二章(6):父子
輝はんと別れた後、わいは、裏口へ向かっていた。
二人なら、正面出口からの突破も難しくはなかった。
ただ、今は一人。
武器も、警備員から奪ったプラスチック弾の入った銃だけ。
性能は、それほど良くない。予備の弾もわずか。
この戦力。
正面突破は、危険だった。
警備員が防備しているだけならば、まだいい。
確信があった。
一つの、確信。
わいのハッキングから捕縛。
そして、この脱出すら読みきるだろう男。
わいが戦うのに、もっとも分の悪い男。
立っていた。
いや、ただ煙草を揺らしながら、佇んでいた。
裏口。
一人の男。
少し、しわの目立ち始めた男の顔が、わいの方へゆっくりと振り向く。
「単純だな、尚人。正面が駄目とわかれば、裏から逃げるのか?」
「いつも、相手の裏をかけ。そう教えたのはあんたや、親父」
「そして、わしにその裏をかかれた。無様なものだな」
「勝ちを決めるんは、少し早いんやないか? わいはまだ、捕まってへんで?」
親父は、煙草を惜しむように、ゆっくり投げ捨てた。
「やっぱり、わいの読み通りやったんやな。わいの上手をいくヤツなんて、知ってる限り、親父しかおらへんもんな。あんたやろ? わいのハッキングに気づいたんも、わいの銃を隠したんも。そして、わいらが脱出するように仕向けたんも」
「ほう。見事な読みであることは、認めてやろう。だが、お前の読みが正しいとして、一つ矛盾があるな。何故、捕まえたお前達を、わしがわざわざ逃がす必要がある?」
「あんたのこと、ようやくわかったで。どこをどう調べても、十七年間素性のわからなかった男。親父のパソコンをハッキングして、ようやくあんたが誰かわかったわ、陣野玄蔵。いや、『原子蝶』」
「ふむ、正直、驚きだな。お前が、わしの素性まで辿り着くとはな」
「苦労したで。一番、手間も時間もかかったんやからな。原子蝶、それが、親父の裏の名やろ?」
「ああ、そうだ」
「あらゆるところにハッキングし、情報を掴む裏の情報屋。企業、政府のみならず、海外の軍、諜報機関に関する情報すら得るという、裏の情報屋の頭。潜入任務もこなし、銃の腕は一流。十数年前に息子を殺され、その頃から、今の総理、鬼村外道と組んで様々なことを行いはじめる。そして、この電磁波による子供の管理システムを発案したメンバーの一人。このシステムの、管理者」
親父は、少し遠い目をした。
「よく、調べられたものだ。わしに関するデータの全てに、度重ならざるロックをかけておいたのだが」
「わいらをわざと逃がしたんは、助けるとかそんなためやない。泳がせておいて、能力を確かめたかったんやろ? 電磁波の効かない子供には、常人とは違う、何か特別な力を持っている。そう推察していたあんたは、それを見極めるまでは、わいらを無理に押さえつけるのは危険やと考えた。そこであんたは、わいらが逃げられるような牢屋に入れた。そうで無かったら、わいのニトロ爆弾は、捕まえた時に没収されとるはずや」
「ふ。お前に、そこまで読まれるとな。わしも、少しばかり老いぼれたのかもしれん。お前の推察の通りだ、尚人。さすが、わしが育てた息子だけはある」
そう言うと、親父は、煙草に火をつけた。
「育てた、な。わいは、親父の本当の息子や無いんやろ。あんたが、どこからか拾ってきて育てたっちゅーのは、別に調べんでもわかっとった。ずいぶん幼い時か、物心つく前に、拾われたんやろな。振り返っても、おとんやおかんの面影なんて、全く思い出せへんのやからな」
煙草。煙が、揺れている。
「十七年前、赤ん坊だったお前には、何故か両親がいなかった。病院で生まれたが、病院の方も、身寄りの無いお前を、施設に入れたがっていた。お前を見た時、わしは確信したよ。殺された息子が、またわしのもとに帰ってきてくれたのだと。お前は、死んだ息子とは似てはいなかったが、心の中に、何か息子と似たものを感じた。それで、わしはお前を育てると決めた」
「はん、わいは親父の死んだ息子の身代わりやったということかいな。それで、わいにパソコンや射撃を教えたってわけか。死んだ息子の、代わりに」
煙。ゆっくりと、親父の口から吐き出される。
「息子は、十歳で殺された。十七歳の少年からだ。その時は法制度が整っておらず、少年は保護観察処分を受けて、何の罪にも問われなかった。わしは、その少年を殺した。殺したのが、わしだとわからないようにしてな。それから、鬼島達と出会い、この腐った世の中を、少年犯罪によって罪無き命が奪われてしまう世界を、この手で変えようと活動を始めたのだ」
「そして、変えた。そやけどな、そんなことしたって、親父の殺された息子は、喜んでおらんと思うで。親父の望んだ世界は、間違っとる。あんたがどんな過去抱えてようと、あんたがどんな想いでいようと、子供を操るなんて、そないなこと、許されるはずはないんや」
