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第五章§超能力者

 オカルト研究会の旧部室に戻る途中、二年の藤井友香という女子生徒とすれ違い、軽く自己紹介を交わした。

 藤井は部員が二人増えたことに対して、たった数分の間に何があったの、と目を丸くしていた。


 荷物は残り少ないとのことだったので、日野は入部届けを出しに職員室へ行った。

 博信がついさっきまで顧問の白石がいたことを話すと、蔵兼が白石教諭が帰る前に行ってきたらどうだと提案したのだ。

 その際、蔵兼は日野に志築を付いて行かせようとし、志築が顔を真っ赤にして慌てていたが、日野がやんわりと断っていた。


 荷物を新部室、生物実験室の準備室に運び終え、すぐに荷物の整頓を始めた。人数が多いためか、ほとんど問題なく作業は終わった。


「ああ、本の類は隣、奥の部屋に置くといい」


 木岐原が指示すると、藤井が続ける。


「じゃあ、向こうでダンボール空けて、並べた後に必要なぶんだけこっちに置いとこうか。都市伝説関連の本はこっちに置いといてね」


 整頓が終わると、生物部部長の蜷原に声を掛けられ、なぜか交流をはかることになった。

 お隣同士ということで仲良くしよう、というらしい。


 生物部は現在、二年女子が三人、一年女子が二人で成り立っており、人数はギリギリのようだ。

 花壇の手入れがメインのようで、もし廃部なんてことになると花壇が全滅するかもしれないと危惧していた。

 最近は花の生育時期の関係で暇を持てあましているようだが、近く、土の入れ替えを控えているとのことだった。


「そろそろ届くと思うんだけどねえ」


 生物部の部長を名乗った蜷原が言うと、梶原が「えー」と不満の声をあげた。


「土ってすごく重いんですよねえ。届いたら屋上まで持ってかないといけないんですかー」

「そりゃあね。先生も手伝ってくれるだろうけど。でも、持っていってからも結構大変だよ。土の入れ替え。っていうか、そっちが本番だし」

「去年も苦労したもんねえ」


 生物部の他の二年生がため息を落とす。三人で「そうだねー」と同調している。

 梶原ともう一人の一年生、成瀬南という女子生徒が二人揃ってか細い苦悶にうめいた。


「あーうーあー」

「そんなぁー、こんな非力でか弱いお嬢様になにさせるんですかー」

「お嬢様はそんなぶーたれた顔しないでしょ」


 その調子で会話の応酬が加熱していこうとしていたが、藤井が横から口を出した。


「じゃあ、そのときはこっちも手伝うよ。ちょうど男の子が三人もいることだし」


 そして、博信達に向けて「ね?」とウィンクしてきた。

 よけいなことを言うなとよほど言いたかったが、まさかこの場でそんな真似をするわけにはいかない。


 梶原がその提案に飛びつき、こちらに身を乗りだしてくる。

 博信の向かいに座っている日野を見ると、とくに異論はないようで、笑いながら「そうですね」などと快諾した。

 しかたなく博信も肯定し、梶原に座りなおせと手で合図する。


「ククッ、存分に使うといい。修一と……ああ、君、名前はなんだったかな」


 机に寄りかかるようにして奥に立っていた木岐原が、博信を見てそんなことを言いだした。

 蜷原が唖然とした顔を木岐原に向ける。


「どうしようこの人、ボケ老人みたいなこと言ってる……」


 しかし、そこで日野が疑問の声をあげた。


「そういえば、僕、木岐原先輩に自己紹介しましたっけ」


 日野の表情を盗み見る。嘘を言っている様子はない。


 博信も、まだ木岐原に名乗った覚えはない。

 木岐原が顧問から日野の名前を聞いたという可能性はあるが、日野より先に入部届けを提出した博信の名前を聞いていないというのはおかしい。

 つまり、木岐原は以前から日野修一を知っていたのだろうか。特に関係のないことだとは思うが、後で調べておいたほうが良いかもしれない。


 日野が自己紹介した後、博信も続けた。

 名前とクラスだけの簡単な自己紹介ですませたのだが、梶原と日野が勝手に紹介をつけ加えた為に妙に博信の話題が続いてしまった。


 そんなとき、放送の合図が流れた。雑談の声が止まる。


『生徒の呼出をします。二年B組の蜷原雫さん、坂本先生がお呼びです、至急職員室までお越しください。放送を繰り返します――』


