表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忍天狗【第二部】  作者: 八尾メチル
1.1932 東京殺人奇談・前篇
9/11

[7/9]

1.1932 東京殺人奇談・前篇

[7/9]

 まさか、ここにいるとは。

 ミキは痛む頭を抱えつつ、紫煙曇る店の中、眼前の雀卓を囲む、四人の男女を睨みつける。

 すなわちあの三人組―――日下部、新藤、相川と、真剣な顔で牌を見つめる日野紫の姿であった。

「あらあら、おミキさん。今日はえらく遅い時間においでだね」

 出前から帰った店の女将が声をかけてくる。ミキたちがいるのは一階食堂の入り口だ。どうも、二階の雀荘が客で埋まってしまったから、この四人はわざわざ卓を運んできて麻雀を打っているらしい。

「これ、お嬢さん。どうしてこんなところにいるんだい?」

 後ろから杖でつついて尋ねると、紫は振り返りもせず答える。

「家を出て、どこへ行こうかと迷っているときに、ばったり学校のお友達―――ここの娘さんなんですけど―――に会っちゃって。誘われて、遊びに来ているんです」

「そのわりに、その娘さんの姿はないね」

「彼女、夜は家のお手伝いで忙しくって。私も帰るに帰れなくなっちゃったから、こうやって遊んでもらってるんです……はい、ロン」

「無茶苦茶つえーんだよ、彼女!」

 相川が頭を抱えて叫ぶ。新藤も真っ青な顔で頷いた。

「こないだから、随分ついてないよね僕ら。狗堂君と紫さんなら、どちらが強いだろう」

「そんなに強いの、彼」

 狗堂という名に、ぱっと顔を上げて紫が反応する。

「そりゃ、もう。きみと同じでね、初めて麻雀するって言ってたけど、ありゃ嘘だよ」

 日下部の言葉に、紫は笑みを浮かべた。

 その様子に、ミキは気づかれぬようこっそりと溜息をつく。

 やれやれ。

「しかしお嬢さん、お屋敷では親御さんが心配しておられるよ。早くお帰んなさい」

 ミキの言葉に、紫は渋い顔で振り返った。

「嫌ですよ。私、折角家出してきたのに。それに、ここにいれば彼に会えるかもしれないじゃない」

「彼?」

「狗堂さんよ。私、彼と会って話がしたいんです」

「話って、何の」

「いろいろと……積もる話。内証です」

 ミキと紫の会話に、興味津々といった様子で聞き耳を立てる三人組に気づき、紫はぶっきらぼうに言った。

 どうしようもない。そういえば、紫は昔から頑固だったなあとしみじみ思う。今現在、ぶっちぎりの厄介以外何物でもないが。

「そんなこと言ったって、お嬢さんはお家の人に探されてるんだよ」

「あら、そう」

「見つかりゃ、お店に迷惑にかけるだろう。それでもいいのかい?」

 黙り込む紫。すると、店の奥から店主が出てきた。太い笑顔だ。

「まあまあ、これくらいの年頃の娘さんなら、親と衝突することもあろうさ。うちは別にかまわんよ」

「しかしね」

「さあさ、おミキさんも呑みなって! なに、今日はうちのおごりにしとくさ。なっ」

 店奥には、はらはらしている店の娘の姿がある。どうも、親爺は紫を連れてきた娘を庇う気でいるらしい。

 まあ、紫から目を離さなければいい話だ。

 店主にぴょいと摘ままれ、席に座らされたミキは、横目で麻雀にいそしむ彼らを眺めつつ、ただ酒にありつくことにした。



 それから予想の通り、時計の短針が夜半を指す頃になって、紫が卓に突っ伏した。

「なんでえ、お嬢さん。もう御仕舞かい」

 向かいに座す相川が紫に酔った手を伸ばす―――それを、素早く立ち上がったミキが、ぴしゃりと打った。

「いってえ!」

「てめえで呑ませといて、そりゃないんでないかい、酔っ払い。大人しくしときな」

 ちえ、と相川は渋々引き下がっていく。その酒臭い息に眉をひそめると、ミキは紫の身体を揺さぶった。

「お嬢さん。ちょいと、しっかりしな」

 どうも本当に、酒を呑んでいるらしい。ぐでんぐでんに酔っている。

 まあ、都合はいいか。

 これから起きることを予期してそう考えるが、紫は不意に伏せていた顔をこちらに向けた。

「うーん……」

 酒気に赤らんだ頬、瞼がぱちぱちと開いたり閉まったりするたび、長い睫が瞳にかかる。

 不覚にも、煬介は胸が鳴った。性格に難はあるものの、紫は世に言う美少女なのである。

 いかん、と煬介―――いやミキはかぶりを振った。無理矢理水を飲ませると、紫はややしゃんとした。ミキ自身も多少呑んでいるが、元々ザルな性質なので支障はない。

「全く、お嬢さんたら仕方がないねえ。……ご主人、お勘定」

「ああ、いいよ。うちの娘も世話になったからねえ」

 他の客の注文を取っていた主人が、忙しげに応じる。

「お嬢さん、大丈夫かい」

「平気、平気。表に出たところでタクシーを呼ぶさね」

 紫を無理やり立たせ、店を出る。三人組の誰かが追ってくると思われたが、それもなかった。彼らもそうとう酔っていたのだろう。

