終章:それから
世界は、変わった。
いや、単に、元に戻っただけかもしれない。
電磁波は消え、子供達に、生き生きとした表情が戻った。
その反面、少年犯罪もまた、起こり始めている。
何が正しくて、何が間違っているのか。
その問いに、はっきりとした答えは出ていない。
俺達はただ、あの時必死に、正しいと思えることをしただけだ。
ニュースでは、研究所の被害の様子と、内閣総理大臣である鬼村の失踪が大々的に取り上げられ、世間を賑わせた。
当然、渦中の俺達五人の名前も挙げられ、何らかの処罰があるだろうと思っていたが、なぜか報道では、どこかのテロ組織の手によるものであると結論付けられた。犯人の特定は、今も出来ないままでいる。
おかしかった。
かなり、目撃者がいたはずだ。気絶させた警備員にも、顔は覚えられている。
あの後、一度だけ、尚人から連絡があった。
電磁波の件に関して、父親と協力して情報操作を行ったから、心配はいらないという話だった。
裏の方から、何らかの圧力をかけたのだろう。
司が、一枚絡んでいるような気配もあった。
俺には、それ以上のことはわからない。
そして、俺はと言うと。
歩いていた。
高校の、帰り道。
「にーさんっ♪ って、きゃあ!?」
不意に、琴乃が後ろから腕に抱きつこうとする。それを、腕を上げて、避けた。琴乃がつまずきながら、見事に俺を追い越していった。
「むー、何で避けるのっ!?」
琴乃が振り返り、非難したような眼を向ける。
「人が見てる」
俺たちは今、下校中だった。往来に、人が多い。学生だけではなく、普通の人もいる。
「良いじゃない、別に。私達、恋人同士なんだし」
まあ、確かにそうだ。
だが、少し前まで兄妹だった俺としては、ものすごく、恥ずかしい。
「せめて、人のいないところでしてくれ」
「嫌」
即答された。
「私達、恋人同士なんだよ? しかも、体をゆるしあむゅむ::」
「っ!? こらっ!?」
琴乃の口を塞ぐ。なんか今、すごいことを言いそうだったからだ。
「むーっ! むーっ!」
何か叫んでいる。今、手を離したら、とんでもないことを叫びそうだ。少し、このままの方が良いかもしれない。
「ひどいよ、兄さん……」
しばらくして、琴乃が大人しくなった後、解放した。
「いや、まあ、すまん」
とりあえず、さっきのことには触れないようにした。また何か、とんでもないことを言いそうな気がしたからだ。
「兄さんは、私と腕、組みたくないの?」
上目で、琴乃がそんなことを聞いてくる。
「う……」
じっと、無言で見つめられる。
「……はあ、わかったよ。ほら」
琴乃の前に、腕を差し出した。
「え? やったあ♪」
琴乃の顔が、すぐ笑顔になる。飛びつくように、腕を絡ませてきた。
周囲にいた人が、そんな俺達を見て、少し笑った。
この恥かしさに早く慣れよう、と思った。
あの後、琴乃の両親に、俺達が付き合っていることを、話した。
やはり、話すべきだった。一緒に、暮らしているのだ。琴乃は、家族であり、両親にとっては、娘なのだ。
結論から先に言えば、両親は、俺達の仲を認めてくれた。
両親の前で琴乃と付き合っていると打ち明けた時、父さんは苦りきった顔をしていたが、母さんは笑って祝ってくれた。
色々、琴乃から聞いて知っていたらしい。
それで、渋い顔をしていた父さんを説得してくれた。
二人の仲を認めないなら離婚する、とまで言ったそうだ。
父さんに、すごく申し訳ない気持ちになった。そんな俺を、母さんは気にしないで、と言ってくれた。
そんなこんなで、俺と琴乃は晴れて親公認の恋人となり、今に至っている。
まあ、なんだか最近、前にも増して、琴乃が俺にひっついてくる頻度が、増えている気がするわけだが。
まあそれも、嬉しく感じていたりもする。
「……さん! 兄さんっ!」
「ん、ああ。何だ、琴乃?」
いかんいかん。
考えていて、思考がどこかに飛んでいたようだ。
「だから、いつ結婚しようかっていう話だよ」
「ぶっ!!」
「きゃあ」
全速力で、吹いた。
な、何か、色々出そうだったぞ、今。
「い、いきなり何を言ってるんだ、お前は?」
「え? でも、いずれ、そうなるよね? ……それとも、兄さんは、私と結婚、したくないの?」
