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三章(1):隠者

 携帯の着信音が、薄暗い部屋に鳴り響いた。

「もしもし。……そうですか。では、例の房に入れておきなさい。指示があるまで、決して外には出さないように。ふむ、わかりました。では、先生には、私の方から申し上げましょう、ご苦労様でした」

 阿武隈さんが表情を緩めながら、電話を切る。

「先生。脱獄した三人の少年は、無事、捕らえたようです。今、特殊な房に一緒にして入れています」

「あの少年達を、一つの房に? 危険ではないですか?」

 沼丘さんが、色めく。

「ヒヒ、私が特別に作らせた牢です。地下の、脆弱な牢とは違います。窓が無く、厚さ二メートルの扉に、全面大理石の壁。防音、圏外で、爆薬が使われても、破壊される心配はありません。あそこから出るのは、不可能ですよ」

「しかし、あの少年達は、脱出困難な地下の牢から抜け出した。それほどのことができるのなら、不可能とは言い切れないでしょう?」

 沼丘さんを無視して、阿武隈さんはお父さんに向き直った。

「どうやら、捕らえた三人の少年達には、それぞれ、普通の人間ではありえない、特殊な技能や能力を有しているとの報告がありました。先生の推察の通りです」

「ふむ。玄蔵の提案だったが、わざと泳がせたのは、無駄では無かったか。監視カメラの故障は、誤算だったがな」

 お父さんと阿武隈さんが、僕を見た。

 いたたまれない気持ちで、僕は俯いた。

 二人が、向き直る。

「それで、その能力とは?」

「はい。名取輝という少年は、怪力を有し、素手で、銃を所持した警備員三十人を、無傷で倒したそうです」

「それが事実なら、驚愕すべきことだな」

「全くもって。雨宮司という少年は、音を使って精神を支配し、他者を操ることが出来るとのことです」

「具体的に言え」

「なんでも、脱獄させるように仕向けたり、自殺するように仕向けたりもできるようなのです。ですが、操られた者は全員命を絶っているため、巧からの証言だけでありますが」

「操った者は、全員殺す。そこは、徹底しているようだな」

「何でも、その能力を使い、裏社会で仕事をしていたようで。巧以外の情報が全く無いのも、仕事の形跡自体を全く残すことが無かったためと考えられます」

「クク、厄介なモノだ」

「後は、陣野尚人という少年でありまして。ハッキング、銃の腕、爆薬の製作などの技能を有しています」

「陣野? まさか、玄蔵の子か?」

「はい、赤子の頃、養子に取ったようです。それから、自分の技を伝えてきたのだと、推察しております」

「初耳だな。玄蔵め。養子がいるとは、言わなかったぞ」

「そこは、先生が直接聞いてみては、よろしいのでは?」

「ふん。まあ、そうだな。報告は、以上か?」

「あと、遅ればせながら、沼丘が全ての監視カメラを復旧させました。役立たずなタイミングですが」

「全くだな」

 阿武隈さんが、沼丘さんを嘲笑した。

 沼丘さんの額に、血管の筋が浮かび上がる。

「最後になりますが、調査していた血液サンプルのデータがわかりました。遺伝子分析を試みたところ、それぞれの固体の遺伝子配列が、常人とは全く異なるものであることが判明しました。未だ調査中ではありますが、電磁波を無効化してしまう要因は、どうもその辺りにあると見て、間違い無いようです」

「遺伝子が異なる、か。しかし、遺伝子はそれぞれ固有のモノであって、違いがあるのは当たり前のことではないのか?」

「はい、先生のおっしゃる通りです。ですが、人間間の遺伝子の差異は一パーセント以下、同じ哺乳類でも、差異は数パーセントしかありません。ですが、採取した血液サンプルでは……」

