刻印術式を発動し、竈の火を消す。


戦闘術式の無駄遣いである。



「嘆かわしい……」


「便利だからいいじゃん」



未だ聖剣に未練を感じているらしい包丁ではあるが、職人のお墨付きをもらってからは諦めたような溜息とともに抗議する程度に収った。


本格的に自覚してきたようで何よりである。



「あとはそのまま冷ますだけ……。うーん、一気に冷やしちゃダメなのかな?」


「主、失敗の原因は常にレシピ通りにしなかった事ではなかったか?」


「うっ、わ、わかってるわよ。ちょっと思っただけだって」



諌める声がなければ実行していたであろう事実は未然に防がれた。


料理ナビまでこなす本当に便利な包丁である。



「一家に一本欲しいレベルね」


「そろそろ本気で次世代に期待するしかなさそうだ」



次世代の勇者もこいつを握って料理してる景色しか見えないのだが大丈夫だろうか。



「とりあえず、冷めるまで本でも読んでようかな。……美味しいといいんだけど」



土の臭いとやや上品な香りが鼻腔を擽るが、見た目というものは重要なものでイマイチ味が想像出来ない。


レシピを見直しながら、その完成品を想像してもそれは変わらない。


やはり、あまり期待はできないなぁと思いつつ、読みかけの本を開いた。



因みに、内容は至ってシンプルなコメディ小説である。







「で、思っていたより美味しかったから参加したくなったと」


「う、うるさいわね。さっさと行くわよ」



にやにや笑う相方の肩をバシバシ叩いて追いやる。まだ日が昇ったばかりではあるが、軽武装に土木グローブと籠といった、いかにもな格好で山道を行く。やや風が強いが、良い天気で木漏れ日が気持ちいい。


いつもならお昼までごろごろしてるのだが、まぁお察しである。



「あのサクサクシャキシャキした食感と上品な風味……味自体はそこまででもないけど、その分他の食材、調味料の味が素直に染み込んで、あぁ。今回は煮物だけしか作れなかったけど、幅が広くてポテンシャルの高い食材だわ」



どうして今まで知らなかったのか不自然なくらいの食材だった。間違いなく、一般流通していてもおかしくないものだ。



「希少な食材なのかしら」


「そうでもない。時期を見て竹藪に入ればそこら中に生えてるし。ただ、野菜みたいに採れる時期を調節するのが難しいし、直ぐ悪くなっちゃうから輸送するのに向かないんだ」


「へぇ、詳しいのね。どこからの情報?」


「タケノコには結構世話になってるからな」



そう言った相方は遠い目をしていた。内容的に触れちゃいけない部分だということは容易に想像できる。



「知ってるか?タケノコって採りたてだと生でもイケるんだぜ」


「風味も味も段違いなんでしょ?それが楽しみで来てるんだから、期待してもいいのよね?」


「当たり前だろ?なにせ俺が調理してもめちゃくちゃ美味いんだからな」


「それは相当ね……」


「少しはフォローしてくれてもいんじゃね?」



むしろフォローしてくれると思っていたのか。



「冗談はともかく、本当に人気ないのねこの依頼」


「なー。折角美味いタケノコ食べれるのに、価値がわからないって罪だよな」



軽口を叩き合いながら周りを見ても、目の前を歩くガイドさんしか居ない。どうやら受諾者は自分たちだけのようだ。


そんな中、ガイドさんは快活に笑って言った。



「そりゃあおめぇさんらよ、筍なんてもんは欲のつえぇモンには見えねぇンだ。なんせ、土被って隠れてンだからな」



がっはっはと笑いながら、ガイドさんは続ける。



「でもよ、筍はオラたちみてぇな薄っ汚れたモンから見りゃぁ、そりゃア可愛いもんよ。チこんと頭出して、掘り返されるの待ってンだ。探そうと思や、簡単さ。おめぇさんらみたいに純粋に筍探してンなら、尚更なア」



