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悪魔の目  作者: 浮紙千夏
2/2

兄と友人

「ただいまー」


間伸びした言葉に返事が返る気配はない。兄はまだ大学のようだ。

私たちの両親は4年前に他界していて、今は院生の兄と2人で暮らしている。料理は兄の担当なので、洗濯物を取り込んだ後はそのままリビングでごろごろするのが最近の日課だ。3日前に買った読みかけの本はようやく3分の1を越えた所で、私にはわりと珍しいファンタジーものだ。日常の影ともいえるアンダーグラウンドで繰り広げられる異能バトルがメインで、主人公は万物の心の声を聴く「天使の耳」を持っている。嘘と真を見抜く彼の能力は他の能力者から狙われるようになるそうだ。


なんだか微妙に共感を覚える主人公で、そこそこ熱中しつつ読んでいるうちに玄関のドアが開く音がして兄が帰ってきた。ただいまー、おかえりー、今日の夕飯はサケが安かったから買ってきたよ、わーい。

この辺までは割といつも通りなので気にせずだらだらしていると、「お邪魔します」という聞きなれない声が聞こえて本から顔を上げた。

そして私は衝撃で分厚いハードカバーの本を床に落っことすことになった。



大学に入ってから兄は何故か家に友人を連れてこなくなった。いや、邪推するならこれは両親が死んでからといった方が正しいかもしれない。

兄はもともとなんでも卒なくこなしてしまう天才肌で、一見人当たりもいいので友人が多い。現に高校時代は頻繁に遊び歩いて中々家に帰ってこなかった。ここ数年は学校が終わるとすぐに家に戻っていたので、彼女の陰さえまったく見えなかったが。そんな兄が久々に連れてきた友人はとてもイケメンだった。だが私は彼の素敵な顔に驚いたのではない。


兄はそんな私の反応をおもしろそうに見ている。いつもならいらっとする顔だったが、今はそれどころじゃない。私の目は男の背にくぎ付けだった。


羽だ。黒々とした大きな蝙蝠羽がリビングの入り口でせまそうに縮こまっている。

兄以外で黒い羽根なんてはじめてみた。


「・・・こんにちは」


「こんにちは。妹?」


回らない頭のまま、とりあえずの礼儀で挨拶してみるとにっこりと笑顔を向けられた。普段なら舞い上がりそうな爽やかな笑顔だったが生憎と私はそんな余裕がない。男は後半部を兄に尋ねるように軽く首を傾ける。


「そ。千佳っていうんだ。ぴっちぴちのジョシコーセーだから間違っても手は出さないでね」


調子良さげに返す兄はそのまま、千佳もあんまりこいつに近づいちゃだめだよ。5分で妊娠しちゃうから、と続けた。

その台詞に本気でどん引いた私にもおかまいなしに2人はわあわあ言い合いながら向かいのソファに腰掛ける。

え、なんでそこに座るの。という心の声はかろうじて飲み込んだ。目の前に並んで座る兄とその友人に私はいたたまれない気分になる。もともと少々人見知りの気があるので知らない年上の男性に目の前に座られるのはかなり抵抗があった。仕方なく立ち上がって茶でも淹れようとした所で思いついたように声がかかる。


「ああ千佳。僕は前買ったブルーマウンテンがいいな」


わざわざ珈琲を煎れろということか。

自分でやれよとまたもやいらいらしながらコーヒーメーカーに豆をセットしてスイッチを押す。全部落ちるまで暇なのでさっきの本を取りに向かうと兄の友人と目があった。


「千佳ちゃん?いきなり押しかけてごめんね」


「・・・いえ、気にしないでください」


申し訳なさそうに苦笑いする様子についときめいた。イケメンは得だ。でもやっぱり背中で動く羽が気になってしょうがない。しかし羽持ちで兄の友人のくせに意外と常識があるんだな、とか失礼な思考が頭を過った。


「そういえばご挨拶が遅れてすみません、兄がいつもお世話になってます。妹の千佳です」


「そんな堅苦しくしないで。俺は赤司光輝、裕也とはゼミが一緒なんだ」


裕也は兄の名前である。兄は確か小難しい心理学の研究をしていて、お世話になっている教授も妙な実験をする変人だった気がする。ついでに黄色の羽持ちのある意味気狂いだったので、お近づきになりたくない人の3位以内には堂々ランクインしている。

黒持ちの院生2人に黄色持ちの教授がいる大学なんていつ崩壊してもおかしくない。どんなに進路に困っても兄の大学にだけは入学しまいと私は固く心に誓った。


「そうですか。赤司さんは珈琲にミルクとシロップはいりますか?」


「うん、ミルクだけもらおうかな」


「僕はブラックね」


「分かりました。・・・お兄ちゃんは運ぶのくらいは手伝ってよ」


兄を軽く睨みつつ、まあだいたいいつものことなので諦めてさっさと珈琲だけ出して自分の部屋に引きこもった。早く帰ってくれないかな。私はちきんなので自分の家に他人がいると落ち着かない気分になるのだ。




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