六章(3):決着
わからない。
何が正しいのか、わからない。
僕が何をしたいのか、わからない。
お父さんのために、役に立つこと。
お父さんの命令を、遂行すること。
自分の居場所を、守ること。
したかったはずだ。
だが、今はもう、したいとは、思わなくなってしまっている。
孤独だったのだ。
僕はずっと、孤独だった。
お父さんがいても、孤独だったのだ。
それがはっきりと、わかった。
わかるというより、感じていたのだ。
ずっと、孤独だと感じていた。
ただ、僕はそれから、眼を背けていただけなんだ。
聖さんが、言った。
虚しいのか、と。
輝さんが、言った。
居場所なら、俺達が作ってやる、と。
嬉しかった。
気にかけられている、とも思った。
敵なのに。
ただの、敵に過ぎない、僕なのに。
手を、取りたかった。
その手を、僕は拒んだ。
拒んで、しまった。
はは。
結局、間に合わなかったのだ。
皆、お父さんに殺されてしまうだろう。
傍にいるだけで、圧倒するほどの、力。
勝てるわけがない。
僕に、救いの手を差しのべてくれた人は、皆、死ぬのだ。
もう、手遅れなのだ。
僕には、何も出来ない。
お父さんを止めることも、一緒に戦うことも。
僕はやっぱり、何も出来ないのだ。
何も出来ない、駄目なヤツなのだ。
ETとして力を得たところで、何も変わりはしない。
何も、変わりはしないのだ。
僕はやっぱり、駄目なヤツのままだ。
駄目な、ヤツだ。
「……お前は、駄目なヤツではないぞ、虚無星」
「!!」
声。背後。
振り向く。
「……聖、さん?」
聖さんが、立っていた。血まみれで、夕凪さんを抱きかかえている。
「僕は、駄目なヤツです。結局、ETも止められず、お父さんを止めたいと思っているのに、止めようともしない。駄目な、ヤツなんです」
言いながら、何かが頬を伝っていた。
涙。
止まらない、
なぜ、涙が出てくるんだろう。
僕は、悲しくなんて、無いのに。
「お前は、泣いている。お前の心が、泣いているからだ」
「っ……、うあああああああっ!!」
声を上げて、泣いた。こんなに叫びながら泣いたのは、初めてかもしれない。聖さんが、優しく背中を擦ってくれた。
「っ……、僕はっ! 僕はっ!」
「何も、言うな。泣けるだけ、泣け。今のお前の心には、涙が必要なのだ」
「う、あああああっ!!」
泣いた。聖さんがいるのも気にせず、ただ、泣いた。泣いている間、ずっと僕の背中には、聖さんの手があった。
温かい。
そうか、これが。
これが、温かさなのか。
しばらく、泣いた。こみ上げてくる温かさの中で、泣いた。
ひとしきり泣くと、聖さんが言った。
「泣きたかったのだ、お前は。お前は、自分を駄目なヤツだと言っていた。だが、お前の心は、そう言ってはいなかった」
「見えたの、ですか……?」
聖さんの眼を見た。銀の、瞳。壮絶さの中に、優しさが見えた。
「……ああ。お前の心が、見えた。お前の心は、自分は駄目ではないと、必死に叫んでいたぞ」
涙はもう、出てこなかった。温かさが、全身を包んでいる。
「……まだ、間に合う。心を、解き放て。お前の、本当の、心をな」
どうしたら、いいのか。
僕は、どう、したいのか。
決めた。
決めて、いた。
涙を、拭った。
「行きます。お父さんを、止めに」
聖さんが、頷く。
「ならば、我の力で、送ってやろう。鬼村と、三人のETの、真中にな」
「はい。お願いします」
「……行け。五人目の、ETよ」
司さんの手から、光が迸る。
白い世界が、僕の視界を、埋め尽くした。
「くそっ!」
全身に、汗。かなり、疲労していた。
絶え間なく、攻撃が来る。防戦一方だった。相手は、無限に再生できる。