木の根が蔓延る整備されていない道を竹籠担いで先を行くガイドさんの背中は、足取りも含めてとても力強い。


価値がわからない者には見えない。でも、わかる者なら自分から見つかりに来てくれる。


筍とは、そういう物らしい。



ふと、ざあっと今までとは違う葉擦れが聞こえてきた。



「ほれ、着いたで」


「わ、これが竹?」



目の前で伸びている風変わりな植物に触れながら、自分は歓声をあげた。


目的地には、全く別の木々が鬱蒼と茂っていたのにも関わらず、ある境界を越えればそこは別の世界かと見まごうように竹林が広がっていた。


村の所有地ということで周りに柵が埋め込まれているのだが、竹の繁殖力が強いせいか飲み込まれている。



「ま、ここぁお国の中でもイチニを争う群生地だかンな。おい、鍬もて、鍬」


「あ、はい。どうも」



柄の短い鍬を手渡され、柵を乗り越えていく。匂いが全く違い、僅かに魔力の残滓も感じる。


別世界というのもあながち間違いじゃないかも、なんて考えながら、周りを警戒しつつガイドさんについて行く。



「ま、依頼の説明はイラねぇかもしンねぇが、一応ナ。オラの手伝いをして、寄って来た害獣どもをぶっ倒す。そンだけだ」



それじゃ、始めるぞとガイドさんは早速土を掘り返し始めた。


見た目、少し盛り上がっているぐらいであまり目立たない。普通に見逃してしまいそうだけれど、ここにタケノコがあるのだろうか。



「ほれ、みっけた」


「うわぁ、本当だ」



少し掘り返すだけで、その姿が露になる。


太った立派なタケノコだ。



「いいタケノコだ。今まで見てきたのより随分と太ってる」


「貰い物より立派よね……って、アンタいつの間に掘り返してんの!?」



ガイドさんが掘り返したものを言っていたと思ったら、ちゃっかり自分で掘り返して鑑賞していた。


柵乗り越えてからうずうずしていたのは気付いていたが、堪え性のない奴である。



「お、ニイちゃんやるねぇ。経験者ってンなら、オラも気張るかや」


「あ、ちょ、私も!」



各々次の獲物に向かって行く中、置いて行かれないよう奮い立たせる。


離れ過ぎず、けれど自由に掘り始める自分たち一行。


土で汚れながら、しかしそんな事を気にもかけず掘り続けた。




途中、魔物を何体か追い返しながら、筍狩りを楽しんでいた。


思っていたよりも難しく、二、三個ほど掘り返す段階で割ってしまったけれど、結果としては十個も立派なタケノコを収穫することができた。


コツを二人に教えて貰いながらだが、最後は完全に自分の力のみの物だ。


食べるのが勿体無く感じるが、それ以上に早く食べてみたい。



「まずは刺身だな。おじさん、ここで食ってもいいかい?」


「エエ。オラの分から出そう。なぁに、いつもの倍は採れたし、丁度小ぶりの奴があンだ」



やはりベテラン、籠から溢れんばかりの収穫の中から、小ぶりのタケノコを取り出してヒョイと渡してくる。


相方はナイフを取り出して、それを剥き始めた。早業だ。扱いが上手いというより極限まで慣れていると言った方がいいか。


タケノコの皮を皿代わりに、均等に切り分けたタケノコの切り身を盛っていく。


ふわっと香るタケノコの匂いが濃く、切っただけでも様々な工程を経た料理のような気さえした。



「ほら、食べてみ?」


「うん!」



差し出されたそれを一切れ摘まんで口に放り込む。


咀嚼した瞬間。たまらなくて声をあげてしまった。



「んぅ〜っ。すっごい、風味!瑞々しいタケノコのエキスにこれでもかってぐらい詰まってる!」


「調味料とかもかけるともっと美味いよ。味黒油ある?」


「持ってきた!ちょっと待ってて」



こんなこともあろうかと、調味料は小瓶に詰めて一式をポーチに入れて持ってきておいたのだ。抜かりはない。



「おじさんもどうぞ」


「おう。……エエ、ンめなア」


「エグみが全くなくて、何個でも食べれそう。薬味とかもあるともっと美味しいかも」


「川の綺麗なとこで採れる根菜が味黒油に絶妙に合ってさ。つーんとくる味なんだけど、それを薬味にしたら最高かもな」



タケノコの刺身を囲みながら、感想を言い合う。色々な調味料を試しながら食べていたら、あっという間に無くなってしまった。


次は丸焼きだ。包み紙でくるんで、焚いた火に近付けてしばらく放置。皮を剥けば、焼き芋みたいにホクホクしたタケノコが顔を出す。



「これも美味しいっ!一口にぎゅって旨味が詰まってる!」


「やっぱりタケノコって言ったらこの味だよなぁ。たまらないや」


「ンだな。格別だや」



皆して目を細めながら齧る焼きタケノコは、文句なしの絶品だった。


他にも幾つかタケノコで簡単なものを作ったが、どれも最高に美味しかった。


旅先で現地調達した食材をそのまま調理した事はもう数え切れないほどあるが、ただ切った焼いたしただけのタケノコはそれに劣らず強烈な味わいだ。


採りたて新鮮な食材は余計な味付けがなくても美味しいんだなぁ、と口を休める事なく思いを馳せた。



「あぁ、堪能した」


「ほんと、すっごく美味しかった。今日はついてきて正解だったわ」



竹に背を預けて、ほふぅと温かな吐息を吐く。幸せの余韻だ。


まだ口の中に残るタケノコの味を惜しみながら、水筒に口をつけた。温くなった水ではあるが、タケノコの風味が共に流れて美味しい。


そんな時に、ぱさりと何かが落ちてきた。



「なんだろ、これ?」



水筒に引っかかるようにして落ちてきたそれは、枝から髭が伸び、先端に黄色い粒がついている。緑の柔らかな笹ばかりの世界に、竹を初めて見る自分でもこれは異色だとわかった。



