二章(4):拒絶
無言で、歩き続けた。
もう、一階まで来ていた。
出口は、もうすぐだ。
気配。一人だった。
無言で、尚人を制した。
敵意はない。
だんだん、近づいてきている。
曲がり角。
もうすぐ、出くわす。
「!? 琴乃!?」
琴乃は一瞬立ち止まり、来た道を駆け出していく。
気づいた時には、駆け出していた。
尚人も、俺の後を駆けてくる。
「あの子が、輝はんの助けたい人か?」
「ああ、そうだ」
琴乃を追いかける。
だが、一向に追いつかない。
「罠や。例えあの子が輝はんの助けたい人でも、電磁波で操られとる。輝はんの知っとるその人やない。今はとにかく、逃げるんや」
「罠なのは、俺だってわかってる。それでも、俺は追いかける」
「なぜ?」
「助けると決めたからだ。この命に代えても、助ける」
「馬鹿や、輝はん」
「馬鹿でいい。これは、俺のためにするんじゃない。俺の、琴乃に対する想いのためにすることだ」
「そうか。そこまでの覚悟やったら、わいは止めへん。そやけど、このままついて行く事も出来へん。ここで、お別れやな」
「すまないな。色々、言ってくれたのに」
「なに、誰にでも、譲れんモンが必ずある。輝はんにとって、琴乃はんが、それなんやろ?」
「ありがとな。無事に、脱出してくれ」
「はは、輝はんに言われとうないわ。………ほな、な」
尚人が、反対方向に駆け出していく。
俺はただ、愚直に琴乃を追いかけ続けた。
琴乃が、部屋の一室に飛び込む。
迷わず、飛び込んだ。
銃撃。
飛びずさる。
部屋の中央に、琴乃と、あの刀野郎がいた。
それを守るように、銃を構えた大勢の警備員。
ざっと見ても、三十人はいる。
その銃口が、全て俺に向けられている。
やはり、罠だった。
それでも良かった。琴乃を、助けることが出来る。
刀野郎。手を振り上げる。
同時に、一斉射撃。
かわして、駆けた。
真中に飛び込めば、銃は使えない。同士討ちの危険があるからだ。
飛び込む。
左右の拳で、同時に、二人の警備員の鳩尾を打った。
わずかな隙に、脇へ拳。
引き手で受け止め、手首を掴んで、手の平を返す。骨の折れる感触がはっきりと手に残った。
跳び、わずかに間合いを取った。
何人いようが関係ない。
ただ戦って、琴乃を救い出す。
それだけだ。
向かってきた警備員を放り投げ、後続の警備員に投げた。
自分に向かってくる、全ての動きが読めた。それも、かなり遅い。
それをかわし、場合によっては、受け流しながら倒していく。
俺の反応速度を超える動きは無い。
それならば、全体の動きを予測して死角に入ればいい。
攻撃を受けない位置。そして、攻撃のしやすい位置。
立っている者は、十人になっていた。
生まれつき、喧嘩が得意なわけでは無かった。
いつからだろう。こんなにも、喧嘩が強くなったのは。
よく思い出せない。
思い出せなくても良かった。琴乃を守る力。それがある。
それだけで、いい。
気づくと、立っている警備員が三人になっていた。
一斉に、三人が飛び掛ってくる。
回し蹴り。一度に、三人が倒れた。
少し乱れた呼吸を整える。倒れたヤツの中で、再び立ち上がりそうなヤツはいない。
踏み出す。
「ふむ。思った以上に、やるようだな」
「安心しろ。俺は今、ひどくむかついてるんだ。すぐにお前も同じように、ボコボコにしてやるよ、刀野郎」
「私は、刀野郎などという陳腐な名前ではない。名は、呉、強護」
「オクレ狂だか何だか知らないが、俺は、お前の名前なんか、全く興味はない。琴乃を、返してもらうぜ」
「残念だな。君は、なかなかの腕だと見た。私とも、対等に渡り合える程の腕だと。だが、まだだ。君は私にあと一歩だけ、及ばない。すなわち、私には、絶対に勝てないと言うことだ」