 放送の呼出を受けた蜷原が立ちあがった。坂本教諭は、生物部の顧問であるらしい。


「噂をすればかな。業者の人から連絡があったのかも。ちょっと行ってくるよ」

「あ、あたしも行きますー」


 梶原がさっと立ち上がって挙手する。

 彼女の行動は目立つように見えることが多いのは気のせいだろうか。動きまわっている姿を妙に見かけている。

 二人が職員室に行き、残った生物部の三人も席を外したので、スクライング研究会の面々は準備室へと移動した。


 テーブルを囲む形でそれぞれ適当な位置に落ち着く。椅子は四つしか無かったので不足は生物実験室から補った。


 博信の真向かいに藤井、左隣に日野、その隣が志築。右隣に蔵兼が座った。博信は生物実験室から持ってきた椅子を使用している。

 木岐原はテーブルから離れた場所で、棚に身を預けて立っていた。


 日野と女子組は雑談に興じており、博信はたまに振られる話題に適当に応対していた。

 その会話の中で、どうやらオカルト研究会というのはいわゆるオカルトとして取り扱われるもの全般にいろいろ手を出しているらしいことがわかった。

 超能力や幽霊から始まり、未確認生物、都市伝説、そして超古代文明。古代文明やオーパーツの話になったときは、思わず口を出しそうになってしまったが、無理やりに口をつぐんだ。


 しばらくして雑談が途切れたところで、それまで短く相槌を打つ程度しかしなかった木岐原が手をうち鳴らした。


「少しいいかな」


 藤井がどうしたのと声をかける。


「ちゃんとした自己紹介――というより、もっと正式な形で共有しておいたほうがいい認識というものをここで改めておきたくてね」


 意味を理解できなかった。思わず木岐原の仕草を注視する。

 木岐原は穏やかに微笑み、全員を見渡していた。

 博信もそれぞれの様子を確認したが、どうやら誰も木岐原の言っていることがわからないようだ。


「まず、部長は俺がやろう。何かトラブル、つまり対外的な折衝が必要であれば、すぐに俺に回してくれればいい。そして活動についてだが。これは藤井君に一任したいと思うが、いいかね。できれば副部長も君ということで」

「え、それは構わないけど。オカルト研究会のときと同じ活動でいいってこと?」

「ああ。もちろん、変えても構わない。手広くやるぶんにも、縮小するぶんにもな」


 難しい顔をして、藤井は頷いた。


「そして……」


 木岐原は言葉を句切り、志築に目を向けた。志築が怯えたように目を伏せる。


「ふむ」


 木岐原が制服の胸元に手をいれ、何かを取り出した。

 手のひらに乗せられた物を全員に見えるよう、木岐原が手を差しだす。

 四つの小さいサイコロだった。


「なんだ、それは」


 訊ねると、木岐原は頷いた。


「志築君は超能力者でね。予知能力を持っている」


 藤井と蔵兼がそれぞれ悲鳴のような叫び声をあげて、慌てて否定した。

 水を向けられた志築は肩を強ばらせて俯いている。


「え、えっと……」


 にわかに混乱に陥った女子達を見て、日野は木岐原と志築の間で視線を泳がせていた。


 超能力――昨日聞いたばかりの言葉だ。

 この志築が『新緑の従者』と関わりがあるのだろうか。というより、なぜいきなり木岐原はそんな発言をしたのか。


 そこまで考え、志築が予知能力者であるという言葉を簡単に信じてしまっていることに気付き、頭を振った。


 存在するのだとしても、まずは確かめてからだ。


「そんなものが存在するのか」


 博信の問いに、藤井と蔵兼はそれぞれ「そんなのあるわけがない」と言葉を重ねてきた。

 そのうろたえようを見る限り、志築が何らかの異常を持っていることはうかがえた。

 わざとやっているのかと思えるほどだ。


「あまり騒ぎすぎるな。言いふらしたいわけではないんだろう」


 木岐原が諭すと、しぶしぶといった様子で蔵兼が声をひそめ、藤井は博信、日野の反応を窺うように視線を寄越してきた。


「修一も博信も、その程度の状況、現実を受け入れられるだけの認識を持っている。志築君、彼らが君に害を与えることはないだろうし、むしろ今後力になってくれることすらありえる。いや、断言しようか、博信は必ず君の力になるときが来る」