「あっ、それ竹の花じゃないか」


「竹の花?あれ、竹って地下茎で増えるんじゃないの?タケノコが成長することでさ」



周りを見ると、タケノコが成長して硬くなり、皮はついているものの殆ど竹にしか見えないものもある。


しかし、花ということは竹は種子で増えるということではないか。



「基本はそうなんだけど、でも花をつけて実を結ぶこともあるって文献に載ってたんだが……」


「詳しい人に聞きましょう。ガイドさーん、これ、落ちてきたきたんですけど、何ですか?」



用を足しに行っていたガイドさんに見せると、目を丸くして答えた。



「エエ、こいつぁ竹の花だ。おめぇさんら、ほんとええ時に来たもんだ」



竹の花をしげしげと眺めながら、解説が始まった。



「オラも初めて見るが、こいつぁ非常に珍しくてナ。百年に一度くらいしか咲かん」


「百年……そんな周期で種作って増えるんですか?なんか不思議な植物ですね、竹って」


「オラもずっとこいつらと面向き合ってンだが、わかったことは少ねェ。ただめんこいってことだけだ」



慈しむようにガイドさんは言うが、恐る恐るといった様子で相方は口を開く。



「確か、竹の花って凶兆の表れって話があるけど、大丈夫なのかな?」


「確かに、花が咲いた後はタケノコは採れねっつぅ話はとっ様から聞いたことあンな」



けれど、とガイドさんは言う。



「毎年毎年子宝に恵まれる奴もこの世にゃ少ねェ。竹が花咲かすンは、腹休ませる為に必要な事だとオラは思う」



朗らかに笑って言ったガイドさんの言葉は、誤魔化しやそんな後ろ向きな響きは無く。


きっと、本当に竹の事を大切に思っているのだと。そんな想いが込められていたような気がした。



「私も、そうだと思います。だって、子供がいるお母さんもお洒落したい時だってある筈だもの」



ふと、そう言うと、ガイドさんは一瞬意表を突かれたようにポカンとし、そして盛大に笑い始めた。



「ウァハハ!流石ネエちゃん、女心ってモンは女が一番わかるってか!イヤ、オラの一枚上をいくたァてぇしたモンだ!」


「えっと、その、そうなのかなーって」


「面白い表現するなあ。でも、そうかもしれないな」



相方も笑いながら、竹を撫でていた。



「凶兆云々だって、全部人間の都合だもんな。竹の都合もあるのに、一々騒ぐのは人の傲慢なのかもしれない」



なんだかんだで、こいつも竹に思い入れがあるようだ。手つきがとても優しそうで、慈しんでいるのがよくわかる。


………別に羨ましくなんかないけれど。



「竹に嫉妬とか人としてどうなのよ」


「なんか言った?」


「ううん、なんにも」



ただ女と人の尊厳の葛藤があっただけである。



「さ、珍しい物も見れたし、そろそろ帰らないとな。着く頃には日が沈んじまう」


「そうね。手の込んだタケノコ料理も作りたいし、急ぎましょうか」



そう言うと、各々徐に荷物を纏め始めた。火をしっかりと消し、まだまだ残っているタケノコと花を入れた籠を背負ってその場を後にする。


竹林を抜け、帰路につき。


いつの間にか日は傾き始めており、ギルドに帰ってきたのは日も赤くなり始める頃だった。





「おめぇさんら。今日はンめぇタケノコ食わせてもろち、あンがとうなア」


「いえいえ。こちらこそ」


「今日は良い体験が出来ました。ガイドさん、また美味しいタケノコ一緒に食べましょうね」



互いに握手を交わしながら、約束も交わす。



「エエ。いつでも来い。今度はオラのヨメにうめぇモン作らせっから、楽しみにしとけやな」



そういい残して、ガイドさんは去っていった。


きっと、帰ったら奥さんが首を長くして待っているのだろう。ガイドさんと、持って帰ってくるタケノコを。



「さ、私たちも帰ろっか」


「ああ。結構歩いたもんな、腹ペコだ」


「アンタいっつもそれね」



呆れたように言うと、相方は愉快そうに笑った。つられて私も笑う。


歩くお互いの距離は近い。意識はしていなかったけれど、この距離間は日に日に近くなっているような気がする。


