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三章(5):刃合

 影が、走った。

 銃を構える暇も無く、二人の警備員がその場に倒れる。

「見張りは倒した。だが……」

 輝君が、そこで言葉を切る。

 東ビル三十七階。

 倉庫へと続く、扉の前。

 何故、言葉を切ったか、私にもわかる。

「クス。倉庫の中の警備は、百人ほどですね。明らかに、こちらの方に戦力を集中させてきている」

 さっき、聖君と連絡を取った。

 彼らも、もうすぐ突入するらしい。

「数は、大して問題じゃない。ただ、あの扉の向こうにヤバイ奴がいる。気配を読んだだけで、それとわかるようなヤツがな」

「一つだけ、異質な音が混ざっていますね。ほとんどが鈍重な音です。ただ、一つだけ、研ぎ澄まされた刃のような音がある」

 輝君の顔が険しくなる。

「多分、俺はそいつを知っている。刀を持ったヤツで、まだ直接やりあっていないが、かなりの腕だ」

 輝君に、ここまで言わせるだけの男。

 なるほど。かなり厄介ですね。

「琴乃の気配は、無いみたいだな」

「ええ。貴方の妹さんの音は、この部屋からは聞こえてきません。おそらく、どこか別の場所に隔離されているのでしょう」

 ノイズが酷い。

 音は聞こえてくる。だが、どこから聞こえるのかは、ある程度近づいてみないことにはわからない。

 もし琴乃さんが倉庫内にいれば、輝君が助けるように動くことは、容易にわかった。この作戦において、妹さんはいない方が良いかもしれない。

「……そうか。なら、ここで悩んでても仕方ないな。突入しよう。俺が、倉庫に入って、取られた武器を取り返してくる。司は、安全なトコで待機していてくれ」

 おそらく倉庫にいる警備員達は、調律に対する防御を講じている。

 私が入ったところで、足手まといになるのは明らかだった。

「クス。では、貴方に任せましたよ、輝君」

「ああ」

 死にたいという思いは、消えていない。

 あの時。

 シスターが殺された時。心に灯った、暗い炎。

 多分、この炎は、死ぬまで消えないのだろう。

 だから、その思いを抱えたまま、生きてみようと思った。

 まだ、死ねない。

 生きろ、と言われた。

 だから、無駄に命を投げ出すことは、止めた。

 巧を殺し、シスターの復讐を成し遂げた時。

 そこが、私の死ぬ時だ。

 だが死ぬコトは、シスターとの約束を破ることだった。

 それで、いいのか。

 そういう思いも、どこかにある。

 戸惑う思い。

 輝君と話して、ふと生まれた。生まれてしまった、思い。

 生きて、いいのか。

 死ななければ、いけないのではないか。

「クス。生きる意味、ですか……」

 輝君が、ゆっくりと倉庫の扉を開く。

 その後姿を見送りながら、そんなことを、考えていた。



 緊迫した空気が、漂っていた。

 もうすぐ、少年達がここに現れるとの報告があった。

 それで、百人の警備員が配置されていた。自分も、同じように配置された。

 広い倉庫だ。百人がいても、まだかなりの余裕がある。

 扉の近くは広いスペースとなっており、四十人ずつ二段で警備が配置されている。

 その後方、荷物が保管されている場所に、二十人の警備。

 刀に手をやる。手入れは怠っていない。

 長刀が一本。やや短い刀が、他に二本。

 輝という少年の妹は、センタービルの最上部に隔離してある。

 鬼村の指示だった。

 鬼村の思想に感化されて、仲間になったわけでは無かった。

 一緒にいれば、強者と戦えるのではないかと思ったからだ。

 その予測は、間違いではなかった。

 輝という少年。

 二度、向かい合った。

 だが、一度も直接、刃は合わせてはいない。

 見ただけで、相当な腕なのはわかった。

 実際、警備の者との戦闘を見て、思わず鳥肌が立った。

 恐れでは無い。

 喜びからの、心の震え。

 正面から、戦ってみたかった。

 だが、過去の二度は確保が優先されていたのだ。だから、卑怯な手を使ってでも、捕らえるしかなかった。

 まともにぶつかっても、負ける気はしない。

 そして、今度はまともに戦うことが出来る。鬼村からは、確保ではなく抹殺の指示が出ている。

 ここに来るのは、輝という少年で間違いないだろう。さっきから、部屋の外に二つの気配を感じる。