 その言いようは不自然に過ぎた。

 なぜ志築の力になるときが来るというのを博信に限定したのか、ということもあるが、木岐原の言い方ではまるで志築が力を必要とする機会が訪れることを知っているとでも言うようだ。


「そのときに、君の力を信じられない、君のことを理解していない、となってしまうと少々困ったことになるのかもしれないのでね。どうかな、君の力をここで彼らに見せてやってくれはしないか」


 志築はしばらくじっと顔を伏せたままだったが、やがて上目遣いに日野を見た後、こくんと頷いた。


「なにを、したらいいですか」


 木岐原はテーブルの上にサイコロを置いた。


「藤井君、蔵兼君、修一。順番はどうでもいい、彼女達がそれぞれサイコロを四つ同時に振る。志築君は、彼女らがサイコロを振る前に、サイコロの目を答えてくれればいい。君から見て左から順でいいだろう」


 六の四乗となると正答できる確率は一二九六分の一。当てずっぽうで拾い上げられる確率ではない。


「面白そうだとは思うが、少し、いいか。サイコロを確認したい」


 博信が言うと、木岐原がフッと笑った。


「ああ、構わんよ」


 サイコロがどれも同じ大きさ、同じものであることを確認する。

 次に、一つ一つ何度か振ってみて、特定の目に偏らないことを確認した。

 最後に、全部同時に振ってみる。何度やっても、特に法則性は見つからない。ただのサイコロのようだ。


「すごい念入りだね……」


 そう苦笑したのは日野だった。確かに、疑い過ぎたところはあるかもしれない。

 納得し、サイコロをテーブルの前に置く。

 最初は藤井が手に取った。志築にむけて「いいんだよね」と確認すると、志築が肯定する。


「えっと、六、三、一、五」


 志築が宣言した後、藤井がサイコロを振った。


「……」


 正解している。少なくとも、今のやり取りに藤井、志築共に不自然なところはなかった。

 そもそも、ただのサイコロで四つ同時に狙った目を出すことなどできないだろう。


 蔵兼が出した目は二、二、五、二。

 日野が出した目は四、三、六、二。

 いずれも志築は問題なく正解して見せた。


「もっともわかりやすい形を選んだが、どうだね。修一、博信」

「ホント、驚いたな。すごいね、志築さん」


 日野は木岐原の言葉に何度も頷き、志築を褒めはやした。

 彼女は顔を真っ赤にして唇を結び、また先ほどと同じように俯いた。

 実際、これに疑いを向けることは難しかった。一二九六分の一を三回連続で当ててみせたのだ。トリックを挟む余地も見当たらない。


 予知能力、本当にそんなものが存在するとは。


「ついでだ、最後に俺が振るサイコロの目も当ててもらって構わないか」


 志築に声をかけると、「はい」となんとか聞こえるような程度の声で返事をした。


 しかし、予想外のところから待ったが掛かった。


「止めておけ。志築君に、博信の賽の目は予知できない」

「なに……?」


 疑念の声をあげたのは博信だけではなかった。

 藤井、蔵兼、そして当の本人である志築までも不思議そうに木岐原を見上げた。


「いずれ可能にはなるかもしれないが、少なくとも今の時点では無理だろう。まあ、それでも試すというのなら構わないが」

「……なら、志築頼めるか」


