13 約束
秋風が学園の庭を吹き抜け、枝先の葉を赤や黄金に染めていた。
石畳の上に散る落ち葉は、まるで絨毯のように足元を彩っている。
授業終わり、帰り道を歩いていたエドワード・フォン・グランツは、不意に声をかけられた。
「エドワード様!」
いつも通りの弾む声。
振り返れば、マリアベル・ド・クラウディアがスカートを揺らしながら駆け寄ってくる。
籠も本も持たず、両手を広げるようにして、ただ紅葉の中を楽しそうに。
「ごきげんよう!」
息を弾ませながらも、眩しい笑顔を咲かせる。
エドワードは自然に一礼を返した。
「ごきげんよう、クラウディア嬢」
「見てください!」
マリアベルは石畳から少し外れ、赤く染まった楓の木の下へ駆けた。
「こんなに綺麗に色づいて……まるで絵画の中みたいです!」
枝を仰ぎ、光を透かす葉を見上げる横顔。
頬に秋の陽が当たり、紅葉と同じ色に染まっていた。
(……また、だ)
エドワードは胸の奥が不意にざわめくのを覚えた。
教室で見せた真剣さ。喫茶店で見せた静けさ。
そして今、紅葉の下で見せるこの自然体の笑顔。
理解できないほど多面的で、なのにどれも嘘ではない。
「エドワード様」
マリアベルが振り返る。
「来年も……紅葉狩りに行きませんか?」
言葉はあまりに自然で、あまりにまっすぐだった。
未来を信じて疑わぬ声音。
隣に彼がいることを当然のように含んでいる響き。
「……来年も、か」
エドワードは目を細め、紅葉を仰いだ。
外見はいつも通り冷静に見える。
だが胸の奥では、心が大きく揺れ動いていた。
(彼女と来年も同じ景色を――そう思っている自分がいる)
口を開けば、今すぐにでも「是非」と答えてしまいそうだ。
だが、それを言えば立場も距離も曖昧になる。
侯爵家の長男としての秩序が崩れる。
「季節は巡ります。来年も、こうして美しい景色は見られるでしょう」
選んだのは当たり障りのない言葉だった。
だが、心の奥の温度までは隠しきれない。
マリアベルは嬉しそうに頷いた。
「ええ! そのときはぜひ一緒に!」
未来を信じきった瞳。
その光を受け止めながら、エドワードは胸中で静かに答えていた。
(……来年も、共に紅葉を)
言葉にはしない。
だが紅葉の下で芽生えた想いは、確かに心に根を下ろしていた。