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初恋  作者: だんざれす
16/38

17 寒いから

学園はすっかり冬の装いに変わっていた。

石畳の上には霜が薄く残り、吐く息は白く立ち昇る。

外套に身を包んでも冷えは容赦なく、耳と指先はじんと痛む。


そんな帰り道のことだった。


「エドワード様!」


明るい声が寒空を裂く。

振り返れば、マリアベル・ド・クラウディアが両手をマントに押し込め、小走りで近づいてきた。

頬は寒さで赤く染まり、それでも笑顔は揺らがない。


「ごきげんよう! 今日も一日、お疲れさまでした!」

「……ごきげんよう」


いつも通りの挨拶。

だがその次に彼女の口から飛び出した言葉は、少し違っていた。


「ねえ、エドワード様。今度の休日に……一緒に喫茶店へ行きませんか?」


「……喫茶店?」

思わず聞き返すエドワードに、彼女は大きく頷いた。


「はい! 冬といえばホットココアです! とっても甘くて、身体があったかくなるんですよ!」

「……」


無邪気すぎる誘い。

それは舞踏会の正式な誘いでも、家の都合を前提とした交際でもない。

ただ「一緒に行きたい」という、子供じみたほどの率直さ。


エドワードは一瞬、言葉を失った。

断る理由はいくらでもある。

侯爵家の長男が伯爵家の次女とふらりと喫茶店へなど――世間体も立場も考えれば、軽々しく応じてよいことではない。


(だが……寒いのは事実だ)


胸中でそう呟く。

冬の冷気に肩をすくめながら、これは合理的な判断だと自分に言い聞かせる。

彼女に誘われたからではない。

寒いから。身体を温めるために。

そういうことにしておけば問題はない――


「……休日、か」

「はい! あの店なら、とても美味しいんです。きっとエドワード様もお気に召すと思います!」


彼女は楽しげに言葉を重ねる。

その瞳は冬の陽よりも温かく、期待で輝いていた。


(……ああ、まただ)


エドワードは心中で小さく嘆息した。

「寒いから」という理由を盾にしているが、実際は彼女のその笑顔に抗えないだけだ。


「……仕方ないな」

低く、あくまで落ち着いた声で答える。

「寒い中で無理をしては体に障る。温かい飲み物をとるのも悪くはない」


「本当ですか!?」

マリアベルの瞳がぱっと花開いた。

「やった……! ありがとうございます!」


その無邪気さに、エドワードは思わず目を逸らした。

白い息を吐きながら、心の奥で呟く。


(……仕方なく、だ。寒いから、仕方なく)


けれど理性がどう飾ろうとも、彼女との時間を心待ちにしている自分を否定できなかった。



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