第十二章§異常者の会合
十四、五人目の超能力者をほぼ同時に叩き伏せたときには、終わりが見えてきた。
木岐原も相当の数をこなしている。周囲に意識を配りながら、変化が起きていないか様子を窺う。黒幕がすぐに顔を出すとは思えないが、まだなんらかのアクションを掛けてくるはずだ。
それまでにこの超能力者達を全滅させなければ余計な手間が――。
違和感に襲われる。足を止め、周囲を見回す。
静かすぎた。
博信達は校門前で派手に立ち回っているのだ。にも関わらず、誰の声も聞こえてこない。なぜ騒ぎ立てる声がないのか。教師が出て来ないのもおかしい。
見ると、矢那慧に登校してくる生徒の姿がない。そんなはずはない。先ほど、博信が校門まで駆けてくるまでの間、かなりの数の生徒を抜かしてきた。もう着いていてもおかしくないはずだ。しかし、生徒の姿は一つもなかった。
「木岐原!」
博信が叫ぶと、木岐原はこちらに意識を向けた。
「様子がおかしい! どうしてここには俺達と超能力者以外いないんだ!」
木岐原は周囲にいた三人を一瞬のうちに捌き、博信の傍らへと飛びこんできた。
「どういうことだ」
「どういうこともなにも、いま言った通りだ。この騒ぎに気づく奴が誰もいないのはおかしい」
木岐原はぼんやりと「ああ……」と周囲を見渡した。
「そういえばそうだな。確かに、普通の人間なら見過ごすことができないような騒ぎではあるな。先ほども校舎は超能力者の出現が騒ぎになっていた」
「なんだその曖昧な肯定は。常識で考えればわかるだろう」
「ふッ――常識など俺のルールには存在せん」
「ちッ……阿呆か、お前は」
「阿呆か。秋人によく言われるな。どうやら俺には、日常を過ごすためにいろいろと足りないものが多いらしい」
罵倒に対しても、涼しげな表情で返答を寄越してくる。余計に腹立たしく感じたが、いまは木岐原の戯れ言を相手にしている暇はない。
「とにかくだ。ここにこれ以上いるのはまずい。明らかに足止めされているぞ」
「なるほど、足止めか。その考えはなかったな。博信、お前、かなり実戦に慣れているな」
「少し考えればわかるだろうが」
「自分以外の人間を使って策を講じるということがなくてな。その手のやり方にはどうも疎い」
「お前がなんに疎かろうが詳しかろうがどうでもいい、これからどうする」
木岐原は黙ってしばらく前方を眺めた後、言った。
「空間を断裂させているようだ。これはもはや超能力というレベルではないな」
「断裂?」
「俺達は異空間に放りこまれているということだ。しかもこの空間、もともと存在しているものではないようだ。何者かによって作られたものだな」
盛大なため息が漏れ出ていた。もう話のスケールについていけそうにない。
「クソったれ、どいつもこいつもとち狂った真似を」
「ククッ、まったくだな」
「お前もその筆頭だろうが」
「まさか。俺は俺ほど正常な人間を見たことがないぞ」
「後ろから蹴り飛ばされたくなければ、とっととここから出る手段を考えろ!」
「とは言うがな、空間創造か。ここを破壊すると、彼らが全員死んでしまう。これを行った人間が穏便にこの場を収めてくれるよう祈ったほうが、良い結果になるかもしれんぞ」
「……時間制限か、それとも超能力者を使ってここでなぶり殺しにするつもりか」
だが、この超能力者達では、いつまで経っても木岐原はおろか博信ですら殺せないだろう。
いまはまだ様子見で手加減してやっているが、このままこれが続くというのであれば、動けない程度に痛めつけるだけのことだ。
「む、待てよ。博信、お前はどうしてここに入れたんだ」
木岐原に呼び止められた瞬間、襲いかかってきた一人の女を投げとばす。
「俺はただ普通に登校してきただけだ。急いでは来たがな」
「なにか制限が……なるほど、例のドリームキャプチャーもどきがここに入る為の鍵か」
「あれが?」
「幻視で捉えられないのはそのせいか。あれもこの空間同様、現実には存在しない物質のようだからな。あれを使って、あちらの世界とこの世界を繋げたのだろう」
