黒岩の行動
少年は高台から夕日を見つめていた。
その赤い夕日に今は亡き母の姿を重ねていた。
幼い頃両親が離婚し、13歳で母親を事故で亡くし、父親は行方不明。
自分は男だから、ひとりでも生きてゆける。僕はひとりで生きて行かなきゃならないんだ。と強く心に誓った場所。
青年になった彼は、今も同じ場所で夕日を眺めていた。
見る度に違う表情の夕日が、彼の心を落ち着かせ、ひとりになりたい時は必ずここへ来て、母に問いかけていた。
「母さん、オレ、好きな人が出来ちゃったみたいなんだ。でも……彼女には彼氏がいるんだよ。笑っちゃうだろ? 奪っちゃ、まずいかな?」
一年前
青年=黒岩は詩人である白斗タクミの専属カメラマンになって3年。27歳になっていた。カメラマンと言っても、白斗の助手的な立場である。
いつもは車移動しながら白斗の詩のイメージに合う写真を捜したり、黒岩が撮った写真に白斗が詩やエッセイを入れ込むのだが、その日はビル関係の写真を求められていたので、電車移動する事にした。
F駅で降り、改札を出てすぐにカメラを構え、数枚撮り始めた時、ビルの一角にたたずむひとりの女性の姿が目に止まる。
レンズに入るその横顔があまりに綺麗だったので、思わずシャッターを切った。
黒岩は、その映り込んだ横顔を見て息を飲んだ。
“か、母さん!?”
自分は幻でも見ているのか? しばらく呆然としていたが、彼女が向きを変えた瞬間、その顔は全くの別人であった。黒岩は、そーだよなぁ……と独り言をいいながら、さらに彼女にカメラを向けている。
《それにしても、横顔だけは良く似てたな。まだ心臓がドキドキしてるよ》
そう思った時、彼女の横顔が満面の笑顔に変わった。黒岩は無意識にシャッターを押していた。悪いと思いながらも彼女の姿をカメラで追ってしまっていた。
すると、驚くべき人物が彼女の前に現れた。
《え!! 先生? なんで?》
彼女の前に走りながら来た男性は白斗タクミではないか。
その時は、その女性が仕事関係の人かと思ったのだが、腕を組んで楽しそうに歩き始めたから、その線は消えた。奥さん? いや、別居中の奥さんがあんな笑顔をするわけないわな。黒岩はイケないと思いながら、こっそり後をつけた。怪しいと睨んだ通り、二人は恋人デートのコースをこなしていた。
その日以来、黒岩は白斗が出かける度に後をつけ、彼女の自然体の笑顔や拗ねた顔、泣き出しそうな顔などを撮りまくった。
気が付けば1年が経っていた。そんな彼女を見ているうち、彼女と会話してみたいと思い始めた。ただ見ているだけでは物足りなくなっていた。
ある日、黒岩は白斗から女性の切ない感じの横顔は撮れないかと頼まれる。それもなるべく自然体がいいんだと。
《そんなんいっぱいあるさ》
「なるべく自然……ですか……。女性だとなかなか難しいっすね~。一歩間違えば通報されちゃいますから。ま、頑張ってみますよ」
と心にもない事を言った。
「おまえさ、彼女とかおらんのか?」
「いや~、彼女じゃ、構えちゃってダメっすよ」
「おお、いるのか。今度連れて来いよ」
「そーっすね。両思いになったら、紹介しますよ」
「片思いなのか? まあがんばれや」
いつかきっと、写真の彼女を連れて来てやると、黒岩は、密かに考えていた。
そして、2日後。
その日、黒岩は、白斗と彼女がいつも別れる駅のパーキングに車を止め、ホームでその時を待っていた。予想通り、ふたりは駅で別れを惜しんでいるところだった。
《今日は悲しい横顔が撮れちゃうかな》
黒岩は今日も彼女を撮り続けた。
そして無情にも電車は走り去り、彼女は泣きくずれる。
《今だ!!》
「行っちゃったね、彼氏」
黒岩はついに話しかけた。
―黒岩とみさとの出会い前である―




