第十章§ドリームキャプチャー
「どういうことだ。指定の場所にはなにもないようだが」
『こっちもだ。しかし、ロッカーが使われた形跡はあるみたいだな』
木岐原との間に話し合いが行われた日曜日の夜。
千賀駅にドリームキャプチャーを回収しに来ていた博信は、空のコインロッカーを前にして、慎也と木岐原の二人に通信を繋げていた。
『ふむ。妙だな。数十分ほど前にすべてそこに集められたはずだが』
「それは確実なのか」
『無論だ。ただ、ロッカーに集められた後に、何者かが回収したという可能性は捨てきれないな。そこまでは、ここからだと把握しきれん』
念のために駅員に確認してみたが、ロッカーを管理しているのは駅の職員ではないらしいことがわかった。
しかし、どちらにしても、たかだか一時間程度で荷物が回収されることはないとのことだった。
警察の介入という例外はあるが、通常、三日ほどは放置されるものらしい。
慎也と話を合わせ、周辺になにか異常がないか調べてみたものの、とくに変わったことはなかった。
「そもそもどうやって集めたんだ。まさか、所持者全員がこの場まで持ってきたというわけでもないんだろう」
『ククッ、そのまさかだよ。学校ごとに一部の人間が回収し、それをコインロッカーにまで持ってくる。そういうルールに沿って、ドリームキャプチャーの部分回収は行われた』
「なんだ、それは。お前は催眠術でも使っているのか」
『催眠術……、ああ、あれは確か人間の無意識に働きかけるものだったか。詳しくは知らんが、あれとは異なるものだ。俺がやったことはもっと単純だ』
木岐原は博信の疑問をかみ砕くように、穏やかに語った。
『俺はルールを定めただけだ。ドリームキャプチャーの所持者にとってはそれがルール、意識的にそれを守り、実行するようになっている。君達が日常生活を送るとき、守るべきルールというものをおおよそ意識して過ごすようにしているだろう。たとえば、そうだな、昇降口で靴を入れ替えるとき、自分のロッカーにある上靴を使うはずだ。わざわざ他人の上靴を使って、いらぬトラブルを招こうなどと思わんだろう。それと同じだ』
「意識的に守っているルールか」
確かに日常生活においてそういったものは少なからず存在する。
トラブルを避ける為に守るというのも、その通りだろう。法律はその最たる例だ。次に常識といったところだろうか。
しかし、それを言葉通りに受け取るのであれば、木岐原は人の無意識ではなく、意識的な行動にまで制限や指針をつけることができるということだ。信じがたいことだ。
もっとも、生死すら覆すことができるのだから、その程度のことが出来てもおかしくないのかもしれないが。
『そのルールとやらは、所持者の状態、体調にも左右されないってことでいいんですかね』
慎也が言葉を選ぶように疑問を投げかけた。おそらく、昏睡者のことを指しているのだろう。
慎也の話では、昏睡者はドリームキャプチャーを所持していたはずだ。
昏睡状態の人間まで動き出し、それを持ってきたというのであれば明日のニュースの一面を飾ることになるかもしれない。
『ドリームキャプチャーは副次的効果として、肉体的危機を退けるようになっている。病気はおろか、事故すら遭遇しないはずだ。肉体的に不調である人間は自身の快復を願うようになってしまうからな。それでは俺の意図にそぐわない』
「そんなオーパーツじみたデバイスを作ったのなら、特許でも取ったらどうだ」
『ククッ、面白いことを言う。冷やかし程度ならそれも構わんが、それはそれで世界への認識というものが歪んでしまう。それに、あれは長くは効果が保たん。使い捨てカイロならぬ、使い捨ての御守りといったところだ』
ずいぶんと実利に富む御守りがあったものだ。
『しかし、例の昏睡事件にしてもそうだが、ここも押さえられているとなると、やはり何者かの干渉があるようだな』
「干渉? まさか、また超能力者か」
二日連続で超能力者と立ち回った後なのだ。心底から、もう関わりたくなかった。
『その可能性もあるが……まあいい、調べておこう。博信、慎也、面倒をかけて悪かったな。今日はもう帰るといい』
木岐原からの通信が切れると、携帯はしばらく無音を発していた。