腕輪と、先ほど女生徒から取りあげたヘアピンを取りだし手に取った。腕輪をはじめて見たときに気づいた、内側にあるボタンを眺める。
見ると、ヘアピンにも内側にボタンらしきものがあった。
「これでいいのか」
木岐原に腕輪を渡し、ボタンを見るように促す。
「ほう。なるほど、そういうわけか」
「なにかわかったのか」
「生徒達が昏睡していたのは、どうやら時間を止められていたからのようだ。ドリームキャプチャーもどきは時間の性質を持たない物質で、それを所有者の意識にコピーするようになっているんだろう。となると、昏睡という言葉はおかしいな。彼らは時間から切り離されていたんだ、時空漂流者とでも言ったほうが正確そうだな」
「御託はいい、これからどうする」
「いままで切り離されていたんだ。では、接続し直すまでだろう。――こうするんだ」
木岐原は腕輪を殴って破壊し、放り投げた。
空間に亀裂が走り、音が軋む。
そして、光が弾けた。
とっさに視界を手でさえぎるが、間に合わなかった。視力が回復するのを待ちながら周囲の気配を窺っていると、人の声が戻ってくる。
まもなく、登校してくる生徒達の姿が見えた。
博信達がいる場所は変わっていなかった。矢那慧の校門前だ。ただ、先ほどまで周囲に転がっていた超能力者達の姿が消えていた。
「おい、あの超能力者達はどうなったんだ」
「あの空間に飛ばされる前にいた場所に戻ったはずだ。わりと良心的な設計のようだな」
「そうか、なら良い」
小さく安堵の息をつく。
「ふむ、しかし見当違いだったか。俺を隔離しておきながら、あの程度で終わらせるとは」
「……」
確かに、木岐原の言うことはもっともだ。これでは、本当にただの時間稼ぎにしかなっていない。ここに着いてから経過したのは体感だと五分ほどだ。
携帯を取りだし、時間を確認する。
その数字を見て、博信は目を疑った。
「時間が進んでいない……いや、時間が戻っている?」
表示されていた時間は、ちょうど博信が家を出た時間だった。
日付は変わっていない。すぐに慎也との通信履歴も探したが、残っていない。
どうやら、先ほど慎也に連絡した事実は無くなったということらしい。時間遡行が起きたというのであれば、そうなるはずだ。
「今度はタイムトラベルの超能力者でも出てきたのか」
博信は混乱を隠さないままに唸った。
「どうやら、相手はよほど時間と場所にこだわりがあるようだ。この時間、この場所……」
独り言のような木岐原の呟きを耳にし、その意味を考える。登校してくる生徒が多い時間帯ではない。
校門に向かって歩いてくる矢那慧の生徒の姿はまばらで、見知った顔はない。
しかし、一人、矢那慧の制服を着ていない少女が博信の視界に入った。小走りで校門に向かってくる。快活そうな、容姿端麗な少女だった。
博信は、その少女から目を離せずにいた。場違いな雰囲気がそうさせたのだ。
日常に溶け込みにくい雰囲気を持っている。少女は校門の前まで来ると、若干踏みいれるのを躊躇う仕草を見せた。
敷地内に入らないように、ちょろちょろと校門の前を横歩きしながら辺りを見渡している。
「あの子は……」
木岐原は、その少女に心当たりがあるようだった。木岐原がその子に歩み寄っていく。博信も、少し間を空けて後ろから付いていった。
「姉に用事でもあるのか」
「あ、木岐原さん」
少女は木岐原に向けて丁寧にお辞儀した。
「お姉ちゃんがお菓子を忘れていったんです。部活の人にあげるって言ってたものなんですよ」
そう言って、紙袋を持ち上げる。
「なるほど。連絡は入れたのか」
「はい、メールで」
「では、俺から彼女に渡しておこう。いまは立て込んでいるからな、あまりこの辺りには近寄らないほうがいい」
博信は少女から目を離せなかった理由に、そのときに気づいた。
見覚えがあったのだ。
表情こそまるで違うが、慎也から見せられた『新緑の従者』のリーク写真に載っていた、少年と少女。
少年のほうは、昨日、矢那慧に襲撃を仕掛けてきた。
そして、少女のほうは――。
「木岐原、まさかその女……」
博信が声を掛けたのと、木岐原が少女から紙袋を受け取ったのはほぼ同時だった。刹那、暴風が巻きおこった。
