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第四章§スクライング研究会

 オカルト研究会の部室からにぎやかな声が漏れでていた。

 時雨はそのまま中に入ろうと扉に手を掛けたが、すぐに思い直し、ノックに切り替えた。


 中の話し声が小さくなり、返事がある。誰かが扉へと近づいてくるのがわかったが、先んじて扉を開く。


 中には四人の女子がいた。

 一人は先ほど時雨についてきていた生物部の梶原で、残りの三人はオカルト研究会の部員だ。全員、面識はない。


 梶原以外の三人を『幻視』する。

 幻視は現実から連なる未来と過去、変化と固定を読む為のもので、これを使うことで時雨は通常では知り得ない現実の状況を把握することを可能にしている。


 その結果、立ち上がって扉に向かってきていた女子が藤井友香、奥で壁に寄りかかってこちらを訝しげに見ている女子が蔵兼湊。

 そして、梶原と横並びにテーブルを囲むようにして座っている女子が志築佐穂――この少女が、予知能力者であるということがわかった。

 志築の過去に未来を見ていた情景が存在したのだ。


 邑木との関係をおおよそ把握するまで幻視した後、教室全体に視線をめぐらせた。

 部屋の中は外から分かる通りに広かったが、壁際に乱雑に置かれている大小様々な暗い色彩の小物、凝ったデザインのテーブルと椅子、四段のカラーボックスとその中には豪華な装丁の本が並んでいる。