木岐原の影が電波の向こうから消えたのを確かめる程度の間を持って、ふたたび声が聞こえてくる。
『博信、例のセミナーだがな』
強く注意を促す、低い声だった。
「今日行われるといったあれか。それがどうした」
『参加したであろう人間が、すべて消えたようだ。中に入ったはずの人間が建物内から消滅した。神隠しってやつか、こりゃ。まあ、過去の例を見るに、全滅だろうな。死んだことすら判明しないまま、たった一日で百数十名の行方不明者だ』
「……ニュースになることもないだろう。おそらくはな」
『だろうな。昨日、超能力者が地下バーで殺した十殺人は、確かに殺人事件として扱われていた。警察も捜査しているはずだ。だが、あの男、木岐原が手を下したことは事実として存在しないかのような扱い。まいるぜ、気が狂いそうだ』
鼻で笑ってしまった。気が狂いかけているのは、こちらもだ。
「そんなお前に、一つ、面白い話をしてやろう」
博信が話し出すと、慎也は興味深そうに先を促してきた。
「オーパーツというものは知っているな。本来、その時代の技術や文化では製造が不可能とされているものだ。捏造されたものは別として、初期にオーパーツと判断されたものが、後になって偽物、つまりその時代でも可能であったとされるといったように、判断が覆ることがある。しかし、そうやってオーパーツとしての価値がなくなった後も、それらはオーパーツと呼ばれることが多い。なぜだかわかるか」
『そうだな、技術はともかくとして、オーパーツ扱いしておけば、工芸品としての希少価値があるからってところじゃないか。オーパーツをひとまとめにした販路の確立だ。オレがその手の品を扱うなら、間違いなくそうするぜ』
「お前らしい考えだな。まあ、確かに、そういった理由もあるだろう。事実、あの手の品は考古学的価値、オカルト的価値から莫大な金額で取引されることがある。しかし、それはあくまでその品そのものの価値だ。オーパーツがオーパーツたる所以は、その製造技術にある。本来、注目されるべきはその技術の存在なんだよ」
『ほう、技術ね』
「一番重要な点は、その時代にその技術が存在しなかった、と現代の俺達が認識していることにある。後になって『その時代でも可能だった』となったとする。しかし、それは一度不可能だと断じられた事実を無かったことにするわけではない」
『そりゃ、まあそうだな。それがどうしたんだ』
「では、なぜそんな間違いが起きたか。どうして、一度は不可能とされたのか。どう思う」
『それは……あー、なんだ? 歴史的考証に不足があったから、かね。たとえば、他所の地域からそういう技術が入ってくる余地があったのを見過ごしたとか』
「そうだな。その技術がどこで成立したのかわからない、それが問題なわけだ。どこで生まれ、どうやってそこに行き着いたか。その技術の行方を語るとき、ロストテクノロジーと呼ばれる考察がある」
『確か、現代には伝わっていない、失われた技術のことだったか』
「大きな文化的変革の中で消えたものもあれば、他の代替技術によって必要とされなくなったものもある。そういった技術から生みだされたものが、現代になってオーパーツ扱いされることがあるわけだ」
『なるほどな』
駅舎内の人の流れはしばらく止まっていた。帰りの電車の確認をする。次の電車の到着時刻は三分後になっていた。
「失われた技術ということはだ、かつてそれを持っていたものがいるわけだ。どうだ、ぴんとこないか? 俺は、あの男と似たような技術を持っている存在を、歴史的価値の高い、世界的に有名な説話で見たことがあるぞ」
慎也が電話の向こうで噴きだし、大笑いし始めた。ウケは悪く無かったようだ。思わず、博信もにやりと笑ってしまう。
「タイトルを教えてやる。神話というんだ。奴らの技術が、現代においてロストテクノロジーであることを、神に感謝しなくちゃならんな」
『まったくだ。神々の戦争に巻きこまれるなんてたまったもんじゃないぜ』
二人してひとしきり笑った後、博信は息をついた。
「あの男は、現状、俺達の思考の外側にいる存在だ。後にわかるかもしれんが、時間を経てもわからんかもしれん」
『木岐原時雨というオーパーツを、いま見定めることに意味はないってことか』
