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第1話 中原百合の場合。(前編)

番外編がちょっとだけ続きます。

中原さん視点。

 私の名前は中原百合。

 二郎くんはきっと、私のことを下の名前で呼んでいなかったでしょうから、私のフルネームをご存じの方はいらっしゃらないかと思います。


 二郎くんのいうところの中原先生です。

 改めてよろしくお願いします。


 さて、今日はちょっと私目線でのお話を少しさせていただこうかと思います。



 学生時代の二郎くんは、なかなかしっかりした学生さんでした。

 てきぱき動いてくれて、ああ、こういう弟がいたら、心強いなあ、かわいいなあ、とか思っていました。


 うちの塾に就職してきたときも、わざわざ私に報告に来てくれたんですよ。

 できた後輩だなあ、と。


 でも、ちょっと気になったのはあの時でした。

 多分。


 とある土曜日の昼間、二郎くんは私の家にやってきていました。

 うん。そこから話していきましょう。



 ライトブルーの軽自動車が止まっていた。

 母の友人だろう。

 うちは農家だ。

 農協に出せない野菜を近所で分け合うことがよくある。

 まあ、その時は大体軽トラなんだけど、ずいぶんお洒落な可愛い軽自動車なのがちょっと違和感だった。

 そして、そこにはなぜか見知った顔が。

 二郎くんだ。


「あれ? 時任先生じゃないですか」

「え?」


 振り向いた二郎くんは、本当に驚いていた

「あれ? 何で?」

「何でじゃないですよ。ここ、私の家ですよ」

「え」


 すると、二郎くんの隣の女性がこちらを向いた。

 ちょっと愛嬌のある美人さん。


「あれ? 二郎って、お家の方と知り合い? 初めまして。お母さんと親しくしていただいている時任と申します。本日は、お母さんからお野菜を分けていただく約束をしていまして」


 え? 時任?


「時任さん……? え? 時任くんって、いつの間に結婚してたの?」


 思わず声が出た。


「え」

「結婚??」

「は?」

「おや?」


 二郎くんが慌てたように言う。


「えーっと、姉です!」

「え? お姉さん?」


 言われると、雰囲気がどことなく似ている。

 そうか、姉弟なのか!


「ごめんなさい。勘違いしてしまって。アルバイトの頃から知ってるのに、いつの間に結婚したんだろうと思ってしまいました」


 うわ。恥ずかしい勘違いだなあ。

 え、ちょっと待って。私、二郎くんのこと、ちょっと意識してた?


「ところで……何でうちに?」

「こども食堂やるんですけど、野菜を寄付いただくことになって」

「え、こども食堂?」


 意外な単語が出てきた。


「ええ。ちょっといろいろありまして。明日、公民館借りて」

「時任くん、料理できたんだ……」

「できますよ。味噌汁くらいですけどね」


 ふうん。ボランティアとかに参加するんだ。二郎くん。


「ボランティアスタッフって、どのくらいいるんですか?」

「私たち含めて四人くらい。まあ、何とかなるかなっていうか」


 そうか。じゃあ。


「私もお手伝いしましょうか? 明日は、割と暇だし」

「え? 大歓迎。ありがとうございますっ!」


 お姉さんは歓迎してくれたみたいだ。

 その勢いで、時間と場所を説明してくれた。


「わかりました。明日、よろしくお願いしますね」

「こちらこそお願いね。労働の対価は払えませんが、今度弟にご飯奢らせますので」

「お、おい」


「ありがとうございます。楽しみにしてるね時任くん、あ、お二人とも時任ですね。じゃあ、二郎くんだね。よろしくね」


「は、はい。ちゃんとお礼はしますよ。はい」



 そして翌日。


 何となく、自分が可愛い恰好かどうかが妙に気になった。

 働きに行くのだ。厨房に。

 だけど、だらしない恰好はしたくなかった。

 二郎くんにみっともないとか思われるのは嫌だった。

 プライド?

 そうかもしれない。


 なんてことを考えていたら、ちょっと遅刻してしまった。


「遅くなりました。ごめんなさい」

「はーい、今着た人、唐揚げ担当ー。こっち来てー」


 元気な女性からの指示が飛んだ。

 はい! すぐに!


「基本二度揚げねー。大きめなので180度で四分。そうしたらバットに上げて、次に。一通り揚げたら、二回り目、多分二分でいいよ。タイマーそこにあるからどんどん使って」


「はいっ」


 指示を出しながら、手は止まらない。じゃがいも、玉ねぎ、人参がさくさくと皮を剥かれ、細かく刻まれ、鍋の中に投入されていく。

 あー、プロだ。この人。


「一姫、玉子そろそろ茹で上がったから、引き上げて。で、水につけて。ボウルに水はって、その中で剥くと、きれいに剥けるから」

「了解ー」

「弟くん、鶏肉に片栗粉まぶしたら、唐揚げ係の彼女に渡してー」


 え、唐揚げ係の彼女はないでしょう。いや、遅刻した私がわるいのだけど。


「中原と申します! 二郎くんの同僚です!」

「中ちゃんかー。よろしくねー。佐々木芙美子と言います。一姫の高校の同級生ねー」

「よろしくお願いします!」


 すると、手元を見られていたのか、指示が飛んでくる。


「中ちゃん、唐揚げはあまりかき回さなくていいからねー。じっくりよろしくー」

「はい!」

「返事いいねえ。可愛い格好してるし、もてるでしょ」

「え? え? もてたことなんてないですよ!」

「そう? 弟くーん、可愛いよね」


 ぎく。


「は、はいっ。可愛いです!」

「ほらー、弟くんも可愛いって言ってるよ」


「料理しながら、からかわないでください! 二郎くんも!」


「あははー、ごめんねー。でも可愛いってのはウソじゃないよー。テヘ」


 ヤバい。顔が上がらない。

 天ぷら鍋の油の熱気がすごい。

 顔が暑い。

 だけど、それだけ?


 いかん、忘れないと。


 そこから先は、ひたすら働いた。

 でも、ちょっと視線が二郎くんを追っていたのは内緒だ。

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