「それを超える、か」

「はい。差異は非常に大きく、もはや同じ人間と言っていいものか::」

「血しょうを取り出せ」

「は?」

「聞こえなかったのか? 血しょうを取り出せと言っているのだ」

「は、かしこまりました。では、そのように致します」

 阿武隈さんが出て行く。

 代わりに、玄蔵さんが入ってきた。

「片付けたぞ、鬼村」

「今、まとめて牢に入れてある。そこの監視カメラだ」

「ようやく復旧したか。ワシがやれば、一瞬で終わったものを」

「養子がいるそうだな」

「うむ。息子が死んだ翌年だ。虚しかったのでな」

「クク。お前が、未だに子を持つ親だったとはな。どうだ? 自分の育てた息子を手にかける気分は?」

「悔いは無いな。こういう縁だった、そう思うだけだ」

「クク。お前は二度も子を失うのだな。後で、気分だけでも聞かせろ」

「……杉原のシステムを立ち上げる。少年、声紋コードを解除しろ」

「は、はい!」

 パソコンに話しかけた。

 すぐにシステムが立ち上がり、杉原さんの研究室が画面に映った。

 椅子の上で手を組みながら、お父さんがディスプレイに話しかける。

「クク。喜ばしい知らせだ、杉原。モニターを見てみろ」

「……少年達を、捕らえたか」

「捕らえた少年達は電磁波を無効化し、さらには常人には持ちえない能力を有する。この特性は、人間と遺伝子配列が、大きく異なることが要因だそうだ。もう一度、聞いてやろう。お前の知っていることを、話せ」

「断る。お前に、話すことは何も無い」

「クク、黙秘を決めこむつもりか? 貴様の仕掛けたカラクリは、大体検討がついた。血液サンプルも取ってある。あの少年達は用済みだ。安心しろ。すぐに貴様と同じところに送ってやる」

「捕らえた少年は、三人しかいないようだな」

「奏は、無能だ。役に立たん。従って害も無い。殺す価値すら、無いな」

「残りの少年は、どうした?」

「何だと?」

「残りの少年のことだよ、鬼村」

「電磁波を無効化する少年は、全て捕らえたはずだ」

「いや。確か、阿武隈の報告では、他に移送中の少年が一人いたな。最初の報告から、かなりの時間が経っている。新しい報告が上がってこないところを見ると、逃げられた可能性もありうるぞ」

