17 寒いから
学園はすっかり冬の装いに変わっていた。
石畳の上には霜が薄く残り、吐く息は白く立ち昇る。
外套に身を包んでも冷えは容赦なく、耳と指先はじんと痛む。
そんな帰り道のことだった。
「エドワード様!」
明るい声が寒空を裂く。
振り返れば、マリアベル・ド・クラウディアが両手をマントに押し込め、小走りで近づいてきた。
頬は寒さで赤く染まり、それでも笑顔は揺らがない。
「ごきげんよう! 今日も一日、お疲れさまでした!」
「……ごきげんよう」
いつも通りの挨拶。
だがその次に彼女の口から飛び出した言葉は、少し違っていた。
「ねえ、エドワード様。今度の休日に……一緒に喫茶店へ行きませんか?」
「……喫茶店?」
思わず聞き返すエドワードに、彼女は大きく頷いた。
「はい! 冬といえばホットココアです! とっても甘くて、身体があったかくなるんですよ!」
「……」
無邪気すぎる誘い。
それは舞踏会の正式な誘いでも、家の都合を前提とした交際でもない。
ただ「一緒に行きたい」という、子供じみたほどの率直さ。
エドワードは一瞬、言葉を失った。
断る理由はいくらでもある。
侯爵家の長男が伯爵家の次女とふらりと喫茶店へなど――世間体も立場も考えれば、軽々しく応じてよいことではない。
(だが……寒いのは事実だ)
胸中でそう呟く。
冬の冷気に肩をすくめながら、これは合理的な判断だと自分に言い聞かせる。
彼女に誘われたからではない。
寒いから。身体を温めるために。
そういうことにしておけば問題はない――
「……休日、か」
「はい! あの店なら、とても美味しいんです。きっとエドワード様もお気に召すと思います!」
彼女は楽しげに言葉を重ねる。
その瞳は冬の陽よりも温かく、期待で輝いていた。
(……ああ、まただ)
エドワードは心中で小さく嘆息した。
「寒いから」という理由を盾にしているが、実際は彼女のその笑顔に抗えないだけだ。
「……仕方ないな」
低く、あくまで落ち着いた声で答える。
「寒い中で無理をしては体に障る。温かい飲み物をとるのも悪くはない」
「本当ですか!?」
マリアベルの瞳がぱっと花開いた。
「やった……! ありがとうございます!」
その無邪気さに、エドワードは思わず目を逸らした。
白い息を吐きながら、心の奥で呟く。
(……仕方なく、だ。寒いから、仕方なく)
けれど理性がどう飾ろうとも、彼女との時間を心待ちにしている自分を否定できなかった。