視界が数度ひっくり返った。地面が見えた瞬間に合わせ、手をつき、体勢を立て直す。
轟音と共に校門が崩れ、コンクリートが抉られているのを見たときには、博信はすでに戦闘態勢に入っていた。
身体を引きずり倒そうとする風を前に、構えを取る。
制服から取り出した棒を伸ばし、敵を見据えた。途切れない轟音は、周囲で戸惑っている矢那慧の生徒達の絶叫もかき消している。
校門前には、博信と少女だけが残されていた。視線だけで木岐原の姿を探す。
まもなく、それを見つけることができた。制服を着ている肉塊の姿が、そこにあった。
視界の端だけで捉え、意識しないようにする。あの状態で生きているということはないだろう。
木岐原時雨は、死んだのだ。
博信はすぐに物陰へと飛びこんだ。
少女の隙を窺いながら、倒す算段を立てる。
少女は誰に敵意を向けているわけではなかった。錯乱しているのか、頭を抱えて蹲りながら手当たり次第に周囲を破壊していた。
コンクリートや折れた街路樹が小型の竜巻に呑み込まれているかのように、中空を飛び回っている。
単純な力の大きさを見ても、昨日の男よりもさらに強い超能力者であることがわかった。力の系統は、男と同じく念動力のようだ。
うかつに近づけば、おそらく一瞬で死ぬ。しかし、このまま放っておけば被害は広がるばかりだ。どうにかして止めなければならない。
「注意を引きつけるしかないか」
地面に転がっていたコンクリートの塊を手に持ち、少女の背後目がけて勢いよく投げる。衝突音は聞こえなかったが、少女がふっと顔を上げた。
博信を意識してはいないようだ。しかし、なにか起きたことには気づいたらしい。
中空を舞っていた街路樹やコンクリートから、奇跡的なまでにコントロールされていた動きが失われ、派手な破砕音を鳴らしながら道路をバウンドしていく。
念動力の指向が変化したようだ。少女を中心に広がっていた暴風が弱まっている。
一路、少女まで駆ける。相手は小柄な少女だ。不意打ちできれば、一撃で行動不能にできる。
接近に気づかれる様子はなかった。棒を持ち替え、打撃に意識を切り替える。加減するのであれば、素手のほうが良い。
二歩踏みこめば急所を狙える位置で拳から力を抜きながら、少女の背中目がけて飛びんだ。打撃の一瞬に合わせて拳に力を込めようと意識した、その瞬間だった。
「やめなさい」
奇妙な声が響く。轟音をものともしない、毅然とした声だった。
耳を通してではなく、直接頭の中に投げつけられるような、絶対の命令が博信を止めた。
彼が放った攻撃は、当たらないはずがなかった。おそらく念動力で止められたわけではない。あの独特の、力に押さえつけられる感触ではなかった。
ただ、身体が動かなかった。壁に閉じこめられたかのように、身体の一切が自由にならない。
「折橋博信君、その子に手をあげないでもらえるかしら」
突如、身体が解放され、博信は膝をついた。声の元を探ると、矢那慧の制服を来た女子生徒がこちらに向かって歩いてきていた。背の高い、美しい女生徒だ。
また超能力者だろうか。
二対一、しかも新しく増えた女の超能力の種別はわからない。
立ちあがり、棒を構えて距離を取る。蹲っている少女は、動き出す気配がなかった。先ほどまで周囲を手当たり次第に破壊していた超能力も、なぜか収まっているようだ。
まだチャンスはある。
少女が動かないでいるいまのうちに、あの女を叩き伏せることができれば、片をつけることができる。
「私が超能力者だというのは合っているけれど、あなたの敵ではないわ」
彼は真正面から女生徒の動きを注視する。
「……心を読むという超能力か」
「ええ。だから、わざわざ口に出してもらわなくてもかまわないわよ」
女生徒は悪意を微塵も匂わせない、穏やかな笑みを博信に向けると、まもなく少女へと向きなおった。
彼女は蹲っている少女にまで歩みより、その頭をいつくしむように撫でながら胸元に抱き寄せる。
そのとき、博信は女生徒の正体に気づいた。