 志築の承諾を得て、サイコロを手に持つ。軽く握り拳を作り、手の中で数度転がし、志築の予知を待った。


「……っ!」


 志築が急に目元を片手で押さえて蹲る。


「佐穂!」


 蔵兼が椅子を蹴り倒す勢いで立ちあがり、志築に駆け寄って肩を抱いた。

 志築の左右にいた日野と藤井も心配そうに志築をのぞきこむ。


 志築は「ち、違うの、大丈夫だから」と、三人に微笑みかけた。


「ごめんなさい……すごく、真っ暗で、びっくりして……」

「真っ暗……つまり予知ができなかったと?」

「ごめんなさい……」


 博信の疑問に、志築は申し訳なさそうに俯いた。


「責めているわけじゃない。ただ不思議に思っただけだ。三人の賽の目が見えて、俺のだけが見えなかったのか。なにか、条件みたいなものが必要だということか」


 木岐原に訊ねたつもりだったが、志築が弱々しい声で答える。


「たまに、そういうの、見えない人がいるの……。見えない場所もあるし……」

「そういうわけだ」


 志築の言葉を木岐原が引き継いだ。


「例えば、そうだな、俺に関する予知も彼女にはできない」

「お前……失礼、木岐原先輩に関してもそうなのか」


 木岐原を監視対象としている為か、頭の中で敵になり得る存在と認識している為か、とっさに荒っぽい二人称を持ちだしてしまったが、木岐原は気にする様子もなく答えた。


「ククッ、さっきも言ったが敬語も敬称もいらん、名前を呼びつけて構わんぞ――で、だ。要するに、彼女の予知能力そのものに問題があるのではなく、見る対象に問題があるということだ。彼女の認識を上回っているか、そもそも認識の仕方がズレているか、そういう存在だと予知はできない。ピントが合わないとでも言えばいいかな。志築君」

「えっ、はい」

「君は、邑木の予知が出来たことがあるかな」


 藤井が「ああ、そういえば」と納得がいったように頷いた。蔵兼は志築に寄り添いながら木岐原の話に聞き入っている。


「ない、です」

「そういうことだ。彼女は君の現実とは大きくかけ離れた場所にいる。だから予知の対象にできない。無論、君がその能力を高めることができれば、可能になるかもしれないがね。今回の、博信もそういう対象の一つだということだ。なに、気にすることはない」


 あっけらかんとよく喋るものだと、博信は感心するような、呆れるような気分に陥った。

 ただでさえ超能力だのなんだのと常識から外れた話をしているというのに、まるでその超能力者本人よりも内情を知っているような話を重ねているのだ。

 しかも、木岐原の言葉に志築も納得しているところを見ると、実際、それは正しいのだろう。

 これでは、木岐原本人が異質な存在であることを自白しているようなものだ。


 やはり、この木岐原も超能力者なのだろうか。


「ついでに邑木のことも話しておくか」


 ふたたび驚きの声をあげたのは藤井と蔵兼だった。

 かん高い静止が耳をつんざき、博信は思わず眉をひそめた。しかし、そんな批難の声も、木岐原には何の痛痒も与えない。


「三年の邑木弥泉、元オカルト研究会の部長にあたる女子生徒だが、彼女は精神感応の超能力を持っている。ククッ、修一、博信、彼女に会うときは気をつけたほうがいいぞ。心だけではなく過去も読めるうえ、人の精神をたやすく操ることもできる女性だ」