 一つは間違いなく、輝という少年の気配。

 あちらも、こちらの気配は確実に読んでいる。

 ドアが、動いたような気がした。

 いや、動いている。

 扉そのものが、迫ってきている。

 警備の者は、とっさのことで気づくのが遅れた。

 その一瞬で、前衛の警備の者と、迫ってきた扉との距離は無くなっていた。

 扉が振り回される。

 扉。見た。

 番のところが、壊されている。

 ドアの一振りで、五人の警備の者が倒された。

 ドアの裏から姿を見せたのは、輝という少年。間違いは無かった。

 警備の者は、相打ち覚悟で銃を撃つ。

 実弾。

 だが、少年は金属のドアを盾にしながら、銃撃を回避している。

 少年。扉を振り回しながら、警備の者の中を突っ切っていく。

 一振りで、五人が倒されていく。

 大きな動きだが、隙は自分でカバーしていた。攻撃の間も、私の方をさりげなく見ている。

 おそらく少年が一番警戒しているのは、私の戦闘への介入だろう。

 まだ、介入する気はない。

 今の状態では、私とは勝負にすらならないからだ。

 少年が扉を捨てて、私の真上を跳躍していく。

 奥に、自分の刀を見つけたようだ。止めるつもりは無かった。あの刀で、ようやく私と勝負ができる。

 刀を見つけた後、少年はまだ何かを探すように、視線を彷徨わせる。

 そして、何かを発見し、それを懐に入れた。

 少年との戦闘で、百いた警備の者が、三十に減っていた。

 少年が、刀を構える。

 少年は鞘を抜かずに、刀を振り回した。

 一振りで、確実に一人を倒している。剣筋は、さすがと思わせるものがあった。

 だが、まだ本気ではない。

 本気ならば、剣の鞘を抜いたはずだ。重量的にも剣速的にも、そちらの方が遥かに戦いやすい。

 だからまだ、本気を出していないことになる。

 本気を出さずに、警備員を全て倒した。

 また、心に震えが走った。久しく感じていなかった感情が、心に湧き上がってくる。

 圧倒的な力。

 そして、高い技術と素質。

 ただ一つ、見ていて欠けているものがあった。

 心の、強さ。

 自らの想いに対するこだわりと言ってもいい。

 どんな想いでもいい。少年はまだ、一番こだわる想いに対して、本気になりきれていない。

 その弱さがあった。

 その弱さがある限り、私には勝てない。

 お互いの能力は、拮抗している。

 だから、勝敗を決めるのは、そこだけと言ってもいい。

 しかし、その弱さがあっても、眼の前にいる少年は十分に強い。下手をすれば、こちらが負けかねないほどの強さだ。

 やはり、戦ってみたい。

 出口へ向かった少年。

 前に、回りこんだ。少年と、向かいあった形になった。

 気を放った。少年の気が、それに答える。

 しかし、それは殺気では無かった。

「おい、刀野郎。俺はここで、お前と戦うつもりは無い。琴乃はいないからな」

「君が戦いたくなくても、私が戦いたいのだ」

 鞘から、長刀を抜く。

 構えは、取らなかった。まだ、間合いはかなりある。

「勝手な野郎だな」

「君も、本当は戦いたいのではないのか? 強者は、その頂点を見てみたい、と思う。強さの、頂を」

「興味無いな。俺は、琴乃を守れるだけの強さがあればいい」

「君には、そんな強さも無い。妹を守れなかったのが、それを物語っている」

 少年の目が、怪しく光る。

 憎悪、闘志。

 そこに、恐怖の色は無い。

「私と戦え、名取輝。私に勝てば、妹の居場所を教えてやろう。無論、負けたら君の妹には、二度と会えない」

 少年が、刀を鞘から抜き放った。

 構えらしいものは、何も無い。

「良いだろう。お前に勝って、琴乃の居場所を、教えてもらう」

 お互い、構えを取らず、刀を握ったまま睨み合う。

 向き合ったまま、膠着した。

 沈黙。

 気を、高める。それが頂点に達したと感じられた時、どちらともなく、動いた。

 交錯。

 擦れ違い、構えて向き直る。

 少年の脇腹。

 かすかに、手ごたえがあった。服が切れ、血が滲んでいる。だが、皮一枚斬っただけだ。決定打では無い。

 高揚していた。

 久しぶりの、斬り合いらしい斬り合い。

 並の相手ならば、今の一閃で、体が二つになっている。

