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二章(1):追憶

 僕はまた、掃除をしていた。でも今度は、廊下の掃除じゃない。

 沼丘さんの研究室だった。

「奏君、しっかりと掃除してくれ。ああ、でもあまり、機械には触れないように」

「はい、わかりました」

 部屋には、お父さんと沼丘さんがいた。

 何となく、僕にこの部屋を掃除させる理由がわかった気がした。

 僕を眼の届く場所において、万が一でも逃げ出さないようにするためだろう。

 でも、余計な心配だと思う。

 僕にはここ以外、居場所なんて、無いのだから。

「先生。今、警察から連絡がありました。無事、四人を逮捕したとのことです。その内の三人はすでにここに護送され、地下の牢に入れてあります。残りの一人も、まもなく到着する予定です。逮捕の際、何人か犠牲者は出たようですが」

 阿武隈さんが、嬉しそうな顔を浮かべながら、部屋に入ってくる。

 難しい顔をして眉を寄せていたお父さんの顔が、少しだけ緩んだような気がした。

「多少の犠牲など構わん。捕らえたのなら、早速その少年達から血を採取しろ。そこから、見えてくるものもあるだろう」

「では、そのように致します」

「余計なこととは思いましたが、それはすでに、私がやっておきました」

「よくやった、阿武隈。私の指示がなくとも動けるとはな」

「伊達に、先生の秘書を長くやっているわけではありません。先生の考えを察して動く、それが秘書ですから」

「ふん、どこかの役立たずな科学者とは大違いだな」

「………(ゴキブリに噛まれて死ねっ!)では、その捕らえた少年達を、モニターに出します」

 沼丘さんが答え、リモコンを操作した。

 三つのディスプレイが、街の様子から、各自の牢の映像に切り替わる。

 気を失っている少年、見覚えがある。

 確か、名取輝という名前だった。

 動かない。死んではいないんだろうけど、心配になる。

 欠伸をして、横になっている少年。

 切れ長の眼が、賢そうな印象を与えている。さらに、人懐っこく明るい印象も抱かせた。

 歳は何歳ぐらいだろうか。

 他の二人よりも、幼い気がする。

 僕より、一つ上ぐらいか。

 監視カメラを凝視している少年。

 笑っている。自分が殺されるかもしれない状況なのに、笑っている。

 その笑みに秘められたものに、僕は言いようのない恐怖を感じて、画面から眼を背けた。

 あの視線を見たせいか、落ち着かない。パソコンを念入りに拭く。

 あれ?

 パソコンって、濡れた雑巾で拭いても良かったっけ?

 派手に、漏電の音が響く。

 少年達を映した三つのモニターに、砂嵐が巻き起こった。

 また、やっちゃったのかな。

「な、何をしたのですか!? 奏君!」

「す、すいませんっ!!」

「奏お坊っちゃん。また、ヘマをやったのですか?」

「役立たずが」

「どうやら、監視カメラのいくつかに不具合が生じたようですね」

「早く復旧させろ、沼丘。少年達に逃げられては、取り返しのつかないことになる」

「はい、直ちに」

 沼丘さんが、慌てて部屋を出て行った。修理のためだろう。

 でも、あのハイテクの固まりみたいな牢屋から出るなんて、まず無理な気がする。人間離れした能力を持ってるなら、別なんだろうけど。



 誰かを、待っていた。

 雨降りのバス停。髪から、雫は落ち続けている。

 それでも構わず、俺はただひたすら、誰かを待っていた。

 名も顔も知らない誰か。

 優しい声だけが、脳裏に響いていた。

(大丈夫。きっと君はまた、私に会うだろう)

