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三章(6):萌芽

「楽勝やったな」

(ああ。その分、あちらが心配だが)

「そやな。ま、もう少ししたら、連絡取ってみたらええやろ」

 気絶させた警備員を、一箇所にまとめて縛っておく。

 三十人ほどだ。

 制圧するのは、楽なものだった。

 愛用の二挺の銃。

 手でくるくると回す。

 やはり、使い慣れた銃だ。手に、しっかりと馴染む。

 性能は、改めて確認するまでもない。奪われた爆弾類も、腰に装備し直す。

 無言で立っていた聖はんに、話しかけた。

 さっきの戦闘では、ただ黙って見ていただけだ。

 身を晒していたくせに、銃弾に一つも当たっていないのが、不思議だった。

「そんで、この後は、センタービルやったか? そこに、何があるんや?」

「……行けば、わかる」

 聖はんとの会話は、ずっとこんな感じだった。

 結局、調べてみても、詳しいことは何も出てこなかった。

 調べるのは、すでにあきらめていた。ただ、少しでもおかしな素振りを見せれば、容赦はしない。警戒だけは、怠らなかった。

 話し相手は専ら、夕凪はんだった。その夕凪はんが、友だという。なら少しぐらい、信用してもいいかもしれない。

「そうか。ほな、行こか」

 倉庫を出て、センタービルへと向かう。

 センタービルへは、連絡通路を使う。

 パソコンで、各階の監視カメラを確認しながら、しばらく進む。

 センタービルに入って、すぐの時だった。

 ふとカメラに、黒い影が走った気がした。

 すぐ下の階だ。

 もう一度、監視カメラの映像を見る。

 また、影が走ったような気がする。

 今度は、わいらと同じ階。

「………原子蜂、来るぞ」

「!?」

 前方。

 曲がり角から少年。

 十人。

 動きが異様に速い。

 ためらう素振りも見せず、拳銃で撃ってきた。

「ちっ!」

 応戦しながら、物陰に隠れた。

 一人ずつ足を撃った。これで、動きは一時的に止められるはずだ。

 プラスチック弾。急所に撃っても気絶はするが、死にはしない。

 物陰から、少年達の方を見る。

 全員、眼が虚ろだった。そして、足を撃たれても平気な顔をしている。応戦しながら、二発ずつ撃った。

(厄介だな)

「何なんや、アレ?」

「……電磁波の影響を受けた、子供だ」

「身体機能がどえらいことになって、なおかつ痛みも感じない。優秀なロボットやな。政府は、こんなことしたいんか?」

(すごい社会になりそうだな)

「ああ。悪い方の、なっ!!」

 また、二発ずつ撃つ。

 眉間。二人が倒れる。残りの二人は、かわされた。

「気絶させれば、さすがに平気でもない、か」

「………離脱するぞ。これでは、すぐに勝負はつかん」

(もたもたしてる間に、増援が来るな)