琴乃が悲しそうな顔をする。
う。
ずるいぞ。
そんな顔されたら、違うと言えないじゃないか。
「あ、……俺は」
「……うん」
悲しんだ顔で、琴乃がこちらを見ている。
「俺は、お前と」
「……うん」
泣きそうな顔をされる。
「結婚、したい……」
「ほんとっ!?」
一瞬で、琴乃が笑顔になる。眼は潤んで、目元に少し涙が見えた。
「ああ」
ほっとした。琴乃の泣き顔には、つくづく弱いな、と再確認する。
「やった! それでね、兄さん……」
「うん?」
「子供は、何人欲しい?」
「ぶっ!!」
この慌ただしい日々は、これからも続いていくだろう。
俺は、この日常に、幸せを感じていた。
ちらと、通路を見た。人影は見えない。
「前方、クリアや。行くで、親父」
煙草を吹かしていた親父が、煙草を踏み消す。
「わしに指図するな。注意は、怠るなよ?」
「言われんでも、わかっとるわ」
とある国の、軍事施設。
今回は、この施設の軍事機密を探ることが任務だった。
あの後、わいは親父と組み、裏の情報屋として活動していた。
親父ほどでは無いにしろ、今では、そこそこ名の知れた情報屋になっている。
「……夢幻蜂、か」
聖はんのくれた、名。
それを、そのまま使うことにしたのだ。
その名を聞くたびに、聖はんを思い出せるように。
「ほら、行くぞ、尚人。ボーっとするな」
「してへんわ。今、行くトコや」
吸っていた煙草を、投げ捨てた。
親父の背中を見ながら、薄暗い通路を、駆け出していった。
僕はあの後、少年犯罪を撲滅させるための組織を立ち上げた。
玄蔵さんにその方面の人脈があるらしく、すぐに組織は立ち上がり、活動を始めた。
「会長、この書類はどういたしますか?」
「ええと、そうだね。後で、僕が処理しておくよ」
「了解しました。では、失礼します」
一番びっくりしたのは、僕がその組織のトップになってしまったことだ。
玄蔵さんにやれ、と言われた。
言い始めたのは僕だったから、責任もあると思ったし、やらなければならない、とも思った。
「えっと、この件は……」
実際やってみると、確かに大変だったが、何とかなるものだった。
僕についてくれた人も、優秀な人達ばかりだったし、僕を支えてくれた。
まだ不安はあるものの、組織のつながりとか、人とのつながりとかが感じられて、充実した日々を送らせてもらっている。
ドアが、ノックされる。
「会長、よろしいですか?」
「はい、大丈夫ですよ。何でしょう?」
ドアを開けて、女の人が入ってきた。
一応、僕の専属の秘書で、三上静香という人だ。
「今日は、午後から、御車で外出の用事がございます」
「どこへ?」
「はい。郊外の、教会でございます」
「ああ……」
もう、そんなに経ったのか。
あれから、一年。
「車を、呼んで下さい」
「もう、ご用意してあります」
「そうでしたか。では、行きましょうか」
「はい」
外に出て、車に乗り込む。
僕が常用している車で、やたらに大きく、長い。
もっと小さいのでいい、と言うと、三上さんに怒られた。
会長はまず外見から、ですよ。
そうかもしれないな、とも思う。
車が、ゆっくりと動きだした。
街の景色が、どんどん後ろに流れていく。
「もう、一年なんですね……」
車から見える景色が、灰色から緑へと色を変えていく。
それを見ながら、僕は小さく呟いていた。
教会。
ステンドグラス。
祈りの場の中央。
周りに、子供達がいた。
ハーモニカを、吹いていた。
これを吹くと、子供達は静かになるのだ。
皆、穏やかな顔を浮かべて、聞いてくれている。
一曲、吹き終わった。
「これで、今日は終わりです」
「えーっ!」
子供達が残念そうな声を上げる。さっきから、すでに十数曲は吹いていた。
「クス。後は、巧が、ピアノを弾いてくれますよ」
「えーっ!」
非難の声が起こる。
非難されるほど、巧のピアノは下手ではない。子供達に聞かせられるぐらいには、上手いだろう。
「巧兄のピアノなんかより、司兄のハーモニカの方がいいっ!」
「こ、こらっ。院長と呼びなさいと、何度も言っているのに……。すみません、院長」
慌てて、シスターが止めに入る。
「クス。いえ、良いのですよ」