 眠たげな紫の手を引いて、賑やかな繁華街をミキは歩く。

「ねえ、おミキさん」

「何だい」

「彼、どうして来なかったのかしら」

 煬介の事だ。

「……そりゃ、そうそう毎日麻雀打ちに来るもんじゃないだろうさ」

「でも、私わざわざ彼に会いに来たのに」

「会ってどうするんだい? 確か、あんたの幼馴染にそっくりなんだっけね」

「そっくりと言うか……ええ、そうね、彼のような気がするの。私の幼馴染。彼は否定していたけど」

 そこで紫は、着物の袖の中からかんざしを取り出した。ミキはそれを見て驚く。変装道具だ。どこかで落としたと思っていたが、紫が持っていたのか……

「これ、彼が落とした物なのね。どういった物かは知らないけど……返してあげたくって」

「それだけのために、家出したってのかい」

 ミキは呆れた。

 徐々に人通りのない道を進みながら、二人は会話を続ける。酔いのせいか、紫はそれに気づかない。鉄道が真下をくぐる陸橋が、歩みの先に見えてきた。

「だって、大事なものかもしれないでしょう」

「じゃああの店に預けていけば良かったのに」

「そうね、そうすれば、良かったかな……」

 そのまま、紫はミキに寄り掛かるようにして、力を失う。

 まるで崩れるように眠りについた少女を見下ろして、ミキ―――煬介はようやく効いたか、と溜息をついた。飲ませた水に催眠薬(カルモチン)を入れておいたのだ。

 彼女の身体を抱き上げ、橋のたもとに横たわらせる。すると、闇深い橋の向こうから、足音が聞こえてきた。

 地味な色地の着物姿の女が一人。

 今この時分この辺りをうろつくにしては、心もとない若い女だ。

「日野紫さんをお迎えに上がりました」

 元々のものか、妙に耳をつく高い声で女は宣言した。おそらく、女の夜目はミキと紫の姿を捉えているのだろう。彼女が視線を向けた方角は間違っていない。

 ミキは紫をそのままにすくと立ち上がると、女の方に立ち寄る。すなわち、橋の上へ。

「獅子崎の使いの者か」

「はい」

「獅子崎は何処にいる?」

 この橋は赤坂御用地の端にある。橋下の線路は、古くは江戸城の外濠を削ったもので、池の傍に位置していた。橋の周りも街灯と草木が生えているだけで、民家の灯りは遥か遠い。

 すなわち、人が身を隠せるようなところは殆どないのだ。

 女は答えない。つまり、獅子崎はここにはいないということだ。

「よくぞまあ、先回りをしたものだ」

 この女がミキたちを監視していたわけではない。もとより、獅子崎は煬介に監視などつけてはいなかった―――その代わり、彼が通りそうな道に、手下を配置しておいたのだろう。

「紫さんをお渡しください」

「その前に一つばかり訊きたいことがあるんだが、いいかね?」

 女と一定の距離をとって立ち止まると、ミキは続きを口にした。

「おまえさんは、わしを殺せと命令されてはおらんのかね」

 苦笑交じりに、女は答えた。

「ええ。あなたは、我々の同志となるのだと」

「……そうかい」

 ミキは自分の背後、橋のたもとの闇を指さした。

「お嬢さんはあそこだよ」

「ありがとうございます」

 女は真っ直ぐ歩いて来ると、ミキを通り過ぎた―――

 それを、ミキの杖が阻む。

 ただ阻んだわけではない。仕込み杖―――刀は鞘を振り払うように抜かれていた。かっと目を見開いて跳び退く女。ミキが振り上げた刃は、女の右逆手が握る苦無で防がれる―――が、男の膂力が上回った。女の白い腕を刃が蹂躙する。

 血液が迸る。女はさらに退こうとするが、間に合わない。腕に刺さったままの刀を、ミキは真っ直ぐについた。女は必死に首を反らせて回避する。その左手が何かを抜いた。

 ミキはそれを読んでいた。空いている右手で彼女の左手首を掴むと、膝で肘をへし折り武器を手放させる。苦無だった。こいつ、他に武器がねえのか―――鉄砲とか。

 そう思った矢先、女は膝を折ると、ミキの刀を腕に差したまま前転し、ミキから距離をとった。素早く立ち上がる。

 逃げるつもりか。

 向けられた背に、ミキは軽蔑の舌打ちをした。女は脇目も振らない。ミキは足元の苦無を拾うと、着物の裾目がけてそれを撃った。足首をかすり、着物の動きを妨げたそれは、女を転ばせる。

「逃がすと思うか?」

 近づいていくと、女の身体が痙攣しているのが見えた。あ、とミキは顔を歪ませる。

「コイツ―――」

 伏せていた女の顔を仰向けにすると、土気色したそれは死相を浮かべていた。唇からはだらしなく流れた涎。毒だ。

「チッ」

 悲鳴を上げても誰も来ぬような場所だ。逃げ切れぬと悟って、拷問される前にと自決を選んだのだろう。しかしこんなところで死なれては、死体の処理に困る。

 さて、どうするか―――

 ミキはここが陸橋の上なのを思い出して、指を弾いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