 本はどうやら専門書の類ではなく、オカルトに寄っている本のようだ。


「えー、と」

 沈黙が漂う場を取りなすように、藤井が言った。


「あなたが木岐原君でいいのよね」

「ああ。邑木――邑木先輩から話は聞いていると思うが、俺がスクライング研究会の部長、木岐原時雨だ」


 中に招きいれられ、簡単な自己紹介をそれぞれ交わす。

 藤井は二年、蔵兼と志築は一年のようだ。

 オカルト研究会にはもう一人、二年生の部員がいるようだが、しばらく部活を休んでいるとのことだった。


 時雨と藤井の間で合併についての申し合わせを済ませる。

 部員のほうも邑木の提案に異存はなかったらしく、不平の声をあげることもなく話は進み、今日のうちに備品を運び込んでしまおうということになった。

 邑木からあらかじめ言われていたからか、ダンボールとガムテープはすでに用意してあった。


 それぞれ必要なものをざっとダンボールに詰め始める。

 小物はどれを手に付ければ良いのかわからないので、時雨は本を片付けることになった。


「それにしてもよく教室もらえましたねー。っていうか、ズッこいです」


 近くで小物を集めていた梶原が口を尖らせる。「ズッこい」というのはずるいという意味で言ったらしい。


「生徒会長と友達だからって木岐原センパイばっかり。あたしにもなんかくれるように言ってください」

「エリちゃん、それ言いがかりじゃあ……」


 志築が小声で窘めると、梶原は朗らかに笑った。


「そうそう、木岐原センパイ。この子、佐穂ちゃんがあたしと同じクラスの友達です」

「ほう。そうだったのか。何組なんだ」

「A組ですよ」


 梶原が答え、志築がこくんと頷く。時雨はそれを聞いて手を止めた。

 A組といえば修一と同じクラスのはずだ。

 これから本当の意味で隣人となる生物部の梶原、その友人である志築、そして修一。

 その組み合わせは、ある考えに思い至らせた。


「君達のクラスに、日野修一という男子がいるだろう」

「……はい。います、けど」

「日野君がどうかしたんですかー」

「仲は良いのか」

「あたしは結構話したりしてますねー」


 梶原が真っ先にそう答えるが、志築の方は言葉を濁した。

 それほど仲が良いわけではないようだった。修一が人好きのするタイプであることを考えると、志築はあまり交友関係が広い方ではないのかもしれない。

 本をダンボールに仕舞い終えたので、まだ小物を片付けている面々を置いて先に新しい部室へと荷物を持っていく旨を告げ、ダンボールを一箱抱えて部室を出た。


 北棟に戻る前に特別棟側から校舎の外を周って一年の昇降口に行き、A組のプレートを探した。

 場所に当たりをつけ幻視し、修一が使っているロッカーを見つける。開けてみると、もう靴は無く、上履きが置かれていた。


 変化と固定の幻視を反映させる『タイムリフレクト』を使用し、修一の帰宅を遅らせる現実を獲得してから再びロッカーを開ける。

 先ほどとは違い、上履きではなく靴が中に入っている。


 これで、今、校舎の何処かに日野修一がいるはずだ。

 適当に探しながら北棟二階に向かえばいいだろう。


 念のため、1年A組に寄って修一を幻視した後、そのまま一階の渡り廊下を使って北棟に向かう。


 廊下を半分ほど渡ったところで、一瞬、現実の揺らぎを感じた。


 足を止め、渡り廊下から広がっている中庭を見渡す。干渉のように思えたが、見たところ何も異変はない。

 中庭から見えるグラウンドでは陸上部と野球部と思しき生徒達の姿が見えるが、それだけだ。

 遠くから練習のかけ声が音響効果のようにリズムよく流れる。

 グラウンドとは反対、校舎裏に通じる方向にも、それらしい姿はなかった。

 中庭に一歩踏み出て、スクライング研究会の部室を見上げる。窓から時雨を見ている姿があるというわけでもない。

 大した揺らぎではなかった。ささいなことだ。



 北棟へ渡りきった直後、後ろで物が散らばる音がした。

 振りかえると、渡り廊下の東棟への入り口あたりで女子がへたり込んでいる。

 傍らには男子生徒の姿が一人見える。修一だった。どうやら、女子のほうは志築のようだ。

 時雨も声を掛けて二人が小物を拾うのを手伝っていると旧部室方面から梶原がやってきた。


「どうしたんですかー」と気楽な調子で割って入ってくる。


 しかし、手伝う気はないらしく、足を止めたのはほんのわずかの間で、志築の哀れみを誘う静止の言葉を無視して梶原は「ごゆっくりー」と言い残して去っていった。