 本当に、よく喋る。

 なぜ、ほぼ初対面に近い博信の前で、知られては不味いようなことを話すのだろうか。

 博信が見くびられているのか、それとも木岐原にとっては知られてどうとなる問題ではない事情なのか。


 藤井、蔵兼、日野は異なる反応だったが、いずれも木岐原の発言に戸惑っているようだった。博信はわざと声量を大きくし、「それで」と注意を促す。


「志築とその邑木先輩とやらの話は、俺と日野にどう関係してくる。なぜわざわざ話した」

「ふむ、そうだな」


 木岐原は顎に手をやり、数秒ほど黙考して答えた。


「将棋、チェス……なんでもいいが、それらをプレイする為には、ルールを知っておく必要があるだろう。それと似たようなものだ、と言っておこう」

「……ルール?」


 木岐原が部長を務め、トラブルには対処するということ。

 活動については藤井が決定権を持つ事、そして志築、邑木という女子生徒はそれぞれ超能力を持っていることを、木岐原は博信達に示した。


 これがルールだというのであれば、これらのルールを用いたゲームが存在するということになる。

 誰と誰の、何に対するゲームだというのか。そして、木岐原は何に相当するのか。


「……志築、邑木先輩が超能力という技術を所持している、そのルールを告げるお前は、どういう存在なんだ。やはり、超能力者なのか」

「超能力者かどうか、その疑問には答えかねるな。いや、答えることそのものは問題ないんだが、志築君が博信の未来を認識できないのと同じように、今の君には俺の現実を認識することはできない。いたずらに知識を披露しても、一度混乱してしまえば理解が遠のくばかりだからな。この場では伏せておきたい」


 木岐原は言葉を句切り、「だが」と続けた。


「前者の質問、俺がどういう存在か。それには簡単に答えられる。俺はルール裁定者であり、審判だ。同時にワイルドカードでもある。まあ、これは覚える必要はない。直接、君達に関係する話ではないだろうからな」


 支配を感じさせるその発言は傲慢そのものでしかなかった。

 だが、慎也から聞いた木岐原が引き起こした出来事を考えれば、その物言いは納得できてしまった。

 ただの狂人の発言だと、初対面ではそう片付け、切り捨てたはずだが、今となってはそれは出来そうになかった。



 混乱しているのだ。

 博信は、そのことを自分でもよくわかっていた。昨日から、まるで何かを踏み違えてしまったように流れてくる現実が、正誤を認識する能力を奪っている。


 常識的に照らし合わせれば何もかもがおかしい。

 『新緑の従者』などという宗教団体が超能力者を生みだした、それを木岐原が潰した。

 そしてその木岐原が自身をルール裁定者などと言いだし、超能力者に自ら超能力の実在を証明させた。


 なんだ、これは。現実とは、見たままを認識することだ。

 人の想像の中に現実は生まれない。


 だが、今、目の当たりにしている現実が歪んでいるように見えてならなかった。

 博信が想像する現実はこれほど歪んでいない。誰かが、何かが現実を歪めている。そして、その中心点にはすべて木岐原が存在しているのだ。


 沈黙が降りていた部室に、ため息が落ちた。蔵兼だった。志築を木岐原からかばうようにテーブルに手を突いている。


「弥泉センパイの言ってたことが、ようく、わかりました」


 興味深げに木岐原が先を促すと、蔵兼は睨みつけて返した。


「『頼りになるけど、根が悪い人だからあんまり頼りにしないように』、センパイはそう言ってました」


 木岐原は笑い声をあげた。


「いや、まったくその通りだろうな。スクライング研究会に関するトラブルなら存分に俺を使えばいいが、君達の個人的なトラブルで俺を当てにすると、ろくなことにはならんぞ。だが、オカルト研究会の君達の事情に精通していることは間違いない。その点を理解しておくと、やりやすくなるはずだ」

「……佐穂のことですか」


 蔵兼はさらに表情を険しくするが、木岐原は平静なままだった。


「いいや、志築君だけではなく、言葉通り君達だよ。邑木が志築君だけのことを考えていたと、君はそう思うのか」

「それは……」

「邑木はおそらく君が思っている以上に情け深い女性だ。俺から見れば、過剰に過ぎると思うほどに。君達が信頼すべきは邑木であって、俺ではない。それを念頭に置いておくことだ」


 オカルト研究会がどういったものかはわからないが、超能力を巡って何かがあったのだろうか。

 蔵兼は木岐原に邑木のことを出され、口をつぐんだ。



 それからまもなくして、廊下側の扉にノックがあった。

 近くにいた博信が応答したところ、放送で呼びだされて出ていった蜷原が帰ってきたようだった。

 土の運び入れが明日の午前中に行われるので、先ほど話した通り手伝って欲しいと改めて頼みに来たのだ。

 藤井が快諾すると、日野もそれに続いた。明日の活動は生物部の手伝いということで決まった。



 帰宅後、スクライング研究会で得た情報の報告メールを慎也に送ると、まもなく電話が掛かってきた。ワイヤレスヘッドセットを装着し、応答する。


 慎也はやけに重苦しい声で切りだした。


『伝えるかどうか迷ったんだが、お前の報告でもあがっていたからな。超能力、今回、このキーワードが出てきすぎてる、一応伝えておいたほうが良さそうだ。木岐原時雨の周辺には最低でも超能力者が二人いるようだし』


