六章(2):変貌
橙色の空が、ビルの谷間から、うっすら見えた。
風が、強かった。
八十階の高さだ。吹き込む風は、地上のそれではない。
輝はんのジャケットがはためく。司はんの黒のコートも、風の中で、無造作に揺れていた。
ぼんやりと明けていく空の下、男が佇んでいた。
背広を着た、男。背を向けている。
目の前のアンテナを見ているのだろう。巨大なアンテナだ。テレビ局のそれより、大きいかもしれない。
背広の男が、こちらを向く。
壮絶な、顔だった。
聖はん以上に、壮絶な顔だ。
眼に、強い意志の光があった。
「……来たか、ET共」
立ち止まる。一定の距離をおいて、向き合った。
「貴方が、鬼村外道、ですか」
「そうだ。この国の総理。そして、電磁波を計画した者の代表だ」
「あんたの身勝手な計画のせいで、多くの子供が、酷い目に遭った」
輝はんが、怒鳴るような口調で言った。
「私は、間違ったつもりは無い。私の計画によって、少年犯罪は、無くなったはずだ」
「確かに、そやな。そやけど、その代償として、子供達の自由は、無くなったんやで?」
「仕方の無いことだ。今の子供達には、分別が無い。分別がつくまでは、大人が管理しなくてはならないのだ」
「その傲慢な想いが、間違ってるって、言ってるんだっ!」
輝はんが飛び出そうとする。司はんが、さりげなくそれを止めた。
「二十歳となり、大人になれば、電磁波からは解放される。だから、問題は無いと?」
「そうだ。二十歳になれば、一応の分別もつく」
「だとしても、やはり、傲慢ですね」
「どう思われようが、関係ない。私の信念において、為していることだ」
「何を、考えてるんや?」
「クク、何を、だ?」
鬼村の顔が、笑いに歪む。
気圧されそうなのをこらえながら、言葉を続けていく。
「電磁波の放射は止めた。後は、あんさんの後ろにあるアンテナを破壊するだけや。子供も操れへん。味方もおらへん。こんな状況で戦っても、あんさんに、勝てる見込みは無いんとちゃうか?」
「ククク。果たして、そうかな?」
そう言うと、鬼村は背広の袖を捲くり、右腕を晒した。
晒した右手に、いくつもの注射痕があった。
「やはり、ET因子を宿しましたか……。今、貴方から聞こえる音は、もはや人間のそれではない」
「私は、この力で、この世界の支配者となる。ET因子と電磁波を使い、全世界を統べる。そして、幾たびかの戦いの末に、争いの無い、平和な世界を、この手で作り上げるのだ!!」
輝君が、腰の刀を抜く。
司はんも、懐からハーモニカを取り出した。
「させねえよ。この世界は、お前のモンじゃねえ。俺達が、世界を、救う!」
「クス。まあ、救うだけではなく、いっそのこと変えてしまいましょうかね。もっとも、殺伐とした世界に、ではありませんが」
わいも、ベルトの二挺の拳銃を、抜いた。
「そやな。皆が笑い合えるような、世界にな!!」
「ククク、ハハハハハ!! 止められるものならば、止めてみせろ!! ETとして覚醒した、この私を!!」
鬼村が、夜を切り裂いていくかのような、叫びをあげた。
鬼村の体が、膨らんでいく。スーツがちぎれ、肉体が露出した。
肌色ではない。透けている。半透明な肉体が、どんどん膨れ上がっていく。
急激な、膨張。巨大なアンテナすら、飲み込んでしまうほどの大きさに膨れ上がった。
「「「!?」」」
その、半透明なスライム状の肉体の真ん中。
顔が、ついていた。
鬼村の顔。
笑顔に、歪んでいる。
眼が、銀色に輝いていた。
「化け物、だな……」
「クス。あまり、美しくありませんね」
「わいも、同感や」
巨大な体から、触手のような手が何本が生えて、揺れていた。
その手が突然、わいらに襲いかかる。
「……ふん。こんなものっ!!」
近くに来た手が、突然、斬り落とされた。
見ると、目に見えない速さで、輝はんが刀を遣っていた。
すぐに、触手が全て、斬り落とされる。
「どうだっ!」
「クク、無駄だ」
鬼村の体。
そこからまた、触手が伸びている。
「!?」
「……どうやら、再生能力があるようですね。いくら斬ったところで、再び生えてくるのでしょう」
また、触手が襲ってくる。
輝はんが全て斬り落とした。だが、駄目だ。
相手は、無限に再生出来る。それが出来る以上、輝はんの体力が、いずれ尽きる。
音が、鳴った。
