五章(1):対面
七十五階の制御室を目指して、上っていく。
先頭は、輝はん。
続いて聖はんと、わい。
最後尾に、司はんが続く。
輝はんと司はんの索敵能力を、十分に生かせる隊列だ。
七十階にさしかかった。このビルの最上部。一階一階、作りが異なる。地図を見ながらでも、進むのは容易ではない。
「クス、全ての戦力を当ててきていますね。音が多すぎて、正確な数が、わからないほどです。ノイズがひどいせいもありますが」
「妙だな。これまでとは、明らかに違う気配がする。配置されているのは、警備員じゃないな」
「………電磁波で操られた、子供達だ」
「琴乃と、同じか」
「……痛みも感じず、統制された子供」
(おまけに、身体能力も、大幅に強化されている)
「クス、恐ろしく厄介ですね」
「わいでも、かなり手こずったで」
(まあ、その時は、逃げたのだがな)
「それは、言わない約束や」
敵の戦力の大部分は、電磁波の影響を受けた子供達。
並みの警備員より、ずっと強いだろう。連携もさせやすく、おまけに痛みにも耐える。
勝てるのか、という不安はあった。
いくら特殊な能力を持っているとしても、こちらは四人しかいない。
物量で迫られたら、さすがにまずいのではないか。
「クス。まあ、何とかなりますよ、尚人君」
音が聞こえたのだろう。司はんが薄い笑みを浮べながら、言った。
「そやな」
頷く。
この四人なら、何とかなる。そう言いたいのだ。
十字路に出た。
嫌な予感がする。
わいが親父なら、間違いなく、ここで何か仕掛ける。
司はんの顔がふと、真顔になった。輝はんも、何かを察知したようだ。
「後方、追っ手が来ますね。音は、四十ほどでしょうか」
「左右からも、敵だ。数も、司と同じぐらいだな。前方からの気配は、今のところ無い」
(挟撃、か)
「どうする? 無視して進むか? 進行方向は、空いてるみたいだが」
「………罠だな」
「しかし、進むしかないでしょう。誰かが、ここで追っ手を止めている間に」
「!!」
駄目だ。
確かにこの状況では、一人が足止めをしている間に、残りは速やかに突破したほうがいい。
先にまだ罠があることだって考えられる。それに対応する意味でも、ここで全体の戦力を消耗することは避けたい。それに、四方から来られたら、逃げ場は無くなるのだ。
しかし、それでは誰かが犠牲になる。いくら強いとは言え、百人以上の精鋭を止めるのは、不可能に近い。
「誰かが、ここに残るんか? 駄目や。ここで、全員で迎え撃つんや」
誰かが残る。
それが最良の策なのは判っていた。それでも、言ってしまっていた。
肩を、叩かれた。
振り向いた。
輝はんだった。
「お前の気持ちは、わかる。確かに、足止め役はかなり厳しい状況になる。死ぬかもしれない」
輝はんの声は、どこまでも優しかった。
「目的を、見失うな、尚人。電磁波を、止めるんだろ?」
「そやけど……」
「もう、かなり接近してきています。そろそろ、銃撃の射程に入りますね」
「迷っている時間は無いぞ。お前が決めろ、尚人」
唇を噛んだ。こうしている間にも、状況は悪化している。
「……足止めを、せなあかん。わいが、ここで止める」
「……まだ、汝の時ではない、原子蜂」
「そうですね。制御システムのこともあります。尚人君には、制御室に向かってもらわなくては」
「よし。じゃ、ここは俺が残る」
輝はんの出かけた腕を、司はんが掴む。
「クス。輝君の馬鹿力は、妹さんのために取っておくべきでしょう。ここは、私が止めましょう」
「無茶や。敵は、調律の防御もしとる。司はんが出て行っても、何も出来へんで」
司はんに臆した様子は無い。意思は固いのだろう。
司はんが苦笑しながら、言う。
「先ほど、後方の音の中に、気になる音を見つけてしまいましてね。ケリを、つけなくてはいけないのですよ。巧と、私自身の過去に」
そう言うと、司はんは黒衣を翻し、わいらに背を向けた。