 慌てようを見ると、志築に混乱を与えているのは物をばらまいてしまったことだけではないようだ。


 時雨は物を集め終えた修一に幻視を掛けた後、もっとも確率の高いやり方を選択した上で声をかけた。


「君、今時間はあるか」

「え、はい。ありますけど」

「良かったらでいいんだが、彼女を手伝ってあげてくれないか。思ったより荷物が多くてね、女の子の手には少々厳しいようだ」


 水を向けられた志築はダンボールを抱えあげようとしていた身体を強ばらせ、立ち上がった時雨を見上げてきた。

 志築は何事か言おうと口元で言葉を探していたが、修一の快諾のほうが早かった。

 修一が志築に声をかけてから先んじてダンボールを持ち上げると、彼女はハッとした表情を見せる。予知で修一のことを見たのだろう。


 二人を置き、北棟に向かう。

 ここから変化の干渉が無ければ、修一がスクライング研究会に入るはずだ。

 志築が見た映像も似たような類だろう。予知ほど正確にはならないだろうが、時雨も幻視でおおよその展開を見ることはできる。


 この後、修一と志築は荷物を運んでいる途中で蔵兼に追いつかれ、志築との関係を問い詰められる。

 三人は雑談しながら並んで新部室まで向かい、最終的に蔵兼が部活に誘う。

 修一は考えておくと返答し、明日、修一は志築に入部のことを話す、そういう流れになるだろう。


 イレギュラーが起きなければ、だが。



 二階へと着き、スクライング研究会の部室前の廊下に入ると、前方に男子生徒の姿があった。

 時雨の姿に気付いた男子生徒がこちらを観察するように鋭い視線を向けてくる。

 近づくと、それがいつかに会った男子生徒であることがわかった。


 一言で表せば、持てあました力を全身で押さえ込んでいるような男子生徒だった。


 京雅のように自然と力に馴染んでいるわけではなく、秋人のように無力を知りながら信念に相対するわけでもなく。


 ただ、世界を受け入れながら、静かに伏している。

 幻視に囚われない、何者にも左右されない意志とでも言うべき一つの在り方。

 初めて会ったとき、彼は満足しているように見えた。通りがかりの猫の死を受け入れ、猫の生を受け入れた。

 そのいずれも彼を満足させられる現実だったのだ。いや、おそらく今でさえそうだろう。

 何かを求めてここにきたわけではない。


 しかし、こうして時雨の前に立ったということは、自らの意志で、ここにたどり着いたのだ。

 現実の中心点、現実の鏡、現実で絶対のルールたり得る、世界で唯一のイレギュラー。


 そんな木岐原時雨という人間を認識してみせた。それは神ですら為し得ない特異な一瞬に他ならない。


 昂ぶりを感じた。歓喜、愉悦とでも言うべき、久しく得ることのなかった期待という名の予感の奔流が鼓動に合わせて訪れた。

 彼がどのように幻視を超えてみせるのかということに、時雨は危険な真似をしてスリルを味わっている子供のように心を躍らせた。



 §



 スクライング研究会に入部する旨を顧問である白石教諭に伝えると、短い手続きで入部が終わった。

 博信はその足で、スクライング研究会、木岐原の元へと向かった。


 東棟二階から北棟へと渡る。一年と二年の大半の教室は東棟にあり、北棟は二年の少数と三年の教室、そして特別教室が多く並んでいる。

 文化系部活があまり活動的ではない矢那慧では、放課後になると校舎に残る生徒の数は多くない。

 数少ない文化系の部活と、帰宅部が友人と駄弁っている姿が散見できるだけだ。

 北棟で多数と呼べるほどの人が集まっているのは、せいぜい吹奏楽部が使用している第一音楽室程度だろう。


 東棟に入った直後、階段から上がってくる女子生徒に出くわした。

 クラスメートの梶原だった。大きめのダンボールを抱えている。


「あれー、折橋くんだ。どうしたの、こんなところで」


 どうもしない、と冷淡に答えて目的地に足を向ける。梶原は後ろから着いてきていた。


「こんなところに来といて、どうもしないはないでしょー。あたしに会いに来てくれたのかと思ったのに」


 からかいの響きを覗かせながら、梶原はすぐに博信の真横に並んだ。

 葉子と並んで歩くときよりも距離が近かったからか、不快感が腕に走った。

 思わず身を離す。


「梶原は生物部だったな。それは何だ、活動で使うものか」

「生物部ってのはあってるけど。これはお引っ越しの手伝い。ほら、同じクラスの佐穂ちゃんいるでしょ。あの子の部活が合併することになったから――あ、生物部の部室あそこね」