精神感応の超能力の持ち主。木岐原に聞いた、邑木弥泉という女生徒だ。慎也から中学校時代の写真は見せてもらっていた。かなりあでやかに成長しているようで、すぐに結びつくというほどではないが、面影は間違いなくある。
「……失礼な人ね。勝手に人の昔の写真を見るなんて」
「黙れ。俺には嫌いな人間のタイプが二つある。一つは胡散臭い奴、二つ目は人の心を読む奴だ。勝手に知ったような口を利く余裕があるなら、その女子をどうするつもりか話せ」
女生徒は観念したようにため息をついた。
「私のことを聞いているのなら、少しは気をゆるめてもらえないかしら。不気味だと思われるのは慣れているからべつに構わないけれど、純粋に邪魔者扱いされるのは疲れるわ。……この子は私の妹よ、保護するのは当然でしょう」
「妹だと?」
そういえば、先ほど木岐原が少女を相手に姉がどうだと話をしていたはずだ。その姉がこの邑木なのだろうか。
「まあ、なんでもいい。その妹がいままさに木岐原を殺したわけだ。そうなると、お前がここ一連の出来事の首謀者だということでいいんだろうな」
「……そう、木岐原君が」
悲しむ様子は一切なかった。邑木は木岐原の死体が転がっていた場所へと目を向ける。博信もそちらに視線を向けた。
だが、そこには木岐原の死体がなかった。
「……またか」
猫のときのように、死体の影も形も残っていなかった。まさか木岐原はあの状態でも生きていたというのだろうか。
いや、この場合は木岐原の言葉を借りるなら、この現実において生と死など簡単に行き来する要素でしかないと言ったところだろうか。
あの男は死んだが、しかしなんらかの形で生きている。そう考えるのが妥当というものかもしれない。道理など、どこにもあったものではないが。
博信のそんな思考をさえぎるように、邑木が口を開いた。
「いいえ、折橋君。私も確証を持って言えるわけではないけれど、たぶんあなたが見たとおりの現実だと思うわよ。木岐原君は本当に死んだ、そしていまも死んでいると思うわ」
「そのわりにはずいぶん余裕そうだな」
「人は死ぬものでしょう? あなたもそれぐらい知っているはずよ」
邑木の言葉に思わず舌打ちが出た。
木岐原もそうだが、月見里京雅も、この邑木もだ。理不尽な力による人の死を、なんとも思わない。彼らのそれは強者故の傲慢さでしかない。
博信とて、すべての命が救われるべきだなどと思っているわけではない。
しかし、いかなる状況であっても、人の死は人が知り得る現実の範囲で起こるべきであって、まったく不可解な、理不尽な力によって引き起こされるものであってはならない。
戦時下で兵器によって殺されるのはいいだろう、通りすがりの人間にナイフで刺されて殺されるのも構わない。
病死でも、事故死でもいい。人は、死ぬべき状況下において死ぬ。それなら良いのだ。
だが、超能力の存在を知らない人間が、超能力によって殺されるというのであれば話は別だ。それは公正な結末とは言えない。
「面白いことを考えるのね」
邑木は少女を抱きかかえて立ち上がった。少女は意識を失っているようだ。だらん、と腕が伸びている。
「誰でも考えることだ。お前らのような異常者をのぞけばな」
「そうかしら。意外と、人って同じことは考えていないものよ。似たような考えに見えても、その根本はぜんぜん違うからね。とくに自分の中にルールを強くもっている男の人はね」
邑木が視線でついてくるように促してきた。周囲はまだ落ち着く様子もなく、校門周辺の破壊された部分を遠巻きに見つめながらざわついていた。
教師も数人が校舎から出てきていた。だが、まさか超能力者がいたなどと想像できるはずもない。
彼らは異常事態を、彼ら自身の現実で説明できる事態に落とし込もうと、必死に理屈を考えているようだった。
北棟にまでたどり着くと、邑木が少女を持ってくれないかと言ってきた。
「折橋君、力あるでしょう。私だと上まで運べないわ。お願い」
言葉の柔らかさとは裏腹に、その言い方には命令とも取れる威圧があった。博信はなかば反射的に反発を覚えた。
「……俺はお前を信用しているわけではない。ましてや、その女は人殺しだぞ」
