四章(3):出発
「……集まったようだな」
明刻。
ディスプレイの前に、四人が集まる。杉原博士も、ディスプレイの中にいた。
「最後に、もう一度聞く。戦いたくないものは、去れ」
聖君が前に出た。最終確認だろう。
「俺は、琴乃を助ける。そのために、戦う。それが結果として、世界を救うことになるなら、それでいい」
輝君が言った。
まだ、音は揺らいでいた。強い音だ。届けばいい、とも思う。
「わいも、戦うで。親父の馬鹿を、どうにかせなあかんからな」
尚人君が明るく言う。
片手に銃を持ちながら、片手で煙草を吸っていた。どこで手に入れたのだろう。
「私も、戦います。まだ少し、殺し足りませんからね」
巧は間違いなく、近くにいる。
そして、私を殺しに来るだろう。私の知っている巧とは、そういう男だ。
殺す機会は、必ずある。
「よし。……では、行くか」
三人が、扉へ歩き出そうとする。
「一つ、いいですか?」
聖君が振り向く。
「……何だ?」
ディスプレイの中の、杉原博士に、向き直った。
聞きたいことがあった。
「豊倉真里菜という人を、ご存知ですか?」
輝君が、何か気づいた顔をする。
画面の中の博士は、少し笑った。
「ああ、知っているよ。彼女に、君を預けた」
少しだけ、息を吸う。
根拠の無いことだと思った。
だが、聞かずにはいられなかった。
「……母、ですね?」
「「!?」」
音が二つ、高く響いた。聖君は、全てわかっているのだろう。
博士は、笑ったままだった。音が聞こえないのが、憎らしかった。
少し考える素振りをして、博士は言った。
「ああ、司の言う通りだよ」
「クス。やはり、そうでしたか」
母、だった。
その事実が、何ものにも代えがたいほど、嬉しかった。
「彼女は、私の助手をしていてね。籍は入れていなかったんだが、付き合っていたよ。ETの計画を打ち明けたら、母体となる生殖細胞を提供してくれた。そして、君達が生まれた」
博士が、語りだした。
一つも聞き漏らさないように聞こう、と思った。
「計画を始めてから、彼女に危険が及ぶことを、私は考えた。それで、孤児院の修道女にしたんだ。結果として、その孤児院は鬼村に眼をつけられ、襲撃を受けた。私が、死に追いやってしまったようなものだな」
「シスター、いえ、母は幸せそうでした。子供達に囲まれて、いつも笑顔だった」
「真里菜は、ハーモニカを吹くのが上手かった。よく、研究室で行き詰っていた私に、聞かせてくれたものだ」
「良い音でした。あの音は、今も忘れられませんよ」
「司のハーモニカも、いい音だ」
「クス。まだ、母ほどは、吹けませんがね」
「私を、恨んでいるかい?」
「いえ。少しの間でも、母と共にいることが出来た。他の人には、それが出来なかった。少し、申し訳無い気持ちが強いですね」
「そうか。今の君を、真里菜も喜んでいるだろう」
「クス。そうであることを、願いますよ」
「おいおい、ちょっと待て」
脇で聞いていた輝君が、慌てて会話に入ってきた。
「司の言った真里菜って人が母親だってすると、だ」
「何か問題でもあるのですか?」
「父親は、この」
ディスプレイを指差しながら言う。
「変態クソ野郎どすこい科学者ってことにならないか?」
「話の流れからすると、そうなりますね」
「………ていうか、輝はん、変態クソ野郎どすこい科学者て」
「聖君より酷いネーミングセンスですね」
「我は、それほど酷いとは思わぬが」
「……自覚が無いってのは、怖いもんだな」
「あんさんが言える台詞ちゃうで」
「何故、こんな風に創ったのですか?」
ディスプレイの中の博士が、笑いながら答える。
「すまん。どうにもならなかった」
「おい、俺達は失敗作だって言われてるぞ」
「我も、その中に含まれるのか?」
「クス。聖君も、ですよ」
笑いあう。ひとしきり笑いあった。聖君も、笑ったような気がした。
「……で、あんさんは、わいらの親父なんか?」
「どうだろう、ね?」
博士は思わせぶりな言い方をする。
尚人君は、間髪入れず聖君に聞き直した。
「聖はん?」
「父親だ」
即答だった。
「あ。駄目じゃないか、聖。私の楽しみを取らないでくれ」
「……どうせ、のらりくらり言って、ごまかすつもりだったのだろう。隠すことに、大きな意味は無いぞ」
「ぶー」
ディスプレイの中の顔が、頬を膨らませる。
「何か、こんなのが父親って……。俺は、目眩がしてきたぞ」
「何たって、変態クソ野郎どすこい科学者ですからね」
「あははは、言えてるわ」
家族というのは、こんなものだろうか。
孤児院では皆、家族だった。それとも、違っていた。
父がいて、母がいて、兄がいて、弟がいる。同い年の兄弟もいた。
温かい。
本当の家族、か。
この温かさを大事にしよう、と思った。
笑い声が、静まる。
「ん。そんじゃ、行きまひょか。ほなな、親父」
「行ってくるぜ、変態クソ野郎どすこい科学者」
「母よ、見守っていて下さい」
「………行く」
踏み出す。
後ろはもう、振り向かなかった。
三人が、部屋を出た。部屋には、我と杉原。
部屋の外に、待ち伏せの気配は無い。
七十五階の制御室と屋上付近に、戦力は集中されている。虚無星は、屋上付近か。
「聖。ちょっと、いいかい?」
部屋を出ようとした時、杉原に呼び止められた。
「……どうした、杉原」
飄々とした顔は、変わらない。
以前、実際に何度か会ったが、ほとんど加齢を感じさせたことは無かった。
「ありがとう」
「……今更、礼を言われることは何も無い」
「それでも、君にはお礼を言っておきたくてね。君には一番、苦労をかけた。いや、今もかけようとしている、と言った方が良いかな」
「虚無星のことか」
「さすが、察しがいいね。尚人とは、違う察し方だが」
「我は、行くぞ」
部屋を出ようとする。杉原は、悪びれずに言った。
「冗談だよ。私は、動けないんだ。もう少し、優しくしてくれても、バチは当たらないと思うけどな?」
「……言わずとも、我にはわかる。汝が、AIとなった今でもな」
「うん。でもやっぱり、言っておきたくてね。親心というヤツなのかもしれない」
「……そうか」
杉原がふと真顔になった。
以前に、同じような顔をしたのを見た。我に使命を伝えた時だと、思い出した。
「奏を、鬼村の養子に取られてしまった。初めは、私の息子として育てようとしていたんだけどね。何か、気づかれていたな。それから奏は、鬼村の下で、かなり辛い目にあった。人の中で、奏は孤独だったんだ。昔の、聖のように」
「………」
「奏にとって、今の居場所は、鬼村の隣だけなんだ」
「……わかった。救ってやれ、ということなのだろう?」
「うん。やっぱり聖は、出来た子だね。頼んだよ」
「……夕凪、行くぞ」
夕凪を呼ぶ。飛んでいた夕凪が、手の甲に止まった。そのまま、肩に掴らせる。
「良い、友達だね」
杉原が眼を細めながら、言った。
「おーい、聖はん。もたもたしてると、置いてくで」
原子蜂の声が聞こえてきた。
「……今、行く」
時が、近づいていた。
願いを。
願いを、叶えなくては。
「……我はそのために、いるのだから」