少し笑って、子供達に語りかける。
「私はこれから、友達と会わなければいけません。その間だけ、巧のピアノを聞いていてもらえますか? 用事が済んだら、またハーモニカを聞かせてあげますよ」
「はーい……」
仕方なさそうにしながら、子供達が巧の方へと集まっていく。
巧に、眼で合図をした。巧は、任せてくれという表情で、頷き返す。
子供達を後にして、孤児院を出た。
墓地の中を、歩いていく。
空を、見上げた。
晴れた空だ。あの朝も、こんな感じの空だった。
二つの墓の前に、立った。
母の墓と、聖君の墓。夕凪さんも、聖君と共に眠っている。
十字を切り、祈った。
「お前が、死者に祈るとはな。ちょっと、意外なモノを見たぜ」
振り返る。
輝君。笑って、立っていた。
「久しぶりだな」
「ええ。背が、伸びましたか?」
「ああ。まあ少しぐらいは、伸びた」
「そうでしたか」
「聖みたいに、突然背後に立ってやったんだが、驚かなかったな」
「音が、聞こえていましたから」
「ふ、相変わらずか」
「ええ。貴方も」
「今日だったか? 実は少し、自信が無くてな」
「どうしてです?」
「あの数日間は、夢だったんじゃないかって、ふと思う時がある。お前は?」
「まあ、そうですね。そう思う時も、あります。ですが、聖君の墓の前で祈っていると、何だか、聖君の音が聞こえてくるようで、忘れられないのですよ」
「そんなもんか」
「はい」
輝君が、聖君の墓の前で祈る。
祈り終わると、次は母の墓の前で、祈った。どこかで摘んできたのだろう。懐から、花を二輪取り出し、二つの墓に供えた。
「他のヤツは、まだ来てないみたいだな」
「クス。ええ。ですが、すぐに来ますよ」
遠くから、プロペラの音が聞こえる。
軍用ヘリ。
強風を伴いながら、こちらに接近してくる。輝君が呆然とした表情で、ヘリを見上げている。
「?」
ヘリが、真上を旋回する。
ヘリの扉が開き、ロープが一筋、垂らされてきた。
人影。ヘリから飛び出し、ロープを伝い、地面に着地する。
「来たで」
尚人君。
手の拳銃をベルトから抜き、クルクルと回して、またベルトに戻した。口には、煙草がくわえられている。
「ずいぶんと、派手な登場でしたね」
「遅れそうやったからな。知り合いに頼みこんで、出してもらったんや」
そう言って、眩しい笑顔を見せる。
「輝はんと、司はん……。奏はんは、まだ来てないんやな」
「これが、聖の墓だそうだ。せっかくだから、祈っていけよ」
「あ、……そうやな」
聖君の墓の前で、輝君と同じように祈る。ふと、隣の墓の文字を見て、母の墓の前でも、もう一度、祈っていた。
尚人君が祈り終わるのとほぼ同時に、凄まじい勢いで、黒車が、教会に突っ込んでくる。一瞬、建物にぶつかるかと思ったが、華麗なドリフトで見事に駐車場に収まった。
「う、うう……。遅れるといっても、アレは無いです、三上さん::」
「時は金なり、ですよ? 会長」
黒塗りの巨車から、背広姿の男女が出てくる。女の方は、花を携えていた。
「あれは……」
「あ、皆さん!!」
気づいた奏君が、駆け寄ってくる。
「もう、お集まりでしたか。すみません、道が渋滞していたもので、急いでこちらに向かったのですが、少々、遅れてしまいました」
「いえ、大丈夫ですよ。皆、今集まったところですから」
「そうでしたか。こちらが、聖さんのお墓ですね?」
「はい。祈っていってくれると、聖君も喜ぶでしょう」
「はい。わかりました」
奏君は十字を切り、祈った。
祈っている間、誰も言葉を発しようとはしなかった。傍に立っていた女性が、持っていた花を奏君に渡す。奏君は受け取り、墓の前に供えた。
「その横にある墓は、豊倉真里菜という女性の墓です。遺伝子的に見れば、私達の母、ということになりますが」
「そうですか。では、こちらの方にも、お祈りさせて頂きます」
奏君が、じっと祈っていた。
その傍らに、女性が立っていた。大人びた感じの女性だ。スーツ姿が、よく似合っていた。
奏君が、ゆっくりと眼を開く。祈りは、終わったようだ。
こちらに向き直り、一度、お辞儀をした。
「改めて。お久しぶりです、皆さん」
「何か、ずいぶん変わったな、お前。背広なんて着てるせいかもしれないが」