「ふん、寝言は寝て言え。勝てるか勝てないかは、今すぐ証明してやるからよ」
「君の強さには、決定的に欠けているモノがある」
「一応、聞いてやるよ」
「信念、だ。自分がこうありたいと思う、信念。それが無い限り、何度戦おうと、君は私には勝てないだろう」
「ふん、笑わせるぜ。信念なら、ある。琴乃を助けたいっていう、信念がな」
「その根底にあるものは何だ? 同情か? 自己満足か?」
「何だと!? そんな安っぽい想いで、俺は琴乃を助けたいんじゃねえ!」
「ならば、何だ? 何がそこまで、君を突き動かす? この女性が君の妹だからか? それとも、君の好きな女性だからか?」
「ふざけんなっ! 琴乃は、俺のっ!」
言葉が続かない。
琴乃が俺にとって、どういう存在か。
今まで近くにい過ぎたせいで、考えなかった問。
妹。
家族。
俺を絶望から救ってくれた女の子。
守ってやりたい人。
そこまで考えて、ふと気づいた。
俺は、琴乃のことを、どう思ってるんだ?
琴乃は、好きだ。
ただ、それは家族へ想いなのか。
それとも、一人の女の子への想いなのか。
わからなかった。
「言えないようだな。そんなことで、私に勝てるかな?」
「うるせえ! そんな口、二度と利けないようにしてやる」
「兄さん、止めて!」
琴乃が、刀野郎を遮るように前に出てくる。
「兄さんは、何もわかってない!」
「琴乃。今、助けてやる」
「違う。違うの。そうじゃない。私は、望んでここにいるの」
「!? どういう、ことだ?」
「私、兄さんのことが、好きだった。家族って意味じゃなく、男の人として。でも、そういうのは駄目なんだって、そう思っちゃうのは駄目なんだって、ずっと我慢してた」
「こと、の?」
「でも、想う気持ちは抑えられなくて、だから兄さんに何度も聞いてみたりした」
「………」
そうだ。
今思い出すと、何度も、聞かれていた。
俺は無意識に、その質問を避けていた。
「でも、兄さんは私を妹としか、家族としか見てくれなくて……」
「違う、俺は……」
「苦しかった、悲しかった。何より、兄さんと一緒にいることが、ただ辛かった」
「琴乃……」
何も、言えなかった。
「でも、もういいの。電磁波が、私の悲しみを癒してくれる。電磁波さえあれば、兄さんなんていらない」
木刀が、琴乃の手に握られる。
「だから、死んで」
「!?」
すさまじい斬撃が来た。
かろうじて、それをかわす。
あの太刀筋。
普段の琴乃ではない。
武術など、何も知らないのだ。
電磁波。
その影響か。
追いかけていた間の走行速度も、尋常じゃなかった。
電磁波は、操るだけではなく、身体能力をも強化できるのか。
「っ!」
木刀が、頬を掠める。はっきりと、肉が切れたのがわかった。
木刀でも、有段者が使えば、下手な真剣より危険だ。
間合いを取った。頬の血を拭う。
戦いたくなかった。
相手は琴乃なのだ。戦えば、傷つけてしまうことになる。
琴乃を、見た。
「!!」
涙。
琴乃の頬を伝い、雫が、地面を濡らす。
なんで。
なんで、泣くんだ?
俺が、悪いのか?
俺が、琴乃の想いに、気づいてやれなかったから。
そうして、琴乃を、傷つけたから。
だから、泣くのか?
心が、押しつぶされた。
何も、考えられなくなる。
泣かせないと、決めた。
だから、琴乃を泣かせる全てのことから、琴乃を守ると、決めた。
泣かせるのか。
琴乃を守ると決めた、その俺が。
首に、斬撃が来た。動揺した分、反応が遅れた。
避けられない。
はっきりと、自分の体に、打撃音が響くのがわかった。
泣かせた。
俺が。
それだけを、考えていた。