「俺はそう考える。少なくとも、性質すらろくに見極められんいまのところはな」
『オーケー。とち狂うのは後に回しておこうじゃねえか。とりあえずは目の前のことだな。ドリームキャプチャーの件は木岐原時雨の連絡待ちだが、昏睡事件の調査を煮詰めるのは、別途進めておく。とりあえず、明日か明後日の夜にはまた連絡する』
「ああ、わかった」
駅のホームへと向かっていると、ちょうど電車が入ってくるところだった。早足で階段をのぼる。
電車のブレーキ音が鳴り響くホームには、会社員や大学生と思しきグループが数えられる程度に並んでいる。
誰もいない乗車口から電車に乗り込むと、車内もやはりがらがらで、座席には余裕があった。さっと全体を見渡し、空いている席を見繕う。
そこで、ふいに既視感がまぎれこんだ。
どこかで見たような男が二人、向かいあわせの形になっている四人分の座席に座っている。しかし、どこで見た相手なのか思い出せない。
一人は通路側の肘掛けを使って頬杖をついていた。博信の姿に気づき驚いた様子だった。
「よう。いつだかの矢那慧の奴じゃないか」
飄々とした様子で手をあげてくる。博信はしばらく無言でそれを眺め、身構えながら男に近づいていった。
そのとき、それが数日前の下校時に絡んできた男の仲間だということに気づいた。
いまは私服を着ているが、確か日尾南の生徒だ。
「そこまで親しげにされる覚えはないが」
博信がつっけんどんに返すと、男は苦笑した。
「オレもそこまで親しげに挨拶した覚えはないな。ただ、知った顔に対する社交辞令ってやつだよ」
向かいに座っている男は、博信に殴り掛かってきた男だった。
博信の姿を一瞬見やり「ユウタ、お前なにやってんだよ」と舌打ちし、動き出した風景へと顔を向けた。
「遅くまで遊び回っているんだな。最近は物騒だ、出歩くときは気を付けたほうがいい」
超能力者の姿を思い浮かべながら、自分を戒めるつもりで忠告する。夜、不意な襲撃を超能力者から受けてしまったら、ただではすまないだろう。
「遊ぶ、ね。それだったら良かったんだが」
想定外の反応だった。ユウタと呼ばれた男は、その事情の深刻さをため息の小ささで表してみせた。
向かいに座っている男を気遣うような、か細いため息だった。
「……なにかあったのか? そういえば、もうひとり、つるんでいた男はどうした。友人じゃないのか」
「っるせえんだよ! てめェには関係ねえだろうが!」
外を見ていたはずの男が、いまにも泣き叫び出しそうな表情で食ってかかってきた。
その勢いに、思わず防御の手が出そうになる。あのとき会ったときとは違い、本物の迫力だった。
「かなり、込み入った話か。話してみろ。知恵ぐらいなら貸すぞ」
男が勢いよく立ちあがりかけたが、ユウタがそれを制した。
「カズアキ、少し大人しくしてろ」
「だけど、この野郎は!」
「なんだ。タクヤになにかしたか。たかだか、ちょっとひねりあげられただけだろうが」
「……それは」
「座れ。オレが話す」
「……」
カズアキと呼ばれた男は歯ぎしりしながらも、大人しく席に座り直した。
ユウタは博信と向き合い、ほうと長い息をつく。そこに疲労を感じとることができた。
「正直、オレもまいっててね。事態が事態なもんで。あんたの知恵がどういう類のものかはわからないが、その言葉に甘えさせてもらって、話をしてもいいか」
頷いて先を促すと、ユウタは礼を述べて話し出した。
「過程も大事なんだが、結論からいく。タクヤはいま、昏睡状態にある」
驚きのあまり、言葉をすぐに返せなかった。まさか『新緑の従者』に関わっていたのか。
「で、過程の話だ。少し前にちょっとした事件があってな。タクヤと、そこのカズアキ、それと女子が二人の四人で香里駅周辺にいたとき他校の生徒に絡まれたんだ」
「それでビルに連れていかれた、か。そして怪しげな活動かなにかに参加させられた」
今度はユウタが驚く番だった。聞き耳を立てていたのか、カズアキも勢いよく博信へ振り返った。
「知っていたのか。いや、まさかあんたも?」
「俺は訳あってその事件を調べていてな。多少は、事情に通じている。超能力の開発、そんな感じのことをさせられたんだろう」