 だが、やはり、心の迷いは克服しきれていない。一度刀を交えただけでも、それぐらいはわかった。

 その迷いは、紙一重の戦いでは圧倒的な差となる。今の立ち合いからしてもそうだ。

 向き合っていた少年が、動く。

 一瞬で、間合いが詰められる。

 間合いを空けようとすれば空けられるが、空けようとはしなかった。

 この辺りは、読み合いなのだ。

 いかに相手の先を読むか。読みきった上で、どう動くか。

 間合いを詰めた少年が、中段から刀を払ってくる。間合いが近い分、下がっても剣先は届くはずだ。

 長刀を縦にして、まともに受けた。まず受け、その隙を突く。

「!?」

 刀と刀がぶつかり、私の長刀だけが、折れた。いや、斬られていた。

 斬られた瞬間、刀を離した。そして、少年の上空を跳躍して斬撃を避けた。

 腰の二刀を抜き、一本ずつ両手に構えた。

 短い刀。リーチは短いが、その分、手数で押していける。

 そして長刀より威力は無い分、こちらには剣速がある。

 互いに、構えたまま、向き合う。

 また、膠着。

 あの長刀は、今まで一度も折られたことは無かった。それに、刀を打ち合わせたのは、さっきの一度だけだ。

 一度きりで折れる刀だとは、思っていない。

 ならば、考えられることは、いくつも無かった。

 少年の構えている刀。

 見た。

 少年が元々持っていた刀だ。

 どうということも無い刀のように見える。

 だが、さっきの斬れ味は尋常ではない。少年の尋常ではない力を含めた上でもだ。

 あの刀、何かある。

 まともに打ち合うことは、避けたほうがいい。

 まともに打ち合えば、さっきの長刀のように、容易く斬られる。

 直感。

 いや、本能で、それを強く感じた。

 自分から、膠着を解いた。

 動く。

 少年も、動いた。

 右から斬りつけ、タイミングをずらして左。

 間を置かず、交互の刀で斬りつける。そうしている限り、相手は容易には打ちかかることは出来ない。

 相手からの打ち込みは、相手の刀を側面から払うようにした。刃に触れない限り、刀が斬られることは無い。

 そうして、離れてはまた、打ち込む。

 自分から打ち込むこともあれば、少年から打ち込まれることもあった。

 それを、何度か繰り返した。

 また、向き直る。

 向き合っている少年は、血だらけになっていた。

 十数度、斬った。

 だが全て、皮一枚で避けられている。

 血は派手に出ているが、まだ決定的に優勢というわけではない。

 だが、少年には明らかに疲労の色が出ている。剣筋のブレに、それが顕著に出ていた。

 消耗具合から見れば、かなりの優勢と言える。

 勝てる。

 このままやれば、勝てる。

 高揚感は、まだ続いている。

 だが、もう終わらせるべきだ。

 わかることは、全てわかった。このまま続けても、いたぶることにしかならないだろう。

 また一歩、最強に近づいた。

 それがわかっただけで、いい。

 気を、高めた。

 次の一撃で、確実に倒す。

 少年。

 見た。

 疲労の色はあるが、絶望は見えない。殺すのが惜しくなるほどだが、容赦はしない。

 気を、最大まで高めた。

 不意に、音が聞こえてきた。

 調律。

 だが、気にしなかった。調律に対する防御は、事前にしてある。

 目の前の少年の気。

 何故かそれが、異常なほど膨れ上がっている。

 少年に誘われる形で、動いた。

 交錯した。

 渾身の一閃。

 見事に、避けられた。

 向き直る。

 向き直った時には、少年は出口に向けて駆けていた。

 今から追っても、追いつける距離では無い。

 出口にもう一人の少年。こちらを見ていた。薄く笑っている。

 頬から何か流れていることに、気づいた。

 手の平で、それを拭う。

 血。

 頬に手を当てる。皮一枚、斬られていた。

 見えなかった。

 斬られたことに気づかないほどの、斬撃。

「ふふ……。ふはははは!!」

 血が、全身に駆け巡っているのがわかる。

 まだ、勝敗はついていないのだ。

 逃がしたのは痛いが、確信していることもあった。

 必ず、また戦うことになる。

 その時までは。

「楽しみに待つことにしよう。名取、輝」

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