「そんな、みすみす死ににいくようなモンや! 何で、二人共、司はんを止めんのや!?」
「男には、戦わなきゃいけない時がある。それが、どんなに分の悪い勝負でもな」
「……調律士にとって、今がその時なのだ。察してやれ、原子蜂」
「二人とも、司はんを見殺しにするんか!?」
輝はんに腕を掴まれた。顔を見た。不安な様子は無い。
何でや。何で、そんな顔できるんや。
「行くぞ。司の想いを、無駄にするな」
輝はんに引きづられながら進んだ。強い力だった。振りほどこうにも、抗うことは出来ない。
司はん。見た。
微動だにせず、立っている。遠くに、無数の子供達の姿が見えた。
輝はんが急に止まる。そして、司はんの方に呼びかけた。
「司!」
大きな声だった。叫び声に近い。
「お前には一つ、貸しがあるよな!」
声は、届いたようだった。
「クス。私も貴方には一つ、貸しがありますよ」
それほど、大きな声ではなかった。だが何故かはっきりと、聞こえた。
司はんが振り向いて、薄く笑った。
驚いた。
銀の、瞳。
完全に覚醒したのか。
ついさっきまで、栗色だったはずだ。
「ふん、司のヤツ」
「……完全に、覚醒したようだな」
「ああ。ま、覚醒しようがしまいが、アイツは死なないけどな」
「何でや?」
「俺に、一つ貸しがあるからだ。それを返すまで、アイツは死ねない。もちろん、俺もな」
「アホな約束やな。でも、わいもそれ、信じてみたくなったわ」
「……急ぐぞ。なるべく、急いだほうがいい。嫌な予感がする」
駆け出した。
一度、振り返った。もう、司はんの姿は見えない。
輝君達の姿が、暗闇に消えた。
巧の音を聞いて、足止め役になることを決めた。
調律が効かない敵と対したところで、簡単に倒されるのは、眼に見えていた。
それでも、止めたかった。
死んでもいい、という投げやりな想いからではない。
他の、何か。
何か別の想いが、私を突き動かしていた。
暖かな想いだった。家族に対する想いだったかもしれない。
生きたい。
今なら、素直にそう思えた。生きて、母の想いを継いでいきたい。
そう思えた時、熱が一度、体を走った。
それで、完全に覚醒したことを知った。
「クス。いきなり、ピンチですか」
百を超える銃口が、こちらを向いている。取り囲まれていた。
子供達。眼に、生気はない。
輝君達は、どこまで進んだだろうか。まだ、輝君と尚人君は、完全に覚醒してはいない。揺らいだ音が、それを示していた。
他人のことなど、考えている状況では無かった。
だが、何故か考えてしまう。
それが、嫌ではなかった。むしろ、好ましかった。
「さて。そろそろ本気と、いきましょうかね」
駆けていた。
七十三階。
追っ手の気配は無い。司が止めているのだろう。
司に、足止め役を任せてしまった。
無謀だった。丸腰で、武装した子供と戦うのだ。調律は効かない。
それでも、不安は無かった。
きっとまた、会える。なぜか、信じられた。
前方。
気配。
子供の気配だった。
「二十人。待ち伏せされてるぞ」
(ふむ、突破するしかないな)
「二十人なら、三人ですぐ倒せるやろ」
「……行くぞ」
頷いた。
「俺が突っ込む。二人は、援護してくれ」
尚人が、物陰に隠れた。
聖は、身を晒している。囮になるつもりのようだ。夕凪も飛び回る。
見えた。駆ける勢いのまま、突撃する。
銃弾。当たりそうなものだけ、刀で斬り落とした。
飛び込んだ。
逆刃で、急所を打つ。三人、崩れ落ちた。逆刃なら、気絶はしても、殺すことは無い。殺すのは、避けたかった。
「っ!?」
銃撃。
馬鹿な。
接近戦で銃を使えば、同士打ちもありえる。
そう思って、はっと気づいた。
操られているのだ。そして、痛みを感じない。いや、痛みに反応しない。
「ちっ!」
こいつは予想以上に、厄介だな。
弾を、斬る。他の子供に当たりそうなものまで、斬る。
