六章(1):漆黒
ノイズが、消えた。
「クス。どうやら、うまくいったようですね」
尚人君が、電磁波を止めたのだろう。今は、周囲全ての音が、はっきりと聞こえてくる。
「……おや?」
屋上からのノイズは、消えた。代わりに、屋上から、何か別の音が聞こえてくる。
「……何やら、不穏な音、ですね」
気になる音。人間の音だ。だが、どこかに違和感もある。
「行って、みますか」
階段を上っていく。上の階に、同じように階段を上っていく輝君の姿が見えた。
「よう、司。無事だったみたいだな」
気配で気づいたらしい。足を止めて、待っていた。
「ま、お前があんなトコでくたばるとは、思って無かったけどな」
「クス。妹さんは、置いてきたのですか?」
輝君が驚き、顔を背けた。顔が、一瞬で赤く染まった。
「ま、まあな」
深く突っ込まないほうがいいだろう。これ以上やると、暴れ出しそうな音だ。
「そうですか。それで、輝君は、何故ここに?」
まだ少し赤い顔をしながら、輝君が言う。
「屋上に、妙な気配を感じてな。気になって、来てみたんだ」
「そうでしたか。私も、屋上から気になる音が聞こえましてね。来てみたのですよ。ところで、聖君を見かけませんでしたか?」
「俺と別れた後は、見てないな。気配も、感じられない。というか、アイツの気配は、読めないんだが。音も、聞こえないのか?」
「私も、聖君の音だけは、なかなか聞こえません。何故か、聞こえづらい」
間違いなく、近くにはいる。だが、ノイズが消えた今でも、居場所を特定するほどに、聞き取ることは出来ない。
「まあ、そのうち現れるでしょう。いなくなったというわけでもありませんし」
「そうだな。上に尚人がいる。アイツなら、聖の居場所もわかるかもな」
「ええ。行ってみましょう」
尚人君の音は、屋上付近から、聞こえてくる。おそらく、八十階。ただ、そこで留まっている。それが、少し気にかかった。
階段を、上っていく。時々、倒れた子供の姿が見えた。音は聞こえているから、死んではいない。電磁波の影響が切れて、一時的に気絶しているだけだろう。
「完全に、覚醒したのですね」
隣の輝君に話しかける。
「ああ」
「真っ直ぐでうるさい音が、更にうるさくなりました」
「誉めてんのか、それ?」
「ええ。これ以上無いくらいに、ね」
「お前の場合、誉めてんのか皮肉ってんのか、いまいちよくわからんな」
「皮肉です」
「やっぱりかっ!?」
そんな風に話しながら、八十階へと着く。妙な音は、さっきより大きくなっている。
「ふう、厄介だぜ」
「クス。そのようですね」
所々の壁が、何かにえぐられたようになっていた。戦闘の音も、はっきりと聞こえてくる。
「奏、だな」
「尚人君もいるようです。戦闘中のようですね」
ふと、駆ける足音が近づいてくる。
左。尚人君が駆けてくる。
こちらには、まだ気づいていない。手には、二挺の拳銃が握られていた。
その先、少し気弱そうな顔をした少年。奏という少年だったか。手には闇。
それが、尚人君に向かって勢いよく放たれる。
尚人君。闇に向かって、何十発も撃つ。銃弾は、闇の中に吸い込まれ、消えた。効果は、全く無いようだった。
闇が体に当たる直前、右にかわして黒球を避けた。避けたところの地面が、闇に飲み込まれていく。
「!? 輝はんと司はん!?」
こちらに気づいたようだ。切迫した表情を向ける。
尚人君が、物陰に走りこむ。
輝君と私も、それに続いた。奏君からは、ちょうど死角の位置になる。
「急がんと、大変なことになる! 鬼村は、普通の人間を、ETにしようとしとる。わいらから取った、血を使ってな!」
輝君が驚く。それを横目で見ながら、言う。
「なるほど。屋上から聞こえた異質な音は、それでしたか。人間のようで、人間では無い。まだ、完全にETになりきれていないのでしょう」
尚人君が、指を噛みながら、言う。
「マズイで。さっきから、わいはここで、奏はんに足止めさせられとるんや。何で、今更、時間稼ぎするのかと思っとったが、やっぱりもう、鬼村はET化に成功したんやな。そんで、完全にETとなるまでの時間を、わいらをここで止めることで、稼ごうとしてるんやろな」
「クス。間違いないでしょう。人外の音は、さっきよりも大きくなっています」
「お、おい。普通の人間のET化って、マジかよ!?」
