五章(2):調律士
「ククク。無様なモンだな、司」
無数の子供の中から、見知った顔が現れた。
「巧、ですか」
少し前から、音は聞こえていた。
ようやく姿を現した。慎重な男だ。臆病でもある。
百を超える銃口。こちらを向いている。
おそらく、巧の指示で動いているのだろう。まだ、発砲する気配は感じられない。
「貴方からは、惹かれる音が聞こえていましたよ。今考えれば、ずっと探していた音だったからでしょう。改めて聞くと、汚れた音にしか過ぎませんが」
巧が嘲笑を浮べる。
巧の手が、下げられた。それで、私に向いていた銃口が、一斉に下げられる。手を挙げれば、即座に撃てる構えだ。
「汚れたよ。俺も、お前も。だから、殺してやる。ずっと、死にたかったんだろう?」
知っていた。無理も無い。
以前の私は、それほどまで死にたかったのだ。
「ええ。ですが、生きたいとも思ってしまいましてね。残念ながら、ここで死ぬ気は無いのですよ」
「それでも、お前はここで死ぬ。俺が手を挙げれば、無数の銃弾が、お前の体を貫く」
「クス。考えてみれば、貴方も可哀相な人です。鬼村という野望の影で、媚をへつらう、犬なのですから」
巧の音が、怒りに揺れる。顔も赤くなった。
「殺してやる。あのシスターと、同じようにな!」
「母は、死んでなど、いませんよ。母に想いを馳せる時、私の傍に、いつも母はいるのです」
巧が、片手を挙げた。
「撃てっ!!」
虚空に、巧の声が響く。
子供達が、発砲する様子は無い。
「? どうした!? 早く、この男を殺せ! 殺すんだっ!」
巧が叫ぶ。
それでも、子供達は動こうとはしなかった。
「な、何故だ? 何故、撃たない!?」
「クス。どうして、でしょうね?」
巧が驚き、うろたえる。
「!? ま、まさか、調律!? いや、そんなはずは無い! 調律に対する防御は、完璧なはずだ!」
巧が後ずさる。逃げようとしていた。
巧の眼。見た。
巧の動きが、止まる。
驚きと、恐怖の音が聞こえてきた。
「か、体が、動かないっ!?」
「クス。つい先ほど、完全に覚醒してしまいましてね。眼を見ただけで、動きを止めることぐらいは、できるようになってしまったのですよ」
一歩一歩、巧に近づいていく。
力に抗っているのだろう。全身が震えている。恐怖からくるものかもしれない。
巧の傍に立った。
両耳に入っていた小型のイヤホンを取る。震えが、さらに激しくなった。
「な、なあ、司? 俺達、家族だよな? 一緒に孤児院で育った、家族だ。家族を、殺すのか?」
巧の顔が、歪む。泣き笑いのような顔だ。額が、汗で濡れていた。
「ずっと、貴方を殺したいと思っていましたよ。そして今、その想いがようやく叶う」
「ゆ、許してくれ。な、何でも、する。お、お前の、仲間になろう。だから、助けてくれ」
「母は、命乞いなど、しませんでしたよ。私を庇い、堂々と、死んでいった」
ハーモニカを取り出す。
口に、当てた。
「や、やめろ……」
「消えなさい、巧」
ハーモニカを、吹いた。
巧が、眼を反転させながら、崩れ落ちた。
しばらく、倒れた巧を眺めていた。
傍にしゃがみ、巧の頬を軽く叩いた。反応は無い。
何度か、叩いた時だった。
「……ん、んん」
巧が、眼を開いた。
「気がつきましたか?」
「ここは、どこだ?」
「とある研究施設です」
まだ、眼に焦点が合っていない。
「なぜ、俺がここにいるのか、思い出せない。俺は、誰だ?」
「雪月、巧。思い出せませんか?」
「……ああ、そうだった。俺は確か、そんな名前だった。おかしい、頭がぼんやりして、うまく考えられないんだ」
「私のことが、わかりますか?」
焦点の合わない眼で、巧が私の顔を見た。
徐々に、記憶がはっきりしてきたようだ。眼に、光が戻り始めている。
突然、巧は驚いた顔を私に向けた。
「院長!?」
「ええ、そうです。貴方の勤めている孤児院の、院長ですよ。私の顔を、忘れてしまったのですか?」
「す、すみません」
「クス、いいのですよ。それより、こんなところで寝ていていいのですか? 孤児院で子供達が、貴方の帰りを待っているというのに」
「ああ、そうだ。こうしている場合じゃない。早く、戻らなくては。では、院長。俺は、お先に失礼します」
「はい。子供達の面倒、よろしく頼みましたよ」
「任せてください」
一礼して、巧は駆けていった。すぐに、姿が暗闇に消える。
記憶を、消した。
今までの記憶。今まで生きてきた、巧の記憶。
消した記憶の後に、調律で新しい記憶を作りあげた。
私の孤児院で、働いていた記憶。
これで、いい。
私も巧も、罪を抱えて、生きていかなければならない。
どれほどの断罪になるかはわからないが、あの人と同じように、子供達を見守り、育てていこう。
それが、あの人が私に託した、想いなのだから。
「クス。私はまだ、貴方の元へは、逝けないようです」
ハーモニカを、吹いた。
音が、高く遠く、響いていく。
母に届けばいい、と思った。