「ふん。至急、阿武隈につなげ。移送中の少年の動向を、報告させろ」

「特殊な能力を使って逃げたのなら、厄介なことになるな」

「その時は、またお前を向かわせるしかあるまい」

「やれやれ。全く、人使いの荒い総理だ」

 三人の会話は続いている。

 そのとき、一つの監視カメラに、大きな翼が映った。

「鷹?」



「……ん。どこや、ここ?」

 視界全体。大理石が、埋め尽くしていた。

 床から壁、そして天井にいたるまで、全てがそうだ。窓は無く、扉さえどこなのかわからない。

 親父に負けた後、どこかに連れて行かれた。

 そして、薬を嗅がされた。

 眠り薬だったのだろう。それからの記憶が無い。

「気がつきましたか?」

「!? 誰や!?」

 起き上がると、薄い笑みを浮かべた黒衣の少年がいた。

「なんや、司はんかいな。ちゅーことは、あんさんも捕まったくちやな?」

「クス。そういうことになりますね」

 そう言って、司はんは部屋の隅を見る。

 四畳半ほどの空間。

 殺風景な牢の隅に、一人の少年が俯いて座っていた。

「輝はんもおんのか。まさか、死んでんのとちゃうやろな?」

「どうでしょうね。 生きてはいますが、死に損なってもいるようですから」

「? どういうことや?」

「クス。音が半分、死んでいるということですよ」

「?? ますますわからへんな。おーい。輝はん、生きとるかー?」

「………」

 返事が無い。

 まさか、本当に死んでんのとちゃうやろな。

 傍に近づく。

「………い」

 微かな、声だった。

 ぼそぼそと、何かをつぶやいている。

「……俺は、………いらない」

「良かった、生きてるんやな。輝はん、大丈夫か?」

「………だから……し……」

「聞いてるんか?」

「……泣かせた。………俺が」

 司はんを見る。

 司はんは、また薄く笑った。

「目覚めてから、ずっとそうです。ただひたすら、何かを呟いている。一応、話しかけはしましたよ。ですが、ずっとこんな調子で、問いかけても、全く反応しないのです」

「何か、されたんかな?」

「さて、ね」

 薄い笑みは、何かを知っているように見えた。

「もしかして、司はんの仕業か?」

「クス、さすがの私も、こんな風に殺したりはしませんよ。第一、輝君をこの状況で殺したところで、私には、何のメリットも無い」

「あるかもしれへんで。わいらが、この牢の中で殺し合いをする。その騒動を聞きつけた敵さんが、駆けつけてくる。その隙を狙っての脱出。ありえへん話でもない」

「クス。貴方も、面白い方だ。今、尚人君の言ったシナリオなら、敵も乗ってくるかもしれませんね」

「なら」

「残念ですが、ハズレですよ。さっきも言ったように、輝君がこんな風になった原因は、私ではない。まあ、なんとなく、想像はつきますが」

「何なんや?」

「それは、私の口から、言うべきことではないでしょう。輝君から聞くことですね」

「そうか。しっかし、輝はんがこんな状態なら、脱出は厳しいなあ」

「クス、脱出するつもりだったのですか」

「そや。当たり前やろ。こんなトコで、おちおち死ねるかい。わいには、やらんといかんことがあんのや」

「私は、どうでもいいですね。このまま出られなければ、いずれ殺されるでしょう。それも、悪くはない」

「殺されることがか? さすが、裏社会で殺しを重ねてきた人は、言うことがちゃいまんな」

「クス。今すぐ、殺して差し上げましょうか?」

「……冗談やって」

「ここから出ることが出来たら、私はまた人を殺めるでしょう。しかし、殺されたいとも、思っている。ですから、それほど出たいとは思いませんよ。それにしても、よく、私の素性がわかったものです」

「これでも、わいは情報屋やからな。ちゃんと司はんの情報も掴んであるで。雨宮司、十歳で裏社会の便利屋を始め、殺人、脅迫、誘拐、その他未解決の凶悪犯罪の影には、いつもその存在があると噂される。音で人を操るとされているが、真偽は定かではない。高額な報酬を取るが、受けた仕事は必ず遂行する。報酬で得た資金で小さな孤児院を建て、親を失った子供を引き取り、育てている。これだけ言ってくと、悪人なんか善人なんか、わからへんお人やなあ」

「さあ、どちらでしょうね?」

「そや。司はんのその音の力で、外の警備員操って、出るように出来へんのか?」

「無理ですね。どうやら、敵は、私の能力に対する対策を取っているようですよ」

「? どういうことや?」

「音が、聞こえないのです。この部屋の中以外の、音が。どうやら、この牢は、音を完全に遮断する仕組みになっているらしい。さすがの私も、音が遮断されたこの状況下では、どうしようもないのですよ」

