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ホワイトデー

遅れましたが戦乱の二人と現代の二人のバレンタインデーの続きの番外編です。




「――国久」


 お仕えしている千代姫様が、凛とした声で我が名を呼んだ。


「千代姫様。いかがされ……――」


 顔を上げながらそう口にしたとき、姫の手がこちらへと近づいてきたので、驚いて思わず言葉が止まった。

 耳元を触れるか触れないかくらいの位置で止まり、再び離れていく白い手を目で追いながら、耳元に残った違和感に首を傾げた。


「あの、これは……?」


 それは一輪の花だった。

 庭で摘んだのだろうか、手に何輪もの花を抱えた姫が、その内のひとつを私の髪の間に挿し込んだ。

 しかしいきなり花など飾られて、どうして良いか分からず困惑してしまった。

 おなごならば似合うだろうが、あいにく私はいい年をした武人だ。

 花が似合うような見た目などしていない。

 意図が分からずにいると、姫が柔らかく微笑まれた。


「怖い顔をしておるぞ、国久」


 姫の人差し指が、我が眉間に当たる。

 自分でも気づかないうちに眉間にしわを寄せていたことに、指先で押されて初めて気が付いた。


「……申し訳ございません」


 そう告げれば、眉間から指が離れていった。

 姫がもう一度柔らかく微笑まれる。

 いつもと変わらない笑顔。

 その変わらなさに、張りつめていた心が和らぐ気がした。


 ここ最近、周辺国との関係がきな臭くなってきた。

 平穏な日々に少しずつ落ち始めた影。

 それが心配だったとはいえ、表に出してしまうなど武人として情けない。

 姫にも気を使わせてしまった。

 指摘された眉間を自分の手で押してから、顔を上げる。


「ですが、花は千代姫様の方が似合います」


 挿し込まれた花を取り、かわりに姫の髪へと挿す。

 夕焼けのような色をした花だった。

 花のことには詳しくないため花の名は分からない。

 けれど、姫の方が似合うことだけは分かった。

 艶やかな黒髪に花が映え、姫は花のようにお美しく笑った。


「国久も意外と似合っておったぞ」

「ご容赦ください……」


 そう返せば、姫は可笑しそうに笑い声を上げた。

 つられて私も笑った。

 もう、眉間の皺はなくなっていた。


 移り変わりやすい戦乱の世だけれども、こうやって笑い合える日が、どうか少しでも長く続くことを心から願った。

 姫が憂いなく、平穏に笑顔で過ごせる日々が、どうか消えぬよう。

 ただそれだけが願いだった。




***




「お母さん。百本のバラの花束を買いたいので、お小遣いを前借りさせてください」


 正座をして頭を下げ、誠心誠意頼み込む。


「却下」


 しかし返ってきたのは、慈悲もない言葉だった。

 顔を上げてみるが、今世での母は呆れた視線を向けるだけだった。


「どうせ千花さんに渡す気でしょう?」

「バレンタインチョコのお返しをしたいんです!」

「女子高生が百本もバラを貰っても迷惑なだけよ。大体、お小遣いを何年分前借りするつもりなのよ」

「お母さんは息子を応援してくれないのですか!?」


 先月のバレンタインデーに姫――もとい今世に生まれ変わった千花さんから手作りチョコを貰って以来、何をお返しすればいいか考えて調べた。

 この時代は便利なもので、パソコンから何でも調べることができる。

 その結果、百本のバラの花束というものを知った。

 何でも女性が貰って嬉しいプレゼントと書かれていて、確かに百本分なら感謝の心を伝えるのにぴったりだと思った。

 しかし母の視線は呆れたままだった。


「男なら見栄を張らないで、自分ができる範囲で相手を喜ばせなさい」


 母がぴしゃりと言う。

 自室に戻ってからその言葉を考えた。

 自分ができる範囲で、相手を喜ばせる。

 姫は何に喜んでくれるだろうか。

 私は姫をどう喜ばせたいのか、それを懸命に考えた――。







 待ちに待ったホワイトデー当日。


「千花さん!」

「あ、晴国くん」


 近所の公園で、ベンチに座る姫を見つけて駆け寄る。


「お待たせして申し訳ございません!」

「ううん。私が早く着いてしまっただけだから。用事って何かな?」