「心配しなくても、意識は失わせているわ。私が起こすまで起きない。人殺しでも超能力者でも、いまは眠っているだけの女の子よ」
邑木は少女を差しだしたまま、動く様子を見せない。
時間が巻き戻っているのだとすれば、昏睡していた超能力者達がまた暴れ出す可能性があるのだ。
慎也は、同時多発テロとして処理されていると言っていた。つまり、このまま放っておけば社会的な混乱は免れないということだ。それまでには事態を片付けなければいけない。こんなところで、時間を浪費するわけにはいかなかった。
少女を邑木から受け取って横抱きにし、階段を昇る。まだ幼さが残っている体格の為か、かなり軽かった。
邑木に誘導されて向かった先は三階の生徒会室だった。邑木は軽くノックをし、返事を待たずに扉を開く。
中には左京秋人と月見里京雅がいた。二人は警戒することもなく訪問者を迎え入れたが、博信がいることに気づくと、それぞれ若干驚いた様子を見せた。どうやら、想定していた訪問者とは違ったらしい。
「おっ、あれ、一年の折橋だったか。時雨んとこの。女子、しかも他校の子を抱えてどうしたんだ? なんだそれ、どういう状況だ」
「俺のほうが聞きたいぐらいだ」
「私が連れてきたの。当事者がいたほうが話が早いでしょう。ああ、折橋君、その子はここに寝かせてあげて」
壁際の椅子に少女をもたれかけさせる。呼吸はしているが、目覚める気配はまるでない。
「時雨にでも呼ばれたのか。オレ達は時雨から今日は早めに来いと言われていたんだが……」
一々説明するのも面倒で黙っていると、博信の心を読んだのか、邑木が見てきたかのように語り出した。博信が電車で遭遇した超能力者、博信達の時間遡行、木岐原時雨の死まで。
「さて、そんなことになるみたいだけど。どうしましょう」
「あー……くっそ、あー、なんだそれ。同時多発テロ? どうしろってんだよ。しかも時雨が死んだって。あいつがいりゃなんとかなってた……いや、あいつは居ても何もせんか……」
左京が机に肘をつき、頭を抱えて唸る。木岐原の死を悼む気持ちはないようだ。どうやら、左京も木岐原がただ死んだだけだとは思っていないようだ。やはり、木岐原の周辺の人間は頭がどうかしている。
「どうもこうもない。やることは一つだ。黒幕をとっとと引きずり出す。それが即時解決に繋がるかどうかはわからんが、解決に至るまでの事態把握はまちがいなく短縮できる」
「その必要はない」
博信が吐き捨てるように言うと、すぐさま威圧的な低い声が返ってきた。月見里だ。壁際に立ち、腕を組みながら誰にともなく、強い視線を向けてきていた。
「超能力者とはいえ、所詮はただの劣化版だ。全員、一人ずつ行動不能にすればいい。首謀者がなにを考えようが、手足を砕けばそれで終わりだ」
頭に血が上るのを感じた。博信がもっとも忌み嫌う態度だ。
「月見里京雅、お前、また殺すなどと言う気ではないだろうな。相手はただの被害者だぞ」
「殺しはせん。その価値はない。殺さなければならない人間というものが存在するのであれば、それは時雨やお前のような、秩序を破壊する能力のある人間だけだ」
その言葉は、昨日も聞いたものだ。だが、木岐原と同列に扱われるいわれはないはずだ。
「……よほど俺を敵視しているようだな。俺がなにをした」
「現時点では敵視などしていない。これは、危険性の話だ」
「危険性?」
「本来の現実を超えた能力を持つ人間は、秩序を破壊できる。そんな人間の存在を楽観視することはできん」
「能力というのであれば、お前のほうがよほど危険だと思うがな」
「指向性が違う。保守と、変化に傾倒するとでは危険性は比べようもない」
「俺が秩序を破壊するほどの変化を望んで引き起こすとでも?」
「そうだ」
意味がわからなかった。博信は変化を是としているわけではない。
「俺はそんなことを望まない。俺は、ここ一連の狂っている事態に収拾をつけたいだけだ」
心を読める邑木がいる以上、偽る意味はない。最初はただ昏睡事件の調査として始めたことだ。