「はい。今は、少年犯罪を撲滅する組織の、会長をやっています」
「!? マジかよ!?」
「はい。ええと……」
奏君は、懐から名刺を取り出し、私達に渡した。
「!? どうやら、ほんとのようやな……」
「そちらの女性は?」
「はい、僕の秘書をしてもらっている、三上静香さんという方です。とても、有能な方なんですよ」
「会長。それは、言い過ぎです」
「すみません、言い過ぎましたか?」
「私のコトは、良いのです。お話を、お続け下さい」
「はい、ええと……。あ、あの、皆さんはこの一年の間、何をなさっていたんですか? 少し、気になってしまっていて」
「私は、見ての通り、孤児院の院長をやっています」
「おいおい、それだけじゃないだろ?」
「おや、何のことか、わかりませんが?」
「わいにはわかるで? 何たって裏の情報屋、夢幻蜂なんやからな」
「クス。その名前は、よく聞きますね」
「あ、僕も、そのお名前は、聞いたことがあります」
三上さんが、咳払いをする。どうやら、あまり言ってはいけないことを言ってしまったらしい。
「司はん。また、便利屋、始めたやろ。名前は、銀音奏者、やったか。人を助けるような依頼しか、受けないようやけどな」
そう言って、悪戯っぽく尚人君が笑った。輝君も、笑いを噛み殺している表情だった。
「まあ、孤児院の運営資金は十分溜まっていますし、人を殺す理由も、無くなってしまいましたからね」
白状した。
隠していても、尚人君なら、すぐに調べてしまうだろう。いや、もう調べ上げているのかもしれない。
「尚人は、情報屋だったか?」
輝君が話題を変える。
「そや。親父と組んで、色々と暴れとる。毎日が、プチ世界旅行みたいなもんや」
「どこにでも、行くのですか?」
「ああ、そや。秘密のあるところ、いつもそこに、わいはおるで」
煙草をくわえたまま、尚人君が二カッと笑う。
「今度、何か依頼するかもしれません。その時は、お願いします」
「お。知り合いの奏はんなら、特別安くしとくわ」
「後で、連絡先を私に教えて下さいませんか?」
三上さんが、尚人君に言う。できた秘書のようだ。
「輝君は、妹さんとラブラブ、というわけですか」
「ぶっ!! てかお前、断定すんな断定」
「クス。違うのですか?」
「そこに、イチャイチャも付け加えろ」
「……バカップルやな」
「……ええ、多分。いえ、限りなく確実に、バカップルだと思います」
尚人君と奏君が、私達のやり取りを聞きながら、何かひそひそと話していた。
「まあ、順調なのは結構として、輝君は学校にでも行っているのですか?」
「高校は、無事に卒業した。今は、道場を開いてる」
ひそひそ話していた尚人君が、輝君に向き直る。話しながらも、聞いていたようだ。
奏君は置いてけぼりをくらったように、わからないという表情をしている。三上さんが傍で耳打ちをし、頷いていた。
「ふむ、なるほど。輝はんの自慢の技で、お金を稼ごうってわけやな」
「まあ、そんなところだ」
そこで、会話が途切れる。
風が一度、大きく吹いた。
輝君が、聖君の墓を見ながら、呟いた。
「もう、あれから、一年も経ったんだな」
「ええ、早いものです」
「色々、変わったんやな」
「聖さんだけは、変わっていないのかもしれません」
「クス。そうかも、しれませんね」
また、風が、大きく吹いた。
風に吹かれて、着ていたコートが、風に舞った。
音。
風の音が、聞こえてくる。
吹き抜ける、風の音。
(……我は、遠くから、いつもお前達を、見守っているぞ)
「「「「!?」」」」
驚く。
今、吹き抜ける風の中に、聖君の声が聞こえたような気がしたのだ。
皆を、見た。
私と同じように、驚いている。
「……聞こえた、か?」
「……ええ、聞こえました」
「……聖はん、やったな」
「……はい。お元気そうな、お声でした」
「は、はははは。いつも見守っている、か」
「ストーカーかっちゅー話や」
「クス。多分、背後から見守っているのでしょうね」
「ふふふ、間違いありませんね」
風がまた、吹いた。墓に供えられた花が、少し、揺れた。
流れゆく雲を見つめながら、いつまでも、風の吹く音に、耳を傾けていた。
~Fin~