 寒かった。

 長く雨に打たれたせいだ。手の感覚は、もう無くなっている。

 だが、そんなことより、ただ、寂しかった。

 いつまで、待てばいいのか。

 そもそも、会いに来てくれるのか。

 けど、俺には居場所なんて無い。

 だから、待つしかなかった。

「ねえ、こんなところで何してるの? 濡れちゃうよ?」

 首だけ、声の方に向ける。

 八歳ぐらいの、小さな女の子。

 俺と同じぐらいの年の。

 赤い傘をさして、にっこりと笑顔を浮かべている。側には、良く似たお母さんが、女の子と同じように微笑んでいた。

「……誰かを、待ってる」

「ふーん。誰かって、誰?」

「……わからない」

「わからないのに、待ってるの?」

「……うん」

「迷子なの?」

「……わからない」

 女の子は少し考える仕草をして、突然、笑顔になって跳び上がった。

「うーんと。あ! じゃあ、ことののお兄ちゃんになればいいんだよ! ことの、ずっとお兄ちゃんが欲しかったの!」

 琴乃のお母さんが苦笑する。

 俺はどう言葉を返したらいいのかわからず、嬉しそうに跳ね回っている琴乃を、ただ見ていることしか出来なかった。

「琴乃、無理言っちゃ駄目でしょ? 困ってるじゃないの」

「無理なんかじゃないもん! この子は、ことののお兄ちゃんになるんだもん!」

「でも、この子には待っている人がいるのよ。待っている人が、悲しむことになるんじゃないかしら?」

「うっ。じゃ、じゃあ、その人が来るまで! それならいいでしょ!」

「困ったわね、一度言い出すと聞かないんだから::。どうして、そんなにこの子をお兄ちゃんにしたいの?」

 琴乃は、答えに詰まったようだった。

 だが、やがて、何かから解き放たれたように声を上げた。

「だって、……悲しそうだったんだもん。悲しくて悲しくて、泣き出しそうだったんだもん! だから、ことのは、ことのはっ!」

 そう叫ぶと、琴乃は傘を放り出して泣き始めた。

「……ことの……だって、……悲しいもん。お兄ちゃんが、欲しかったんだもん…。……お兄ちゃんがいなくて、………寂しかったんだもん!」

 泣きじゃくる琴乃の頭を、琴乃のお母さんが優しく撫でる。

 少しして、琴乃が泣き止むと、琴乃のお母さんは、俺に問いかけた。

「ボク、お名前は?」

「……あきら」

「輝君、もし良かったら、あなたの待っている人が来ないのなら、琴乃のお兄さんになってくれないかしら?」

「え? でも、おれで、いいの?」

「ええ、この子がそう言っているんだもの」

 えへへ、と微笑みながら、琴乃は俺を見ていた。

「お願い、できるかな?」

「……うん、わかった」

「ありがとう」

「わぁい、やったー!」

 琴乃が跳び上がって、俺に抱きついてくる。

「これからよろしくね、お兄ちゃん!!」



 眼が、醒めた。

 夢。

 幼い頃の、初めて琴乃と会った時の、夢。

 あの頃から、琴乃は何も変わってないんだな。

 いや、今は感傷に浸っている場合じゃないか。

「で、ここは一体どこだ?」

 起き上がって、辺りを見回してみる。

 何だか、暗いな。

 気絶させられてどれくらい経ったかわからないが、どうやら、ここはどこかの建物の中らしい。

 体は、特に異常無し。

 まあ、ただ。

「『監獄』だな。どー見ても」

 目の前に立つ、何本もの鉄柱。

 その隙間は、人一人が通ることは出来ない。

「おーい、誰かいないのか?」

 檻の外から、試しに誰かを呼んでみる。

 ほら、よくいるだろ。

 牢屋には、看守とかがな。

「おーい、クソ野郎、ここから俺を出せー」

 廊下の虚空から、足音。

 制服を着た警備員のおっさんが。拳銃片手に駆けてくる。

「黙ってろ、クソガキ! 殺されたいのか!」

「仕事ご苦労さん、で、ここはどこだ?」

「こりゃどうも、ここは国立電子工学けんきゅ、って、何を言わせる!」

「勝手にしゃべったのはあんただろうが。ま、いいさ。とりあえず、ここから早く、俺を出せ」

「ふん、馬鹿が。誰が、そんなことをするか。それに、この牢はカードキー、暗証番号、指紋、網膜の全てが一致しなければ開かない上、全室ダイヤモンド粒子を表面にコーティングした特別仕様の金属で作られた脱獄不可能な特別仕様全開の完全無敵絶対領域なのだ!!」