「音を遮断し、おまけに、全面大理石で窓も扉も無い牢。わいのパソコンもニトロ爆弾も取り上げられてしもたし、打つ手無しか」

「相手も、本気になった。私には、そう見えますね。能力に対する対策が、徹底している。今までは、泳がせていたのでしょう」

「そやな。わいも、そう思う。そやけど、まだあんさんを味方と認めたわけちゃうで?」

「クス。貴方と輝君は、滅多には殺しませんよ。私にも、殺しの流儀というものがある。それに、貴方達は、興味深い音を持っていますしね」

「さっきから、音言うてるけど。何なんや、その『音』って?」

「言った通りの意味です。物の出す『音』。感情の出す『音』。私には、それが聞こえてくる」

「物の音はわかるとして、何や、感情の出す音って?」

「怒り、憎しみ、哀しみ。そういった感情から出る声、とでもいった方が、わかりやすいですかね」

「わからんな。わいには、全くわからんもんかもな」

 不意に、音が響いた。

 何かを叩きつけるような、鈍い音。

 音の方を振り向くと、輝はんが、拳を石壁に叩きつけていた。

「このっ!! このっ!!」

 拳から、血が噴き出している。

 それにも構わず、輝はんは、ただ壁を殴り続けている。

 何が起きたかわからず、わいは呆然としていた。

 拳を打ち付ける輝はんを、司はんはただ、じっと見ている。

 その眼は、なんだか切ないものを見ているような眼差しだった。

 司はんと、眼が合った。

 目が合うと、薄い笑みが返ってきた。

「や、止めんかいっ! 何しとんや!?」

 わいは我に返り、輝はんを止めに入る。

 両腕を掴んで止めさせると、今度は、頭を石壁に叩きつけ始めた。

 額が割れ、血が勢いよく迸る。

 やばい。これは、ほんまに、やばい。

「つ、司はん。あんさんも手伝ってや!」

 司はんは、薄い笑みを浮かべたままだ。

「やれやれ。仕方ないですね」

 そう言うと、司はんは口笛を吹いた。

 何かのメロディーだろうか。

 ゆったりとした音が、牢内に響く。

 輝はんから、力が抜けたのがわかった。その場に、崩れ落ちる。

 気絶していた。

 脈や呼吸は、しっかりしている。

「眠らせたんか?」

「ええ。そうしなければ、死ぬまでああしていたでしょう」

「殺して、無いんやな?」

「クス。死に損ないに死を与えるほど、私は優しくありませんよ」

「それならええんや。そやけど、何でまた輝はんは、あんなことしたんや? 閉じ込められて、気でも狂ったんやろか?」

「……消えたかったのですよ」

 司はんが、小さく呟いた。

「? 何か、言うたか?」

「クス。いえ、何も」

 不意にまた、音が響く。

 今度は、硬いものが擦れあう音。

 壁が、動いている。

 いや、壁やない。

 扉。

 出口の、扉。

 誰か来る。

 身構えた。

 司はんも、身構えている。

 扉が、開いていく。

 人一人が通り抜けられるまで、あともう少し。

 逃げる、最大のチャンスや。

 警備員を殴って、外に出る。

 一人分の、空間。

 飛び出そうとした。

 不意に、黒い物体が視界を覆う。

(見つけたぞ、EТ)

 鷹。飛び込んでくる。

「!?」

 戸惑っていた。おそらく、司はんも同じだろう。

 鷹は、窮屈そうに牢内を何回か旋回し、入った扉のほうへと滑空した。

 そして、扉にいた男の肩にとまった。

「!?」

 身構えた。

 只者やない。

 入ってきた気配が、まるで無かった。

 何より、男の風貌が、異様だった。

 神社の神主が着るような服に、鷹匠の道具を身につけている。

 特質すべきは、双眸が、刺繍の施された布で覆われていたことだ。

「あんさん、誰や?」

「……神眼隠者」

「ふざけっとったらあかんで? そんなアホな名前、どこにあんのや?」

 男が、わいに向かって何かを放り投げる。

 床に落ちたそれを、わいは拾い上げた。

「わいの、パソコン!?」

「……それを使えば、我が何者かわかるだろう、原子蜂」

「!?」

(この男、わいの正体を知っている!?)

「あんさん。ほんま、何者や?」

 司はんが、男の方に近づく。

「こんにちは。またお会いしましたね、神眼隠者さん」

「……調律士か」

 不意に、殺気が立ち込める。

「クス、貴方の予見は、見事当たりましたよ。殺すべき相手は、よく知っている人物で、しかも殺せなかった。貴方の言う通りでした。しかし、あの時私が知っていれば、間違いなく殺せた。面白いでしょうね。自分の予見の通りに他の人間の人生が転がっていくのは」

「………」

「何故あの時、私に教えなかったのですか。知っていれば私は、使命を果たしていた、果たせて、いたのに」

「………その時では、無かったからだ」

 二人の間に、静寂が満ちていた。

 とても、声を出せるような雰囲気ではない。

(ところで、あっちに倒れているのは誰なのだ?)

 沈黙を破る、声。

 のんきで、この状況では間が抜けていた。

「ん? あっちにいるんは、名取輝っちゅう人で………」

 答えながら、声のある方へ顔を向ける。

「ん?」

 眼。

 黒目を、琥珀色が包んでいる。

 鋭いくちばし。

 羽毛に覆われた全身。

「って、ええええええっーーー!!」

 誰やねん。

 ていうか、誰やない。

 鷹。

 鷹やねん。

 ……ぶふっ。

 あかん、一人でウケてしもた。

「ていうか、鷹――!!」

(そう大きな声を出さないでくれ、頭が割れそうだ)

「な、何で、鷹がしゃべんねん! 幻聴か! 幻聴なんか!? つ、ついにわいは、幻聴まで聞こえるようになってしもたんか!? シックスセンスに、目覚めてしもたんかーー!?」

「……落ち着け、原子蜂。夕凪だ」

(夕凪と言う。よろしく頼む)

「よろしく。……って、よろしくやれるかー!!」

「夕凪君、ですか。さん付けで、構いませんか?」

(好きに呼んでくれ)

「ていうか、司はんも和んでる!? 和んでる場合やないやろ!? あんさんさっき、ごっつ隠者さんと険悪だったやんか!?」

「夕凪さんの頭を撫でていたら、何だか、どうでも良くなってきてしまいましてね」

「おかしいやろ!? なあ、今、色々すんごいおかしいやろ!! なあ!?」

「? どこがですか?」

(ふむ、私にはわからないが)