 今日は土曜日。

 学校が休みのため、昨日の登校時にお会いしたときに、今日の約束を取り付けた。

 理由はもちろん――。


「あの、これバレンタインのお返しです!」


 先月、バレンタインデーに頂いたチョコのお礼をするためだ。

 この日のために用意したものを差し出す。

 それを見た瞬間、姫の目が瞬いた。


「バラの花……これを私に?」


 用意したのは、リボンが巻かれた一凛のバラの花。


「はい。本当は百本のバラの花束をお渡ししたかったのですが……」

「え、百本……」


 姫の声が一瞬動揺した気がした。

 母の言う通り、百本の花束は諦めて良かったのかもしれない。

 お小遣いの前借りを却下されたあと、何を贈れば良いか考えた。

 今世で生まれ変わった我が家は、洗濯物を畳んだり掃除をしたりしたらお小遣いが貰える報酬制だ。

 いつもは貰ったお小遣いで学友と駄菓子を買ったりしていた。

 この時代は甘い菓子があふれているので、なかなか誘惑が多い。

 けれど今月は駄菓子を我慢した。

 母から見栄を張るなと言われたため、貯めたお小遣いで花束を買うことにしたからだ。


「けど、花束って思っていたより高くて……」


 花屋へ行って初めて、バラの花束が想像していた以上に高いことを知った。

 百本でなくても、プレゼント用として包まれた花束はどれも小学生のお小遣いの範囲を超えていた。

 母に却下されるはずだ。

 花屋の店内で財布を握りしめながら立ち尽くしていると、店員の方に声をかけられ、一本でもリボンを巻いてくださると教えて貰った。


「百本の花束は用意できませんでしたが、千花さんに一番似合う花を選びました」


 数多の花があふれる花屋の店内で、何度も歩き回って吟味した。

 私は今世でも花には詳しくない。

 どの花も美しく可憐で甲乙つけきれぬ中で、姫に似合う花を懸命に探して、ひとつの花に決めた。


「私に似合う花……綺麗なオレンジ色だね」


 姫はバラの花を見つめながら、そう言ってくださった。

 花屋の店内を何度も歩き回って選んだ、オレンジ色のバラの花。

 赤いバラの花も美しく、ピンク色のバラも可憐だったけれど、温かみのあるこのオレンジ色が姫に一番似合う気がした。

 花の種類は違うけれど、前世で私の髪に花を挿して笑っていたあのときと同じ夕焼けのような色。

 身分に関係なくお優しかった千代姫様。

 ぬいぐるみを大切にしていた千花様。

 時代が移り、年齢も姿も変われど、変わらずお優しい姫に似合う色だと思った。


「ありがとう、晴国くん」


 リボンも巻いて貰ったオレンジ色のバラを、姫が微笑みながら受け取ってくださった。


「やっぱり、千花さんは花が似合います」


 戦乱の世でも笑顔を絶やさずにいた姫の姿と重なって、懐かしい気持ちがこみ上げる。

 戦の足音が近づき始めていたあの日、いたずらに私の髪に花を飾り、張りつめていた心をやわらげてくれた姫。

 思えば、まだあのときは平穏な日と言えた。

 あれからすぐに戦となり、花を摘むことはできなくなってしまった。

 時代は移り変わり、泰平の世に生まれ変わることができ、再び花の咲く今世で笑顔を浮かべる姫を見ることができて、とても嬉しく感じた。

 前世では果たせなかった願いを、どうか今世では守りたい。

 花が咲くように美しく微笑む姫を見ながら、そう思った。


「――なんか、前にもこんなことがあったような……」


 不意に、姫が何かを呟いた。

 けれど声が小さかったため聞き取れなかった。


「千花さん? 何か言いましたか?」

「あ、ううん。気のせいだよね……。――ありがとう、部屋に飾るね」


 聞き返したけれど、姫はオレンジ色のバラを見つめたまま緩く首を横に振った。


 見上げた公園の桜の木は少しずつ春に近づいてきていた。

 今度、お花見に誘ったら姫――千花さんは頷いてくれるだろうか。

 生まれ変わった泰平の世で、そんな未来を思い描いた。




元くまのぬいぐるみで武将だけど現在は小学生男子なので、女子高生を誘う場所は公園です。

読んで頂きありがとうございました!

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