 梶原は荷物を抱えたまま、器用に指で前方の教室を指し示した。

 最奥から三番目にある教室のようだ。

 プレートが遠目では見えないが、確か生物実験室だったはずだ。


「生物部なのに生き物はぜんぜんあつかってないけどね。植物っていうか、お花ばっかり。文化祭でも苗売ったし」

「それは意外だな」

「でしょー。野菜売ったりしても面白そうだよねーってみんなで話したりしてるんだよ」


 適当に相槌を打ちながら奥に進み、生物実験室の前に着くと梶原は足を止めた。


「それで、折橋くんは結局なにしに来たの?」


 びくりと背筋が震えた。それまでの人懐っこい声とは打って変わって、博信の行動を見透かしたうえで批難するような鋭い声だった。

 しばらく向かい合う。梶原が生物実験室に引っ込む気配はなかった。

 博信は梶原の様子を窺いながら、慎重に来意を述べた。


「スクライング研究会に入部しようと思ってな」


 梶原は博信をじっと眺めていたが、やがて「ふうん」と気のない返事を寄越した。


「今、木岐原センパイいないよ。もうすこししたら来るんじゃないかな」


 そう言い残して、梶原は生物実験室に入っていった。

 廊下の突き当たりにまで行き、最奥にある教室の扉にノックし、しばらく待ってから手を掛ける。

 鍵はかかっていなかった。

 開けてみると、中には誰もいない。中央奥に机と椅子、左右に本棚が設置されている。

 何の変哲もない小部屋だ。


 わざわざ入るまでもない。扉を閉め、窓際に寄って淵に背を預ける。

 梶原がなぜ木岐原の動向を知っているのかはわからないが、疑う必要もないだろう。

 しばらく待ってみて来なければこちらから探しに行けばいい。


 木岐原を前にしたときの一問一答を想像の中で繰り返しながらも、様々なことが頭の中に浮かび上がっていた。


 その中でも一際大きかったのが葉子のことだったのは、昨日のやり取りが博信の中にわだかまりとして残っていたからだ。



 葉子からのクリスマスイブの誘いには面を食らった。提案そのものではなく、葉子が実際に口にしたことがだ。

 葉子が過剰な好意、信頼を寄せてきていることはわかっていた。

 気づいたのは中学校に上がって間もない頃だったが、もっと前から兆候らしきものはあった。

 彼女は小学校の時分から、真面目すぎない穏やかな振る舞いと、優しく理解のある言動を併せ持っていた。

 年相応とは言いがたい大人びた性格は小柄な可愛らしい容姿とかみ合って、男女関係なく慕われた。

 博信とはまるで違う場所、違う集まりの中に葉子は身を置いていたのだ。


 幼馴染みという関係を疎んずるわけではなかったが、博信にとって、そのような場所は居心地の良いものではなかった。

 数少ない友人と短い会話を交わす、ささいな遊びに付き合う、それが博信が最大限譲歩した他者とのやり取りで、それ以上を求めたことはない。

 むしろ、それ以上の関係はわずらわしいとさえ思っている。

 それは、幼馴染みである葉子に対しても同じで、未だにその心持ちは変わっていない。


 にも関わらず、葉子は事あるごとに博信と一緒にいる時間を作り、何か季節ごとのイベントがあれば、大抵の場合、彼女は博信の隣にいた。

 もっとも、それはイベントに参加するという形ではなかった。当然のようにイベントに不参加だった博信の隣に、彼女はいたのだ。


 「一緒に行こう」と誘われたことはなかった。誘ったこともなかった。

 ただ、遊びに出ていく人の流れを見て「みんな楽しそうだね」とつぶやく程度のささやかな主張があるだけだった。


 不釣り合いであることは、明白だった。

 博信と葉子の間には、時間の進む速さとでもいうような、決定的な違いがあることは誰の目にも明らかだった。

 なぜなら、彼女は博信と居てしまったことで本来楽しめるはずの時間を失っていたのだ。

 そこまでしてそばにいようとする葉子の好意は、彼にとってまったく理解できるものではなかった。


 だから、自然とそれが消え去るのをただ待っていた。

 葉桜と戯れる人の声だけが聞こえる、道路の端で。花火の音だけが聞こえる、明かりのついた部屋の中で。紅葉を踏みしめ走る足音だけが聞こえる、木枯らしの中で。雪に歓喜する声だけが聞こえる、寒い路地で。