 いかにも面倒だという調子で、しかも回りくどい話し方だった。


「さっさと言え、何だ」


『三日後、日曜日だな。金巻区にある文化会館で『新緑の従者』のセミナーが開かれる。詳細まではわからんが、本格的に活動を再開するつもりなのかもしれん』


 頭痛すら覚える話だった。

 ただでさえ混乱する要素が多く難儀しているというのに、その元になっているものの一つが余計なことをしようとしているのだ。


「『新緑の従者』は実質、崩壊した団体じゃなかったのか。指導者や幹部がごっそりいなくなったんだろう」

『形としては当然崩壊したはずだ。だが、背景が背景だ。人員補充はもとより、立て直すのも簡単ってことだろう。事件のほとぼりはさめたと見たんだろうな』

「……木岐原時雨は動くと思うか」

『わからん。そもそも、奴がなぜ三年前に『新緑の従者』を襲撃したのかも、理由はまったくわからんからな。むしろ、今回動いたら動いたで、お前の働き次第で理由がわかるだろうよ』

「確かに動機はわかるかもしれん。だが、目的から外れる」


 慎也は深いため息を落とした。


『それなんだよな。オレらのやるべきことは木岐原時雨の監視が主眼ってわけじゃない。ドリームキャプチャーの調査の上で奴を監視しているだけだ。これで木岐原時雨がまったく別の動きを始めるとなると、最悪、奴がドリームキャプチャーの件を凍結して『新緑の従者』と仲良く遊び始める可能性もある。そうなるともうお手上げだ、超能力者目がけてスプーンぶん投げて切りあげることしかできねえよ』

「そうならないことを祈るほかないな」



 翌日、放課後になり、生物部の手伝いで土を屋上に運び込む。

 相当な数があったので、女子が台車を使って階段下まで土を運び、博信、日野、木岐原、生物部の顧問である坂本教諭の四人で階段を屋上まで往復するということを何度か繰り返す必要があった。

 ある程度運び入れると、生物部の面々は屋上で土の入れかえ作業をはじめた。


 午後四時過ぎから始めた作業だったが、目処が付く頃には五時を回っており、日野は途中でへばって屋上で休憩していた。

 毎朝ジョギングとトレーニングを行っている博信でも、かなり足腰に疲労が来ていたのだが、そんな状態でも木岐原は平然としていた。相当に体力があるようだ。


 スクライング研究会、生物部の面々で屋上に集まり、最後に土の均し作業をすることになった。

 スコップをそれぞれ持ち、軽く叩いていくらしい。今日は土弄りだけで、花を植えるわけではないようだ。


 それぞれ適当な位置をとって作業をしていく。


「ククッ、働け……働け……」


 木岐原は仕事をいち早く終わらせ、博信と蔵兼の持ち場の近くに来たかと思うと、そんな発言をした。


 蔵兼が明らかに苛立っていたが、博信も木岐原を全力でけり飛ばしたくてたまらなかった。

 監視という事情がなければ間違いなく脇腹目がけて足を振りまわしていただろう。


 木岐原は他の部員のところに行って同じことを言って回っていたらしく、最終的に蜷原と藤井から説教を受けていた。

 もっとも、本人はなんら堪えた様子はなかったが。


 作業は滞りなく終わったが、時刻は六時近くになっていた。

 もし少しでも遅くなっていたら、暗すぎて作業ができなかったはずだ。


「本当、ありがとう。助かったよ」


 蜷原が改めて感謝の言葉を述べ、後日またお礼をするからと言って作業は終わった。



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