ユウタは真剣な面持ちで頷いた。
「その通りだ。オレはその場にいなかったんだが、とにかく四人は連れられていって、その後も参加を強制させられるところだった」
「だった?」
「オレが止めた。ちょっとばかり探りを入れたら、かなり異常な宗教団体が関わっていることがわかったんでね」
「よく止められたな」
実際、そこで止められたのは彼らにとって運が良かったとしかいえない。
下手に深入りしていれば、あの超能力者か、木岐原か、どちらかに殺されていたはずだ。
「そこは、まあ上手くやった。ちょっとばかりとち狂った相手だったから、思ったより難儀したがね。そのときはそれで良かった。だが、三日前にタクヤが昏睡状態に陥った。病院で検査を受けているが、原因はいまのところわからない。わからないが……」
「十中八九、ビルでやらされたことだな」
「オレもそう考えていた。昏睡事件のことは噂程度には知っていたが、都市伝説か、そうでなければ集団ヒステリーの類だと思っていた。真偽を確かめる気もなかったからな。だがタクヤの例、そして他の状況も照らし合わせると、その可能性は高い」
通路を挟み、反対側の座席へと腰を降ろす。昏睡事件に関しては、さほど調査は進んでいない。
最初は木岐原とドリームキャプチャーを疑ったが、その後に『新緑の従者』が真犯人ではないか、という可能性が出てきた。
彼らが話す、タクヤという男に関してもやはり同様だったようだ。
やはり、すべては『新緑の従者』に繋がっているのだろうか。慎也が答えに行き着き、それで解決すればいいのだが。
考え込んでいると、カズアキが詰めよってきた。
「なあ、なにか知ってるのなら教えてくれ」
そこには先ほどのような剣幕はない。哀れみを誘う苦悩がそこに見てとれた。よほど、大事な友人なのだろう。
「ひとつ、聞きたいことがある」
博信が言うと、カズアキは真剣な様子で頷いた。
「昏睡したのは、そのタクヤという男だけか。他の女も、その場にいたんだろう」
「いや、してねえ。無事だ。タクヤだけだ」
「タクヤだけがやったこと、もしくはなにかこう本人の性質として特徴的なものがあったりはしないか。なにか、お前とタクヤに、客観的な違いはないか」
カズアキは考え込みだしたが、思い当たるものはないようで唸りながら首をひねっていた。
博信が返答を待っていると、ユウタが言った。
「オレもそこについては考えていた。どうしてアイツだけが、ってな。そのことで一つだけ、心当たりがある」
「なに。それはなんだ」
「あんたもよく知ってると思うぜ。いまのカズアキは持っていないが、タクヤがいまでも持っているもの。――『夢を現実にする腕輪』だ」
博信は自室の机に放りだしていた『夢を現実にする腕輪』こと、ドリームキャプチャーを手に取った。以前、カズアキ達に絡まれたときに取りあげたものだ。
電車で会った彼らの友人も、ドリームキャプチャーを腕に着けていた。
そして『新緑の従者』による超能力開発を受け、昏睡状態に陥った。だが、同時に超能力開発を受けたはずの男と他の女達には何の異変もなかった。
慎也が言っていたことを思い出す。昏睡状態に陥った人間は、全員ドリームキャプチャーを持っているという情報だ。
そもそも博信達はその情報をもとに、木岐原を調べようとしたのだ。
しかし、木岐原はドリームキャプチャーそのものが昏睡事件に関わることはない、と断言している。
木岐原が嘘をついている可能性は、当然ある。
だが、事実として、木岐原は博信や慎也を歯牙にもかけていない。
異常とも言えるほどの、根源的な存在に関わる力の差があることもその理由の一つかもしれないが、おそらくはもっと単純な話だ。
木岐原の目的において、博信達がしていることはなんら食い合うことではないのだ。木岐原の目的が昏睡事件を引き起こすことであれば、もっと早い段階で博信達を遠ざけるなり、秘匿するなりできたはずだ。
つまり、ドリームキャプチャーには、木岐原のそれとは別の意図が絡んでいるのではないだろうか。
しばらくドリームキャプチャーを手に持ち熟考した後、博信は携帯を手に取った。
『なにか、解決の糸口でも見つけたか』
まもなく、木岐原が余裕ぶった話し方で応答した。