ここまで事態がひどくなったのであれば、慎也と共に手を引いて良かった。『新緑の従者』という団体を敵に回すことになった時点で、もう投げだしていても良かったのだ。
しかし、それをせずに超能力者とやり合ってまで首を突っこんでいるのは、博信自身と、そして葉子がいる場所に、超能力などという理不尽な力を紛れこませたくなかったからだ。
そんなものが存在するという現実は必要ない。歪んだ現実の存在などというものを知らず、それを認めない人間にとっても、現実は公正であるべきなのだ。
月見里と睨みあっていると、邑木が割って入ってきた。
「あなたたちの言い分はそれぞれあるでしょうけど、今はこれからどうするか考えましょう」
無言で肯定を示す。その意見に、全員異存はないようだった。
「どうせひとかたまりになっても意味がないんだ。分担作業と行こう」
短い沈黙を経て、左京が口火を切った。
「テロに関してはオレ達だけじゃ手に負えない。まあ、普通に考えるなら邑木さんにお願いしたほうが良いと思うんだが、いいかな。警察を動かしてもらいたい」
「そうね。警察署に行って全員操りましょう。自衛隊でもいいかしらね」
そして、左京は博信と月見里を一度交互に見た。
「京雅は、とりあえずこの学校に来た超能力者を抑えてくれ。大怪我をさせなければ荒っぽいやり方でも構わん」
そう言って左京が博信に向きなおる。
「折橋もそれでいいな? オレとしても超能力者にされちまった奴らには同情するが、超能力で大怪我をおわされる生徒が出てくる危険を見過ごすわけにはいかないんだ」
「俺のほうから、必要以上に制限をかけるつもりはない。殺さない、殺す気がないというのならそれ以上はなにも求めん」
「というわけだ、京雅。問題ないな。お前なら、加減したうえでも余裕だろう」
「無論だ」
「頼む。それで、折橋。黒幕と言っていたが、あてはあるのか」
博信は例のヘアピンを取り出した。
「三つほどある。このヘアピンが、先ほど邑木が説明したドリームキャプチャーもどきだ。これがまず一つ。次に、黒幕が木岐原のことを良く知りながら、木岐原を狙い打ちしたこと。最後に、時間遡行だ」
どれもあまりにも不可解な出来事だが、この三つには大きな共通点がある。
「この三点から、黒幕はここ数日のみならず、数ヶ月にわたって木岐原を監視していたことがわかる」
「まあ、そういうことになるだろうな」
「そして、時間遡行からはもう一つわかることがある。木岐原とあの少女を引き合わせる時間調整は、この場にいなくては出来ることではない。そして、木岐原を狙っていた以上、木岐原が死ぬ瞬間をどこかで見ていたはずだ。あの男の能力を把握しているはずの人間であれば、木岐原の死体を見なければ気がすまないだろうからな」
左京が得心いった様子で頷いた。
「この学校にいるってわけか」
「ああ。それも、木岐原の近くにいて怪しまれない人物だ。この学校の関係者である可能性は高いだろうな」
全員の反応を盗み見る。邑木に関しては心を読まれてしまってはどうしようもないだろうが、そもそもが邑木が黒幕であるという可能性は薄い。
経緯はわからないが、オカルト研究会の面々を木岐原に託した形である以上、少なからず木岐原に対する信頼があるはずだ。そんな人間を殺す理由がない。
左京と月見里も、木岐原の存在を疎んじていたというわけではないように思える。左京はその言動から、木岐原を友人として受け入れていることは間違いない。月見里はその行動に不審なところはあるが、木岐原が邪魔なのであれば、木岐原の依頼を請け負ったりしないはずだ。この三人は除外してもいいだろう。
「折橋君からの疑いも晴れたようだし、私は警察署に行ってくるわね。すぐに帰ってくるから、玲実はそのまま寝かせておいてあげて」
やはり博信の心を読んでいたようだ。邑木は博信に微笑みかけると、生徒会室を後にする。続けて月見里が「校門前で待機しておく」と左京に告げて出ていった。
左京は生徒会室に待機し、連絡係を務めると言った。確かにこの状況では変化に対応できる連絡を取りあうことが必要だろう。左京に連絡先を渡し、博信も生徒会室から出た。