司はん。ハーモニカを奏でる。銀色の目が、鬼村の眼を見据えていた。
調律。
だが、鬼村に変化はない。触手は、わいらに向かってくる。
「!?」
「ククク、無駄だと言っているだろう。私は、お前達三人分のET因子を取り込んだのだ。その私に、調律など、効かんな」
「調律も、駄目、か」
触手が、増えていた。
数十本、こちらに向かってくる。
「ちっ!」
輝はんが、目まぐるしく刀を遣っていた。それでも、数が多すぎる。二本、斬り落とせず、輝はんを襲う。
撃った。
触手。打ち抜く。
二本の触手は、意思を失ったように、地面に落ちた。
「悪ぃな、尚人。これで、二度目だ」
「はは。気にせんでええって」
そやけど……。
「このままだと、いずれこちらが疲弊し、負けますね」
司はんが薄く笑いながら、わいを見た。
こんな中でも、冷静でいられる。その冷静さが、ありがたかった。
「策が、一つあるで。今、思いついたんやけど::」
「伺いましょう。このままでは、輝君の体力が持ちません」
「俺は、まだまだいけるぜ」
輝はんが汗の浮いた顔で、振り返りながら笑った。
その顔を見て、司はんが、また薄く笑った。
「それで、策とは?」
「ああ。見たところ、鬼村は無敵や。かなりの再生能力を持っとるし、司はんの調律も効かへん」
「クス。弱点は無い、というわけですか」
「いや、一個だけある。おそらくやけど。鬼村の体で、一箇所だけ、他とは違うトコがあるんや」
司はんが、鬼村を見る。
薄く、笑った。わかったようだ。
「顔、ですか」
「当たりや。どんな細胞にも、核が存在する。その核に損傷を与えれば、どんな生物でも、無事ではいられへん」
「クス。鬼村の顔の部分が、鬼村にとっては、人間で言うところの心臓、というわけですか」
「そうや。推測やけど、そこを潰せれば、鬼村を倒せる」
「なるほど、悪くない策です。やってみる価値は、あるかもしれません」
「切り込み役は、輝はんに任せたいんやけど」
「それが良いでしょう。私達三人の中では、一番機動力がある。それに、あの刀なら、何でも斬れますしね」
触手と格闘していた輝はんが、顔を向ける。
「ん? 俺が、アイツの顔を斬るのか?」
「そうや。頼めるか?」
「ふん、やってやるよ。琴乃を苦しめたヤツだ。顔ぐらい、斬ってやろうと思っていた」
「ならば、私が調律で援護しましょう。今の輝君と私の調律なら、あの顔を斬るのは、さほど難しいことではないでしょう」
「ああ。遮るもの全部、斬ってやるぜ」
「その間の司はんの守りは、わいに任せてや。必ず、守りきるで」
「よし。なら、やるか」
にっこり笑って、輝はんの姿が消える。司はんが、調律を始めた。
風。
一陣の風が、突き抜けていく。触れるもの全部、斬り落とされているようだ。
触手。向かってきた。途中で、輝はんが斬り落としているため、数は少ない。十数本というところか。
両手で、銃を構えた。
連射。次々と、触手が地面に落ちていく。十数本全てを、撃ち落した。
鬼村の顔。
驚いた表情を浮かべている。風が、迫る。避ける暇も無く、風が鬼村の顔を二つに切り裂き、突き抜けていった。
「グ、グアアアアアッ!!」
鬼村が、人外の叫びをあげる。
気づくと、輝はんが隣に立っていた。
「決まったな」
「クス。そうですね」
「手こずらせてくれるで、ホンマ」
鬼村の顔。
二つに、斬れている。
「「………ククク、フハハハハハハ!!」」
「「「!?」」」
顔。斬れて二つになった、顔。
半分の顔から、もう半分が、ゆっくりと再生されている。
「二つに、なりやがった……!?」
「「フハハハハハ、私は、無敵なのだ!! 貴様らのように、半端な存在ではない!! 絶対なる、存在なのだっ!!」」
笑い声が、重なって聞こえた。
体も、二つに分かれ、顔は元通りになっている。
絶望的な気分になった。
最後の策が、外れてしまったのだ。
「ち、駄目やったか……」
「くそ。もう一度、斬ってくる」
「無駄ですよ。斬れば、また再生して、分裂するでしょう。鬼村の再生能力が、私達が考えていたより、はるかに高かった。もしくは、弱点など、初めから存在しなかった。そういうことです」
「くっ……」
無数の触手が、迫ってくる。
今にも逃げ出しそうな足に力を入れながら、わいは、それを迎え撃った。