「ドリームキャプチャーの件だ」
『なにが聞きたい。ルールに抵触しない範囲であれば、俺が知るまま、すべて正しく答えよう』
「お前が用意した数は、どれぐらいだ。時期はどれぐらいから配りはじめた」
『ふむ。これまでの合計で二百だ。四回にわけて五十ずつ用意した。希少価値を出すつもりはないが、あまり多すぎても面倒なのでね。時期は、九月の半ばからだ』
時期は合っているが、数が合わない。たしか慎也は六百ほど出回っていると言っていた。
「いまから画像を送る。単刀直入に聞きたい、これはお前が用意したものか?」
画像を添付して発信すると、木岐原は低く笑った。
『なるほど。上手くやるものだ』
「どうだ」
『違うな。俺が用意したものはすべてスカーレットで統一してある。深紅の、風景に溶け込みそうで溶け込めなさそうな、孤独な色合いが好きでね』
「お前の趣味など聞いていない」
『そうかね、なにかの役に立つ日が来るかもしれんぞ。――そうだな、それは明日持ってくるといい。君が犯人を見つける手掛かりになるだろう』
「なにかわかるのか」
『その腕輪から制作者をたどる程度なら、ルールには抵触せん。そこに行き着き、そこで博信が疑問を投げかけた。ならば、俺がやることは正否を判定するだけだ。それなら問題はない』
これを製造し、配った人間がわかるならば、そのまま昏睡事件の解決に繋がるはずだ。
「わかった。そうしよう。だが、それはいいとして、お前その持って回った言い方はどうにかならんのか」
『俺はそのまま正しく表現しているつもりなんだがね。まあ、これが回りくどく聞こえるというのであれば、君はいま直面している現実を正しく認識できているということだろう』
「正しく認識していれば、理解することが難しくなるのか」
『そうだ。学問にしてもそうだろう。表面だけをなぞるうちはわかったような気分になれる。だが、ある程度踏みいれると、理解が遠のく。いままで当たり前のように受け入れていたことが、複雑な定義や証明によって成り立っていることに気づくからな。四則演算をこなすだけなら幼児でもできる。だが、四則演算を理解するには相応の認識を必要とする』
「俺の頭では、まだ足りんということか」
自然、笑みがこぼれた。自虐ではなく、それはまぎれもない好奇心だった。
理解できなかったものを、いま理解しつつある。そう言われると、悪い気がしなかった。
木岐原が楽しげな調子で答えた。
『さあな、俺には判断がつかん。もしかすると、すでに答えを持っているにも関わらず、組み合わせ方を知らんだけかもしれん。あるいは、まだ新しい定義を必要とするのかもしれん。答えは過去にも未来にもない、ただお前が認識し、求める現実にこそある』
「そういうお前はどうなんだ。理解できているのか」
『ククッ、以前言っただろう。俺は昔から、誰よりも正しくこの現実を見ている。そうでなければ、ルール裁定者は務まらん。だが――そうだな、俺は審判ではあるが、同時にワイルドカードでもある。俺は、至って個人的な興味から、この現実を正しく表せる存在がもっと増えることを待っているんだ』
「……いきなり、なんだ」
『一先達として、健闘を祈る、そう言っておきたかっただけだ』
通話を終え、博信はドリームキャプチャーを机の上に戻した。
偽物のドリームキャプチャー。木岐原の意図を知り、さらに『新緑の従者』の動きをも踏まえたうえで作られたもの。
すぐに浮かんだのは、『新緑の従者』の誰かが木岐原をおびき出す為の罠として作りあげたものだということだ。
それならば、謎の昏睡についても簡単に説明がつく。超能力者を所有している『新緑の従者』なら、なんらかの手段を用いてそれを可能とするだろう。
しかし、結局なぜ昏睡を引き起こしたのかということがわからない。超能力の開発と昏睡がどう繋がるのだろうか。
木岐原の話とドリームキャプチャーの偽物の件を慎也に報告すると、すぐにメールで返事があった。
どうやら、慎也もドリームキャプチャーの制作者が木岐原とはべつにいる可能性を考えていたらしい。いまから精査をはじめると書かれてあった。
すでに日付は変わっている。眠気で閉じつつあった目を軽くほぐし、明日の学校の用意を始めた。