親父の空気が、変わるのがわかった。見た目には、何も変わってはいない。だが、その気になれば、すぐ腰の銃を抜けるはずだ。
両の手で腰の銃を抜く。
右の銃の銃口。
それを、親父の顔に突きつける。
それでも、親父に気にした素振りはない。
「ほう。わしとやりあうつもりなのか、尚人? わしが本気を出せば、お前など、敵では無いのだぞ?」
「止める。あんたの馬鹿を、わいが止める」
「力も無いくせに、よく言ったものだ。吠えるだけでは、何も変わらんぞ」
「わからんか? やってみるまで、勝負っちゅーのはわからんもんやで? わいは、こんなアホなことを辞めさせる。この想いは間違っておらへん。間違ってないわいが、間違った親父に、負けるはずないんや」
「想いに、正解も間違いもない。ただ、その思いを成し遂げようとする力が、あるかないか。思いを成し遂げようとする二つの力の、どちらが強いかどうか。それだけだ」
「そんなら、尚更、負けるわけにはいかへんな。わいは、勝って、あんたを超える。親父を、超えてみせる」
「フ、超えられんよ、お前には。超えられるのなら、超えてみろ」
「いくで、親父!」
「来い、尚人」
二つの発砲音。
瞬間、わいは右、親父は左に駆けた。
そのまま、コンクリートの柱の裏に隠れる。
「ちっ、厄介やな……」
さっきの銃撃。
先に撃ったのは、わい。
半拍遅れて、親父が撃った。
いや、遅れたんやない。わざと遅らせたんや。
わいの撃った弾を、自分の撃った弾ではじき返した。
偶然ではない。
わいがどこに撃つか読みきった上で、余裕をもって撃ち返してきた。
やはり、手ごわい。
勝てるのか。
わいが親父に。
物心ついた時には、親父がいた。
親父は、わいの目標やった。だから、ハッキングや射撃をやってきた。
それは、親父に教えられてのことだ。
親父は、正しいと思っていた。
親父の過去を知るまで、そう信じてきた。
その親父がまさか、あんなことを考えていたとは。
信じたくなかった。
だが、事実だった。
尊敬していた。
親父のようになりたいとも、思っていた。
親父の考えは、間違っとる。
止めな、あかん。
止められるのは、息子のわいだけや。
絶対、勝つ。勝って、止めてみせる。
親父を、止めてみせる。
親父を、超えてみせる。
親父との今までのことが、頭の中を、駆け巡っていた。
「ふっ、そんな嫌な思い出でも、無いんやな」
自嘲した。
ただ、勝てばいいのだ。
勝って、親父を止めて、こんなアホなことを止めさせる。
それだけだ。
最後の自問自答。
勝てるのか?
勝たな、あかん。
世界のために。
わい自身の、ために。
飛び出す。駆けた。
回り込んで、親父の背後に出た。
親父の姿はない。
「ち、どこや?」
気配。
背後。
振り向く。
銃撃が来た。
プラスチック弾。
対応しきれない。
右の手の甲に、一発。
激痛。銃が、手から離れる。
転がりながら、柱の影に逃げ込んだ。
「はあ、はあ」
冷たい汗。
性能の、差。
二挺で戦っていた。さっきの攻撃で、もう、一挺しかない。
親父は、一挺。弾はどちらも、プラスチック弾。
数の上では、単純に有利だった。
だが、数を上回る銃の性能だった。
持っている銃は、二挺とも普通の銃。
あっちは強化改造された、親父の特製銃。
「わいの愛用の銃があれば……」
わいの、二挺拳銃。
おそらく、この研究所の中に運び込まれたはず。
あれがあれば、五分で戦える。
今のままでは、戦闘機に戦車で挑むようなものだ。
だが、まだや。
まだ、秘策がある。
懐から、時限付ニトロ爆弾を取り出す。
三秒後に時間をセットし、柱の影から親父のいる方向へと投げた。
威力は最低にした。これなら、衝撃で吹き飛ぶだけだ。
その隙を狙う。
三、二、一。
体を揺るがす、衝撃。
一瞬の揺れのあと、飛び出す。
粉塵が舞っていた。視界が悪い。人影を探す。
「!?」
いない。どこにもいない。
背筋に、寒気が走る。
身を晒している。危険だった。
いつ死角から狙われるか、わからない状態なのだ。
危険承知の策。それが、外れた。
動揺。
このまま闇雲に探すのは、無謀だった。
一旦、構えなおすしかない。
柱の影に身を隠した。
右後方。
気配。
頭に、銃口が突きつけられていた。
「わしの勝ちのようだな。尚人」
「ちっ……」
零距離。
とっさに逃げても、捕捉は容易だろう。
「さっき、報告があった。逃げ出した残りのガキも捕えたそうだ。お前達の、負けだな」
「まだ、負けやない」
「ふ、まあいい。惜しいが、お前達には死んでもらうことになる。真実を、知りすぎたからな」
警備員が駆けてくる。親父が連絡したのだろう。
「お前とまた会うのは、死ぬ前だろうな。連れて行け」
警備員に引きづられながら、わいはただ、親父だけを見ていた。




