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五章(3):魔旋風

「ぐあっ!」

 右腕に、痛みが走った。

 斬られた。しかし、浅い。動きに支障が出るほどではない。

 何度目だろう。もう十数度、斬られていた。全身が、血で赤く染まっている。

 時々、視界が白くなった。

 血を失っているからだろう。動いていれば、傷口から、血は容赦なく流れ出る。

 琴乃が、打ち込んでくる。

 速い。前に戦った時よりも、速い。

 逆刃で受けた。普通に受ければ、琴乃を傷つけてしまうからだ。

 手加減など、一切できるようなものでは無かった。普通に戦っても、負けるかもしれない。

「どうした? 君の力は、そんなものなのか?」

 刀野郎が、挑むような眼で、俺を見た。

 向かってくる様子は無い。サシでやりあいたいのだろう。

 逆刃を、返せなかった。どうしても、返せない。それは、俺自身の心に、似ていた。

「琴乃! 元に、戻ってくれ!」

「嫌い……。兄さんなんて、嫌い!」

「くっ!」

 やはり、言葉では元には戻らない。

 電磁波の影響は、それほどまで強いのか。

 斬るしか、ないのか。

 まだ、完全に覚醒してはいない。

 斬れない。

 斬れば、琴乃まで、一緒に斬ってしまうだろう。

「!!」

 一瞬の隙をつかれた。

 右からの打ち込み。ぎりぎり、刀で受け止める。

 力を殺せず、まともに受けた。

 体ごと吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

「ぐはっ!」

 背中と頭を打つ。痺れるような痛みが、全身を走った。

 刀を杖にして、立ち上がる。

 立ち上がった時、視界がまた白くなった。

 笑った琴乃の顔が、一瞬浮かんだ。

 視界が戻る。

 琴乃。表情は無く、虚ろな眼をしている。

「くそっ!」

 どうしようも、無いのか。

 琴乃を救えずに、死んでいくのか。

 嫌だ。

 それだけは、死んだって御免だ。

「!?」

 不意に、音が聞こえた。

 ハーモニカ。

 高く、限りなく、澄んだ音。

 まるで、何かを祈るような。

 音が、心を揺さぶった。

 琴乃との思い出が、心に浮かんだ。

 雨の中、一人孤独だった俺を、家族にしてくれた女の子。

 明るく、いつも俺の傍にいてくれた女の子。

 俺を、好きになってくれた、女の子。

 暖かで、少し痛みを伴った想いが、心の中に拡がった。

 ああ。

 そうか。

 気づいたよ。

 やっと、気づいた。

 俺は。

 俺は、ずっと前から――

「琴乃が、好きだったんだ……」

 逆刃を、返した。

 琴乃の方を向いて、構えた。

 熱いものが、体を駆け巡っている。

「ようやく、本気になったようだな」

 声。どうでも良かった。琴乃だけを、見つめた。

「琴乃っ!」

 駆け出した。

 琴乃も、刀を下段に構え、向かってくる。

「俺は、お前のことがっ!」

 交錯する。

 斬魔刀を、横に薙いだ。

「好きだっ!」

 刀ごと、琴乃を、斬った。

 振り向く。ゆっくりと、琴乃が倒れるのが見えた。

 駆け寄る。倒れる前に、琴乃を抱きとめた。

「琴乃……?」

 気を失っていた。腕を握る。脈は、しっかりしていた。傷も、見当たらない。

「良かった……」

 斬れたのだ。琴乃を斬らず、琴乃の中にあるものだけを、斬れた。

 不意に、手を叩く音がした。

「見事なものだな。切っ先は、体に入っていた。だが、体を斬らずに、通り抜けた。刀だけを、見事に斬った」

 刀野郎。刀を抜いていた。

 琴乃をゆっくりと床に寝かせ、立ち上がる。

「もう俺に、戦う理由は無い。それでも、やるのか?」

「ようやく、君は私に相応しい相手になったのだ。私と、互角に戦えるほどにな」

 刀野郎が、構えを取った。

「さあ、構えろ。どちらが上か、確かめようじゃないか」

「わからなかったのか?」

「何をだ?」

「すでに俺は二度、お前を斬っている」

 刀野郎の両腕から、血が滲んでいた。

「!?」

 刀野郎が、傷を見ながら、驚きの表情を浮べる。

「安心しろ。皮一枚、斬っただけだ」

「ふ、ふははははは! これは、予想以上だ。怪物だな。だが、それでこそ、倒し甲斐があるというものだ!」

 刀野郎が向かってくる。刀を、上段に構えていた。

 動かなかった。構えも、取らなかった。