「マジもマジ、大マジや。しかも、わいら三人から取った三人分の血や。それを使えば、とんでもない能力が発現する可能性もある」
「うわ……。電磁波を止めて、終わったんじゃないのか……」
「怖いのですか?」
そう言うと、輝君が、不敵な笑みを浮かべた。何か、楽しんでいるような笑みにも見える。
「怖い? この俺がか? 冗談言うな。琴乃を攫ったヤツだ。ギタギタにしてやろうと思ってた。俺は、先に行くぜ」
そう言うと、輝君は腰の刀を抜いて、飛び出していった。
「あ、輝はん!? まだ、奏はんがいるんやで!?」
「クス、大丈夫ですよ。今の、輝君なら」
「いくら、完全に覚醒した言うても、奏はんの能力に、勝てるんやろか?」
尚人君は、まだ不安そうな顔をしている。ずっとやりあっていたのだ。無理も無い。
二つの音が、近づいていく。
駆けた。
屋上への階段。見えた。
正面。男が、立っていた。
立ち止まる。
「止まってください。残念ですが、ここは通せません」
奏。手には、闇。
黒球の射程の範囲内。だが、気にしなかった。
「どうしても、か?」
奏を、睨む。奏も、睨み返してくる。
良い表情だな。
「どうしても、です」
「父親の、命令か?」
「いえ。僕は、僕自身の意思で、ここにいるのです。お父さんの、ために」
手の中の闇が、大きくなっている。上半身ぐらいは、一瞬で消し飛ばせそうだ。
「お前の父親は、間違っている。お前も、それはわかっているはずだ」
「良いんです。例え、お父さんが間違っているとしても、僕は、僕自身の居場所を、守らなくてはならない。あなた方と、同じように」
「父親の隣だけが、お前の居場所じゃないだろ? お前は、居場所を作ることを、恐れているだけだ。俺も、そうだった」
「あなたが?」
「そうだ。俺は、孤児として捨てられて、心が冷たくなっていた。誰も俺のことなど、助けてはくれない。誰も俺のことなど、気づいてはくれない。俺の居場所など、どこにも無い。そう、諦めかけていたんだ」
「……そうですか」
「それを、一人の女の子が、琴乃が、俺に、居場所を与えてくれた。家族という、温かい居場所をな」
「僕には、お父さんしか、いない」
「居場所なら、俺達が作ってやるよ」
「!? あなた方が?」
「そうだ。だから、一人で悲しむな」
「僕は……」
闇が、また大きくなった。
「僕は、一人なんかじゃない!!」
闇。放たれる。
凄まじい速さで、こちらに向かってくる。
構えた。
斬魔刀。
想いを、込めた。
「はああっ!!」
黒球を縦一閃、両断した。
俺の両側の地面が、闇に飲み込まれていく。
残った地面の上に、立っていた。
「!? そ、そんな……。僕の、力が……」
「今のお前じゃ、俺は消せない。お前の想いは、俺の想いを、消せない」
「くっ……」
歩き出す。
奏。うなだれている。殺気はもう、感じられない。
横を、通り抜けた。
尚人と司も、後に続いていく。
「行かせてもらう。お前の父親が何を考えているかは知らないが、俺達は、それを止めに行かなくちゃならない。止めたかったら、来い。いつでも、相手になってやる」
奏を背にして、歩き出す。
追ってくる様子は無い。
ゆっくりと、屋上への階段を、上っていった。
夜が、明けようとしている。
何度、この空を見ただろうか。
三人で、こうしてよく、明け頃の空を眺めたものだ。
玄蔵と、杉原。
もうその二人も、隣にはいない。
どこで、こうなってしまったのだろうか。
かつて、道を同じくしていた、友。
家族を、少年犯罪で、失っていた。
その点で、三人は確かに、つながっていたのだ。
「ククク、皮肉なものだな」
杉原は死に、玄蔵は裏切った。
もう、私しかいない。
野望とは、こんなものだろうか。
形を持つにつれ、一人になっていく。
寂しさは、無かった。ただ、心の中に、乾いた風が吹き抜けているだけだ。
鼓動が一度、跳ねた。
さっきから、ひどく胸がざわついている。心地良かった。娘を失ってから、ざわつくことすら、無かったのだ。
「優奈、そこから、お父さんが見えるかい?」
娘に、呼びかけた。
「お父さんは、世界を変える。もう、優奈が死んでしまうような世界には、させないからね」
返事は、無い。風の声が、聞こえるだけだ。
「見ていておくれ、優奈」
もう一度だけ、呼びかけた。
声は、風の中に、消えていった。




