五章(5):原子蜂
制御室。
眼の前の大きなモニターが、何かを映し出していた。
おそらく、この建物全ての地図だろう。
モニターの下のパネルで、操作するタイプのようだ。この手の機材は、前に何度か操作したことがある。
「どれどれ。では、やりまひょか。ま、その前に」
近くの機材に、銃口を向けた。
「いつまで隠れとるつもりや、親父?」
機材の裏から、煙草を吹かした親父が出てくる。この部屋に入った時から、ずっと気づいていた。
銃を向けられても、親父の表情は変わらない。
「止めろ、尚人。派手に撃ち合うと、この部屋の設備が壊れるぞ。壊れればどうなるか、わしにも読めん」
「なるほどな。わいが入ってきて誰かおったら、わいはためらわず、そいつを撃ったかもしれへん。流れ弾が万一機材に当たれば、操作不能になる。せやから、あんたは隠れておったんやな」
親父は、一度煙草を大きく吸って、吐き出す。
「ふ、正解だ。だから、銃は下げろ」
「……ふん」
銃を下げる。まだ、戦う気は無いらしい。
「来たのだな」
煙を吐きながら、親父が言った。
「当たり前や」
わいも、煙草を取り出し、火をつけた。
「帰れ、と言っただろう。お前を、殺すとも」
親父が、挑むような眼で、わいを見た。
「はいそうですかって、引き下がれるかい」
煙が、一つの方向に流れていく。換気扇がついているのだろう。
「で、どうするんや? ここじゃ、ドンパチ出来へんやないか?」
親父が吸いかけの煙草を床に捨てて、踏み消す。また、新しい煙草に火をつけた。一度吸って、親父が言った。
「一度だけなら、いいだろう。早撃ちで、決めるか」
どこかに行くか、みたいな風に、親父は言った。敵同士なのを、つかの間、忘れかけそうだった。
「そやな」
別に、異論は無い。親父と、訓練しているようだ。今では、遠い昔のようにも思える。
「背中合わせから、十歩。数えながら、歩く。十歩歩いたら、撃つ」
「その説明、前も聞いたわ」
「一応だ」
銃を、腰に挿しなおした。多分、勝負は、一瞬でつく。
部屋の真ん中。背中合わせになって、立った。十歩ぐらいのスペースはありそうだ。
「始めるぞ」
「ああ。いつでもええで」
どちらともなく、踏み出す。
「一」
実弾は、入れていない。
プラスチック弾。殺すことに意味は無い、と思ったからだ。
親父の銃には多分、実弾が入っている。
「二」
思い返せば、親父とまともに会話したことなど、無かったような気がする。パソコンと銃のことぐらいしか、話した記憶が無い。
「三」
それでも、わいはいつも、親父を意識していた。
超えなければいけない、存在。それが、親父だった。
だから、わいはこれまで、必死にその後姿を追ってきた。
「四」
勝てるかどうか、わからなかった。
確かに、腕は上がったが、親父より上になったとは、思えなかった。
現実に、本気でやって、一度負けている。
「五」
勝てるから、戦うのではない。
勝ちたいから、戦うのだ。
親父の思想。
わいの思想。
どちらが正しいか示すために、戦うのだ。
そう、思い直した。
「六」
息子を、少年犯罪で失った親父。その悲しみから、わいを引き取り、育てた。
代わりか、という思いはある。
少し、憤りの思いもある。
だが、親父の悲しみを思いやれば、それも仕方の無いことかもしれない、と思えた。
わいが同じ立場なら、そうしたかもしれない。
「七」
尊敬の気持ちがあった。
親父の経歴を調べていく中で、その思いは、強くなっていた。
「八」
だからこそ、止めなくてはいけない。
尊敬しているからこそ、止めなくてはならないのだ。
「九」
たいして、緊張はしていなかった。なぜか、しなかった。
親父と訓練しているのと、同じだと思えた。
「十!」
振り向く。
銃。振り向きざまに、抜く。
撃った。親父も、撃った。
親父の額が、揺れた。煙草が、床に落ちた。
親父が銃を構えたまま、倒れた。
「!?」
撃たれなかった。確かに、銃の撃った音は、聞こえたのだ。しかし、撃たれていない。
体を、調べた。傷一つ、ついていない。
親父の銃を、調べた。
ホルスター。
中身は、空だった。
「……アホが」
多分、まともに撃たれていたら、負けていた。
わいを、勝たせた。
「そんなん全然、嬉しくないわ」
また、負けた。
勝ったのに、負けた。
苛立った。
茶番や。
こんな茶番、わいは認めへん。
苛立ちながらも、自分が少し安心していることに、気づいた。
「結局、わいはアンタの作った舞台の上で、踊ってただけなんやな」
まだ親父には、勝てそうにもない。
それだけは、はっきりと感じられた。
「とりあえず、今は、これをどうにかせんとな」
制御システムに触れる。
高速で、パネルをタッチしていく。
これは。
「何つーシステムや……」
かなり、複雑で練りこまれたシステムだった。親父が作ったシステムなのだ。操作して、電磁波を解除するには、かなりの手間がかかる。
それも、一日二日で、どうにか出来るようなものではない。
おそらく、半年から、一年。
それぐらいで無ければ、このシステムの制御は不可能だ。
目の前が、真っ暗になりそうだった。
下手にいじれば、電磁波がとんでもない影響を及ぼす。今は、子供達の統制だけだが、やり方次第では、電磁波の及ぼす範囲、その全ての人間を、どのようにでも操れてしまうのだ。
「……ははは。あかん、手が震えてきたわ」
手が、止まった。動かない。今の自分の手に、数多くの命があるのだ。しかも、短時間で攻略出来るようなシステムでは無い。