 交錯した。

 静かだった。小さく、琴乃の寝息が聞こえてくる。

「馬鹿、な………!?」

 振り向いた。

 刀野郎の刀。いくつもの破片になって、床に落ちる。金属の透き通った音が、廊下に響いた。

 刀野郎が、ゆっくりと倒れる。倒れたところに、血溜まりができていた。全身を、斬り刻んだ。全て皮一枚だから、死ぬことは無いだろう。

 そして、意識を斬った。丸一日、眼は覚まさない。

「琴乃」

 琴乃に駆け寄る。まだ、眼は覚ましていない。寝顔が、可愛かった。

「う、んん……」

 ゆっくりと、琴乃の眼が開く。

「眼、覚めたか?」

 少し、不安だった。電磁波の影響。本当に、斬れたのだろうか。

「兄、さん?」

 何度か、瞬きをする。眼に、光が戻っていた。

 その眼から、涙が溢れてきた。

「え? え? どうしたんだ、琴乃?」

 戸惑う。

「……兄さん! 私、私っ!」

 泣きながら、琴乃が抱きついてきた。

 俺は、わけもわからず、呆然としていた。

 しばらく、琴乃は泣いていた。その間、俺はずっと、琴乃の頭を撫でていた。

 少しして、俺の胸から、琴乃が顔を離した。

 目が赤く、頬が濡れていた。

「どうした?」

 ハンカチで涙を拭いながら、聞く。

 拭い終わると、琴乃は俺の目をまっすぐ見つめて、言った。

「うん。私、兄さんを傷つけた。一方的に私の想いをぶつけて、兄さんを苦しめた」

「電磁波のせいだ、気にしなくていい。それに、俺はお前の本当の気持ちを知ることが出来た。むしろ、感謝してるよ」

 俺も真っ直ぐに、琴乃を見つめ返した。

 琴乃の想いに、正面から答えなくてはいけない。

「でも、私は兄さんを、何度も斬って傷つけたんだよ?」

「それも、電磁波のせいだ。それに、俺も、お前を斬った。だから、おあいこだな」

 そう言って、笑った。琴乃を、安心させたかった。

 琴乃は視線を落として、俯いた。

「………駄目だよ。優しすぎるよ、兄さんは。好きって言われても、私なんかじゃ、兄さんの彼女になる資格なんか、ないよ」

「琴乃」

「……なに?」。

 俯いたままの琴乃の唇に、キスした。

「!?」

 唇を離して、言った。

「好きだ。一人の女の子として、お前が、好きだ」

 驚いた琴乃の眼から、また涙が溢れてくる。

「う…。わ、私も、兄さんが、好き」

 抱きしめた。

 胸の中で、琴乃は震えながら、泣いていた。

 琴乃が落ち着いた後、ハンカチで、また顔を拭った。琴乃の顔が、赤くなっていた。恥ずかしいのかもしれない。

「自分で、拭くか?」

「え? ……う、うん」

 ハンカチを渡す。

 握ったハンカチを見つめたまま、琴乃は動かなかった。

「ん、どうした?」

「え、ええと……。やっぱり、兄さんにしてもらいたい、かな。………駄目?」

 俺に窺うように、琴乃が聞いてくる。

「……わ、わかった」

 普段の琴乃とは、どこか違っていた。こういうことは何度かあったが、胸が高鳴りは、普段とまるで違っていた。

 涙を全て拭うと、琴乃は俺を真っ直ぐに見つめて、囁いた。

「兄さん……」

 静かに、琴乃が眼を閉じた。

 求めていることは、わかった。

 さっきは不意打ちだから良かったものの、いざするとなると、かなり恥ずかしかった。

 顔を、近づける。吐息を、頬で感じた。

 肩に、手を添える。びくっと、琴乃の体が跳ねた。

 唇。吸い込まれるように、触れ合わせた。

「ん……」

 長い、キスだった。実際は、短かったかもしれない。それでも、長く、感じられた。

 唇を、離そうとした。琴乃の唇が押し付けられる。

「!?」

 驚いて唇を離そうとした。琴乃の腕が首に回され、離れられなかった。

「……嫌。もうどこにも、行かないで」

 ついばむように、琴乃がキスしてきた。頭がぼんやりして、何も考えられなくなる。

 琴乃は唇を離し、熱にうかされたような眼で、俺を見た。

「兄さん……」

 何かを、懇願するような眼。

 俺も、同じ気持ちだった。

「もう、戻れなくなるぞ。……良いのか?」

「後悔なんて、しないよ」

「そうか。………琴乃、いいか?」

「……うん。来て、兄さん」

 琴乃を、優しく押し倒した。

 もう、止められなかった。

 止めなくても良いのだ、と思った。


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