わかっている。さっきから、戦闘の合間に、センタービル上部の監視カメラを動作不能にしていた。こうしておけば、離脱してからの行方は辿りづらくなる。

「聖はん、夕凪はん。駆けるで!」

 腰の火薬を外し、壁にこすりつける。すぐに、火がついた。

 少年達の方へと火薬を放り投げる。

 白い煙が、勢いよく噴出した。

「催涙効果つきの煙幕や。今のうちに、逃げるで」

 駆けた。

 追撃の気配は無い。

 電磁波で統制された、子供。

 アレが、あんたが見せたかった、正義だって言いたいんか。

「……ふざけんなや」

 呟きは、虚空に吸い込まれた。



 センタービルと東ビルの間の、連絡通路。

 二人の少年は、倉庫から離脱し、こちらに向かっている。

 百人が倒され、突破されたと言う。

 報告を聞いた限り、僕と沼丘さんの二人だけでどうこうできる相手では無い。

「何を考えているんでしょうね、総理は」

「……わかりません」

 一応、銃は持っている。

 調律というものに対する防御も、している。

 それでも、勝てる気は全くしない。

 さっきから、胸が苦しかった。阿武隈さんに、何か注射された時からだ。何かの薬だったのだろうか。鼓動が、耳の横で聞こえている。

「どうしたんだい、奏君? 何か、具合が悪いようだが?」

「はぁ、はぁ。いえ、少し、呼吸が苦しくて……」

 胸が、跳ねた。

 そういう言い方がぴったりで、自分の中に別の生き物でもいるかのようだ。

「参ったな。ここには、治療できるものは、何も無いんだが」

「気に、しないで下さい。休めば、良くなると……っ!?」

 ドクンッと、また一度、胸が跳ねる。

 それから、同じ強さで跳ね続ける。

 何か。

 心の中にある何かが、首をもたげてくる。

 僕の心の隣に、いつも寄り添っていたもの。

 それと共に、生まれてきたもの。

 そうか。

 そうだったのか。

「は、ははは……」

「奏君……? 本当に、大丈夫かい?」

 膝をついた。

 沼丘さんが、不安な顔で覗き込んできた。

 知った。

 不思議な高揚感があった。

 僕には、力があったんだ。

 ずっと、僕は駄目な奴なんだと思っていた。

 でも、違ったんだ。

 僕は。

「沼丘さん、もう大丈夫です」

 立ち上がる。

 足はしっかりしていた。呼吸も、落ち着いている。

 沼丘さんは、まだ不安そうな顔をしていた。

「そうかい?」

「ええ。ここで、少年達を止めましょう」

「やる気に、なったのだね」

「お父さんの、命令ですから」

 そうだ。

 ようやく、僕はお父さんの役に立てる。

 僕は、役立たずなんかじゃない。

「止めますよ、……殺してでも」



 ぞわと、全身の毛が逆立った。

 一瞬だけだった。気のせいかもしれない。

 センタービルへの連絡通路。

 聖との集合場所に行くには、この通路をまた通らなくてはいけない。地下から通るには、時間が掛かりすぎる。

 腰の刀に手をやる。

 斬魔刀。柄に彫られた名。

 十五の時、家に届いた。差出人不明だったが、俺宛だった。

 何でも、斬れた。コンクリートなどの硬いものでも、たいして力も使わず、斬れる。

 何の変哲も無い刀だ。試しに他の奴に使わせてみたが、その時はただの刀だった。

 どうやらこの刀の力を使えるのは、俺だけだということがわかった。

 それより、これを俺に送ってきたヤツが気になった。

 そいつは間違いなく、俺の力に気づいている。

 だが、この刀が送られてきてから、おかしな事は何も起こらなかった。

 それで、時が経つにつれ、どうでもよくなった。

 普段、この刀を使うことはなかったからだ。

 血は、止まっていた。

 もともと、皮一枚斬られただけだ。塞がるのは早い。

 負けた。

 司の調律が無ければ、最後の一撃で間違いなく倒されていただろう。

 刀野郎の言葉が、まだ耳に残っている。

 君には、そんな強さも無い。

 くそ。

 俺には、琴乃を守る力すら無いのかよ。

「クス。貴方らしくもないですね」

 俺の音を聞いたのか、司が皮肉交じりに笑う。

「うるせえ。勝手に、人の音を聞くな」

「聞こえてくるのですよ。聞きたくも無いのですがね」

 多分、司は、俺以上に俺の音がわかる。

 揺れているのだろう。

 まだ。

「そういや、お前に。………ほらよ」

「おや。これは、私のハーモニカ、ですか」

「俺の刀の横にたまたま見つけてな、邪魔にならなそうだから、持ってきてやった」

「そうでしたか。それは、どうも」

 司はハーモニカを見つめている。少しの間そうして、懐にしまった。

「少し、驚いた」

「? 何がですか?」

「お前の調律だ。ただ、殺すだけだと思っていた」

「クス。大半は、その通りですよ。ただ、人を操る時、あのような使い方もします」

「操られてる感じは、無かったな。最後の一太刀だけ、いつも以上に体が良く動いた」

「そういうことも、あるかもしれませんね」

 司が、薄く笑う。この笑い方にも、慣れ始めていた。

「ところで、気づきましたか?」

「ああ。気のせいかとも思ったが、どうやら、違うみたいだな」

「音が、全く違う音になった。言ってみれば、そんなところでしょうか」

「気配は、明らかにやる気だな」

「こちらとしては、避けたいのですがね。尚人君達は、もうすぐ集結地点に着くようですし」

 影が、二つ。

 ガラス張りの廊下に、立っていた。

 こうして見ると、夕暮れの空に浮いているかのような錯覚を受ける。

 相手からも視認できる距離だが、攻撃は無い。

 近づいた。

 夕闇の中に、二つの顔が浮かびあがってくる。

「あなた達が、ET、ですか?」

 少年と白衣の男。妙な取り合わせだ。

「そうだ。ETという呼び名、どこで知った?」

「お父さんが、言っていましたから」

 白衣の男の方は、たいしたことはない。

 厄介なのは、少年の方だ。

「貴方もET、なのですね?」

「はい。ついさっき、わかりました」

 おそらく、能力に目覚めたのだろう。司も俺も、それは体験している。