「おいっ! もう、手は無いのか!?」
脇の尚人に話しかける。新しいホルスターを装填していた。弾は、そろそろ無くなるはずだ。
「そう言われても、今の戦力じゃ無理や! 聖はんがくれば、多少状況も変わるんやけど……」
「全く、何をしているのでしょうね、聖君は」
司は、ハーモニカを奏でている。調律で、俺達の疲労を軽減している。それでも、限界はあった。
触手。肩を、掠めた。尚人に撃ち落される。そろそろ、マズイ。動きが鈍くなってきている。このままいけば、間違いなく、倒される。
「「クク、消耗してきたようだな、ET共。これで、終わりだっ!!」」
「!?」
無数の、触手。
全方位。
避けきれない。
「「ククク、死ねぇぇぇぇぇ!!」」
瞬間、カッと、空中に光が灯った。
触手の動きが、止まる。
「!!」
「「な、何だ? この光はっ!?」」
閃光。
眩しい。
眼を、閉じた。
光が、弱まる。
眼を、開けた。
「止めてください。お父さん」
光の中。
奏が立っていた。全身が、淡く光っている。
「「ククク、奏か。お前まで、私を、裏切るのか」」
「違います。僕は、お父さんを、止めに来ました。お父さんは、間違っているから」
「「偉そうな口を……。良いだろう、お前も、こいつらと一緒に、殺してやる!!」」
さっきと同じ攻撃。触手。全方位だ。
避けられない。
「逃げろっ、奏!!」
奏に動じた様子は無い。
奏の手の中に、光が生まれた。
「うああああっ!!」
閃光。俺達を包み込む。
光に、触手全てが、飲み込まれていく。
「!?」
光。収まっていく。
光の中。奏。
銀の眼が、光を照り返している。
「「ば、馬鹿なっ!? な、何だ、この力は!?」」
「奏」
呼びかける。奏が、笑顔で振り向いた。
「助かった。ありがとな」
一度、驚いた顔をして、奏がまた笑う。
迷いの消えた、笑みだった。
「いえ。温かい言葉を、かけて頂きました。むしろ、助けていただいたのは、僕の方です」
「完全に、覚醒したんだな」
「はい、そうみたいです。いつの間にか、そうなってました」
「奏」
「はい?」
「暖かい、光だな」
「……はいっ!」
嬉しそうに、奏が笑う。
「「馬鹿なっ! 馬鹿な馬鹿な馬鹿なっ!! 認めんっ! 認めんぞっ、私は!!」」
また、無数の触手が生まれる。三百六十度。
奏の手の中に、光が生まれる。光は一瞬で膨れ上がり、俺達を包み込んだ。
「「くっ!!」」
また触手が光に包まれ、消えていく。
「い、いけるでっ!」
呆然としていた尚人が、我に返ったように声を上げる。
司は、無言で薄い笑いを浮かべていた。
「何がだ?」
「奏はんの力や。あの力があれば、鬼村を再生させること無く、消滅させられるんや!」
「クス、可能でしょうね。問題は、奏さんがそれをするかどうか、ですが」
「そうだな。奏は、ただ、鬼村を止めたいだけなんだよな?」
傍で静かに聞いていた奏が、少し迷うような顔をする。少し考えて、奏が口を開いた。
「確かに、僕は、お父さんを止めたい。でも、それが出来ないのなら、せめて僕の手で、お父さんを倒したいです」
眼に、迷いは無かった。
「しかしそれは、父を殺すということになりますよ?」
司が、表情も変えずに言う。
奏の眼に、揺らぎは見えなかった。
「わかっています。育ててくれたお父さんを殺すということも、わかります。でも、しなければならない。世界は、救われなくてはならない」
「なるほど。それが、貴方の出した、答え、というわけですか。良いでしょう。私も、お付き合いしますよ」
司が、薄く笑った。
司が、奏の腕を持つ。自分も参加することで、父親を殺してしまう奏の心の負担を、軽くしようとしているのだろう。