 文字にすると、やたら読みにくい文章だな、

 特に、最後の方なんか、眼が痛くなるくらいだ。

 ま、そこは置いとくとしても、金のかけ方を思いきり間違ってるぞ、日本政府。

「仕方無いな。なら、自力で出てやるよ」

 特別製何とかの(あんな長いの覚えられるか)牢の格子を、両の手で一本ずつ握り、力を込める。

「ぐ、おおおっ」

「ハハ、無駄だ。一人で、しかもお前のようなガキが、何とか出来るような代物じゃない。やるだけ、無駄だ」

「まあ、そう言わず、外野は大人しく見てな。ふんっ、はああああ!」

 両腕に、さらに力を込めた。金属の歪む音と共に、少しずつ鉄格子がくの字に曲がっていく。

「な、何ぃぃぃぃぃっ!!」

「うおおおおおおおおっ!!」

 何かのへし折れる音が響く。

 後には、人一人が通るのに十分な隙間が広がっていた。

「ば、化け物ぉっ!? ふぐあっ!!」

 警備員が、膝から崩れ落ちる。

 ま、殴ったのは俺だが。

「起きてると何かと面倒だからな。しばらく寝ててくれ」

 さて、と。

 まずは、琴乃がどこにいるか調べないとな。

 俺を捕らえた連中が何をしたいのかはわからないが、とにかくあの刀野郎は許さん。琴乃を傷つけるヤツは皆、敵だ。

 暗闇の中を、歩き出す。

 それにしても、ここはどこだ?

 ああ、さっき警備員がうっかり言ってたな。

 覚えてないが。

 確か、こ、壊した電子レンジ研究所?

 ……ありえないな、マニアックすぎる。

 何とか思い出そうと記憶を巡らせてみる。

 と、その時だった。

「その名はスーパーデラックス! ニトロ君二五八号!! 三、二、一、いったれーー!!」

「な、何だっ!? って、うおっっ!?」

 派手な爆発音と共に、側面の牢の鉄格子が派手に吹っ飛ぶ。

 俺は、大破して飛んできた鉄格子を、身をひねりながら避けた。

 ていうか、ニトロって。

 普通に死ぬトコだったぞ。この建物全部、灰にする気か。

「げほげほ。あちゃー、わいとしたことが、少しやりすぎたみたいやな。ま、構へん構へん、あない窮屈なトコから出られたわけやしな」

 粉塵の舞う中、人影と共に、男の声が聞こえてきた。

「誰だ、お前は!? ていうか、お前かー!! テロ一歩手前の爆弾野郎は!!」

 晴れた粉塵の中から、男が姿を現した。

 細目で、明るそうな印象の顔。笑顔を浮かべている。顔や感じから判断すると、年は、俺と同じぐらいか。

「初対面で、いきなり失礼や人やな。名前が聞きたいんなら、まずそっちから名乗るべきやろ?」

む。

 爆弾関西弁風なヤツに、正論を説かれるとは思わなかったぞ。

「俺は、名取輝だ。ほら、これでいいだろ?」

 爆弾関西弁風味はポケットから何かを取り出し、作業している。

 無視か。

 ていうか、無視か。

「ふむふむ、名取輝……。十年前、孤児でいたところを名取沙紀によって保護され、養子となり名取家で暮らす。家族構成は父親、母親、妹の四人家族」

「……お前、何やってるんだ?」

「見たらわかるやろ。ネットで、あんさんの身元情報、落としとんのや」

「……その、やたらちっこいのは?」

「パソコンや、あんさん、眼、悪いんか?」

「いや。なあ、最近のパソコンって、携帯の半分ぐらいのサイズのヤツもあったりするのか?」

「いや、無いと思うで。コレはわいの自作の特別製や、どや、欲しいやろ? ま、あげへんけどな。あんさんが、どーしてもって言うんなら::」

「おい、俺の身元情報だが、そんなに詳しくわかるものなのか?」

「……わい、今、軽く、無視られた」

「で、どうなんだ?」

「どんな人間のことでも、簡単に調べられるで。住民票にさえ載っとらん危ない人間でもな。ただ、この検索サイトは内閣府関係者でしかアクセス出来へんサイトや。わいは、特別やけどな」

「そうか。で、お前の名前は何だ?」

「何で特別かて、突っ込まんのかいっ!? ……ま、ええわ。わいは陣野尚人、多分、あんさんと同じ人間や」

 同じ?