「……わいには、無理や」
あきらめよう。三人には悪いが、まだ手は残されている。屋上の巨大なアンテナ。
それを、壊せばいい。
部屋を、出ようとした。
「投げ出すのか?」
「!?」
振り返った。手で額を押さえた親父が、起き上がっている。
俯いて、唇を噛んだ。
「無理や。このシステムは、ちょっとやそっといじっただけで制御できるシステムや無い。わいでは、無理や」
「当たり前だ。私と杉原が、生涯をかけて作ったシステムだ。簡単に制御されて、たまるか」
「だから、無理や言うてるんや」
「いつもの威勢のいいお前は、どこに行った?」
顔を背けた。
「虚勢や、あんなもん」
「虚勢でもいいから、やってみろ」
親父に肩を掴まれる。そのまま、モニターの前まで、連れて行かれた。
「これを、短時間で御せるようになれば、お前はわしを超えられる」
「親父を……?」
「そうだ。やってみろ、尚人。お前なら、やれるはずだ。何たって、お前は、わしの息子なのだからな」
「………ふん」
モニターの前に、座りなおした。
やってやろうやないか。
これを制御して、親父を超える。
超えて、みせる。
体が、熱い。どんどん、熱くなってくる。それと同時に、思考はどんどん、研ぎ澄まされていく。
何をやればいいのか、わかった。
後は、打ち込むだけだ。それでも、量は半端なものではない。
両腕を少しも休めず、打ち続けた。
「くっ……」
それでも、すぐには終わらない。それほど、量は膨大なのだ。
せめて。
せめて、わいがもう一人おったら……。
「仕方の無い、息子だな」
横。
打ち続けながら、見た。
親父。高速で、プログラムを処理していく。
「手が止まらなかったのは、誉めてやる。さっさと、終わらせろ」
「……ふん。あんたに言われるまでも無いわ」
打ち続けた。親父も打ち続けている。
無言で、しばらく打ち続けた。
会話は無い。
それでも、良かった。
「よっしゃ。これで、終わりや」
最後のパネルを、勢いよく、叩いた。
モニターに、電磁波の放射中止の画面が出る。
「ふう、終わった」
これで、電磁波の影響は消えたはずだ。子供達は、正気に戻っているだろう。
煙草を取り出す。むき出しのライターが、目の前に突き出された。火口に煙草を近づける。火がつき、煙が出た。
「うまいな」
吸いながら、言った。親父も、いつの間にか、横で吸っていた。
「仕事の後の、煙草だからだ」
「そやな」
「まあ、良くやった方だな」
「誉められとると、受け取っとく」
「勝手にしろ」
モニターの電子音。時々聞こえてくる、煙を吐き出す音。
しばらく、それだけを聞いていた。
「尚人」
「何や?」
「これで終わったと、思っているのか?」
「な、どういうことや!?」
「鬼村には、別の札がまだ残っている」
「電磁波だけや、無いんか?」
「ああ。鬼村は、こうなることを、事前に読んでいた気配がある。それと、杉原のET計画もな」
確かに、司はんの孤児院が襲撃されたことを考えると、鬼村がかなり早い段階から、ETの存在を認識していたとも考えられる。
「親父にも隠していること、か」
「電磁波が止められた以上、間違いなく、鬼村は次の手を実行に移すだろう。その計画は、わしには知らされてはいない。漠然とだが、感じるのだ。鬼村が、まだ諦めていないということがな」
「別の手って言うんは、おそらく、ET絡み、と考えた方が良さそうやな」
「ああ。わしも、その推論を立てた。そして、その推論で行く限り、限りなく、危険な結論に行き着くのだ」
「何でや?」
「鬼村は、お前達、三人のETの血液を持っている」
「!? 血を抜かれた感覚はあったんや。やっぱり、抜かれていたんか::。そやけど、何で、それがマズイことになるんや?」
「鬼村は、お前達から抜いた血の一部を、奏に与えた。そして奏は、それによって、能力を覚醒させた」
「ET因子を、持っとるからやろ? わいらの血の中にあるET因子によって、奏はんの中のET因子が活性化し、能力に目覚めたんやないか?」
「おそらく、な。それと、鬼村は、杉原のET研究のレポートを集めていた気配がある。ET因子の、生きた人間への転用可能性。それに関するレポートだ」
「ちょい待ち。まさか、それは……」
親父の考えていることが、なんとなくわかった。
それが何かわかった時、鳥肌が立った。背中を、冷たい汗が流れる。
「人の、ET化……!?」
「ああ。実際どうやるかの手段はわからないにしても、その可能性は、十分ありえる」
もし、何らかの方法で、生きた人間に、ET因子を組み込むことが出来たら?
ET因子を組み込まれた人間には、特殊な能力が発現する。
それも、普通の人間からみれば、危険すぎるほどの能力が。
その技術が簡便化、転用され、もし軍事目的で使われたら?
「ははは。ぞっとせえへんなあ……」
「急いだ方が良いのかもしれんぞ、尚人。鬼村は、奏に因子を注射し、その効果を確かめた。後は、普通の人間に、どう発現させるかだけだ。それもすでに、解明しているのかもしれない」
「くっ……。親父、全部終わったら、わいともう一度本気で、勝負や!」
「ふん、生意気な。わしに勝てると思ったら、大間違いだぞ」
駆け出す。制御室を、後にした。
嫌な予感が止まらない。
屋上。アンテナがある。
おそらく、そこに、この一連の計画の首謀者がいるはずだ。
鬼村、外道。
間に合えばいい。
階段を、二段飛ばしで、駆け上がっていった。