「司はんばっかに、ええ格好させられへんな。わいにも、一枚噛ませてや?」
尚人が悪戯っぽく笑って、奏の腕を握る。
「奏」
呼びかけた。
「はい?」
「お前は、一人じゃない。俺達が、支えてやる」
「……ありがとうございます」
奏の腕を取る。
その手の中に、光が生まれた。
「全開で、行きます。お父さんは、巨大です。一度で消滅させるには、かなりの力が必要になります。力を使っている際、僕は、力の反動に耐えられないかも知れません。サポート、お願いします」
「ああ、わかった」
「まあ、そう力まず。落ち着いていきまひょか」
「クス。私達が、ちゃんと支えていますよ」
「はい。では、………うあああああっ!!」
手の中の光が、膨れ上がる。
急に、体に圧力がかかってきた。これが、力の反動なのだろう。奏の腕を、支える。離せば、力が暴走しかねない。
膨れ上がった光を、奏は懸命に抑えようとしていた。
抑えを解けば、暴発してしまうのだろう。
まだ、鬼村を一瞬で消すほどの大きさにはなっていないのかもしれない。それは、奏にしか、わからなかった。
「「ククク。貴様ら、隙だらけだぞっ!!」」
「!!」
触手。
しまった。
今、触手に対応すれば、奏の力がどうなるかわからない。今でも、ギリギリで抑えているのだ。
まだ、鬼村を消せるほどの力は、溜まっていない。
触手。奏。
「「何っ!?」」
それが突然、消えた。
「……待たせた」
奏と触手の間。
夕凪を抱いた聖が、立っていた。
片手を、触手に触れている。拳が握られ、触手が潰された。
「遅えんだよ、聖」
「全く、冷や冷やさせる人です」
「軽く、寿命一年ほど縮まってしもたわ」
「聖さん!? 来てくれたんですか!?」
銀の瞳。壮絶な顔が、少しだけ笑った。
「……ああ。運命に、ケリをつけに来た」
聖が、奏の腕を取った。
心なしか、体にかかっていた圧力が、和らいだような気がする。
「いけ、烈輝星。時を、定めろ」
「はいっ! はあああっ!!」
光。
奏の手の中で、更に輝きを増す。
暖かい。暖かさが、どんどん増していく。
「すみません、お父さん。僕は、僕の居場所を見つけてしまいました。とても、暖かな場所です。僕は、そこでもう一度、生きてみようと思います。今まで育てて頂いて、ありがとうございました」
瞬間。
光が、手の中で膨らんだ。
「「ば、馬鹿なっ! 私の夢は、こんな所では終わらない! 終われないのだっ!! こんなっ! こんなっ! グ、グアアアアアアアアアアーーー!!」」
叫び。一面の光の中、鬼村の叫びが聞こえた。
光が、晴れた。
鬼村の姿は、どこにもない。
「倒した、のか……?」
「鬼村の音は聞こえません。どうやら、倒したようですね」
「はは、やったんやな……」
その場に、崩れ落ちそうになる。そうなりかけた足を、なんとか踏ん張った。
奏を、見た。体の発光は消えている。消えた鬼村の場所を見ながら、静かに、泣いていた。
声をかけずに、聖の方を見る。
立っていた聖が、夕凪を抱えたまま、片膝をつく。
「どうした、聖?」
顔を見た。他の三人も、駆け寄ってくる。
「!? お前っ!?」
土気色の、顔。
とても、生の色とは思えない。
「気にするな、神風」
「気にするなって言っても、お前、ほんとに具合悪そうだぞ? もしかして、どこか手負ってるんじゃないのか?」
聖の全身を見る。
法衣は全身、血で赤く染まっていた。夕凪の血も混じっているのだろう。夕凪が死んでいるのは、気配で、すぐにわかってしまった。
「見せてみろ」
聖を床に仰向けにして、法衣を脱がせた。
「っ!? これは……!?」
「かなり深い、ですね……・」
腹の巻かれた晒しに、血が滲んでいる。晒しが血を吸いすぎて、血が流れ出していた。