防戦しか、出来なかった。何しろ、全員を守っていると言っていい。
その守る対象は敵だが、操られているだけだ。本当の敵では無い。
司がいたら、甘いと言われそうだ。だが、誰も傷ついて欲しくなかった。
銃弾。
一発、残っていた。他の弾の処理で、手一杯だった。真っ直ぐに飛んできた。
間に合わない。
顔。迫ってきた。
別の軌道から、銃弾が飛んできた。空中で、銃弾同士がぶつかる。それで、軌道が逸れた。
銃弾の来た方。尚人。二挺の銃を構えていた。にかっと、笑った。
目の前の二人が、突然崩れ落ちる。プラスチック弾。急所を撃たれたのが見えた。
跳んだ。銃撃。空中で、全てかわした。地面に着地した時、四人が倒れていた。
上空。翼のうなる音。夕凪が、敵をひきつけている。
そうしている間に、敵を倒していった。
最後の一人が倒れた。何度か骨を折った感触があったが、命に関わる怪我は、一人もさせていない。
「片付けたんやな。結構、手こずってしもた」
ああ、と言おうとした。
瞬間、殺気が肌を打った。気配の方へと振り向く。
「また、会えたな。名取、輝」
「……刀、野郎」
腕を組み、壁によりかかるようにして立っている。
その後ろから、影のように、琴乃が現れた。
「琴乃……」
「輝はん?」
尚人が、俺を見た。それで、全て理解したようだ。
少し笑って、尚人が言う。
「輝はん。ここは、あんさんに任せてええか?」
「すまん」
「なあに、謝るのはわいの方や。あんさんと妹さんを、戦わせようとさせてるんやからな」
「……あの二人以外、近くに気配は感じられない。我らは先に進むぞ、原子蜂」
「輝はん」
「何だ?」
「頑張りや」
頷いた。
「俺が引きつける。その間に、行ってくれ」
多分、追われはしないだろう。刀野郎は、俺と戦いたいはずだ。
二人が、駆け出していく。
庇うようにして、前に出た。予想通り、動きは無い。
「君に、また会えた。いずれ会うことは、わかっていた」
「俺は、お前になんか、会いたくなかったぜ」
「そう、嫌わないでくれないか。今度は、君の妹を連れてきたのだ」
琴乃を見た。瞳は、何も映していない。
「どこまでも、ムカつく野郎だな」
「君との勝負は、ついていない。だが、今の君では、まだ物足りない。妹を斬れば、強くなるかもしれないな」
琴乃が、前に出てくる。
手に持った刀が、抜かれる。刀身が、光を照り返した。
「琴乃……」
俺の呼びかけには答えず、琴乃は、刀を下段に構えた。
「死んで、……兄さん」
階段を駆け上がる。これを上れば、七十五階。
敵の大部分の戦力は、調律士と魔旋風がひきつけた。制御室までに配された残存戦力は、わずかしかいない。
時が、近づいていた。
階段を上りきった。
銃撃。
原子蜂とは反対方向に跳んだ。
「ヒヒヒ。ネズミが何匹か、迷い込んでいるようですねえ」
小型のガトリングを構えた、背広の小男。苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「おっさん、誰や?」
物陰に隠れながら、原子蜂が聞く。
ガトリングが、火を吹いた。近くの窓が、次々と割れていった。
「ヒヒ。私は、鬼村先生の第一秘書、阿武隈と申します。以後、お見知りおきを」
また、ガトリングが火を吹いた。でたらめに撃っているのだろう。
「あちゃー、キレたおっさんに会ってしもた。腕はたいしたことないけど、あの銃は厄介やな」
「……行け、原子蜂。制御室のシステムは、汝で無ければ、操作できぬ」
(責任重大だな)
「そう、プレッシャーかけへんといてや。燃えてしまうやないか」
原子蜂が笑う。同時に、物陰から飛び出していった。
銃弾の雨。
その中を、原子蜂が駆けていく。原子蜂のスピードに、銃が追いつけていない。
原子蜂が制御室に飛び込む。男に、追う気配はない。
ここで、我を止めておくつもりなのだろう。
「……時が、来た」