「……わからぬな」

「わいだけかーい!!」

 数分後。

 落ち着いたわいは、隠者はんに尋ねた。

「で、ツッコミどころいっぱいやけど、我慢してこれだけ聞くわ。名前は? 何で、夕凪はんはしゃべれんねん? 何で、わいらを助けた?」

「……名は、神眼隠者」

「せやからっ!」

(私が代わりに答えよう。八神聖だ)

「……おおきに。それで、なんで夕凪はんはしゃべれるんや?」

(私は、話すことが出来る鷹なのではない。全ての鷹は、話している。それに、私の声が聞こえるのは、限られた人間だけだ)

「限られた人間、ですか」

(EТだ)

「さっきも言っていましたね。何ですか? そのEТとは?」

(ETernal children。略して、ETという)

「ピンとこんなあ」

「………電磁波の効かない子供。その総称だ」

(まあ、聖が勝手に命名したのだがな)

「だから、私達には夕凪さんの声が聞こえる、というわけですか。あまり、根拠の無い話ですね」

「ということは、聖はんも、そのETってわけやな?」

「……そうだ」

「なるほどな。せやから、同じETであるわいらを助けたっちゅうわけやな」

「……違う」

「って、違うんかいっ!?」

 そう言いながら、わいは、パソコンで聖はんの素性を調べていた。

 おかしい。

 無い。

 八神聖に関する情報が、無い。

 あるのは、山中で、鷹を乗せた男を見たとのゴシップ情報のみ。

 怪しい。

 限りなく、怪しい。

「……汝らを助けたのは、時の流れ。それに、従ったまでのことだ」

「クス。また時の話、ですか」

 司はんが、露骨に不快な表情をした。

 聖はんは、そこで会話を切った。

 輝はんに近づいていく。

 傍に立ち、その様子を窺った。

「……夕凪、風だ」

(わかった)

 夕凪はんが翼を広げ、その場で羽ばたき始める。

 強風が、牢内に巻き起こる。

 眼を開けていられない。何度かの瞬きの後、風が止んだ。

「………ん、んん」

「「!?」」

 輝はんが、目覚める。

 驚き。

 さっきの傷が、無くなっていた。

 拳の傷。額の割れた傷。

 なんや?

 手品でも見てる気分や。

「………」

 起きた輝はんは、無言で一度、周囲を見回し、うなだれた姿勢になった。

 眼に、光は無い。

「……魔旋風は、どうした?」

「魔旋風? ああ、輝君のことですか。こうなったのは、私達にもわからないのですよ」

「……仕方がないな。調律士、魔旋風と共に、東ビル三十七階へ行け。我と原子蜂は、西ビル三十七階へ向かう」

「クス。どうして、貴方に指図されなくてはいけないのですか? お断りしますよ。せっかく、脱出出来たのです、私は一人で目的を果たします。わざわざ、足手まといの輝君と組んで、犬死したくはありませんからね」

「東ビル三十七階には、汝の無くしたものがある。それに、魔旋風にも」

「!? だからといって……」

「魔旋風は、足手まといにはならぬぞ、調律士。汝の欲する問いの答えを、魔旋風は持っている」

「……わかりました。物のついでです。ですが、役に立たないとわかったら、容赦なく見殺しにしますよ」

「……いいだろう」

「この国立電子工学研究所の作りは、西ビル五〇階、東ビル五〇階、センタービル八〇階になっとる。作りは、西ビルと東ビルがほぼ同じ作り。三十七階言うたら、どっちも倉庫やな。そこに、奪われたわいの武器があるというわけやな?」

「……そうだ」

「ふむ。この作戦、異論はあらへん。戦力は一応足りとるし、二つで動くことで、どっちかがつぶされても、どっちかは残る。二つに分かれることで、陽動も可能や。この話、わいは乗らせてもらうで」

(ならば、すぐ動いた方が良いぞ、ET。今頃、脱走を嗅ぎつけて、敵がこちらに向かっているだろうからな)

「輝はんには説明せんで、ええのんか?」

「あの状態では、無理でしょうね」

 輝はんはただ立って、虚空を見つめている。

「………調律士。汝に、これを渡す」

「トランシーバー、ですか。クス。これで、お互いに連絡を取り合う、というわけですか」

「……倉庫制圧後、センタービル六十二階に集合。そこに、汝らに見せたいものがある」

「ふっ、なんかわい、久々に燃えてきたわ!」

「クス。私は、殺すだけですよ」

「……俺は、……いらない」

「……では、行くぞ。時が、動いたのだからな」


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