 長い時間だった。新しい季節が来る度、もう飽きるだろうと思っていた。すぐにいなくなるだろう、と。


 誰が何の為に我慢した、何の意味があった時間なのだろう。博信にもそれはわからなかった。


 そして、いまになって葉子があんな提案を持ちだしてくるとは、思ってもみなかった。


 彼女にそんな勇気はないと思っていた。

 見くびっていたわけではない。


 葉子はいつも、博信がやることを一歩引いた場所で見ていたはずなのだ。彼女は博信がいる場所に居たくて居たわけではない。


 本当なら彼女が居るべき場所ではない。

 「楽しそうだね」という言葉は、何よりその気持ちを表しているのだろうと、そう思っていた。

 きっと、彼女も友人と一緒に過ぎゆく季節の光景を楽しみたかったはずなのだ。

 しかし、博信が思い描いていた現実とは逆の結論が、葉子の中で出たようだった。


 誘われれば、断る理由はない。それは今までにしてもそうだ。

 去年でも、一昨年でも、もし葉子から誘われていたなら付いていったことは間違いないだろう。

 彼女との約束を破ったことはなく、彼女に求められればその通りに応じてきた。

 博信にとって、葉子とはそういう存在だった。


 もし、彼女が博信に恋人関係を望むのであれば、やはり、それにも応じることはできるだろう。

 もっとも、それが本当に彼女の望んだ関係になるかどうかまでは、わからないが。

 なんにしても、クリスマスイブだ。葉子が好きなこと、好きなものなどろくに知らない。葉子が望んでいる時間を作る程度のことは、やるべきだ。


 問題があるとすれば、それまでにすべてが終わるとは限らないことだ。


 昏睡事件、木岐原の監視にしてもそうだが、慎也に言われた合コンの話も片付ける必要がある。期末試験も近い。

 しばらくは、睡眠時間を削らなければならなくなりそうだ。

 たかが数週間程度のこととはいえ、不透明な事柄が重なっている今、どれも適度にこなしていくという甘い考えではやっていけそうにない。


 意識して身体に力を入れる。まずは木岐原時雨だ。


 ふと気配を感じ、顔をあげた。身体を窓の淵から離しながら相手を確認すると、木岐原がダンボールを抱えて立っていた。

 こちらに気付き、様子を窺っているようだった。


「……」

 まもなく、木岐原は何の前触れもなく歩きだした。その歩き方には何の気負いも感じられない。

 博信が間合いを計っていると、木岐原は示し合わせたかのように足を止める。

 入部の旨を告げようと口を開いた瞬間、木岐原が言葉を被せてきた。


「君を歓迎しよう。この現実をどう塗りつぶすのか、楽しませてもらおう」

「……話が早いようで、何よりです。白石先生には入部届を出してきました」

「入部届? そういうものもあったな。まあ、そうだな、形式というものは大事にするべきか。歓迎しよう。スクライング研究会は、君のような人材を待ち望んでいたんだ」


 あからさまに取って付けた口上ではあったが、わざわざ深意を問うことでもない。

 歓迎に感謝を返し、改めて荷物のことを訊ねた。


 スクライング研究会とオカルト研究会というクラブが合併することになり、今はその荷物を運んでいるらしい。

 スクライング研究会が今学期中に消滅し、そのタイミングで木岐原から離れることを目論んでいたが、人数を考えると部活が継続になる可能性は高そうだった。

 しかし、この程度、支障と呼べるほどの問題ではない。


 そんなことよりも、木岐原が博信に何の疑いも抱いていないように見えることが不気味だった。

 入部の理由を訊ねる言葉も、結局一度も出てきていない。


「ああ、そうだ。俺には敬語なんてものは必要ない。俺にとって、年齢など記号としての価値すらないものだからな」


 木岐原はダンボールを生物実験室の準備室の前に置いた。


「なら、そうさせてもらうとしよう。俺はあまり言葉づかいが良いほうじゃないんだ。気分を害すようならいつでも言ってくれるといい」

「ククッ、気にせんさ。さて、早速で悪いんだが、君にも手伝ってもらおう。オカルト研究会には女の子しかいなくてね。今来ているところだろうが、部室は――」


 木岐原が窓越しにオカルト研究会の元部室を指し示そうとしていたところで、階段からダンボールを抱えた男子生徒が姿を見せた。並ぶ形で女子生徒が二人出てくる。


「そうだな、彼らに付いていくといい。俺は少々、やることができたんでな」


 そう言い残して、木岐原は階段へと向かい、こちらにやってきていた生徒達とすれ違いざまに言葉を交わしながら去っていった。

 こちらに向かってきていた三人のうち、二人はクラスメートだった。日野修一と志築佐穂だ。


 日野の隣にいた志築は会釈のつもりなのか、上目遣いのままぺこりとわずかに頭を下げてきた。

 何と声を掛けるべきか迷っていると、日野の方から話しかけてくる。


「折橋君、何やってるの、こんなところで」


 梶原にも聞かれたが、やはり関係者でもない人間がこんな場所の最奥にいるのは不自然に見えるらしい。

 スクライング研究会に入ったと答えると、日野だけでなく、志築と見知らぬ女子までも驚きの声をあげた。


「へー。変な部活が好きな人っているんだね」


 蔵兼湊と名乗った女子は博信をまじまじと見ながら、興味深そうに言った。

 強い視線を向けてくるわりには、あまり不快さを与えない女子だった。


「でも、新しい人がたくさん増えるとやっぱり嬉しいね。ねえ、佐穂」


 志築は頷き、か細い声で肯定を示した。


「日野君と折橋君は佐穂と同じクラスなんだよね? だったら、やっぱり日野君も一緒に入っちゃったらどうかな。ほら、この子も喜ぶし」


 くすくすと蔵兼が楽しげに笑い、志築が「ち、ちがっ」と胸元で慌てて手を振る。

 日野は蔵兼の言葉をよく吟味するようにうなり、やがて言った。


「そうだね。部活動をする気はなかったけど、同じクラスの人が二人もいるわけだし、これも縁ってやつかな。僕も入ることにするよ。よろしくね」


 日野が入部しようがしまいが、博信にとってはどうでもいいことだった。

 形式的にその決定を祝福する言葉を二、三並べて返すだけにとどめた。


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