「僕は、あなた方を、ここで止めなくてはいけません。場合によっては、殺してでも」

「同じETなのに、お前は敵なんだな」

「僕はただ、お父さんの命令に従うだけです」

「それで、良いのか?」

 目の前の少年の顔が、少し曇ったような気がした。

「お父さんの命令は、絶対です」

「そうか」

 白衣の男。銃を構える。

 読めていた。

 発砲。余裕を持って、かわす。司も、物陰に隠れた。

 嫌な気配が消えない。

 少年が何をするのか、全く読めないからだ。突然、背後から襲われる感じに似ていた。

 少年の気配。

 何か、ある。

 見た。手の平の上。

 何かが、あった。

 黒い、球体。

 嫌な予感がした。

 黒球。少年の手から放たれる。

 ものすごい勢いで、飛んできた。

 間一髪、横に飛んで避ける。

「!?」

 背中を、冷たい汗が流れた。

 俺が避けた場所。

 ガラス張りの床に、黒球と同じ大きさの穴が開いている。外から吹き込む、風の音が聞こえた。

 白衣の男が、何故か、驚いているようだった。銃撃が止まる。

 だが、少年の方は構わず黒弾を放ってくる。避けた。

 次々と、足場が無に帰っていく。

「ちっ……」

 応戦は出来ない。

 防御しようにも、全て、あの闇の中に飲み込まれてしまうだろう。

 下手をすれば、一瞬で消される。

 ここは、逃げるしかない。

 司に、眼をやった。

 司も頷く。音は聞こえているのだ。言わなくても、俺が何をしようとしているかわかっている。

 音が、響いた。体に力がみなぎる。

 一息で司に近づき、担ぎ上げた。

 少年を見る。

 手の平。黒い球体が、異様に膨れ上がっている。人一人ぐらい、一発で消滅出来そうな大きさだ。

 足場の無くなった床を、跳んだ。同時に、黒弾が放たれる。

 空中で身を翻し、避けた。

 ギリギリだった。

 頬を、風が掠めていった。

 着地。少年の横を、影のように駆けていく。

 振り返った。

 少年。追ってきている。

 手の中には、黒い闇。

 斬魔刀。抜いた。

 回廊となっている連絡通路を、二度、斬った。

 ガラスの床が落ちる。跳躍して、前方に飛び移った。

 後方。

 少年が、立ち尽くしている。

 黒弾の射程外と思われるところまで駆け、司を降ろした。

「追撃は、退けたようですね」

「ああ」

「通路を、そのまま斬り落とすとは。随分、派手に壊したかったようですね」

 通路と通路の間。十メートルほどを、斬り落とした。

 さすがに、飛び越えてはこれないだろう。

 回り込んで追いつこうにも、かなりの時間がかかるはずだ。

「それにしても、面白い能力でしたね。さしずめ、小規模なブラックホールと言ったところでしょうか」

「お前は見てただけだから、そう言えるんだ。触れれば、即、消される。冷や汗もんだったぞ」

「輝君のその刀で、やりあってみれば良かったではないですか」

 確かに、その考えが無かったわけではない。

 斬魔刀なら、あの闇を斬ることが出来たかもしれない。だが、斬れる気は、しなかった。

「まあ、無理だったでしょうね。今の輝君では」

「なんだと」

 司が薄く、笑った。

 危ない危ない。また、コイツの挑発を間に受けるところだった。こういうやり取りは、ここに来るまでに何度かしている。

「まあ、そうだな。今の俺じゃ、さっきのヤツにも刀野郎にも、勝てるとは思ってねえよ」

「認めるのですか?」

「事実だからな」

 もっと、強くなりたかった。

 琴乃を、守れるように。

 俺に何が欠けているのか、わかっていた。

 あとは、俺がそれをどうするかだ。

 唇を、噛んだ。

 口の中に、血の味が広がった。



「逃がしてしまったか……」

「はい。まさか、あんな風に逃げられるなんて」

 床を斬られるとは、思ってもみかった。

 追撃しようにも、センタービルへの通路はこの一本だけだ。

 あとは、地下の通路を通るしかない。

「いや、びっくりしたよ。床を斬られたのにもびっくりしたが、一番驚ろかされたのは、君にだな」

「僕、ですか?」

「ああ。全てを消滅させてしまう力、か。まさか、君がそんな力を持っていたとはね」

「僕も、知った時は驚きました。今は、嬉しいですけど」

「嬉しい?」

「はい。ずっと僕は、お父さんから役に立たないのだと、思われてきました。そんな僕が、初めてお父さんの力になれる、そんな気がするんです」

「そうか。総理も、君が力を持っているのは知っているようだったしね。期待されていると思うよ」

「そうだと、いいのですが……」

 そうであって欲しい、と思った。

「ええと。ところで、僕がずっとお父さんから言われ続けてきたことがあるのですが……」

 沼丘さんが、わからない、といった顔をした。

「何だい?」

「はい。………『裏切り者は、粛清しろ』と」

 沼丘さんの表情が強張る。

「……どういう意味、だい?」

「さっきの戦闘、沼丘さんは、ほとんど戦っていませんでしたよね。追撃も、僕一人でやって、沼丘さんは参加しようともしなかった」

「それは……」

「自分の手を汚すのが、嫌だったんじゃないですか? 少なくとも僕には、そう見えました」

「ち、違う。誤解だよ」

「お父さんの命令は、少年達を止めることでした。そして、沼丘さんは、それを、無視した。お父さんを、裏切った」

 右手に、力を込めた。

 黒い闇が、形を持つ。

「ま、待ってくれ。私は、総理に忠実であろうとしてきた。ましてや、裏切ってなど……」

「お父さんにとって、もうあなたは,どうでもいいのかもしれません。電磁波のシステムが稼動した今、あなたは用済みなのですから」

「そ、そんな……」

 さらに、力を込める。

 黒い闇は、手のひらの上で、大きく膨れ上がっていく。

「消えてください」

「や、やめ……う、うああああああああ――!!」

 夕闇に、叫びが木霊する。

 その叫びも、闇の中に、消えた。

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