 誓って俺は爆弾魔じゃないし、関西弁も話さないんだがな。

「同じ、人間?」

「そうや。わいの推測やと、多分、いやほぼ百パーセント、あんさんとわいは同じ理由で捕まり、ここに連れてこられたはずや」

「同じ、理由? ……ますます、よくわからないな」

「あんさんとわい、まだ二十歳になっていない人間同士が、こうして普通に会話してるんは普通なんか?」

「!? 青少年管理法か!?」

「正解や。どういうわけか、わいらはその青少年管理法のシステムの影響の外におるらしい。そんで、政府は、そんなわいらを危険分子として捕まえて、ここに連れてきたってわけや」

「システムの外………?」

「これを見てみ」

 尚人に差し出されたパソコンのディスプレイを見る。

 二本の高層ビルと、その間に立つ、ひときわ大きな一本のビル。

 そのビルの頂上には、テレビ塔を思わせるような巨大なアンテナがあった。

「ここは?」

「国立電子工学研究所。わいらは、ちょうどこの建物の地下におるんや」

「で、その小悪魔電子レンジ事故研究所って何なんだ?」

「………あかん。ツッコんだら、負けや」

 その時点で、半分ツッコんでる気がするんだが。

「政府の公式情報によると、この、国立電子工学研究所っちゅートコは、何でも、電子が人間に与える影響について研究しているトコらしいで」

「ふむふむ……」

「それと今回の、子供達を統制する、青少年管理法。この二つを結び付けとるものは……」

「ずばり、電子レンジだなっ!!」

「ちゃうわいっっ!! ええか、それは『電磁波』や」

「電磁波?」

「電磁波っちゅうのは、平たく言うと、テレビ局なんかから出とる、電波の強力版や」

「へえ」

「輝はん。あんさん、あんま興味ないやろ?」

 やば、バレた。

「い、いや、そんなことはないぞ?」

「ふう。電波は、素早く遠くに電子を飛ばす。それの強力版言うんやから、どれだけすごいかは、間単に想像はつくやろ?」

「まあな。でも、電磁波なんて見えないもの、そうそう、どこにでもあるようなもんじゃないだろ?」

「そこや。電磁波は見えへん。そやけど、どこにでもあるんや。いっちばん身近なトコで言うたら、携帯でさえ、その電磁波を出しとる。そして、電磁波は、一定量以上で、体や脳に害を及ぼすこともあるんや」

「つまりは、その電磁波を使って、子供が言うことを聞くように操っているってわけか」

「ま、簡単に言うと、そうやな。どういう電磁波がどういう風に子供に影響を与えているかは、わいもよくわからへん。ただ、これはわいの推測やけど、おそらく頂上にあるアンテナから、電磁波が日本中に向かって照射されとるはずや。ここのシステムを落とすか、あのアンテナを破壊することが出来れば、操られとる子供達を救うことが出来るはずや」

「本当か!?」

「まずは落ち着かんかい、輝はん。わいはこんなけったいな法がまかり通った世界なんて、真っ平御免や。どや? わいらでこの世界、変えてみようや?」

 救える、琴乃を。

「ああ、やってやる。俺にも、救いたいヤツがいるからな」

「はは、奇遇やな。わいも、どうしようも無い馬鹿を一人、救わんといかんのや」

「それで、なんで俺達は、その電磁波とやらの影響を受けてないんだ?」

「それは今、調べ中や。ずいぶん手こずってる難題やけどな。ま、歩きながらでも調べられるさかい、まずは、ここを出よか。出口は、このまま真っ直ぐ行ったトコや」

「便利だな」

「何や?」

「……いや」

 俺も今度、琴乃にパソコン教えてもらおう。

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