「早く、治療せなあかん! 奏はん、医務室とか知らんか!?」
「た、確か、すぐ下の階にあったはずです! 急いで、運びましょう!」
二人が、聖を運ぼうとする。
聖は、手でそれを制した。
「……必要無い。見えるのだ。我の死んでいく様が、な」
一瞬、しんとした。
何を言われているか、わからなかった。その意味に気づいた尚人が、慌てて口を開いた。
「そないなこと、言うもんやない! 簡単に、あきらめんなやっ!」
尚人の眼から、涙が溢れている。
一筋、頬を伝い、聖の頬にかかった。
「……我はすでに、十分、生きた。亡き友との約束も、果たせた。だから、もう良いのだ、夢幻蜂」
司が、傷を見ながら、言った。
「クス。勝手過ぎますよ、貴方は。勝手に目の前に現れて、さんざん心を揺らしていったかと思えば、今また、勝手に逝こうとしている」
「……我は元々、勝手なのだ、銀音奏者。勝手すぎる杉原から、創られたのだからな」
そう言って、聖はちょっとだけ笑う。
司が、唇を噛み締め俯いた。
「お前の冗談、全然面白くねえよ。それに、何が神風だ。また勝手に変な名前つけやがって。勝手すぎるぞ、……馬鹿野郎」
「……ふ、神風。……妹を、大事にな」
くそ。
何で、聖が死ななきゃいけないんだ。
俺で、良かった。
俺で、良かったんだ。
何で、聖なんだ。
「……巡り会わせ、だ。それに、我は、お前達の行く末を見ることが出来た。もう、思い残すことはない」
「聖、さん」
奏が聖の顔を見つめながら、言う。
「ありがとう、ございました。聖さんのおかげで、僕は、人の温かさを知ることができました。感謝しても、し足りないくらいです」
「……烈輝星。お前はその温かさを、伝えていけ。これ以上、世に悲しみを増やさぬようにな」
奏が、何度も、頷く。瞳には、すでに涙があった。
「……皆に、言っておく。我の死を、悲しむな。これは、旅立ちなのだ。すでに旅立ってしまった、夕凪に出会う旅。その旅路の、始まりなのだからな」
「聖……」
聖の眼が、一点を見つめている。
何かを、見ているのだろう。
「……見えるぞ。……お前達の、未来が、見える。……輝かしい、未来がな」
聖の瞳が、ゆっくりと閉じられていく。
「……お前達と出会えて、……良かった」
聖の気配が、消えた。
残ったのは、聖の体だけ。
「……逝った、みたいだな」
「……ええ。音はもう、聞こえません」
「……逝ってしもたんやな。もう少し、話したかった」
「……僕もです。少ししか、言葉を交わせませんでした」
沈黙が、場を支配する。
笑った。
突然、笑い出した。
無理やり、口の端を、吊り上げた。
「止めようぜ。聖は、悲しむなって言ったんだ。こうして、辛気くさい顔してると、また背後から、ぬうっと出てきそうだ」
「『お前は悲しんでいる』ですか。クス、敵いませんね」
司も笑う。
頬が引きつっているのは、気のせいだろう。
「そやな。わいらがここで立ち止まってても、しゃあないもんな」
尚人が、聖の体を担ぎ上げる。重いのか、なかなか持ち上がらない。俺が代わりに、担ぎ上げた。
奏が、呆然とした顔で立っていた。
夕凪を抱き上げて、奏に突き出す。
「ほら。夕凪はお前が運べ。俺は、聖一人で手一杯だからな」
「は、はいっ!」
奏が駆け寄り、俺から夕凪を受け取る。
どこかで、雀の鳴き声がした。
夜が、明けようとしていた。
空が、白んできている。
「陽が、出ようとしていますね」
司の視線の先。
白円が、ビルの地平から、顔を出そうとしている。
「……少し、眩しすぎるな」
「……ええ、本当に」
朝日が、四つの影を、地面に映している。
しばらく無言のまま、昇りゆく朝日だけを、見ていた。