手と手が触れそうなくらいなそれは、何か境目のような物を感じる。これ以上近づいたらどうなるのだろう。未知に躊躇いを感じてしまう。


なのに、飛び込んでしまえ、と何かが囁く声がするのだ。



「いっぱい採れたからな。いっぱい美味しいの作ってくれよ」



手伝えるのは手伝うからさ、と相方は言う。


囁く声が強くなった。


けれど、何故か越えられない。



「ねぇ」


「ん?」


「あ……んと、なんでもない」



思わず漏れた言葉に自分自身動揺しながら取り繕う。


その直後、一際強い風が通り抜けた。



「あ」



背負っている籠に入れておいた竹の花が、風に乗って飛んでいった。咄嗟に掴もうと手を伸ばす。


それがいけなかった。


動揺していたせいなのだろう。周りを把握し切れていなかった。


横から、荷車が走ってくる。



ぶつかる---っ



来たる衝撃に備えて自身に強化を施す。怪我を負う程軟弱なつくりをしていないと自負しているけれど、それでも目は瞑ってしまう。


心の中で荷車の持ち主にごめんなさいと謝る。間違いなく荷車の方が壊れるからだ。



しかし。その心配は無用だった。



誰かに、手を掴まれるのを感じた。


ぐい、と身体が引っ張られ、そしてぽすんと誰かの中に収まった。


その誰かは、考えなくてもわかる。



「あっぶないな、何してんのお前」



頭上から声がする。ひやりとした体が急激に熱くなった。


心臓が激しく胸を打つ。口から飛び出そうだ。


顔が火で炙ったかのように熱い。いっそ火が出てしまいそうだ。


それでも、私はそのままこの人の温もりを感じていた。


いつもなら、私はどうしていただろうか。


突き飛ばして、罵声でも浴びせていたかもしれない。拳の一発でもかましていたかもしれない。


恥ずかしさよりも、居心地の良さが勝っている。


自分の熱さが、この温度を欲している。




いつから。


私は、自分の定めた境目を越えてしまっていたのだろうか。




「あー、竹の花、どっかいっちまったな。まぁ、仕方ないよな」



いつもなら気付けたであろう彼の様子のおかしさにも気付かず、私は曖昧にうんと頷いた。


どれくらいそうしていたかは分からない。でも、いつまでもそうしている訳にもいかなかった。



「残念だけど、諦めて帰ろう」



何が残念なのか。何を諦めるのか。


私は、あえて考えるのをやめた。


その代わり。




掴んでくれた、この手は。


家に着くまで、離さない事に決めた。




「……ありがと」


「ん、どういたしまして」


「ね。今日は絶対美味しいの作るから、期待しててよね」


「そりゃ楽しみだ」



ぎゅ、と繋いだ手を強く握った。ゴツゴツして硬く、熱い。


それに応えるようにして握り返してくれるのを感じながら、私は笑う。



「アナタ。顔、赤いよ?」


「夕陽のせいだろ」



ぷいと顔を背けながら、努めて素っ気なく言う彼が可笑しくてまた笑う。


笑いながら、掌の熱を共有して。


私は、ゆっくりと歩いていた。





その熱を少しでも長く感じていられるように。


ゆっくりと、ゆっくりと。












「それにしても」


「なぁに?」


「やっぱりタケノコは良いもんだな。美味い。染みる」


「まぁ、私もそう思うけど遠い目しながらしみじみと言われると反応に困るというか」


「俺、いつかタケノコを世界中に広めてみたいんだ」


「崇高なのかなんなのかわかんない夢ね……」


「あ、でもそうすると俺の分のタケノコが」


「なくならないから安心しなさい。というか精神年齢が退化しすぎよ。これもタケノコのせいかしら?」


「タケノコにそんな成分は入ってないって」


「なら何がアンタをそうするのよ」


「一言でいうなら……救世主、だからかな」


「医者を呼んでくるわね。ちょっと待ってて」


「理不……尽じゃあないな。うん」


思い付きで書くとよくわからない設定が増えていく。

次は夏休み前を目指します。

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