15 気配を待つ
冬の気配が学園に満ち始めていた。
中庭の木々はすでに葉を落とし、枝は黒々と空へ伸びている。
吐く息が白く、風は鋭く頬を刺した。
エドワード・フォン・グランツは、マントの襟を軽く直しながら歩いていた。
書物を抱えているが、視線は紙面ではなく廊下の先を彷徨う。
(……また探している)
秋の頃と変わらず、いや、むしろ強くなっているのかもしれない。
彼女の足音、弾む声。
その気配を待つ自分に、内心で苦笑が漏れた。
「やれやれ、今日も探しているな」
いつの間にか隣に並んでいたルイス・フォン・アルスターが、肩を揺らして笑った。
「白い息を吐きながら、目で追っているのは誰だ? 言わずともわかるが」
「……くだらない」
エドワードは短く返したが、その目は前方から逸れない。
ルイスは大げさにため息をつく。
「侯爵家の長男がここまでわかりやすいとは。
もう否定するだけ無駄じゃないか?」
エドワードは言葉を探し、結局吐息だけを白く残した。
心の奥で否定しきれない自覚がじわりと広がる。
その時だった。
「エドワード様!」
寒空を裂くような明るい声。
振り返れば、マリアベル・ド・クラウディアがマントを揺らしながら駆けてくる。
頬を紅潮させ、吐く息を白く弾ませて。
「今日もごきげんよう! お会いできて本当に嬉しいです!」
変わらぬ勢い。季節など関係なく、彼女はまっすぐだ。
エドワードは一瞬言葉を失い、それから静かに頷いた。
「……ごきげんよう、クラウディア嬢」
隣でルイスが小さく吹き出す。
「ほらな。寒さの中で探していた相手が来たぞ。
……お前、顔が緩んでるぞ」
「黙れ」
低く返すエドワード。
だが耳の先には、ほんのりと赤みが差していた。
冷たい風が吹き抜ける。
冬の始まり――だが二人の間に流れる空気は、不思議と温かかった。